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Study4.初めてのおサボり
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しおりを挟むその日の昼休み。ストロベリーは、一人中庭をブラブラと歩んでいた。
間もなく、午後の授業開始の鐘が鳴る時間だろう。しかし、教室に戻る気になれやしなかった。その理由は、今日の抜き打ちテストが原因しているだろう。レヴィのような鋼の心でも持ち合わせていれば、傷付きやしなかっただろうが、やはり自分は淑女としての才が微塵も無いものだと思えてしまった。
──家に帰りたい。ふと、思い立つ思想はそれだけだった。だが、家に帰れば億劫過ぎる縁談が早まるだけだ。
それに、自分が意気込んで出て行ったのだ。これでは何もかも中途半端。そんな風に思えて、ストロベリーがベンチに腰掛けたと同時、午後の授業の始まりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
鐘が鳴る前に教室内に居なければ出席の扱いにはならない。と、そんな話は転入日に聞いてはいた所為もあって尚更立ち上がる気力さえ沸かなかった。
(ああ、サボっちゃった……)
自分は何をしているのだろう……と、自己嫌悪も沸き立つが、果てしない虚無の感情の方が強かった。穏やかな秋晴れとは正反対。自分の心は酷く曇っていて、彼女は幾度ついても尽きない溜息を、ほぅと一つ吐き出した──その時だった。
「苺ちゃん、何してるの……」
後方から聞こえた声にふと、振り向けばレイチェルの姿がそこにあった。
肩を上下して息を切らしている事から、探し回っていたのだと理解出来て尚更に罪悪感が沸き立った。しかし、彼がここに居るという事は……彼もきっと欠席扱いになるのだと必然的に理解出来てしまう。
「貴方こそ何してるの……」
「授業もうすぐ始まるのに、苺ちゃんが中庭でブラブラしてるの見えたから追ってきちゃっただけ。どうしたの、サボり?」
──面白そうだから付き合うよ。なんて、笑い混じりに付け添えて、彼はストロベリーの隣に腰掛けた。
「……何で貴方までサボるの。貴方はきっと優秀な生徒でしょう」
別についてくる事ないのに……と、ストロベリーは一つ溜息を吐き出して言うと、彼は女性そのもののしなやかな所作でユルユル首を横に振る。
「全然。そうでもないよ」
「じゃあ、今日の抜き打ちテストは何点だったの?」
「四十五点。まぁギリギリで補習はクリアかな……というか、レディ・アムは厳し過ぎるからそれだけで成績の優劣なんてつけれないよ。私も彼女の授業の補習は受けた事もあるし」
学院内では「私」という人称は崩さず、愛らしい少女の声を作ったまま。
その不動たる徹底にある意味感嘆さえしてしまう。当たり前のように毎日接しているが、やはり本当に男なのか……と、思えてしまう程である。
しかし、男だ。時より出す本来の掠れた声を思い出したストロベリーは、たちまち真っ赤に顔を染めてプイと彼から視線を反らした。
「……で、どうして苺ちゃんはサボろうなんて思ったの」
「なんとなく。あと、退学を考えてたの」
「流石に早過ぎない?」
苦笑いで言われて、ストロベリーは釣られるように笑ってしまった。
「でも、無理なの。私、嫌な縁談から逃げ切りたくて転入したようなものだし。この二年は我慢してどうにか頑張る他無いの。自分の決めた道なのに戻って来るなんて馬鹿みたいだし。だけど少し自信無くしちゃっただけ」
──歌もバイオリンもダメ。紅茶の作法も焼き菓子作りもろくに出来たものではない。早くも補習常習犯という事は、何もかも向いていない。と、思いのままを告白するが、彼は静かに聞くだけで特に何も答えなかった。
だが、自分の思った事を告白するだけで幾分か気が楽になっただろう。先程までモヤついていた気持ちが随分と凪いで来た事を自覚してストロベリーは自嘲した。
「変な愚痴聞かせてごめんね。でも気持ちが少しスッキリした。私、補習頑張るよ」
素直に伝えた矢先だった──突如、腕を強く引かれてストロベリーは目を丸く見開く。
一拍おいた後には彼の胸の中にいた。唐突の展開に吃驚して声なんて出せやしない。だが、顔に夥しい熱が攻め寄せてストロベリーは煩わしさに口をパクパクと開く。
「……愚痴でも泣き言でも気楽に言ってよ。僕、君のルームメイトなんだし」
ぽつりと頭の上から落ちてきたラケル本来の声に嫌な程に心臓が高鳴った。
宥めるように背を撫でられるが、逆に落ち着かない。ストロベリーは目を白黒とさせて狼狽えるが。彼は背を撫でるのを止めやしなかった。
「苺ちゃん耳まで真っ赤。何でそんな赤くなってるの……どうして黙っちゃうの」
「──ひっ!」
瞬く間に襲いかかった感覚は、尋常ではないこそばゆさだった。指の腹で外耳を撫でられている──と理解して、ストロベリーは即座に首を竦めた。
「ラケルやめ……」
「だーめ。”レイちゃん”でしょ」
やんわりと咎めるように訂正して、ラケルはか細く長い指を突き立ててストロベリーの唇をツゥとなぞる。
「あ。そうだ、良いこと考えたよ。婚約破棄したいんだよね? 苺ちゃん、僕の花嫁候補になろうよ。卒業したら君の家まで行って、僕が横からその婚約者から掻っ攫うの」
──どう? なんて小首を傾げて問う様は少女そのもので。戯けているのか本気なのかも分からない。しかし、その目は微塵も笑っておらず、半ば本気の発言では……と窺える。
だが、これは単純に反応を愉しんでいるようにも思えてしまい──それを改めて理解すると、無性に腹が立ってストロベリーは彼の指にガリッと噛みついた。
「痛っ」
「──っ、自業自得でしょ! 次の伯爵様が馬鹿な事言って商家の小娘をからかわないで」
鼻を鳴らして立ち上がったストロベリーはプリプリと怒りながら校舎とは正反対の奥へと歩んでいった。
「ちょっと苺ちゃんーごめんってば」
──怒らないでー! なんて、後ろから聞こえて来るが、許してやる気も起きなかった。 だが、あまりにしつこく後を追って来たラケルが盛大に躓いてカツラをすっ飛ばして慌てる様があまりにおかしくて、存外怒りは容易に静まってしまった。
それから、ストロベリーはラケルと一緒に秋晴れの空の下、校舎裏手に佇む教会の方まで散歩した。その近くには、小川が流れており石の桟橋に腰掛けて、ただ呆然と流れゆく川と、水中を忙しなく泳ぐ小魚を眺めていた。
「そういえば私……学院説明の時に聞かなかったけど授業をサボったらどうなるの?」
「僕もサボったのコレが初めてだし分からない。多分反省文じゃないの? 体罰だと、してもお尻を一発打たれるくらいじゃ無いの?」
校舎からだいぶ遠ざかったからだろう。人の気配も全く無い事に、ラケルは本来の声と一人称で喋り、青年らしい苦笑いを向けた。
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