苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study11.使用人と青い鳥

11-3

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「人が妖精に成り果てるなんて……」

 ストロベリーはラケルの言う真実をぽつりと口に出す。対して隣に腰掛けたラケルはただ黙って頷いた。

「無神経になるから言いたくなかったけど……苺ちゃんも双子の兄弟がいるよね」

 ラケルの告げた言葉にストロベリーは目を瞠る。
 ──そんな話は一度もしていないのに何故分かったのだろうか。神妙な面持ちでラケルを見つめれば、彼は緩やかに首を横に振る。

「苺ちゃんの姓もそうだけど、初めて出身地と名を聞いた時、妙に引っ掛かったんだ……」

 ──苺ちゃんが”オブシディアン”と黒兎に名付けた時に全てが噛み合った。姉と同じ時期に行方不明になった男の子の名前だから。それも自分達と同じ歳。だから印象深い。と、ラケルは極めて静かな口調で告げる。 
 開いた口が塞がらなかった。確かに、自分の兄が亡き者にされた地はペタルミルだ。
 だが、この地を収める伯爵家の子息であれば兄オブシディアンの失踪事件を知っていてもおかしくはないと今更のように理解出来てしまった。

「……うん、そうだよ。私も双子、オブは亡き者とされた兄の名前から取ったの」

 だけど、今どうしてその話をするのか──と、切り出そうとした途端に彼は緩やかに形の良い唇を開いた。

「僕の両親が見えなかったように、レヴィちゃんやファラちゃんがオブの存在に気付かないように妖精は普通の人には見えない。けれど見えるには幾らか条件があるって、この学院の図書館の本で知ったんだ」

 ──聖者或いは聖女の血筋。或いは魔女や呪術師、魔道士といった霊媒体質。だけど、一つだけ変則的な例外がある。それは双子である事と。静かな口調でラケルは続けた。

「ガミリィは聖女の素質。アレクに関しては、あれもきっと血筋。母親はうちの使用人で僕らの乳母だったけど、あいつには父親がいない。あいつの父親は王国聖省の聖騎士だなんて話も聞いた事がある」

 だから多分それだと、彼は添え告げた。

「それで、どうして双子だと妖精が見えるの……」

「ただの文献情報で深い詳細は分からないけど、双子って胎児になる時に魂を二分した神秘を起こしているかららしいよ。だからその分、こういった神秘の事象に過敏になるみたい」

「でも待って、私は妖精なんて今まで見たことも無かったわ」

 すかさずストロベリーは否定するが、ラケルは首を横に振った。

「それは多分、苺ちゃんが都会っ子だからだと思う。人工物が溢れた都会には妖精なんてそうそう姿を現さないから」

 それには妙に納得出来てしまった。確かに蒸気機関車や自動車が粉塵を巻き上げる今日だ。自然物の少ない場所にそういった神秘の存在が姿を現すなど考え難いものである。

「僕が出来る話はこれくらい。アレクがレイチェルって言っちゃったし、この件を踏まえて全て話さなきゃいけないから……。苺ちゃんさ。きっと兄弟の事を触れられるの嫌だろうなと思って。だから全てを話す事が怖かった」

 ──嫌われたくないから。と、消え入りそうな声で付け添えて。ラケルは再び俯いた。

「……馬鹿。今更嫌うなんて無いでしょ。確かに私の兄は失踪したまま帰ってこない。貴方のお姉さんは妖精にされた。兄弟が居なくなった事も人に見えない妖精にされた点において似通っててお互い様でしょ?」

 気にしないで、話してくれてありがとう。と、素直に告げて──ストロベリーは手を伸ばし、ラケルの蜜色の髪を撫でた。
 初めて直に触れた彼の髪は猫っ毛で柔らかい。指通りも滑らかで触り心地が良い。

「ラケルの髪って気持ちがいいね。サラサラのふわふわ……」

 ──ずっと触ってられそう。と、思ったままの事をそのまま告げると、彼は顔を起こして少しばかり照れくさそうな顔をした。

「情けないなぁ。普通は逆だよね……僕が苺ちゃんの髪を触って愛で回すべきなんだろうけど」

 まるで幼い子供のように唇を尖らせてラケルは言う。しかし、愛で回すとは……。何だかニュアンスが淫靡に聞こえてしまい、ストロベリーはサッと手を引っ込めた。だが、その手を掴んでラケルはグイとストロベリーを引き寄せた。

「じゃあ、今夜寮のベッドの上でお返しとばかりに苺ちゃんの髪を愛で回していい?」

 全く、どこからそういう発想が出てくるのだろうか……どうして淫靡な事を彷彿させる事に直結させられるのだろうか。ストロベリーはジトリと目を細めてラケルを睨む。

「ねぇ……どうしていつも途端に変態じみた事言うの。本当に台無しじゃない……」

「……え、ただの願望?」

 天使──或いは王子様のような顔でそんな事を言わないで頂きたい。ストロベリーはむくれると彼はクスクスと笑みを溢す。

「だって女装してようが、もうすぐ十八になる男だもの。当然の願望だし本能でしょ?」

 何か問題でもあるのか。とでも言いたげなしれっとした面で彼は言い放つ。
 だが、一拍も立たぬうち──いつの間にかバスケットから出たオブが、ラケルの腹に向かって猛烈な蹴りを入れた。
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