夜更けのスイート・ロストガーデン~眠れぬ夜のおもてなし~

日蔭 スミレ

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「本日のケーキって何ですか?」

「今日はバナナのパウンドケーキです、あの子が焼いてますけど絶品なんですよ」

 流れるように先程の口の悪い美少女を見ると、彼女は少し気まずそうに会釈してすぐに横を向く。

「お子さん……では無さそうですけど、ご親戚です?」

 思わず小声で聞いてしまう。アンナは苦笑いを浮かべて「ええ、そうなんです」と頷いた。
 なるほど。恐らく、春休みで親戚の叔母か従兄弟の仕事を手伝っている読みで当たりなのだろう。
 とはいえ、初対面の人間を詮索するのも良くない。

「じゃあ、そのケーキのセットで。飲み物は、紅茶でお願いします」

「かしこまりました。紅茶はカフェインの入っていないディカフェになります。フレーバーが選べますが、いかがいたしますか?」

 そう言って、彼女はメニューのページを捲ると、様々なフレーバーがズラリと。これは確かに多い。こんなに選択肢があるとは思わなかった。
 ……キャラメル、ショコラ、ストロベリー、バニラ、オレンジ、パッションフルーツなどなど目移りしてしまう。

「本当に多いですね。お姉さんのオススメって何ですか?」

「ええと。そうですね、今日のケーキがバナナのパウンドケーキなので爽やかな柑橘類や同じく南国なパッションフルーツやマンゴーなどのブレンドフレーバーはかなりマッチしますよ」

「じゃあ、その南国ってかんじのフレーバーでお願いしたいです」

 まだ桜も綻んでいない時期なのに、このチョイスは季節を先取りしすぎて、面白くなってしまった。思わず笑んでしまうと、オーダーを取るアンナも釣られるように笑んでいた。

「かしこまりました。それとですね、当店前金制となります。お茶はオーダーしたものがおかわり無料です。あとは始発の時間までごゆっくり寛いでくださって大丈夫ですので」

 至れり尽くせり、本当にワンコインで大丈夫だろうかと、思わず紗良は目を丸くする。

「それじゃ儲からないですよね」

 そう言いつつ財布から五百円玉を出してトレーに置く。

「ふふ。そんな事は無いですよ。ではご用意しますので、今暫くお待ちくださいね」

 丁寧な一礼してアンナはキッチンの方へとまた向かっていった。


 暖かさの所為か人と話している所為か心が解れていく心地がする。それも今は無理をしていない。極めて自然だった。

 思えば、表の立てかけの黒板にこう書いてあった……「各種相談承ります」と。

 不思議な店だと内心思ったが、穏やかで愛想良い彼女の人柄的には確かに「相談」はぴったりな印象だ。
 とは言っても、初対面の人に失恋相談なんて言いにくいし恥ずかしい。

 とりあえず、ここでまったりと時間を潰して、自分の気持ちを整頓しようと思った。
 今は、自分がどうしたいかなんて分からない。そう、だってもう恋は冷め切り終わってしまったのだから。紗良はひとつ息をついて外を見る。

 ここは本当に沼津の仲見世商店街のはずれだろうかと思った。
 席から見える窓の外──ローズマリーの垣根で覆われた草花だらけの真夜中の庭は外界が見えないので、妙な非日常感があった。
 ピアノの生演奏が止まってから、ヒーリングミュージックやらチルアウトミュージックといった類いの静かな音楽が流れており、この空間は何だか時が静かに動いているように感じた。

 店内に置かれた動物を象ったオブジェやドライフラワーに添えられたフェアリーライトをぼんやりと眺めて過ごしていると、オーダーしたメニューが運ばれてきた。

 パウンドケーキというくらいなので素朴なものを想像していたが、想像を覆す程に華やかだった。
 ふわふわなミルククリームとカスタードクリームに皮付きのカットパイナップルが添えられており、南国らしい見た目の薄紫のエディブルフラワーで飾られている。
 ……とんでもなく映えるものだった。

「ではごゆっくりしていってくださいね」

 柔和に笑んでアンナは去る。

 ……運ばれてきたものを見て、本当にワンコインでいいのか。と紗良は数秒間目をしばたたいていた。 

 そのまま食べるでは何だか勿体ない。
 思わずスマホを出して二・三枚写真を撮り、ようやく口をつけたが、見た目に負けずに美味しくて紗良は目を大きく瞠った。
 トーストされた熱々のケーキは外はさっくり。中はしっとりとしていて、濃厚なバナナの甘みが口いっぱいに広がった。これは確かに絶品だ。

「お、美味しい……!」

 思わず声が漏れてしまい、気恥ずかしくて口を押さえる。
 ふとキッチンの方を向くと、口の悪い美少女はまんざらでも無い顔でこちらを見ていたが、目が合うとすぐに視線を逸らした。
 照れくさいのだろう。それに自分も少し気まずい。

 紗良は、気を取り直して二種のクリームを絡めてケーキを食べ始めた。
 途中に、南国フレーバーのお茶をふぅふぅと啜るが、これも本当にケーキの甘みとマッチしてすっきりとしている。
 完全に口に中が陽気で暖かな夏だ。目にも口にも嬉しくて、心が満たされていく心地がする。これはまたリピートしたい美味しさだ。こんな素敵な店に辿り着いてラッキーだったと紗良は心から思った。

 そう思って数秒で紗良は自分の心の中の様々な矛盾に気がついた。
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