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Study6.聖星祭の贈り物
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しおりを挟む寮母から外出許可を取って二人がラベンダーポットの街に着いたのは、中央広場の時計の針が丁度昼十二時を示す頃合いだった。
真っ白なファー付きのケープコートに身を包んだストロベリーは、黒兎の入ったバスケットを持って小雪のチラつく街をラケルと歩む。無論、彼は女装の”レイチェル”のまま。モコモコとした毛皮のついたサックスブルーのダッフルコートを纏った彼はストロベリーの手を引いて聖星祭の屋台を一軒一軒見て回る。
「ねぇ見て。この髪飾り苺ちゃんに凄い似合いそう!」
──全く、どこまで少女になりきるのが上手いのか。ラケルは真っ白な小花が咲く葉ついたコサージュをストロベリーの髪に合わせた。
苺の花を模したものだろう。正面に設置された鏡を見て、確かに可愛いデザインだと思ってしまった。だが、本題はそうではない。それを直ぐに思い正したストロベリーは溜息を一つ吐き出してラケルに向き合った。
「待って。私のじゃなくて寮母にあげるプレゼントでしょ?」
「そうだった。でもこれ苺ちゃんにプレゼントしちゃおっと」
──おばさん、これ一つ聖星祭のプレゼント用に包んで! なんて少女の声を高らかに上げて言うラケルに、ストロベリーは少し呆れながら笑ってしまった。
──それじゃあ、私もついでに何か彼にプレゼントしなくては。そんな風に思った矢先。奥の方に青い硝子玉で小鳥を象った黄金のタイピンを見つけてストロベリーは手を伸ばす。
(あ、これ似合いそう……)
店主とやりとりする彼の胸元にそっと当ててみるが、間違いなく似合うだろうと分かった。
「おばさん、私これで。聖星祭のプレゼント用に包んでくださいー!」
タイピンを店主に突き出すと、彼女は『あいあい』とにっこり笑んで包装を始めた。
「え、タイピン? もしかして……」
綺麗に包装されたコサージュを手渡すラケルに対して、ストロベリーはジトリと黒曜石の瞳を細める。
「この流れじゃそうなるでしょ? 他に誰がいるっていうの」
呆れ混じりに言ってやると彼は少しはにかんだように笑んだ。
何だかそれがムズ痒いとさえ思った。ストロベリーは会計を済ませると、ラケルに突き出すように渡す。それからストロベリーは一人先にそそくさと隣の生地屋の屋台に向かって行った。
結局その後、数件の屋台を巡り二人で選んだ寮母へのプレゼントは小花柄の頭巾に落ち着いた。思えば炊事の時も掃除をする時も常時三角巾を頭に巻いているのだから。実用的なものが良いだろうという結論になったが、果たして喜んでくれるものか……。
そんな話をしながら、二人スパイスのたっぷり入った熱い葡萄ジュースを飲みながら昼食を取る。
「さて、日が暮れちゃう前に森に行こう?」
席を立ったラケルは、スカートの裾を直しながらストロベリーに問いかけた。ストロベリーは無言で頷き彼に続いて席を立つ。
それから二人は歩いて新雪積もる雪路を歩み、北部に広がる森の方までやってきた。
時よりバスケットを見ていたが黒兎はジッと大人しくしたままだった。
しかし、随分と利口なものだと思ってしまう。そもそも怪我を負ってろくに動けなかったのだから、そうなのかも知れないが──まるでぬいぐるみのよう。ジッとしたままの黒兎を見つめながらストロベリーは歩み続けた。
「──この辺りで良いんじゃないかな?」
前を歩む彼はピタリと止まった。色々考え込んでしまったからだろうか。気付けば森の入り口だった。振り向いたラケルはそれ以上何も言わなかった。だが、分かる。早く返してやれ──と、言いたいのだと。ストロベリーは雪上にバスケットを置くと、黒兎を抱きかかえた。
「ちょっと待って。貴方が無事に森に帰れるようにお守りをあげるね」
そう言って、自分の髪に結んだ赤色の別珍のリボンをスルリと外すと、彼女は黒兎の首回りにゆるり巻いてリボン結びにする。
「もう梟に食べられないでね」
──元気でね。と、願いを込めて。雪上に下ろすと、黒兎は鼻をピクピクと動かして立ち上がる。それからジッとストロベリーの顔を見上げた後、ゆったりと跳躍しながらは森の奥の方へ向かって行った。
「本当不思議な子。無愛想だけど良い子だったわ。また会えると良いなぁ……」
真っ白な息を吐きながら、ぽつりと一人ごちると傍らに立つラケルはクスクスと笑う。
「苺ちゃんの事、相当気に入っているように見えるしね。妖精だもの、また会いに来るでしょ」
──また変な事を言って。と、思えてしまったが、逆に今はそう言われた事がほんの少し嬉しかった。ストロベリーはただ一つ頷いてラケルに柔らかな笑みを返す。
「ねぇ苺ちゃん。次があれば女装しないで一緒に街に遊びに行きたいな」
「それは別に構わないけど、在学中に実行するには難易度が高くない?」
「策は練るよ。何というか……デートしてみたいって言ったら困る?」
森からの帰路、ラケルが言い放った言葉にストロベリーは立ち止まり眉をヒクつかせた。
「流石に……商家の娘が伯爵家の御子息様とのデートなんて荷が重たいってば」
そんな風に切り返すと『名ばかりで別にたいそうなモンでもないよ』なんて彼は苦笑した。
遠目に学院も見えてきた所為か、喋り方も笑い方も彼本来のものでもなかった。内容はさておき、レイチェルになりきっていた妙な安堵もあってストロベリーはそれをサラリと受け流す事が出来た。
それから、ものの十分程。学院寮に戻ってきた二人は帰宅を寮母に告げるなり部屋に戻った。しかし、ラケルが部屋のドアを開いたと同時ピタリと立ち止まる。
「どうしたの……?」
思わず訊いてしまうと彼は首をユルユルと横に振るう。
「見れば分かるよ」と、告げると、彼はストロベリーに先に中に入るように促した。
「……何?」
またからかっているのだろうか。『もう』と、頬を膨らませて後方のラケルに言って、部屋の中に視線を映すや否やストロベリーの思考は停止した。
──先程、森に返した筈の黒兎がストロベリーのベッドの上で寛いでいたのだ。
脚を伸ばしてリラックスしているのだろう。時よりピクピクと耳を動かして、まるで『おかえり』とでも言いたげにストロベリーとラケルの方をジッと見つめていたのだから。
「え……え、どういう、こと」
──まさかラケルの言う事は本当だったのでは? ストロベリーはギシギシと首を動かしてラケルの方を向く。
「侵入経路なし。ドアも閉じきり。窓も開いてない。その上ここは二階。これでやっと信じてくれた?」
さっぱりとした口調で説明するラケルの言葉に頷く他なかった。しかし、どうして──ストロベリーは駆け寄り黒兎の背を撫でる。
「どうにもこうにも苺ちゃんの事を相当気に入ってるんだと思うよ。大抵の人って妖精は見えないし、ここに置いても大丈夫でしょ」
──名前でもつけてあげれば? 続け様に提案されて、ストロベリーは尚更困却した。
情報があれこれと追いつかない。神秘の事象を目の当たりにしてしまったのだ。
妖精……にわかに信じられないが、紛れもなくそうなのだろうと納得せざるを得なかった。
しかし名前と……ストロベリーは黒兎を見つめて黙考する。すると、自然とある人の顔がストロベリーの脳裏に蘇った。
──黒兎とよく似た濡羽色の髪。自分と同じ黒曜石のような黒々とした瞳……その懐かしい輪郭を思い出したと同時、ストロベリーは小さな唇を動かした。
「……オブシディアン」
「オブシディアン?」
「そう、黒曜石。この子の名前にする」
ストロベリーは憂いを含んだ柔らかな笑みをラケルに向けた。
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