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Study6.聖星祭の贈り物
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***
──かれこれ二年の月日は早々と過ぎ去り、サニーティア女学院を無事に卒業。シードリングズの屋敷に戻ってきたストロベリーは少しばかり緊張した面を貼り付けて玄関を開く。
「お父様、お母様。ただいま戻りました」
革製のトランクを置いて、スカートの裾を摘まんで淑女らしい一礼を。それから頭を上げた矢先……ストロベリーの表情は一瞬にして凍り付いた。
エントランスフロアに設置されたテーブルには父と母。その向かい側の席には見覚えも無い……否や写真の中だけでは見覚えのある男が座っていた。
──漆黒のタキシードを纏っていても分かる程の隆々とした筋肉に色白の肌には髪の毛が無い。そう、自分の親と歳もそう変わらないであろう色白のハゲ……まるで新手の妖精とでも形容出来そうな自分の婚約者の姿があったのだから。
「おや、帰ってきたようだね私の花嫁。想像よりも若いがまぁ良い」
──近う寄れ。と指をバラバラと動かして、彼は白い歯を輝かせた眩い笑顔でストロベリーの方を向く。
「ひっ……」
失礼だと分かっているが、思わず悲鳴に近しい声が漏れてしまった。
確かに、この人が自分の婚約者ではある。だが、自分自身がそれを認めた訳でもない。在学中の二年で上手いこと親が話を進めてしまったのだろう。ストロベリーは一歩二歩と後ずさりをすると、彼は立ち上がるなり唇を窄めて迫ってくる。
「何故逃げるのかねストロベリー。我が愛らしい幼妻よ……我々は結ばれる運命よ」
窄めた唇からキュゥ~っと吸引音さえ聞こえてくる。悪夢だ、悪夢としか言いようも無い。ストロベリーは慌ててスカートの裾を摘まんで屋敷から飛び出した。
「──待て、待つんだ我が幼妻!」
まるで獣の咆哮の如く、野太い叫びが後ろから反響する。
僅かに振り返ると、色白のハゲたオッサンはタキシードを筋肉で『フン』とぶち破り瞬く間に二人に分裂した。
そして四人に六人に……やがて二十を越える白いオッサンの大群となってストロベリーをドタドタと追いかける。
ふと視線を工場の方に向けると屋根にも無数の色白ハゲのオッサンがいた。自分の走る土手の近くに走る線路の上にもオッサンが闊歩している姿がある。
「ぎゃああああああああああああ!」
自分の口から漏れる声は、濁点の多い悲鳴しか出やしない。あまりの恐怖に涙はちょちょぎれ鼻の奥でツンとする。
────どうか夢なら覚めて。こんなの嘘。こんな事はあってはいけない。私はこんな未来を望んでいなかった! 嫌だ嫌だ嫌だっ!
心で叫んだ矢先、自分の名を呼ぶ聞きなじみのある掠れた青年の声が響いた。
「苺ちゃん」と……その愛称をその声で呼ぶのはただ一人。レイチェル──否やラケルだ。
***
「……苺ちゃん、大丈夫? ねぇ、しっかりしてよ」
その声が鮮明になった瞬間、ストロベリーの視界はパッと鮮明なものとなった。
「大丈夫?」
自分の顔を間近に覗き込むラケルの心配気な顔にホッとしてしまった。だがあまりの安堵で涙さえ滲んでくるもので、ストロベリーは思わずバッとラケルに抱きついてしまった。
「──ラケル助けて! 色白のハゲた筋肉質なオッサンが私に迫ってくるの! 分裂して追いかけてくるの! 唇窄めて迫ってくるの──嫌ぁあ! 私ボロ雑巾みたいにされちゃう!」
「ちょ、ちょ……ちょっと苺ちゃん落ち着いて! 落ち着いてってば! それ夢だから。大丈夫だから! あと声大きいってば……」
──いくら冬期休暇で誰も居ないとは言え、寮母は居るんだから。大騒ぎしたら何事かと飛んでくる。と、慌てふためき付け添えたラケルの声にストロベリーはパッと顔を上げた。と、同時に思考が停止した。
自分でも信じられない光景だった。何せ必死にラケルを抱きしめていたのだから。
耳まで真っ赤にして自分の胸に顔を埋めるラケルは小さく『離して』と居心地悪そうに言う。
「ひゃ……!」
あまりに吃驚してパッと彼を離すと、ラケルは狼狽えながらも一歩二歩と退いた。
「ごめん。あまりに酷いうなされ方してるから……境界線、破っちゃったよ」
ごめん。と、もう一度復唱して。未だ顔面を赤々とさせるラケルはストロベリーを一瞥もせずに言う。
彼も起きたばかりなのだろう。カツラも着けておらず、簡素なシャツにボトムス──と、寝間着姿のままだった。
どうせ部屋に居る時に寮母が来る事は殆ど無い。だから”寝る時くらいは普通の格好をしていれば良い”と提案したのは罰則の掃除が課されてから暫く経った頃だろう。
だが、就寝前の格好など、ここまでまじまじ見たこともない。だから、その装いだけで改めて彼が男であると悟ったと同時、自分の犯した失態を改めて悟ってストロベリーはとんでもない羞恥に追いやられた。
「……その。こっちこそ、ごめんね」
「ああ、いや。大丈夫だから気にしないで。さて。僕は脱衣室で身仕度してくるから、苺ちゃんも着替えが済んだら呼んで。ゆっくりでいいからね」
──着替えが済んだら食堂で朝食にしよう。と、それだけを告げると彼はドレスにカツラを持って脱衣所へ向かって行った。
ラケルが脱衣所のドアを閉じたと同時、ストロベリーはベッドから出て、縁に腰掛けた。
だが、直ぐに着替える気力は起きず、全身の力が抜けてしまったかのようで……顔を手で覆った彼女はブンブンと首を横に振る。
「……やだ。どうしよう、凄い恥ずかしい事しちゃった」
消え入りそうな声でストロベリーは呟いた。その言葉を聞いていたのだろう。彼女のベッドの傍らに置かれたバスケットの中で薄く瞳を開けた黒兎はピクピクと耳を動かしていた。
──かれこれ二年の月日は早々と過ぎ去り、サニーティア女学院を無事に卒業。シードリングズの屋敷に戻ってきたストロベリーは少しばかり緊張した面を貼り付けて玄関を開く。
「お父様、お母様。ただいま戻りました」
革製のトランクを置いて、スカートの裾を摘まんで淑女らしい一礼を。それから頭を上げた矢先……ストロベリーの表情は一瞬にして凍り付いた。
エントランスフロアに設置されたテーブルには父と母。その向かい側の席には見覚えも無い……否や写真の中だけでは見覚えのある男が座っていた。
──漆黒のタキシードを纏っていても分かる程の隆々とした筋肉に色白の肌には髪の毛が無い。そう、自分の親と歳もそう変わらないであろう色白のハゲ……まるで新手の妖精とでも形容出来そうな自分の婚約者の姿があったのだから。
「おや、帰ってきたようだね私の花嫁。想像よりも若いがまぁ良い」
──近う寄れ。と指をバラバラと動かして、彼は白い歯を輝かせた眩い笑顔でストロベリーの方を向く。
「ひっ……」
失礼だと分かっているが、思わず悲鳴に近しい声が漏れてしまった。
確かに、この人が自分の婚約者ではある。だが、自分自身がそれを認めた訳でもない。在学中の二年で上手いこと親が話を進めてしまったのだろう。ストロベリーは一歩二歩と後ずさりをすると、彼は立ち上がるなり唇を窄めて迫ってくる。
「何故逃げるのかねストロベリー。我が愛らしい幼妻よ……我々は結ばれる運命よ」
窄めた唇からキュゥ~っと吸引音さえ聞こえてくる。悪夢だ、悪夢としか言いようも無い。ストロベリーは慌ててスカートの裾を摘まんで屋敷から飛び出した。
「──待て、待つんだ我が幼妻!」
まるで獣の咆哮の如く、野太い叫びが後ろから反響する。
僅かに振り返ると、色白のハゲたオッサンはタキシードを筋肉で『フン』とぶち破り瞬く間に二人に分裂した。
そして四人に六人に……やがて二十を越える白いオッサンの大群となってストロベリーをドタドタと追いかける。
ふと視線を工場の方に向けると屋根にも無数の色白ハゲのオッサンがいた。自分の走る土手の近くに走る線路の上にもオッサンが闊歩している姿がある。
「ぎゃああああああああああああ!」
自分の口から漏れる声は、濁点の多い悲鳴しか出やしない。あまりの恐怖に涙はちょちょぎれ鼻の奥でツンとする。
────どうか夢なら覚めて。こんなの嘘。こんな事はあってはいけない。私はこんな未来を望んでいなかった! 嫌だ嫌だ嫌だっ!
心で叫んだ矢先、自分の名を呼ぶ聞きなじみのある掠れた青年の声が響いた。
「苺ちゃん」と……その愛称をその声で呼ぶのはただ一人。レイチェル──否やラケルだ。
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「……苺ちゃん、大丈夫? ねぇ、しっかりしてよ」
その声が鮮明になった瞬間、ストロベリーの視界はパッと鮮明なものとなった。
「大丈夫?」
自分の顔を間近に覗き込むラケルの心配気な顔にホッとしてしまった。だがあまりの安堵で涙さえ滲んでくるもので、ストロベリーは思わずバッとラケルに抱きついてしまった。
「──ラケル助けて! 色白のハゲた筋肉質なオッサンが私に迫ってくるの! 分裂して追いかけてくるの! 唇窄めて迫ってくるの──嫌ぁあ! 私ボロ雑巾みたいにされちゃう!」
「ちょ、ちょ……ちょっと苺ちゃん落ち着いて! 落ち着いてってば! それ夢だから。大丈夫だから! あと声大きいってば……」
──いくら冬期休暇で誰も居ないとは言え、寮母は居るんだから。大騒ぎしたら何事かと飛んでくる。と、慌てふためき付け添えたラケルの声にストロベリーはパッと顔を上げた。と、同時に思考が停止した。
自分でも信じられない光景だった。何せ必死にラケルを抱きしめていたのだから。
耳まで真っ赤にして自分の胸に顔を埋めるラケルは小さく『離して』と居心地悪そうに言う。
「ひゃ……!」
あまりに吃驚してパッと彼を離すと、ラケルは狼狽えながらも一歩二歩と退いた。
「ごめん。あまりに酷いうなされ方してるから……境界線、破っちゃったよ」
ごめん。と、もう一度復唱して。未だ顔面を赤々とさせるラケルはストロベリーを一瞥もせずに言う。
彼も起きたばかりなのだろう。カツラも着けておらず、簡素なシャツにボトムス──と、寝間着姿のままだった。
どうせ部屋に居る時に寮母が来る事は殆ど無い。だから”寝る時くらいは普通の格好をしていれば良い”と提案したのは罰則の掃除が課されてから暫く経った頃だろう。
だが、就寝前の格好など、ここまでまじまじ見たこともない。だから、その装いだけで改めて彼が男であると悟ったと同時、自分の犯した失態を改めて悟ってストロベリーはとんでもない羞恥に追いやられた。
「……その。こっちこそ、ごめんね」
「ああ、いや。大丈夫だから気にしないで。さて。僕は脱衣室で身仕度してくるから、苺ちゃんも着替えが済んだら呼んで。ゆっくりでいいからね」
──着替えが済んだら食堂で朝食にしよう。と、それだけを告げると彼はドレスにカツラを持って脱衣所へ向かって行った。
ラケルが脱衣所のドアを閉じたと同時、ストロベリーはベッドから出て、縁に腰掛けた。
だが、直ぐに着替える気力は起きず、全身の力が抜けてしまったかのようで……顔を手で覆った彼女はブンブンと首を横に振る。
「……やだ。どうしよう、凄い恥ずかしい事しちゃった」
消え入りそうな声でストロベリーは呟いた。その言葉を聞いていたのだろう。彼女のベッドの傍らに置かれたバスケットの中で薄く瞳を開けた黒兎はピクピクと耳を動かしていた。
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