苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study8.感謝を込めた贈り物

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 短い冬期休暇が終えてからというものの、時間の経過は早かった。
 あれから早くも三ヶ月が経過して──季節は穏やかに春を迎えた。とは言え、比較的寒い地方だ。つい最近ようやく雪が降り止んで、暖かい日差しが降り注ぐようになったばかりである。

 春──即ち進級試験を間近迫る時期に突入した。

 五月に試験。五月末に終業式。試験に通過すれば六月より二ヶ月間の夏期休暇に入る。万が一にも通過しなければ即退学と進級試験はなかなかにシビアなものであった。
 このところ、抜き打ちテストは日常茶飯事……更に言えば課題は山積み。女生徒皆、多忙な日々を送っていた。

(しかし私、だいぶ追試や補習と無縁になれて来たなぁ……)

 今現在は紅茶作法の抜き打ちテスト中。既にテストを終えて通過認定を貰ったストロベリーは窓から望む中庭を眺めながらそんな事を思った。 

 授業をサボったあの後から、けじめを付けて勉強を熱心にしてきた事もあるだろう。分からない事を恥じずに質問してきた事も正解か──成績はものの数ヶ月で随分と上がったもので、現在ではテストの成績上位者に名を乗せる事も極稀にあった。

 それにルームメイトの”レイチェル”ことラケルのお陰も少なからずあっただろう。
 放課後、復習の実践をしたいと言えば絶対に付き合ってくれるもので、大いに助かっていた。

(この生活も、あと一年と少しだけ……)

 ふと過ぎってしまう思想はそれだけで、ストロベリーは暗い溜息を一つ吐き出した。

 ──卒業してしまえばシードリングズの自宅に戻る。戻れば正気の沙汰ではないような縁談が待ち構えているのだ。政略結婚だから仕方ない。とは言え、やはり未だ割り切れるようなものではない。

 その影響もあるだろう。色白ハゲのマッチョのオッサンに迫られる悪夢を見る頻度は以前よりも増えてきた。その都度ラケルに起こされて「夢」だと安心するものだが、きっと卒業後自宅に戻ってしまえば間違いなく現実になるのだと思えた。

(あのおじさん、分裂したりする訳ないでしょうがね……むしろ私の妄想は酷く失礼)

 見た目だけで決めつけるのは良くない。そうは思っても、やはり自分の好みでもないし、その人と結婚して果たして幸せになれるのかも分からない。
 ストロベリーが再び深く溜息を吐き出したと同時、ふと占いの事を思い出した。
『未だかつてない最強の恋愛運に恵まれる』と──しかし、それはハズレもハズレ、大ハズレだろう。と、思えてしまう。

 この学院は女学院だ。当然異性との出逢いは……と、今更のように考えたと同時、ストロベリーの思考はピタリと停止した。

 ──全く無かった訳ではない。一つだけあった。それも恐ろしい程身近に……。
 右斜め前の離れた席に座ってファラと歓談するラケルをジトリと見つめてストロベリーは生唾を飲み込んだ。

 容姿端麗、伯爵家の令息──筋肉質ではない優男で割と中性的。所謂王子様系……。時より言うセクハラじみた発言は冗談だか本気だか分からない時はある。だが、間違いなく友人的な意味で好かれてはいるだろう。

 ストロベリーは今更のように気付いてしまった”異性との出逢い”に硬直した。
 しかし、直接的に恋愛関係とは結びつかないだろう。確かに、ふとした時に本来の声で話せばドキリとしてしまう事は自覚しているが、今更そういった目で見れやしない。

(そう、多分ただのギャップで……)

 心の中で一人ごちて、ストロベリーは唇を拉げる。
 しかし、あまりにもジッと見つめていたのに気付いたのだろうか。ラケルは途端に振り向いて、ストロベリーの方を見つめると、柔らかな笑みを向けた。

 向けられた笑顔はあまり少女的なものではなかった。カツラもしっかりかぶって今は”レイチェル”になりきっている筈だ。だが、どこか”ラケル”らしい少年の無垢さを持つ笑顔を向けたのだから。

 それを直視してしまったからだろうか。妙な事を考えてしまったからだろうか。途端に胸の奥がムズ痒くなってストロベリーは直ぐに教科書を開いて自分の顔を隠す。

(ないないないない……絶対に無い!)

 好きか嫌いかで言えば、好きには違いない。だが、それはあくまで友達的な意味で──それ以上の感情はきっと無いとは思う。
 耳まで真っ赤に染めたストロベリーは、そのまま机の上に突っ伏せた。

 それから間もなく、最後の生徒がレディ・アーサと一緒に戻り、テストは終了した。
 ──結果はどうだった? と、ザワつき始める教室内にレディ・アーサは手を打って、注目を引く。

「さて。それでは、明後日までの刺繍の宿題を設けます。何に縫っても何を縫っても自由ですがテーマは”感謝”する相手に送るという事で……」

 ──宜しいですか? と、告げた同時に終業の鐘は鳴り響く。
 皆一斉に返事をすると、レディ・アーサはニコリと微笑んで、号令を促した。
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