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Study2.ルームメイト”レイチェル・モリナス”
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しおりを挟むすっかり夜の帳が落ちた夕刻十八時──一階から軽やかな鐘の音が鳴り響くとドアが開く音が次々に聞こえてくる。
夕食の時間だ。ストロベリーはレイチェルに連れられて一階の食堂にやって来た。
レイチェルの寮内説明の時も来たが、食堂はまるでお上品過ぎるカフェテリアのよう。閑散とした空間には四人がけのテーブルが幾つもあり、寮生達はそれぞれ好きな席で食事を楽しんでいた。
総勢して二十人居るか居ないか程だろう。皆、レイチェルが纏っているものと同じ緑に土色チェック制服を纏っていた。だが、ストロベリーの格好と言えば、私服のドレスのままだ。恐ろしい程に浮いてしまうが、転入生だと見るからに分かるようでストロベリーとレイチェルの着いた席の回りには女生徒の群れがたちまち出来上がる。
「ええ、王都近くの出身なの! シードリングズ? 凄い都会っ子!」
「そのドレス凄い可愛いわ! 生地も素敵。いいなぁ~都会ってやっぱりオシャレな仕立屋さんがあるのね」
「ねぇ貴女、歳は幾つ? え、十七歳? 私より一つ歳下だわ!」
次々に質問を浴びせられて、ストロベリーは食事どころではなかった。だが、直ぐに林檎のようなほっぺたの恰幅が良い寮母がノシノシと身体を揺さぶりやってきて、彼女達を一蹴りに叱責する。
「お夕飯を食べてからになさい! お嬢さん達がはしたないわ!」
ピシャリと言われて、彼女達は席に戻って静かに食事を始めた。寮母のお陰で場は一気に凪ぎ、ストロベリーも食事を再開した。
だが、食事が終われば人だかりは復活する。
思い返せば今までの生活と言えば、同年代の同性と話す機会もそこまで無かっただろう。学校だって通っておらず、ずっと家庭教師の教育だったのだから。
それが妙に新鮮に思えてしまい、ストロベリーはこの歓談を楽しむ事にした。
完全に自分の勘違いと勢い故の失敗。そして女子校だと今日知って絶望したばかりだが……これはこれで楽しいものだ。と、早くも思えてしまった。
とりあえず今日から二年は自由の身だ。縁談破棄計画においては、この二年でゆっくりと別手段を考えれば良いとさえ思えてしまう。
──私は何てポジティブなのだろう……と、自負してしまうが、改めて思えば決して”不運”では無いだろう。と、沢山の同年代の同性と会話を重ねればそう思えてしまった。
しかし、そんな会話の中から驚いてしまったのは──辺境伯家、男爵家、鉄道社に有名貿易商……と、皆して目眩がする程にお家柄が良い事だった。
「だけど、この学院で一番の上流階級はレイチェルの所よねー。だって伯爵様だもの」
ある女生徒が言った言葉にストロベリーはパッと隣に座ったレイチェルを見る。
「そうそう。広大なペタルミル地方の伯爵様」
続け様に告げられた他の女生徒の言葉にストロベリーの口はあんぐりと開く。
……この学院に来る時、小高い丘の上の豪邸を見た。随分親しみやすい初老の御者は『君と同じくらいの御令嬢と御令息が居る』と、そんな話をしただろう。そう、その家の名はモリナス伯爵家と……。
彼女が名を名乗った時に『どこかで聞いた姓』だとは思った。そして今、全てを理解したストロベリーは椅子を鳴らして立ち上がり即座に床に膝を突く。
「ひえええ……ごめんなさい! ごめんなさい! まさか伯爵様の御令嬢とは知らず、私はたかが経営状態芳しくない宝石商で庶民の娘なのに! 先程は物凄い失礼な発言を!」
スカーフの件を今一度思い出したストロベリーは超早口で謝罪を述べ、その場でバコバコと土下座した。
床に頭を幾度もぶつけて痛いが、もうそれどころではない。本人は『大丈夫』と言ったが、なんたる無礼を言ってしまったものかと後悔に苛まれた。
上流階級において家柄は大きい。
本当は心の中で根を持っていて……なんて事があれば、自分の実家を潰されてもおかしくもない。潰れてしまえば、婚約は破棄になるだろうが、きっと路頭に迷う事となる。否や、身売りされる可能性だって無きにしも非ず──根堀り葉堀りとそんな事を考えると、ストロベリーの全身の血の気が失せてしまう。
「ちょ……ちょっと落ち着いてよ! 苺ちゃん!」
慌てた声を上げるレイチェルは、直ぐにストロベリーの肩を掴んで顔を上げさせる。
「だって、だって……!」
「だってじゃなくて。落ち着いて!」
「でも、でもぉ……」
もはや鼻汁を垂らして号泣しかけていた。ブンブンと首を横に振るストロベリーに向き合ったレイチェルは眉を垂れ下げて、深く息を吐き出した。
「”でも”じゃなくてね……。あのね、確かにこの学院って所謂”お嬢様校”だとは思う。まず、苺ちゃんの家の経営状態はさておき、ここに入れてる時点で国から家柄は認められているの。でも学院内では家柄は関係ない。家柄差別厳禁。それが絶対の規則だから」
──いい? と、同意を求められてストロベリーは小刻みに幾度も頷く……その最中だった。
「へぇー転入生、家は宝石商なんだ? うちと同じだわ」
「シードリングズ、私の出身の隣街。うちは絹商だけど」
雑踏を掻き分けて、二人の女生徒がストロベリーに近付いて来た。
それは、艶やかな黒髪の少女と、自分よりも二・三歳年下と思しき薄紅髪の少女だった。
「私レヴィ。こっちは私のルームメイトのファラさん」
レヴィと名乗った少女は、しなやかな手で隣の薄紅髪の小柄な少女に指し示す。すると、ファラと呼ばれた小さな少女もスカートの裾を摘まんで礼儀正しい一礼をした。
「ちょっとねぇー、みんなして集まり過ぎなのよ。後で声をかければいいかーなんて思ったけど、外野で聞いてて偶然! なんて思ったから来ちゃったの!」
──どうぞ宜しくね。と、悪戯気にレヴィは笑う。
美人で気高そう。と、その風貌に反して、なかなかに砕けた喋り方だ。だが、そんな部分が親しみやすく思えてしまって、ストロベリーはパッと明るい笑顔を咲かせた。
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