苺月の受難

日蔭 スミレ

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Study2.ルームメイト”レイチェル・モリナス” 

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 校舎から伸びる渡り廊下は清純な白薔薇のアーチが列なっていた。秋咲きの品種なのだろう。それは、晴天の元華々しい香りを撒き散らして綻んでいた。なだらかな白薔薇のアーチを抜けると、次第に石の壁に蔓がびっしりと貼り付いた二階建ての家屋が見えてくる。

「知ってるとは思うけど……二年制とは言え、この学院の入学式と卒業式は二年に一度。だから、全生徒同級生なの。ここに皆住んでるよ」

 そんな事も初耳だった。先を歩むレイチェルの話を聞きながら、ストロベリーは生返事の相槌を打つ。

 ──食堂は一階。朝食は朝七時、夕食は十八時。バスルームは各部屋にあるから共同浴場は無い。消灯時間は二十二時。寮母は消灯に関してかなり煩いから、さっさと寝た方が賢明と──寮に入ると共用場を一つ一つ巡りレイチェルは口を休める事も無く流暢に説明した。

 古びた外観通り、内部も年季が入っている事はすすけた壁紙や床に敷かれたカーペットから窺えた。だが、寮母の掃除がしっかりと行き届いているようで決して不潔な印象は感じられない。まして、エントランスホールに吊された鈴蘭の花を沢山付けたようなシャンデリアと言い、壁に掛けられた金縁の豪奢な額縁で飾られた絵画と言い、少し昔の貴族の屋敷を彷彿させる気品を放っていた。
 ……正直言って、シードリングズにある我が家、クレセントの屋敷よりも立派なものだろう。

「あとはそうだね……さっき通った渡り廊下を途中で抜けて北側に行くと敷地内に大きな図書館があるよ。期限は二週間らしいけど、無人だからそこまで厳しくないの。三冊まで貸し出しOK。何を借りたか台帳に書いておけば大丈夫」

 自分は娯楽誌くらいしか読みもしない。だから、無縁に等しい場所に違いないだろう。しかし、初対面の彼女がそんな事は知りもしない。
 依然、丁寧な説明続けるレイチェルに、こんなに喋り続けて疲れないものかと思ってしまった。だが、同時に彼女はとてつもなく面倒見の良い柔軟な性格なのだろうと思った。きっと”どこまでも良い子”なのだと……。

(あの挨拶にはビックリしちゃったけど……ルームメイトが優しい子で良かった)

 彼女の唇の触れた頬を再び触れて、ストロベリー深く安堵の息を吐き出す。すると、今まで前を歩いていた彼女はピタリと止まり、振り返ってあわあわと唇を動かした。

「ごめんね疲れてるのに、私ずっとペラペラ喋っちゃって! もう寮の中は案内する場所も無いから部屋に行こうか!」

「あ、違うの。ルームメイトが良い人そうで良かった~って安心しただけで」

 素直に思った事を言えば、彼女はパッと明るい笑顔を咲かせた。
 ──お世辞でも嬉しい! と、そんな言葉を朗らかに告げて。彼女は仕切り直すように再び歩み始めた。

 深い緑のカーペットが敷かれた螺旋階段を昇ると一直線の廊下に差し掛かり、向かい合わせに幾数の部屋が列なっていた。その直線廊下を歩み、一番奥の右部屋のドアノブに彼女は手をかける。

「ここが私達の部屋だよ。さぁ入って」

 レイチェルに促され、ストロベリーは室内に踏み込んだ。まず最初に映ったのは正面にある出窓だった。もうすっかり夕刻に……窓から差し込む西日に空間はほんのり茜色に染まっていた。出窓のカーテンは、柔らかな卵色に小花が沢山散らされた愛らしいデザイン。窓を隔てて木製のベッドが二つ並んでおり、被せられたリネンはカーテンとお揃いものだった。また、それぞれのベッドの端にはチェスナットブラウンの小ぶりの書き物机が添え付けられていた。

(可愛い……!)

 自分の部屋も愛らしい桃色のカーテンやリネンで統一していたものだが、これもこれで可愛らしいだろう。それに日当たり抜群の出窓も大きなポイントだ。ストロベリーは一目でこの部屋が気に入った。

「こっちのクローゼットは空いてるからね。持ってきた服がシワになる前に入れると良いよ」

 レイチェルはクローゼットの前にストロベリーのトランクを置いて手招きする。

「はい、もう制服もかかってるからね」

 ガラリと開いたクローゼットには、今レイチェルが纏っているものと全く同じ服が衣紋掛けに吊されていた。

「そのドレス、制服だったんだ……」

「そうそう。ここの制服デザインは結構可愛いんだよね。チェックのスカートでも色がちょっと地味だから好みじゃない~なんて批判もよく聞くけど」

「確かに。色が少しだけ地味かな……とは思ったけど、造りは文句無しに可愛いね」

 クローゼットに掛けられた制服を取り出して、ストロベリーは自分の身体を合わせてみる。
 自分の髪は名の通りに赤いだろう。だから、緑のスカートとなると、まさに名の如く『いかにも私は苺です!』といった雰囲気になってしまうのでは……なんて危惧してしまう。それもあって、自分で服を選ぶには緑の服は極力避けていた。

 ────似合うだろうか。おかしくないだろうか。

 クローゼットの扉の裏面に付けられた鏡を見て、ストロベリーは直ぐにふぅと安堵の息を吐き出した。

「うん……ブラウスが生成りだし”ザ・苺”ってかんじにならなそうで良かったぁ……」

 心底安堵して言うと、レイチェルはケラケラと愛らしい笑い声を上げる。

「それはそれで可愛いって思うけど。今着ているワンピースみたいに暖色の方が苺ちゃんには似合いそうだね」

 鏡の中で柔らかな笑顔のままのレイチェルに釣られてストロベリーも笑むが、ふとある事に気が付いた。

「ねぇ、レイチェルさん。その首元のスカーフも学院指定なの?」

 自分の制服には、それらしき付属品は無い。ストロベリーはありのままの疑問を述べると、鏡の中のレイチェルは笑うのをピタリと止め、直ぐに首を横に振った。

「……私、首に大きな傷跡があるから隠してるの。酷いコンプレックスで……だから校長にも傷を隠す許可を取ってるだけ」

 極めて優しい言い方だった。だが、明らかに聞いてはいけないような事を聞いてしまっただろう。ストロベリーは慌ててレイチェルに向き合い深々と頭を垂れた。

「ごめんない。私、凄く無神経だった」

「ううん、謝らないで」

 穏やかにレイチェルが言ってくれた事が助かった。深いコンプレックスというのであれば、早々にルームメイトと深い溝が出来てしまう可能性もあったのだから……。そう考えると、彼女が本当に大らかな性格なのだと思えてしまう。
 それから一頻ひとしきり彼女に謝って、ストロベリーはようやく顔を上げた。
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