苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study11.使用人と青い鳥

11-2

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 ラケルに手を引かれたまま、中央広場の雑踏を掻き分けて歩んでいれば、街と農園地帯を結ぶ橋へと差し掛かる。喧噪は遠ざかり、橋を渡りきれば人は誰も居なくなった。
  少しばかり離れた丘陵の群れから麗らかな初夏の風がソヨソヨと吹き、爽やかな緑の香り立ちこめるものだが、何だか気分がほんの少し重たく思えてしまった。

 アレクと別れてからというものの、ラケルが一切口を開いていないからだろう。ただ、手を引かれる彼に、ストロベリーはとぼとぼとその後を着いて歩んでいた。

「……ねぇラケル。どこに行くの? お祭りはもういいの?」

 彼が何をしたいのかも分からず思わず問いかけると、ラケルはピタリと止まりストロベリーの手をパッと離した。

「ご、ごめん……僕」

 慌ててラケルは振り向くが、やはり先程一瞥した時と同じで相変わらずに余裕の無い面(おもて)を貼り付けていた。

「ねぇ、どうしちゃったの……急に」

 きっと、小鳥の”レイチェル”が関係しているに違いない。直ぐに悟る事は出来るが、一応尋ねてみる。すると、彼は俯いて再びストロベリーの手を握った。

「……こんなの苺ちゃんにしか話せなそう。ねぇ僕の話、聞いてくれない?」

「いいよ。何でも話して。聞くくらいなら出来るし。それに心配もする。だって私、貴方のルームメイトじゃない?」

 ストロベリーがぽつりと告げると、ようやく彼は顔を上げた。
 少し照れて笑っているように見えた。だが、明らかに憂いや深い悲しみを含んでいるようにも窺える──様々な感情が折り合った何とも形容し難い顔だった。

「橋の下にでも行こう。そこなら街の方も見れて夏至祭の気分も満喫出来るしピクニックみたいで一石二鳥じゃない」

 ──ね? と、今度はストロベリーが彼の手を引いて、夏草揺れる土手の下へと降りた。




「……あれが本当のレイチェルなんだよね」

 ──ううん、レイチェルだったもの。と、物憂気にラケルが語り始めたのは幾許か時間が過ぎてからだった。
 ようやく話を切り出したラケルにストロベリーは相槌に一つ頷いた。だが、彼が何を言わんとしているのか、それがどういった事かは理解出来なかった。

「嘘みたいな話だけど、少し聞いて欲しいな。信じて欲しいな」

 消え入りそうな声で彼はゆったりと言葉を紡ぎ始める。


 
 ────三年程前の夏至。姉とアレクと僕の三人でこうしてラベンダーポットの夏至祭に来たんだ。だけど嫁入り前の婦女という事もあって姉にはしっかりとした門限があった。
 それを越えてしまえば、お目付役のアレクの責任にもなってしまう。だけど僕の姉さんは本当に天真爛漫な人でね『まだ帰りたくない』なんて我が儘を言ったんだ。

 だけど、いくら主従の関係にあろうが幼馴染みの間柄だ。アレクも甘いからね。上手いこと理由を探して、それに合意してやったんだ。それで、少しばかり立ち寄った場所が以前オブを返したあの森だった。ただの散歩だったけど、その最中に突然の雷雨に襲われてね。木の下で雨宿りをしてる時に突然、大きな白い梟が現れたんだ。

『美味そうな魂を持つ娘だって』そんな事を言ったんだ。

 動物が言葉を話せるなんて、人知を越え過ぎている。だから神秘的な存在だと直ぐに分かった。でも、その梟は何もしなかった。ただそれだけ告げて去ったんだ。だけど、直後に姉が苦しみ始めて……みるみるうちにあの小鳥の姿──妖精に成り果ててしまったんだ。

 にわかに信じ難かったよ。僕だって今も信じたくない。

 だけど本当に目の前で起きた事なんだ。そうして姉だった小鳥を連れて屋敷に戻ったけど、誰もその小鳥が見えなかった。見えたのは僕とアレクだけ。父さんも母さんも『馬鹿みたいな事を言うな』って僕らを怒鳴り散らしたよ。

 だけど、少しは信じたんだろうね。両親は姉の捜索依頼をしなかった。それに、屋敷内で不祥事でもあったのかとか思われてもおかしくない。貴族は噂が好きだからね。大きな騒動や勝手に葬式をされる事を危惧したんだと思う。

 でも、きっと戻ってくるだろうって信じてたんだろうね。無論、今も両親は病的な程までに姉が戻って来る事を頑なに信じてる。

 と……全てを語り終えると、ラケルは小さな溜息を吐き出した。
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