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Ⅱ
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(本当に、どうしよう。適当にブラブラして港の方に……行ってみようかな?)
紗良はとぼとぼと夜の街を歩み始めた。
ここ沼津の駅前南口はかつては賑わっていた。
大型デパートが二つもあり、母が若い頃の買い物の定番といえば、この街だったそうだ。
しかし、今となっては南口はとても寂れてしまい、これといって特にない。
数年前に放映されたアニメの影響もあって、少しは人が来るようになったらしいが、栄えているのは主に港の方面限定だ。
静まりかえった街の道路に行き交うのはタクシーだけ。信号は何個も先まで黄色に点滅しており、ひゅぅと吹き抜けた風の冷たさに、紗良は背を丸くした。
(こんなに寒いのに、私は海に行って……)
頭の中で暗い海に飛び込む自分の姿がよぎる。けれど、途端に背筋が震え恐怖を覚えた。
ダメだ。怖くてその勇気が無い。
それに、一人の男の為に自分の命をかける必要なんか無いと頭では分かっている。そんな馬鹿な事はしなくたっていい。きっともっと良い人がいる事だって分かっている。世の中そんな男ばかりじゃ無い。そんな風に考えられるだけ『きっと私はまだ大丈夫』と思えてほんの少しだけ安心した。
しかし、本当に寒い。いっそこのまま風邪を引いて、暫く仕事を休んでも良い気もするが、身体は正直で、暖を取りたくて仕方ない。早く次の店を探そう。紗良は急ぎ地下道をくぐり抜け、道路を渡って仲見世商店街へ向かう。
しかし、ここはシャッターがキッチリと閉まっており、誰一人歩いていなかった。
そうして黙々と南側に歩んでいると、どこからか穏やかなピアノの音が聞こえた。
どこかにお洒落なバーでもあるのだろうか。
だが、いくら穏やかな音色とはいえ、こんな時間にこの音量でピアノなんて大顰蹙ではないだろうか。それも聞く限り、音楽を再生しているかんじではなく、誰かが弾いている。
そんな風に思いつつ歩んでいれば、暖かな明かりが灯るこぢんまりとした洋館が見えてきた。
ピアノの音は間違いなくこの洋館からだった。
仲見世商店街に行くのは、中学生の頃に母と行ったのが最後。随分と久しぶりだが、こんな建物はあっただろうか?
不思議に思いつつ歩み寄れば、門の近くの明かりがぱっと灯って驚いた。
どこかレトロな黒アイアンの門前には立てかけの黒板が置かれていた。
「……カフェ、終わる花?」
日替わりケーキ、珈琲、紅茶、優しいディカフェにハーブティー、その他各種ご相談承ります。
丸みを帯びた手書き文字でそう書かれており、紗良は洋館を今一度見る。
ふわりと漂う甘く美味しそうな匂いに、久しく空腹を覚えた。
思えば、今日は朝から何も食べていない。否、この一週間ろくに食べてもいなかった。
……一時的な寒さ凌ぎと小腹を満たすには丁度良さそうだ。紗良は何も考えずに門を開き、店に続く庭を歩んだ。
こぢんまりとした庭ではあるが、店へ続く石畳の歩道を除き、ひしめくように沢山の植物が植えられている。
あまり草花の名は知らないが、生け垣にしてある低樹木はローズマリーだろう。母の趣味で家の庭にも植えてあるが、こんなに広がり、立派に育つものかと妙に感心してしまう程の巨大サイズだった。
その他の植物はよく分からないが、常緑のものは多年草のハーブ類だろうと思う。
こういった洋風でお洒落な建屋の庭にある定番といえばやはりハーブという印象が先入観のようにあった。それに、カフェというくらいだ。料理に使われるようなハーブを栽培していると思しい。
店の扉を引くと、頭上からカランと小気味の良いベルの音が溢れ落ちる。
紗良はとぼとぼと夜の街を歩み始めた。
ここ沼津の駅前南口はかつては賑わっていた。
大型デパートが二つもあり、母が若い頃の買い物の定番といえば、この街だったそうだ。
しかし、今となっては南口はとても寂れてしまい、これといって特にない。
数年前に放映されたアニメの影響もあって、少しは人が来るようになったらしいが、栄えているのは主に港の方面限定だ。
静まりかえった街の道路に行き交うのはタクシーだけ。信号は何個も先まで黄色に点滅しており、ひゅぅと吹き抜けた風の冷たさに、紗良は背を丸くした。
(こんなに寒いのに、私は海に行って……)
頭の中で暗い海に飛び込む自分の姿がよぎる。けれど、途端に背筋が震え恐怖を覚えた。
ダメだ。怖くてその勇気が無い。
それに、一人の男の為に自分の命をかける必要なんか無いと頭では分かっている。そんな馬鹿な事はしなくたっていい。きっともっと良い人がいる事だって分かっている。世の中そんな男ばかりじゃ無い。そんな風に考えられるだけ『きっと私はまだ大丈夫』と思えてほんの少しだけ安心した。
しかし、本当に寒い。いっそこのまま風邪を引いて、暫く仕事を休んでも良い気もするが、身体は正直で、暖を取りたくて仕方ない。早く次の店を探そう。紗良は急ぎ地下道をくぐり抜け、道路を渡って仲見世商店街へ向かう。
しかし、ここはシャッターがキッチリと閉まっており、誰一人歩いていなかった。
そうして黙々と南側に歩んでいると、どこからか穏やかなピアノの音が聞こえた。
どこかにお洒落なバーでもあるのだろうか。
だが、いくら穏やかな音色とはいえ、こんな時間にこの音量でピアノなんて大顰蹙ではないだろうか。それも聞く限り、音楽を再生しているかんじではなく、誰かが弾いている。
そんな風に思いつつ歩んでいれば、暖かな明かりが灯るこぢんまりとした洋館が見えてきた。
ピアノの音は間違いなくこの洋館からだった。
仲見世商店街に行くのは、中学生の頃に母と行ったのが最後。随分と久しぶりだが、こんな建物はあっただろうか?
不思議に思いつつ歩み寄れば、門の近くの明かりがぱっと灯って驚いた。
どこかレトロな黒アイアンの門前には立てかけの黒板が置かれていた。
「……カフェ、終わる花?」
日替わりケーキ、珈琲、紅茶、優しいディカフェにハーブティー、その他各種ご相談承ります。
丸みを帯びた手書き文字でそう書かれており、紗良は洋館を今一度見る。
ふわりと漂う甘く美味しそうな匂いに、久しく空腹を覚えた。
思えば、今日は朝から何も食べていない。否、この一週間ろくに食べてもいなかった。
……一時的な寒さ凌ぎと小腹を満たすには丁度良さそうだ。紗良は何も考えずに門を開き、店に続く庭を歩んだ。
こぢんまりとした庭ではあるが、店へ続く石畳の歩道を除き、ひしめくように沢山の植物が植えられている。
あまり草花の名は知らないが、生け垣にしてある低樹木はローズマリーだろう。母の趣味で家の庭にも植えてあるが、こんなに広がり、立派に育つものかと妙に感心してしまう程の巨大サイズだった。
その他の植物はよく分からないが、常緑のものは多年草のハーブ類だろうと思う。
こういった洋風でお洒落な建屋の庭にある定番といえばやはりハーブという印象が先入観のようにあった。それに、カフェというくらいだ。料理に使われるようなハーブを栽培していると思しい。
店の扉を引くと、頭上からカランと小気味の良いベルの音が溢れ落ちる。
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