苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study8.感謝を込めた贈り物

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 それから三日後の放課後──件の宿題はその日のうちに返却されて、過去最高の評価を貰った。そして新たな宿題は、それを送る事と……。
 ストロベリーは丁寧にラッピングした小袋を手に職員室に向かっていた。しかし、その顔は緊張で凍り付いている。

 何せ、相手は手厳しいレディ・アムだ。

 仲間三人には明かしたが、それを言うと皆目を丸くして驚いていた。

 ──傍迷惑だなんて怒られる可能性も無きにしも非ず。だが、レディ・アムの性質を考えるとダメ出しをされるかも知れないが、きっと受け取っては貰えるのだろうと。

 しかし、何だか背後から妙に視線を感じるものでストロベリーが立ち止まって振り向けばファラがこぢんまりと突っ立っていた。だが間髪入れず物陰から手が伸びて、ファラを引きずり込むのが見えてしまう。

「もーファラさんバレちゃうでしょ!」

「えー別に隠れる必要ある? 苺さんこれから男の子に告白する訳でも無いんだよ?」

 キャンキャンと物陰から騒ぐレヴィの声に『バレちゃうでしょ!』なんて小声で言うレイチェルの声も聞こえて来た。

(やっぱり……っていうか聞こえてるよ)

 今すぐツッコミたい気持ちはあるが、下校時刻は迫っている。ストロベリーは背後の三人を気にしつつ、足早に職員室に向かった。

 ──職員室に入ると、流石は進級試験シーズンなのか、レディ・アムもレディ・アーサも何やら忙しそうにしていた。だが、折り入った話があると言うと、レディ・アムは直ぐ承諾してサロンで待っているように告げる。

 それから、ストロベリーは階段を昇り教室の隣のサロンへと向かう。だいぶ陽が伸びてきたが、それでも日没は未だ早い。茜のさすサロンで佇んでいる事、間もなく。レディ・アムは入室した。
『何用ですか』と、ぶっきらぼうに言って、艶やかに長い藍色の髪を彼女は掻き分ける。

「レディ・アム。お時間頂きありがとうございます」

「ええ、ですが存知の通り、私も忙しいので手短に」

 キッパリと言われ、少しばかり緊張してしまうが、ストロベリーは手に持った袋をそっと、レディ・アムに手渡した。

「何ですか?」

「生徒に贈り物など贈られても困るかも知れないですが、これも宿題です。感謝する相手を思い縫い、それを贈らなくてはいけません。私がそう思う方がレディ・アムでしたので」

 丁寧な口調で告げると、レディ・アムは目を丸く見開いて小包を受け取った。

「私に?」

「ええ、レディ・アムにです。補習ではとてもお世話になったので。貴女の言葉に落ち込んだ事もありますが、幾度も鼓舞こぶされました」

 真実を告げると、彼女は『開けても良いですか?』と穏やかな面(おもて)で告げた。それに頷くと彼女は丁寧な所作でリボンを解き小包を開く。
 彼女が手に取ったものはハンカチーフ。
そこに刺繍されたものは、藍色のカンパニュラ。花なんて詳しくも無い。だが、図鑑で見たその花がどこか彼女の髪色を思い出すから選んだもので──。

「私、そこまで花は詳しくないですが、これは?」

「カンパニュラです。そのままですが感謝の意味を持ちます」

「そう、ありがとう」

 アッサリと告げるが、彼女の唇は綻んでいた。それだけで、喜んで貰えたのだと分かり、ストロベリーは心底安堵した。そんな様子に見かねたのだろう。彼女はストロベリーの方を向くと、少し呆れたような表情に変えて一つ咳払いをする。

「歌唱はさておき、貴女は刺繍がとても上手ですね。大事にします」

 ──ありがとう。と、少し砕けた言い方で、彼女は長いスカートを摘まんで優雅に一礼する。

「いいえ。こちらこそお忙しい所ありがとうございました」

「進級試験までもうすぐです。身を引き締めて頑張りなさい」

 ──落第なんてならないように。なんて刺々しく付け足して。彼女はストロベリーの肩を叩くと足早にサロンを去って行った。
 そこで緊張の糸がプツリと切れてしまった。ストロベリーがその場にしゃがみ込むと間もなく──三人の生徒が雪崩れ込むように、サロンにバタバタと入ってくる。

「苺ちゃん! やったじゃん!」

 バッと抱きついて来たのは、レイチェルだった。不自然な柔らかさの作り胸が腕に当たるが、彼はさほど気にしていないだろう。しかしあまり、押し当てられても綿がずれてしまわないかと心配になる。流石に心配になって、緩やかに引き剥がそうとするが、彼は構わぬ様子で剥がれやしない。しかし、その時ストロベリーは今更のように気付いてしまったのだ。

 彼は元々少し自分より背丈は高かったが、最近一段と背が伸びたような気がしてしまう。それに、冬服で身を覆っているとしても以前抱きしめられた時より骨張った体つきになっていると──ハッと顔を上げるが、そこには変わらぬ可愛らしい少女の”レイチェル”の顔がある。だが、あと一年本当に持つのか、彼の秘密がバレてしまうのではないのかと妙に不安な気持ちが押し寄せた。

「私、あんなにご機嫌なレディ・アム初めて見たよ」

「ね。すごくニコニコ」

 知らないのだから、そんな事に微塵も気付いてもいないだろう。
 レヴィとファラは優しい笑みを浮かべてストロベリーとレイチェルをいつもと何ら変わらぬ視線で見つめていた。
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