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Study9.友ならば熾烈に争え!
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その日の夜の事だった。
先に入浴を済ませたストロベリーはコツコツと宿題の消化をしていた。
淑女教育に計算など必要なものなのだろうか……なんて思うものの、集中して彼女は数式を解く最中。ふわりと、爽やかな石鹸の匂いが鼻腔を掠めたと同時だった。
「……ねぇ、苺ちゃん」
ぽつりと間近でした青年の声に驚嘆してパッとストロベリーが振り向けば、入浴を済ませたラケルが濡れ髪にリネンを被して真後ろからストロベリーを見下ろしていた。
「な、な……なに?」
唐突過ぎて喫驚してしまった。未だ驚きが収まらずあわあわと唇を動かしていれば、彼はクスクスと笑む。
「何度も呼んだのに凄い集中力……」
「ええ……ごめん。どうしたの?」
「いや大した事では無いけど。そのさ、前に言った話って覚えてるかな?」
──前に言った話とは何だろうか。何も思い出せず、ストロベリーは首を捻る。
「ファラさんの寝落ちの早さの話?」
「違うよ」
「じゃあ、十五のレヴィちゃんがカードゲーム賭博のイカサマでお金を巻き上げて領地のパーティーに出入り禁止になりかけたって話?」
続け様に聞くが、彼はふるふると首を横に振るう。
「え、そんな話初めて知った。面白そうだから今度本人から詳しく聞こう……じゃなくって!」
「何? どうしたの?」
「あの……女装しないで、普通の格好で苺ちゃんと一緒に遊びに行きたいって話」
語尾に行くほどに、消え入りそうな声になっていた。心なしか、ほんの少し彼の頬が赤らんでいるようにさえ見える。しかし、何故今その話なのだろうか。確か、オブを森に返した真冬の帰り道にそんな話はした気がするが……。
「別に……いいけど?」
サラリと答えると、ラケルはアイスブルーの目を大きく開く。
「本当!」
「うん。別に構わないけど……どうしてまた急に」
「上手いこと話はつける。だから、折角だし一緒に夏至のお祭りに行きたいって誘いで」
「でも待って、お祭りは皆で行くって……」
その件においては今日、話をしたばかりだ。断って自分が別の人と出掛けるのは何だか後ろめたい気がしてしまう。ストロベリーは眉尻を下げてラケルを見上げる。
「そうだけど。僕は苺ちゃんと二人で行きたいって思ってて……だから合意はしなかった」
ラケルは直ぐに視線を反らして、小声で言う。確かに思えばそうだろう。ファラは寝ていたし、その時の彼も何も答えやしなかった。その場で頷いたのは自分だけで……。
「提案してくれたレヴィちゃんに心底申し訳ないけど、絶対に”しょうがないなぁー”って言いそうな妙案があるんだ」
「そう。じゃあ、その妙案に乗る事にするよ。だって半年も前に一応この約束はしたしね」
ストロベリーが答えた途端だった。彼は突然、くしゃみをするものだからストロベリーは立ち上がって彼の頭に手を伸ばす。
「いくら暖かいとは言っても、髪の毛濡れたままだと風邪を引くでしょ。しっかり乾かさないとダメだよ」
ワシャワシャと撫でるように拭いてやると、ラケルは礼を言う。しかし、やはり思ってしまう。また少し身長が伸
びたと……。
「……ねぇ、ラケル。貴方、大丈夫なの。あと一年もつの?」
心の中で思っていた事は声に出てしまっていた。ハッとして、直ぐにストロベリーは口を噤むと彼は不思議そうな顔でストロベリーを覗き込む。
「何の話?」
「……とっくに気付いてるかも知れないけど、明らかに身長が伸びてるから。喉仏も出てるし声変わりだってしているから、さも当然の事かも知れないけど」
ありのままに答えると、彼は自嘲するような笑いを溢した。
「うん。気付いてるよ。もうじきに限界だろうなって。いつかバレるんじゃないかなって。出来る事なら今だけは成長を止めて欲しいっていつも神様に祈ってる」
──身体の成長が遅かった分、本当はもっと背が高くなりたいし男らしくなりたいんだけどね。と、優しい口調で付け添えた言葉はどこか悲しげに聞こえてしまった。
初めこそは警戒した。でも今は大事な友達だとは思う。情もあるだろう。だから、今は何だか彼がいたたまれないとさえ思えてしまった。
しかし、気の利いた言葉は見つからないもので──
「来年一緒に卒業しようね」
ただそれだけを告げると、彼は優しく笑み、身を屈めた。
濡れ髪から香るのは石鹸の匂い。それが鼻腔を貫き、身を包まれるような暖かさにストロベリーは目を瞠る。抱きしめられた──と、悟るまでに時間は掛からない。だが、いつものように邪険に抵抗する気も起きなかった。
「苺ちゃんが僕のルームメイトで本当に良かった」
──ありがとう。と、添えるように呟いた彼の言葉はストロベリーの心に酷く残った。
先に入浴を済ませたストロベリーはコツコツと宿題の消化をしていた。
淑女教育に計算など必要なものなのだろうか……なんて思うものの、集中して彼女は数式を解く最中。ふわりと、爽やかな石鹸の匂いが鼻腔を掠めたと同時だった。
「……ねぇ、苺ちゃん」
ぽつりと間近でした青年の声に驚嘆してパッとストロベリーが振り向けば、入浴を済ませたラケルが濡れ髪にリネンを被して真後ろからストロベリーを見下ろしていた。
「な、な……なに?」
唐突過ぎて喫驚してしまった。未だ驚きが収まらずあわあわと唇を動かしていれば、彼はクスクスと笑む。
「何度も呼んだのに凄い集中力……」
「ええ……ごめん。どうしたの?」
「いや大した事では無いけど。そのさ、前に言った話って覚えてるかな?」
──前に言った話とは何だろうか。何も思い出せず、ストロベリーは首を捻る。
「ファラさんの寝落ちの早さの話?」
「違うよ」
「じゃあ、十五のレヴィちゃんがカードゲーム賭博のイカサマでお金を巻き上げて領地のパーティーに出入り禁止になりかけたって話?」
続け様に聞くが、彼はふるふると首を横に振るう。
「え、そんな話初めて知った。面白そうだから今度本人から詳しく聞こう……じゃなくって!」
「何? どうしたの?」
「あの……女装しないで、普通の格好で苺ちゃんと一緒に遊びに行きたいって話」
語尾に行くほどに、消え入りそうな声になっていた。心なしか、ほんの少し彼の頬が赤らんでいるようにさえ見える。しかし、何故今その話なのだろうか。確か、オブを森に返した真冬の帰り道にそんな話はした気がするが……。
「別に……いいけど?」
サラリと答えると、ラケルはアイスブルーの目を大きく開く。
「本当!」
「うん。別に構わないけど……どうしてまた急に」
「上手いこと話はつける。だから、折角だし一緒に夏至のお祭りに行きたいって誘いで」
「でも待って、お祭りは皆で行くって……」
その件においては今日、話をしたばかりだ。断って自分が別の人と出掛けるのは何だか後ろめたい気がしてしまう。ストロベリーは眉尻を下げてラケルを見上げる。
「そうだけど。僕は苺ちゃんと二人で行きたいって思ってて……だから合意はしなかった」
ラケルは直ぐに視線を反らして、小声で言う。確かに思えばそうだろう。ファラは寝ていたし、その時の彼も何も答えやしなかった。その場で頷いたのは自分だけで……。
「提案してくれたレヴィちゃんに心底申し訳ないけど、絶対に”しょうがないなぁー”って言いそうな妙案があるんだ」
「そう。じゃあ、その妙案に乗る事にするよ。だって半年も前に一応この約束はしたしね」
ストロベリーが答えた途端だった。彼は突然、くしゃみをするものだからストロベリーは立ち上がって彼の頭に手を伸ばす。
「いくら暖かいとは言っても、髪の毛濡れたままだと風邪を引くでしょ。しっかり乾かさないとダメだよ」
ワシャワシャと撫でるように拭いてやると、ラケルは礼を言う。しかし、やはり思ってしまう。また少し身長が伸
びたと……。
「……ねぇ、ラケル。貴方、大丈夫なの。あと一年もつの?」
心の中で思っていた事は声に出てしまっていた。ハッとして、直ぐにストロベリーは口を噤むと彼は不思議そうな顔でストロベリーを覗き込む。
「何の話?」
「……とっくに気付いてるかも知れないけど、明らかに身長が伸びてるから。喉仏も出てるし声変わりだってしているから、さも当然の事かも知れないけど」
ありのままに答えると、彼は自嘲するような笑いを溢した。
「うん。気付いてるよ。もうじきに限界だろうなって。いつかバレるんじゃないかなって。出来る事なら今だけは成長を止めて欲しいっていつも神様に祈ってる」
──身体の成長が遅かった分、本当はもっと背が高くなりたいし男らしくなりたいんだけどね。と、優しい口調で付け添えた言葉はどこか悲しげに聞こえてしまった。
初めこそは警戒した。でも今は大事な友達だとは思う。情もあるだろう。だから、今は何だか彼がいたたまれないとさえ思えてしまった。
しかし、気の利いた言葉は見つからないもので──
「来年一緒に卒業しようね」
ただそれだけを告げると、彼は優しく笑み、身を屈めた。
濡れ髪から香るのは石鹸の匂い。それが鼻腔を貫き、身を包まれるような暖かさにストロベリーは目を瞠る。抱きしめられた──と、悟るまでに時間は掛からない。だが、いつものように邪険に抵抗する気も起きなかった。
「苺ちゃんが僕のルームメイトで本当に良かった」
──ありがとう。と、添えるように呟いた彼の言葉はストロベリーの心に酷く残った。
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