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第五章 願い望んだ終わる夢
50 再誕の黎明
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やがて、ゆるやかに彼の顔が映し出された。
「アイリーン……」
聞いた事もない涙に曇った声だった。その瞳は金ではなく赤みを多く含んだ茶色。皮膚は錆に侵されておらず、自分が最後に見た姿とは変わっていた。
「ジャスパー……そっちの目の色も綺麗ね」
朝日を受けた彼の瞳はまるで炎のように烈しく燃えているようにも見えるし、土のように静かにも見える。不思議な色彩だった。
「はは、アイリーンもだ。本当の目の色は名の通りに菫青石みたいだな」
綺麗だ。そう言って強く抱き寄せられると胸いっぱいに幸福感が満たされ自然と涙がこぼれ落ちた。
しかし、それと同じくらいに強い罪悪感がのしかかる。
「……私、嘘を吐いて、独りで決断してごめんなさい。私にできる事を自分の責任をたくさん考えたけど、またジャスパーに嫌な思いをさせた」
感じたままに告げれば、彼はやれやれと呆れつつも優しい面で見下ろした。
「もうするなよ? でもな、俺もアイリーンの心を追い詰めるみたいな言い方になって誤解させたのは本当に悪かった。だけどな拒絶なんてしないし、いつも大切に思っている事だけはどんな時だって忘れないでいてくれ」
真摯な言葉にアイリーンは大粒の涙を溢しつつも何度も頷いた。
「……さてと、丘を下るか」
ややあって立ち上がったジャスパーはアイリーンの手を引いてゆったりと立ち上がらせた。
しかし立ち上がって改めて知る周囲の光景に二人は同時に目を丸くする。
朝焼けに染まる空。巨大クリスタルはキラキラとした光の粒に変わり周囲に漂っているのだ。徐々周囲に蘇るのは青々とした木々の群れ。
ジア・ル・トーの周囲にも草が芽吹き、ヒースが蕾を付け次々に開花する。
まさにこれぞ再誕……。
ふと頭の中にフローレンスの描いた天井画が浮かぶ。
今思うと、あれは厄災の全貌と彼女の心からの願い全てをぶつけたものだったのだろうと思えた。
神殿側は厄災を鎮められないので、彼女は計画を阻まれると思ったのだろう。だからこそ、彼女は周囲に分からないように随分と小難しい文章で自分に伝えたのだ。
そうして、今奇跡のように全てが果たされた。
そう思うと胸の奥が熱い。まして、今は魂が統合されたのだ。自分の中には確実にフローレンスはいる。きっと今この光景を見ている筈。だからこそか、無性に涙が止まらなかった。
「俺の願いは一か八かだった。だけど、アイリーンの先祖……大精霊に赦されて救われた。多分、過去のリグ・ティーナの行いも、シャーロットの願いも含めて〝人間の心の愚かさ〟に大精霊は怒ったんだろう。夜の者は確かに、恐ろしいが冷静で理知的な奴らだった。奴ら、大精霊の意図を読んで、あの呪いをかけたのかもしれない」
その言葉にアイリーンは静かに頷く。
確かにそうとしか思えない。発端はリグ・ティーナの侵略だったかもしれないが、縋る内容が憎しみを生むようなものでしかなかった。だからこそ平等な罰が与えられたとも考えられる。
「さてアイリーン。これから神殿に向かうが、ここからが俺の第二ラウンドだ」
仕切り直すよう明るく言われて、アイリーンは戸惑いつつ頷いた。
「……そうよね。いきなり石英樹海が消え去るだの普通じゃ、ないものね」
リグ・ティーナとイル・ネヴィス、両国への説明にも惑う。それに、厄災を起こしたのだ。周辺にどの程度の被害が出したのかだって不明だ。
アイリーンは深刻な顔をすると、ジャスパーに眉間を突かれた。
「おい。この流れで分からないか? アイリーンを貰いに行くんだよ?」
「え……? これから? 私を?」
どういう意味だ。アイリーンが首を捻ると、またも眉間を突かれた。
「現人神なんぞアホくさい職業はただちにやめさせる。普通の女の子、いいや〝アイリーン・ヒューズ・リグティーナ〟して生きて貰いたいからな」
衝撃の告白にアイリーンは目を瞠る。
「え……?」
つまりそれって。そこまで言われれば意味は分かる。頬が熱い。
するとジャスパーは跪き、アイリーンの華奢な手を取った。
「離さないって言った。それに連れ去る時に〝俺は一生面倒見る気〟って言ったの覚えてないか? 初めからその覚悟もあって攫った」
だから……俺の妻になってくれ。と、真っ直ぐな言葉はアイリーンの心を震わせる。
「ジャスパーは本当に私で……いいの?」
泣き虫でおどおどとして、無力だ。そして身勝手に解釈して怒らせた。言葉にすればまたも勝手に涙が溢れてくる。
ジャスパーは頷き、柔和に笑んだ。
「人間なんだ。間違えたって良いんだよ。俺だって間違える事もある。運命的な部分もそらあった。けどな、そこを抜きにしたって、俺はアイリーンの素直さと健気さに惹かれたんだ。命が尽きるまで、俺に愛さる覚悟はあるか? 勿論また生まれ変わっても必ず見つけ出して愛するさ」
彼と寄り添い生きる未来は何度切望した事か。手紙から始まり二年。
そして連れ去られて、彼には大きな愛と希望を与えられてきた。
願わくは──今度は自分が大きな愛を与えるようになりたい。
アイリーンは頷き、ジャスパーの手をきつく握り返す。
「……私も何度だってあなたを求め、探し出すわ。そして私だってあなたを幸せにしたい。私をジャスパーの妻にしてください」
その告白に彼はすくと立ち上がり、アイリーンを高々と抱き上げ喜びの声をあげた。
その表情はあまりに無邪気で屈託もない。瞳は爛々と輝き、まるで少年のよう。またも新しい彼の顔を知った。
アイリーンは微笑み、初めて自ら彼の唇を奪った。
──周囲は肥沃な自然に覆われた圧巻の景色。黎明照らす再生の世界。数多の精霊たちは二人の誓いを確と見守っていた。
「アイリーン……」
聞いた事もない涙に曇った声だった。その瞳は金ではなく赤みを多く含んだ茶色。皮膚は錆に侵されておらず、自分が最後に見た姿とは変わっていた。
「ジャスパー……そっちの目の色も綺麗ね」
朝日を受けた彼の瞳はまるで炎のように烈しく燃えているようにも見えるし、土のように静かにも見える。不思議な色彩だった。
「はは、アイリーンもだ。本当の目の色は名の通りに菫青石みたいだな」
綺麗だ。そう言って強く抱き寄せられると胸いっぱいに幸福感が満たされ自然と涙がこぼれ落ちた。
しかし、それと同じくらいに強い罪悪感がのしかかる。
「……私、嘘を吐いて、独りで決断してごめんなさい。私にできる事を自分の責任をたくさん考えたけど、またジャスパーに嫌な思いをさせた」
感じたままに告げれば、彼はやれやれと呆れつつも優しい面で見下ろした。
「もうするなよ? でもな、俺もアイリーンの心を追い詰めるみたいな言い方になって誤解させたのは本当に悪かった。だけどな拒絶なんてしないし、いつも大切に思っている事だけはどんな時だって忘れないでいてくれ」
真摯な言葉にアイリーンは大粒の涙を溢しつつも何度も頷いた。
「……さてと、丘を下るか」
ややあって立ち上がったジャスパーはアイリーンの手を引いてゆったりと立ち上がらせた。
しかし立ち上がって改めて知る周囲の光景に二人は同時に目を丸くする。
朝焼けに染まる空。巨大クリスタルはキラキラとした光の粒に変わり周囲に漂っているのだ。徐々周囲に蘇るのは青々とした木々の群れ。
ジア・ル・トーの周囲にも草が芽吹き、ヒースが蕾を付け次々に開花する。
まさにこれぞ再誕……。
ふと頭の中にフローレンスの描いた天井画が浮かぶ。
今思うと、あれは厄災の全貌と彼女の心からの願い全てをぶつけたものだったのだろうと思えた。
神殿側は厄災を鎮められないので、彼女は計画を阻まれると思ったのだろう。だからこそ、彼女は周囲に分からないように随分と小難しい文章で自分に伝えたのだ。
そうして、今奇跡のように全てが果たされた。
そう思うと胸の奥が熱い。まして、今は魂が統合されたのだ。自分の中には確実にフローレンスはいる。きっと今この光景を見ている筈。だからこそか、無性に涙が止まらなかった。
「俺の願いは一か八かだった。だけど、アイリーンの先祖……大精霊に赦されて救われた。多分、過去のリグ・ティーナの行いも、シャーロットの願いも含めて〝人間の心の愚かさ〟に大精霊は怒ったんだろう。夜の者は確かに、恐ろしいが冷静で理知的な奴らだった。奴ら、大精霊の意図を読んで、あの呪いをかけたのかもしれない」
その言葉にアイリーンは静かに頷く。
確かにそうとしか思えない。発端はリグ・ティーナの侵略だったかもしれないが、縋る内容が憎しみを生むようなものでしかなかった。だからこそ平等な罰が与えられたとも考えられる。
「さてアイリーン。これから神殿に向かうが、ここからが俺の第二ラウンドだ」
仕切り直すよう明るく言われて、アイリーンは戸惑いつつ頷いた。
「……そうよね。いきなり石英樹海が消え去るだの普通じゃ、ないものね」
リグ・ティーナとイル・ネヴィス、両国への説明にも惑う。それに、厄災を起こしたのだ。周辺にどの程度の被害が出したのかだって不明だ。
アイリーンは深刻な顔をすると、ジャスパーに眉間を突かれた。
「おい。この流れで分からないか? アイリーンを貰いに行くんだよ?」
「え……? これから? 私を?」
どういう意味だ。アイリーンが首を捻ると、またも眉間を突かれた。
「現人神なんぞアホくさい職業はただちにやめさせる。普通の女の子、いいや〝アイリーン・ヒューズ・リグティーナ〟して生きて貰いたいからな」
衝撃の告白にアイリーンは目を瞠る。
「え……?」
つまりそれって。そこまで言われれば意味は分かる。頬が熱い。
するとジャスパーは跪き、アイリーンの華奢な手を取った。
「離さないって言った。それに連れ去る時に〝俺は一生面倒見る気〟って言ったの覚えてないか? 初めからその覚悟もあって攫った」
だから……俺の妻になってくれ。と、真っ直ぐな言葉はアイリーンの心を震わせる。
「ジャスパーは本当に私で……いいの?」
泣き虫でおどおどとして、無力だ。そして身勝手に解釈して怒らせた。言葉にすればまたも勝手に涙が溢れてくる。
ジャスパーは頷き、柔和に笑んだ。
「人間なんだ。間違えたって良いんだよ。俺だって間違える事もある。運命的な部分もそらあった。けどな、そこを抜きにしたって、俺はアイリーンの素直さと健気さに惹かれたんだ。命が尽きるまで、俺に愛さる覚悟はあるか? 勿論また生まれ変わっても必ず見つけ出して愛するさ」
彼と寄り添い生きる未来は何度切望した事か。手紙から始まり二年。
そして連れ去られて、彼には大きな愛と希望を与えられてきた。
願わくは──今度は自分が大きな愛を与えるようになりたい。
アイリーンは頷き、ジャスパーの手をきつく握り返す。
「……私も何度だってあなたを求め、探し出すわ。そして私だってあなたを幸せにしたい。私をジャスパーの妻にしてください」
その告白に彼はすくと立ち上がり、アイリーンを高々と抱き上げ喜びの声をあげた。
その表情はあまりに無邪気で屈託もない。瞳は爛々と輝き、まるで少年のよう。またも新しい彼の顔を知った。
アイリーンは微笑み、初めて自ら彼の唇を奪った。
──周囲は肥沃な自然に覆われた圧巻の景色。黎明照らす再生の世界。数多の精霊たちは二人の誓いを確と見守っていた。
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