夜更けのスイート・ロストガーデン~眠れぬ夜のおもてなし~

日蔭 スミレ

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 それから紗良は一週間前に長年交際していた彼と別れた事、仕事での事、今日の出来事を、ひとつひとつ明かした。
 アンナは向かいの席に腰掛けて、ただ静かに聞いてくれた。

 赤の他人にプライベートな話を言うのは抵抗があった。けれど、ひとつひとつと話すうちに、心の中の重みが軽くなる心地がする。

「……だから、私。未練いっぱいで。何も伝えられなかった事がとても悔しくて、どうしようもなく寂しくて」

 全てを伝え終えると、アンナは深く頷き柔和に笑む。

「紗良さんはお強いですね。それに自分自身の本心が分かったので、きっともう大丈夫ですよ」

「え……どういう……でも、自分の本心が分かったところで別れてしまって、終わってしまったのでこれ以上はきっと何もできないです」

「寂しかった。悔しかった……どうしたら良いのか分からなかった。彼に対して抱いた感情を本人に伝えて問題無いかと思いますよ」

 あまりに、あっさりとした調子で言われたので思わず面食らってしまった。
 彼女は柔和な表情を崩さずに紗良を見て「大丈夫ですよ」と念を押すように言う。

「でももう……」

 別れてしまったから、そんな資格も無い。きっとメッセージの既読もつかない。そう言おうとするや否や、アンナは首を横に振った。

「あちらの意見を押し通されて、こちらは何も伝えずでは不平等ですよね?」

「ええ……それは」

「それはきっと、相手も分かっている筈です。交際って、〝確かに愛し合っていたから〟こそ恋愛関係に至ったものです。浮気などが原因で無い限り、少なからず情ってありますからね。恐らくですがお相手の方は〝恋愛どころではない〟と言っている時点で浮気という線は薄いでしょう」

「じゃあ私……彼と復縁できるって事ですか」

「それは多分、すぐには無理だと思います」

 アンナは深い息とともに首を横に振るう。

「紗良さんは彼と復縁されたいですか?」

 その問いに紗良は自然と頷いていた。
 四年間という月日はそう簡単に忘れられそうに無い。
 それが「好き」だからという感情から来るかは不明だが、心にぽっかりと穴が開いてしまった心地はどうにも埋まりそうに無い。

「多分、したいと思うんです……何だかひどく心細くて。こんなに過去を思い出すのはきっと、私は彼が好きだからこんなに辛いんじゃないのかなって」

「そうですか。ですが今は彼〝恋愛どころでは無い〟状況下ですからね。あちらの意見はやはり尊重しない事には、話は取り合って貰えない事が多いんですよね」

 ──男の人はほとんどが我が儘ですから。なんて呆れたように付け添えて、アンナは微笑む。

 目の前にコトリと湯気立つカップが置かれた。
 すっかり紅茶が冷め切ってしまったので、エマが入れ直してくれたようだ。礼を言うと彼女は照れたような笑みを浮かべるとキッチンの方へ足早に消えていった。

「それでも、お話を聞くからに、お相手が全く聞く耳を持たないなんて事はまず無いでしょう。それに、最上級の去り方ができた方が美しいですからね。あちらに〝逃がした魚が大きすぎた〟なんて思わせるチャンスはまだありますよ」

「でも、そんな簡単にいくものですか……」

「ええ、意外にも。ひとまずは苦しくとも別れを受け入れさえすればあとはスムースです。決して嫌味っぽくならないように、自身の本音を伝えた後、これまでの嬉しかった事や感謝を伝えると、相手に相当良い印象という爪痕が残せますよ」

 アンナの説明は腑に落ちた。

『押してダメなら引いてみろ』という言葉があるが、それに近しいだろうか。それに別れ際は最悪な印象を与えてしまうより、良い印象で終わらせた方が良いに決まっている。

 感謝はあった。拗れる前の四年間は楽しい思い出が沢山だ。
 名残惜しいが、綺麗に終わらせる事もできなかったから、こんなに胸がモヤモヤしていた部分もあった。
 入れ直してくれたお茶を飲みつつ考えると、心の中にあった靄が少しだけ明るくなった気がする。

 確かに……今のままでは不平等だ。

「私、彼から別れを切り出された時は〝どうして〟ばかりでした。多分、客観視すれば結構面倒くさい女になっていたかもしれません。引き留めるような言葉しかかけられなかった。でも、終わったものだからこそ、これでもかという程の〝ありがとう〟をぶつけても良いかもしれないですね」

「その意気ですよ。恐らくですが、このケース。かなり高い確率で彼は再び声をかけてきます。その時こそ、紗良さん自身が今度は彼とどうしたいか選ぶ時です」

 アンナの言葉に紗良は頷く。

 本当に、心が軽くなった心地がする。それに妙に心強さを感じられた。
 もう私は大丈夫だ。根拠は無いがそんな自信と活力が紗良の中に宿った。
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