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Study11.使用人と青い鳥
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しおりを挟む……使用人という事は、ラケルが女学院に女装潜伏している事は存じているに違いない。自分は以前制服姿でアレクと会った。だから”あの女学院の生徒”と分かるだろう。
そこの生徒と女装していないラケルがこうして一緒に食事をしている所を見られるのは確実にまずい──それを直ぐに悟ったストロベリーは慌ててラケルの方を向くが彼は逃げも隠れもせず、近付く男に向かってヒラヒラと手を振った。
「ねぇ。その、大丈夫なの……」
言っている意味を理解していないのだろうか。ラケルは目を丸くして小首を傾げた。
「大丈夫って何が?」
案の定である。いったい何の事やら……とでもいったかんじに彼は聞き返すが、ようやく事を理解したのか『心配しなくて良いよ』と、クスリと笑う。
「あー居たんだ、ラケル坊ちゃん」
アレクは近付くなり、ラケルに声をかけた。相変わらずにばつの悪そうな面である。やれやれと首の裏を掻いて彼は視線を反らす。その視線がふと交じり合ってしまった。その途端、アレクはアイスブルーの瞳を瞠って、ストロベリーをジッと見つめた。
「あれ、君この間の……」
「この間はすみませんでした」
座ったまま、ヘコリと頭を垂れて詫びると彼は即座に首を横に振るう。
「いや、いいよ。随分と前の事だ。まさか坊ちゃんの事情を知ってるルームメイトが君だとは思わなかったけど」
──しかし、使用人という割には砕けた口調だと思った。お目付役……とラケルは言ったが、きっと幼馴染みという点で彼らが親密な関係性だと窺う事は出来る。
だが、歳は少しばかり離れているだろう。ラケルは十七歳。だが、アレクというと若年齢ではあるが、二十を越した年齢だと風貌から窺う事が出来た。
ふと、以前レヴィの言った噂を思い出してしまった。
『レイチェルは使用人と恋仲らしい』と……。
恐らく、それはきっと彼の事ではないのかと思えてしまう。何せ、少しばかり強面でガッチリとしていて背が高い──と、全てが合致してしまったからだ。
────なるほど。
まるでパズルのピースが合わさったかのような納得出来た事に爽快感さえあった。しかし、あまりにジッとアレクの顔を見ていたからだろうか。彼は『俺がどうかしたか?』だなんて訊くものだから、ストロベリーは即座に首を横に振るう。
「ああ、ごめんなさい。ラケルと似た綺麗な目の色だなぁ……なんて思っただけで。ついジッと見ちゃって」
そんな風に答えると、彼は少しばかり照れくさそうに『そうでもない』と、笑んだ。
その途端、隣からは大袈裟な程に大きな溜息が聞こえてくる。それから間髪入れず──
「で、僕のデートの邪魔しに来たと? 物凄い歌唱力でぶっ壊しに? それで苺ちゃんを僕から取ろうって?」
ラケルはふて腐れた口調でアレクに言い放った。
「この地方で祭を催してるのはラベンダーポットに限った話でもない。メリッサポットかゼラニウムポットでも催されている。あんたがどこに行くのか俺も聞いてなかったんだよ」
「屋敷と学院から一番近い場所って、どう考えてもここしかないでしょ?」
「そう。だから俺も暇を与えられたから、近場って事でこっちの祭に来ただけっていう」
「それで、歌唱大会に出ちゃったと……」
「うん。明日から一年、毎日牛乳が届くっていう」
──やったぜ。なんて、言い添えて。アレクはピースサインをするが、少しばかり悪戯気に目をジットリと細めていた。
っていう。と、締めくくるのが彼の口癖だろうか……肩に乗せた青い小鳥の妖精と良い、あの壮絶な歌唱力と言い、見た目に反するギャップの凄まじさを思い知りストロベリーはポカンと唇を開いてしまった。
尚、今も彼の肩の上ではチュンチュンと愛らしい声で小鳥は囀っている。しかし、ラケルと話しているアレクの本質を知ると、段々と”可愛い小さな小鳥”と”強面で体格の良い青年”という不釣り合いな違和も薄れてきてしまった。
──慣れとは怖いものだ。そんな風に心の中に一人ごちて、ストロベリーは彼の肩に留まった青い小鳥を見ている最中だった。小鳥はストロベリーの視線に気付いたのか、小首を傾げてチチと囀る。だが直ぐに途端に空気に溶け込むように姿を眩ましてしまった。
しかし直ぐに囀る可愛らしい鳴き声は聞こえてくる。ふと、その声の方へ視線を向けると、小鳥は自分の抱えたバスケットの取っ手部分に留まって、中で大人しく丸まっているオブを見下ろしていた。
小鳥が近寄ると、オブは直ぐにムクリと起き上がった。鼻をヒクヒクと動かして、小鳥の嘴にチョンと触れた後にジッと見つめ合っている。妖精と妖精だ。何か話しでもしているのだろうか……。確証さえ無いが、そんな風に窺えてしまった。
「おおレイチェル。友達が出来たのか?」
相変わらずな砕けた口調でアレクが言うと、小鳥は直ぐにアレクの肩の上に戻った。
────レイチェル?
今、アレクはそう言っただろう。レイチェル。それは屋敷から出る事も出来ない彼の姉の名の筈。ストロベリーはハッと目を瞠り、彼の肩に飛び移った小鳥を見つめた。
亡き者とされた兄の名を妖精の兎につけた自分も充分におかしいとは思うが、明らかにこれはおかしいと思ってしまう。自分の遣える屋敷の娘の名を妖精につけるだなんて変だろう。
聞いた話だけでは、レイチェルは屋敷から出れないだけで存命には違いない。
不謹慎にも程がある。否や、無礼だろう──と、下世話にも思った須臾だった。
「……デートの続きがしたいから僕達はもう行くね」
ラケルはぽつりと告げるなり、サンドの包み紙を丸め始めた。いつもならば丁寧に折り畳む筈なのに、そんな乱暴な所作はどこか怒っているかのように思えてしまう。
「行こうか、苺ちゃん」
立ち上がった彼は、直ぐにストロベリーの手を引いた。直ぐに顔を背けたものだから、表情はしっかりと見えなかったが、チラリと見えた彼の表情は余裕の無い面だった。
別に怒ってはいなそうではある。だが、明らかにアレクの発した”レイチェル”という名称に反応したのだと理解出来てしまった。
「じゃあね、アレク。また屋敷で……近いうちまた外泊許可取って帰るから」
──その時にでも優勝景品の牛乳ちょっと飲ませて。なんて笑いながら付け添えて。
極めて、穏やかな調子でラケルは言う。
彼はアレクの方を一度も振り向く事もなく歩み始めた。
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