苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study15.王都帰省、二度目の占い

15-1

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 それから二日後の朝。ストロベリーとラケルは王都に向かう汽車に揺られていた。
 レヴィとファラには”レイチェルだった彼”と王都に赴く事実を話したが、寮母にはただ帰省する旨を伝えた。
 あんな事もあった後だ。寮母には気遣うように休暇も長いのだからゆっくりしてくるように言われた事に少しだけ良心が痛む。
 車窓から見えた日の出直前の金色の雲を眺めながらストロベリーは一つ溜息を漏らした。

「……どうしたの溜息なんか漏らして?」

 すかさず向かいの席に腰掛けたラケルに指摘されて、ストロベリーは直ぐに首を横に振った。
 ──ダメもと。希望を信じる。とは言ったが、やはり少しばかり不安ではある。満月から新月までは約二週間。次の朔の月ともなれば、きっと厄災の月は終わるのだと思えるが、待避したとは言え、未だ何かが起こりそうな気もして仕方が無い。何せ、新月まで残り一週間程残っているのだから。

 王都滞在は約五日。その間に気まぐれに店の開け閉めをしているまじない屋の店主と話が出来るかも不明だ。だが、それ以上に不安に思えてしまう事と言えば……この旅費である。

 宿も既にラケルが手配したそうで『僕が全額払う』と、今先程聞かされたのだ。

 それに、今乗っているこの車両の事もそうだろう。通常車両ではなく席は今座る席は豪奢な一等車だ。こんな場所に座ったのはストロベリーも初めてだった。シートも通常車両に比べてしまえばふかふかで、お尻はちっとも痛くもなりそうにない。
 それにここは完全な個室となっている。外からの会話も殆ど聞こえてこないもので、唯一聞こえる音と言えば、列車が線路を進む規則的な音だけだった。

 噂には聞いた事がある。確か……上流階級待遇の一等車は、通常運賃の十倍程だと。また、それなりに家柄を証明出来るものが無ければ乗車は不可能と。
 色々思う事はある。事実、ラケルにも関わる事ではあるが、そこまでして貰う恩も無い。寧ろ、こちらが迷惑をかけてしまい退学まで至らせてしまった程である。
 悩ましさを覚えてストロベリーはもう一つ溜息を溢した。

(本当よく怒りもしない……どうしてそこまでしてくれるんだか。確かにラケルみたいなお坊ちゃんは普通車両に乗らないでしょうけど)

 ストロベリーはラケルを一瞥する。だが、直ぐに涼しげなアイスブルーの瞳と視線が交わってしまいストロベリーは慌てて視線を反らした。

「何、もしかして女装してない僕と寝泊まりは不安? 安心してよ。絶対に困るって苺ちゃんが言うと思ったから部屋は別に取ったから」

 ……そういう問題ではない。寧ろその方がもっと金銭面の負担がかかるのではないのだろうか。この男、いったい幾らこの旅行に金をかけたのかと思うと鳥肌さえ立ってきた。流石に狼狽えてしまうもので、ストロベリーが目を丸く開いていればラケルはクスクスと笑みを溢した。

「ちょっと待ってお金の問題……」

 すかさず不安に思った事を言えば彼は更にニコニコと笑んで『僕の隠して貯めたへそくりだから大丈夫ー』だなんて一蹴りにした。 

 子息とは言え、貴族の財力はなかなかのものだろうとは想定も出来る。だが、それでも金は貴重なものだ。大事に貯めていたものをこんな事に使って良いものかとさえ思えてしまい、ストロベリーは額を指で押さえて深く息を吐き出した。

「……やむを得ないし私はその間、実家に戻る気もあったけれど」

 緩やかに視線を戻し溜息交じりに言うと、ラケルは首を横に振った。

「苺ちゃんが心底家に帰りたくないのは僕もよく知ってるからね。無理に戻らせる気なんか初めから無いよ」

 ──御両親にこんなのバレたら僕、きっとボロ雑巾みたいにされちゃいそうだけど。なんて言い添えて。ラケルは苦笑いを浮かべた。

『それは俺も思っていた。お前、そんなに家に帰りたくないのか?』

 一方、膝に置いたバスケットの中で黒兎のオブは小首を傾げてストロベリーを見上げていた。

 そこでようやくストロベリーは気付いた。恐らくこの席はオブの為にもあったのだろうと。通常の人間にオブの姿は可視出来ない。無論声だって聞こえる筈もないものだ。
 見えないオブと話してしまえば、端から見たら異常極まりない。恐らく気が触れているのか精神状態さえ疑われて白い目で見られたっておかしくないだろう。
 きっと彼の事だ、旅先とは言え、普通に話せるような環境を整えてくれたのだろうと憶測は容易かった。ストロベリーはオブの背を撫でながら緩やかに唇を開く。

「オブに話した事なかったっけ。私……縁談が勝手に進められているの。あの家にはもう跡取りが居ないから、家業を支える人も居ないんだよね。それに今は不況のご時世。経営がかなり傾いててね」

 なるべく言葉は選んだつもりだが、オブの表情が曇った気がした。それでもここまで話したのならば、全てを話すべきだろう。

 ストロベリーは、家の支援をしてくれる親と歳も変わらない男爵の事を語った。ただの自分の我が儘だけど──だから、帰りたくない。と、全てを話し終えたが、案の定オブは返事も相槌も一切しなかった。
 訪れたものはただの静謐で、カタンカタンと規則正しく列車が進む音だけが反響する。
 真実など言うべきではなかっただろうか。そんな後悔に苛まれて、ストロベリーが俯いたと同時だった。

「まぁ……その話は今は置いておこうか?」

 途端に切り出したラケルに視線を向けると、彼は穏やかに笑んでいた。
「ね、折角の旅行は楽しまないと損でしょ?」

 仕切り直すように言われて、ストロベリーとオブは同時に頷いた。

「目的は退避だけどさ。折角だし、美味しいもの食べたりもしようよ」

 ──楽しまなければ損だから。と、復唱して。ラケルは優しく微笑んだ。
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