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Study9.友ならば熾烈に争え!
9-1
しおりを挟む進級試験開始後、ものの数日で合格発表があった。
それから二週間と少しが過ぎ去っただろう。ペタルミルで最も美しい季とされる肥沃な緑の映える初夏となった。
進級試験は見事合格。落第退学者はゼロ。皆新しい新学年をスタート出来る事となり、そして今日終業式が行われた。
「苺ちゃんは本当に私の期待を裏切るぅー。どーして落第退学にならないのー?」
「だーから、私は普段の行いが良いの。って何度も言ってるでしょ……」
こんな煽りと切り返しはいつもの事。ストロベリーはサーモンサンドを頬張りながら正面席に腰掛けたレヴィをジトリと睨んだ。
──本日は終業式のみ。午前中で学院は終わった。式典が終われば『折角だし、いつものメンツで一年お疲れ様会でもやろう!』なんてレヴィ提案され皆、それに即合意した。そうして四人で制服のままラベンダーポットの街へ降りて今に至る。
夏至祭まで残り二週間程だからだろう。広場には花飾りの装飾が施されていて、どこか華やかな雰囲気があった。
だが同時に、占いで言われた”最も不運とされる時期”に間もなく突入する事をストロベリーは改めて思い出す。とは言え、最強の恋愛運は当たってない。だからきっと、そこまでの不運に苛まれる事はきっと無いだろう──と、彼女は思い正して再び食事を再開した。
「しかしこうもアッサリと休みに入っちゃうと刺激が足りないというのか、気が抜けるというのか……物足りない」
「確かに進級試験まで忙しない数ヶ月だったもんね」
心底つまらなそうに唇を尖らせて呟くレヴィに対してファラは溜息混じりの相槌を打つ。
しかし怒濤だった。それを”刺激”と言える事に感嘆してしまうが、本当に怒濤だったとストロベリーは振り返る。
──後にも先にもこんなに熱心に勉強はした事も無いだろう。
消灯時間の後、手燭を灯して徹夜した回数は二回程。目の下に黒々としたクマを作って筆記試験に臨んだ……なんて事もあった。
その苦行を思い返して、ストロベリーは一つほぅと息を吐く。それと同時だった。正面に座るレヴィがいきなり何か思い立つように声を上げるものだから、皆パッと彼女に注目した。
何か閃いたのだろうか……レヴィはニンマリとしたどこか妖しい笑みを浮かべる。
これは間違いなく良からぬ事を考えている顔だ。長い付き合いになり初めたのだから、だいたい分かってしまう。ストロベリーは直ぐに視線を反らすが『どうしたの?』なんてファラが聞くものだから、レヴィは妖しい笑みを浮かべながらハンドバッグを漁り始めた。
何だというのか……。
ジトリとレヴィを見つめる事、数秒。彼女はハンドバッグからカードを取り出した。
「サンドは美味しいけど、喉渇いたなぁ~なんて」
その発言からもう分かってしまう。”カードゲームで飲み物を賭けた熾烈な争いをしよう”と言わんとしているのだと……。
積極的で気取らない。ムードメーカーなレヴィはとても良い友達だと思う。だが無類のゲーム好きで、賭け事が大好きな所は淑女として如何なものかと思えてしまう。
確かに、社交界でもカードゲームやボードゲームは主流の遊びで紳士淑女の嗜みだと言えるだろう。しかし、彼女は強すぎた。きっと、どんな聡明な紳士が挑んだとしてもボロ負け確定。甘酸っぱい恋の話にも繋がらなそうと思ってしまう程で……。
「こーんなに平和ボケしてるのも良くないでしょ。喉もカラカラ。だから飲み物を賭けてゲームでもしようよ?」
──カードゲームも淑女の嗜み。なんて言い添えて、レヴィは小悪魔的な笑みを魅せる。
「ちょっと待って、レヴィちゃん相手に勝てるわけ無いでしょ!」
補習でよく一緒になっていた事から、待機時間に幾度かゲームをして遊んだ事があった。完膚なきまでに叩き潰された回数は数知れず。改めてそれを思い出したストロベリーは渋った面でレヴィに首を横に振る。すると、彼女は頤に手を当てて、少しばかり考えるようなそぶりを見せた。
「じゃあルールを変えるのはどう? 自信無いなら自己申告。枚数を減らすハンデをつける。それでどう? 乗る? 乗らない?」
サラサラとした黒髪を揺らしてレヴィは小首を傾げた。
「自信無い。手札を減らしてくれるなら」
「私も。カードゲームはそこまで得意じゃないの。だから大目に見てね」
即座にストロベリーとレイチェルは申告した。
「ファラさんは別にハンデは要らないよね?」
「うん要らない。私もねぇ、手加減無しでレヴィさんと一度本気で戦ってみたかったし。正直、負ける気はしないもん」
ふわふわとした調子でファラは言うが、あまりに強気の発言にストロベリーとレイチェルは目を瞠った。
ファラと言えば、ふわふわとした雰囲気の稚さの残る少女だ。
人形のような愛らしい見た目から争いは愚か、賭け事なんて絶対に好まなそうに思えてしまう。だからこそ、この食いつきに驚いてしまった。
「ね、ね。レヴィさん。みーんな叩き潰す勢いで、やってもいい?」
いつもの柔らかな喋り方も明るい笑顔も変わらない。だが、言葉は果てしなく物騒だった。
こんなの自分の知っているファラでは無い。いつもの、ふわふわとした稚い美少女はどこにいったのやら……。そんな彼女の豹変に戦慄してストロベリーとレイチェルはギシギシと首を動かして顔を見合わせた。
……それから数分後。勝敗は決まりストロベリーとレヴィはテーブルに項垂れていた。
「ファラさん強すぎ」
「だって、レヴィさん相手だし。本気でやるって言ったもん」
そんなやりとりを見て、ストロベリーとレイチェルは『やだもうこの二人怖い!』と散々に喚き散らしていた。
結果は案の定だった。ファラ、レヴィ、レイチェル、ストロベリーの順である。
同じくハンデを貰ったレイチェルとは良い勝負だったが、それでもギリギリで負けてしまったのでだ。しかし、負けは負けに違いない。ストロベリーは顔を上げて、注文を聞いた。
「……で、皆葡萄ジュースで良いんだね」
席を立って確認を取ると全員同時に頷いた。ストロベリーは財布を握り市場の方に向かって歩み始める。
丁度昼時という事もあるだろう。こぢんまりと狭い市場の割に意外にも人がごった返しているもので、ストロベリーは人を避けながら目的の屋台に進んでいる最中だった。
前方には注意していた筈だ。だが、人の数はかなり多い。その所為か、前を歩んでいた背丈の高い男性にぶつかってしまいストロベリーは頭を垂れて詫びると、頭上から愛らしい小鳥の囀りが響いた。
パッと顔を上げると、羽振りの良い青年が立っていた。背丈は見上げる程に高く、ラケルの瞳の色とよく似たアイスブルーの瞳と視線が交わり息を飲む──ガッチリとした体躯、少しばかり強面な青年がストロベリーを見下ろしていたのだ。
そんな青年の肩には青い小鳥が留まっていた。何とも不思議で異様な組み合わせだ。
その異様に目立つ組み合わせを見れば、きっと誰もが二度見する筈だが誰も気にも留めない様子だった。それ以上に、小鳥の存在に誰も気付いていないようだった。
ストロベリーはジッと小鳥の方を見つめてしまう。
するとチチッ……と愛らしい声で小鳥は囀り、小首を傾げてストロベリーの方を不思議そうに見つめた。かと思えば、スッと消えてしまい、今度は反対側に肩に姿を現す。
その様に驚嘆するも、直ぐにそれが何か理解出来てしまった。きっと、この小鳥は自分が飼っている黒兎のオブに近しい存在に違いないだろうと……。
「ちょっと嬢ちゃんと兄ちゃん真ん中で立ち止まらないで頂戴! 前に進めなくて邪魔だわ!」
後ろから響いた中年女性の声に驚嘆してストロベリーが肩を震わせた途端だった。
「前はちゃんと見て。人が多いからね。怪我をしないように気をつけて」
低く平らな声でそれだけ告げると、彼は雑踏の中に消え去って行った。
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