苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study8.感謝を込めた贈り物

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「苺ちゃん補習だと思ったのにー最近いっつも私を裏切るぅー」

 正面の席に腰掛けて、ふて腐れるレヴィにストロベリーは鼻を鳴らしてせせら笑う。

「私は普段の行いが良いから」

 散々、補習の授業で一緒していた所為もあって今では大の仲良し。レヴィはたいそう不服そうな視線でストロベリーを睨んでいた。

「レヴィさん躓いて紅茶ひっくり返しちゃっただけでしょ? 運が悪かっただけ。それ以外満点通過だって言われたじゃん」

 すかさず、ファラはフォローを入れるが『そうだけど、そうだけどもぉ……』と喚き散らして、レヴィは頬を膨らませたまま机に突っ伏せた。

「もう……みんな。図書館は大きな声で喋っちゃダメだよ」

 ストロベリーの隣の席で、分厚い本の項をめくるレイチェルは『シッ』と人差し指を唇の前に突き立てて三人に小声で言う。

 現在は放課後。ストロベリーはレイチェルとレヴィ、ファラと一緒に図書館に来ていた。 
 先程レディ・アーサから言い渡された刺繍の宿題の為だった。
 ──”感謝”する相手に送る為。確か、そんなお題だが、デザイン案が全くもって浮かばない。それに、誰に送るかさえストロベリーは未だ浮かんでいないもので、真っ新な紙を見つめて、ストロベリーは鼻の下にペンを置いて唇を尖らせる。

「ね、皆は誰に送るか決めた?」

 鼻の下にペンを置いて唇を尖らせたまま喋ったのがまずかっただろう。真正面に座したレヴィはたちまち火を付けたように大笑いするもので、他の席で同じように資料探しをする生徒達がバッと振り返る。

「し、静かに……静かにしよう」

 正面に座っているのだから、それを確と見ていたのだろう。ファラはこちらを一瞥もせず声を震わせて言うものだから、ストロベリーは真っ赤になって鼻の下からペンを取る。

「……さっきの顔、最高にブスだった」

「失礼ね。チャーミングって言ってよ」

 未だ肩を震わせて言うレヴィにストロベリーはしれっと突っ撥ねる。

「同室だし勉強で行き詰まった苺ちゃんが蛸みたいにチャーミングな顔をしてるの私はもう見慣れてるけど……」

 ──うん、静かにしよう。と、二度目の忠告を入れてレイチェルは三人の顔を一人ずつ見つめた。

「あ……私はお母様にしようかなって」

 ファラは仕切り直すように、ストロベリーに向き合って言った。それから続けてレヴィは『同じく』と、頷く。

「レイは?」

 熱心に分厚い本を見つめるレイチェルにレヴィが問いかける。だが、レイチェルは直ぐに首を横に振った。

「未だ決まってない?」

 続け様にレヴィは尋ねるとレイチェルは顔を上げて唇の前に人差し指を再び突き立てて──

「ん……秘密」

 と、ぽつりと告げて、再び本に視線を戻す。

「あ、これ絶対アレだ」

『……アレ』

 レヴィの言葉をストロベリーとファラは復唱する。すると、レヴィは即座に小指を立てた。

「そう、アレ」

 ──つまり恋人、思いを寄せる人と。それを理解して、ストロベリーとファラはパッとレイチェルの方を向く。すると、レヴィはニヤニヤしながら、手招きをするものだから、ストロベリーは身を乗り出した。すると、彼女はコソコソと耳打ちを入れた。

『レイって、使用人と実はデキてるらしいよ。一度街で二人で会ってるの見たことあるの。背が高くてちょっと強面で真面目そう。少し体格が良いかんじの年上でね。何だかイチャイチャしちゃって嬉しそうに歩いていた』と。

 その言葉にストロベリーは目をみはって彼の方を一瞥する。

 自分だけしか知らない事だが、彼は男だ。この女装は姉の身代わり。別に女装愛好者でもないし同性愛者では無いとはうかがえる。
 今まで話しをしてきた事を思い返せば、これは恐らく違うと思う。だとすれば、それは本当の”レイチェル”の方だろう……。だが、以前聞いた彼の話によると本当のレイチェルは何らかの事情があって、屋敷から出る事が出来ない。だから、こうしてラケルを学院に送り込んでいるのだ。

 複雑な気持ちが交差してしまう。思えば、彼の姉の事や家の事、家族の話など詳しく聞いた事も無かった。ストロベリーは腕を組み眉間に皺を深く寄せる。

「それで、苺ちゃんは宿題の件の相手とかモチーフは決まったの?」

 ぽつりと隣から響くレイチェルの声にストロベリーはハッと我に返った。

「ううん……未だ。提出は明後日までだし今日中に決めないとね」

 ──とりあえず今は宿題の方を優先的に考えるべきだ。と、改めて思い正してストロベリーは、頬杖をついて自分が感謝を述べたい相手を考え始めた。



 ……無論、父母には感謝している。だが、縁談の件が結びついてしまうもので、あまり考えたくもなかった。双子の兄オブシディアンの事もふと過ぎるが、彼は亡き者とされている。それに、三年も間が空いてしまったもので具体的な感謝が浮かばない。そこで一番に浮かぶのはレイチェル──否やラケルだ。

 だが、聖星祭の時に似合いそうなタイピンをプレゼントしたし彼からも苺の花を模したコサージュを貰った。それに感謝は随時気付けば言うものだから改まるのもおかしいだろう。
 そこで思い立ったのは”最もお世話になった人物”だ。ここ最近で……それを考えると一人の人物が結びつく。

 補習で毎回のように顔を合わせた存在。そう……厳しいと定評のレディ・アムだった。

 確かに厳しいと思うが生徒思いなのだろう。 
 彼女は放課後遅くまで残り、完璧になるまで補習はとことん付き合ってくれた。ある意味、レディ・アムが居たからこそ、補習常連の汚名をそそげたものだと思う。それも、主担当の歌唱だけではなく、手紙の書き方や詩、裁縫に紅茶作法なども……。



(レディ・アムしか居ない……)

 ようやく確信するが、次は”何にどのような刺繍をするべきか”という点で苦悶した。

「苺さん悩んでる」

 紙にザラザラと下絵を描き始めたファラは手を止めてストロベリーに花を綻ばせたような笑みを向けた。

「ん。”誰に”は決まったけど……どんなデザインかは未だで……」

 眉根を寄せて、手元の白紙を睨むが妙案は一向に出てこない。ストロベリーが僅かに唸り声を上げた途端だった。

「自分が贈り物を貰う時って、相手が自分の事を考えてくれたの分かるから、それだけで嬉しいよね。だから、自分が何かを貰った時の事を思い出すのも良いんじゃないかな?」

 それだけを告げると、ファラは再び作業に戻り紙にペンを走らせた。
 ──必然的に浮かんだのは、シードリングズを発った秋の朝の事だ。長い事世話になったレイに貰ったカスミ草の花束に「幸運を祈る」と丁寧な筆跡で書かれたカードの事を。

 花はもうとっくに枯れ果て処分せざるをえなかったが、カードは今も生徒手帳に入れて大事に持ち歩いている。
 その日の事を思い出したと同時、ストロベリーは椅子を鳴らして立ち上がった。
 だが、突然大きな音を立ててしまった事に皆驚いたのだろう。皆、目を丸くして一斉に注目するものだから、何だか申し訳なくなる反面で羞恥を覚えてストロベリーは一言詫びた。

「いい案が浮かんだの。ありがと……」
 そう告げて、ストロベリーは早速目的の本を探しに向かった。
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