31 / 31
終章
平穏の楽園
しおりを挟む
──ヴェーダ。そこに暮らす民族はディーヴァとアスラが依然として存在していた。
アスラは前副族長カリシュが現在は族長となったらしい。前の族長はと言えば……あまりに傲慢な思惑がイシャンの逆鱗に触れ、彼によって封じられたそうだ。殺してはいない。あくまで封じただけ。しかし、彼は必要無いだろうとイシャンは言った。
何故かと言えば──これから大地震が起き集落の危機を案じている最中、彼だけが集落を案じず、イシャンに斬り掛かろうとしたからだ。よって、他のアスラ達はイシャンの一声に目を覚まし、賛同したという。
「そもそも……カリシュの話によれば、あいつを崇拝する奴ら以外、殆どがディーヴァとの抗争なんてどうでも良いってかんじだったらしい。ルタに関しては、あれは幻術が長け過ぎていた事もあるだろう。その腕を見込まれたのもあるが、族長の圧力で従う他無かったみたいだ。それでも皆、危機的状況に陥って目を覚ましたみたいだ。まぁ、あの族長は俺やルドラやアンビカの親父……と、ディーヴァの強豪を刈り取った過去があるからこそ英雄的な部分もあって民衆を引きつけていたみたいだ」
──俺達はアスラを大きく勘違いしていただろう。と、イシャンがそう淡々と語ったのは、ディーヴァの集落に戻って直ぐだった。
確かにそうだろう。狩猟や採取で生計を立てている事は事実だったが、奇襲をかけ盗みや人攫いを行うのは、前族長の信仰者くらいだった。男は皆戦士だった。だが、女達はといえば、皆陽気に暮らしていた様を直ぐにシュリーは思い出した。
しかし、集落に帰ってからというものの目まぐるしい日々だった。折角の結婚式を姉、ルタによって台無しにされたのだ。今度こそしっかりやろうという話になったのは直ぐだった。そうして式が行われたのは、一週間も立たぬうち。集落の皆に見守られ、澄み切った晴天の元で二人は永遠を誓い合った。
「折角の式だ。ルタも呼べば良い」とイシャンに言われたが、事が丸く収まったとは言え未だ日が浅すぎる。一応蓮の花弁に乗せて、姉に声をかけたものの、ルタはやんわりと断りを入れ姿を現さなかった。
だが、式が終わった後日、別件でルタから連絡があった。
ディーヴァの畜産物や農作物、アスラの狩猟で得た獣に肉や森に実る果物で交易をしたい。と……、そんな話が来て、イシャンに伝えると直ぐ、彼はそれを直ぐに快諾した。
……そうして、交易は始まり、早くも一年が経過しようとしている。
空気は湿気を帯びて蒸し暑い。ディーヴァの集落の至る場所に植えられた火炎樹の花が青空の元、赤々と咲き乱れる午後。城の庭では沢山の果物に野菜、森の中で採れたと思しい薬草や珍しい果実がズラリと並んでいた。まるで市場さながらの活気である。
ディーヴァのハヌマーン族の女達。アスラのナーガ族の女達。と、やたらとおしゃべり好きな女が二つも集まるのだから、喧しい程に笑い声や談笑が響いていた。
交易を始めると言った当初と来たら、まるで葬儀会場のようにシン……と、静かだったものだった。互いに怯えていたものだが、二度三度と重なると顔馴染みとなり、慣れも出てくるのだろう。それにお互いお喋りが大好きな女同士だ。打ち解けるのは存外早かった。
「ほんとー賑やかになったわねぇ。賑やかなの私は好きだけど、ちょっと流石に騒がしいわね」
そう言って、茣蓙の上に野菜を並べるアンビカは辺りを見渡してほんの少しだけ苦みを含んだ笑みを溢す。その隣ではスパルナが、傷んだトマトを熱心に分別していた。
「シュリー具合は大丈夫?」
そう言って、アンビカが気に掛けるものだから、シュリーは「アンビカこそ」と、気遣った。すると、分別をしていたスパルナは双方の顔を見て、幾度も頷く。
「そうですよ。二人とも無理はなさらないように」
釘を刺すように言われて、シュリーとアンビカは同時に「ええ」と返事した。
「でも私はもう……つわりの波越えて安定期とかって周期? に、もう入ってるから全然平気だけど……最近よく動くの」
そう言って腹を摩るアンビカの腹はもうだいぶ膨れていた。確か、乾季の中頃……今年の初めくらいだろうか……。
突然アンビカが体調を崩し、様子がおかしいと薬学に詳しい者に見て貰ったところ「どう見たって妊娠」と告げられた。しかし、類は友を呼ぶとでも言うのだろうか……。その数ヶ月後、もうすぐ雨期に差し掛かる頃合いに今度はシュリーが著しく体調を崩してしまい、妊娠が発覚したのである。思い当たる節はありすぎる。否や、そうとしか考えられない。婚後のやたらと長い、蜜月は甘い言葉で愛を囁かれ、散々抱き潰されたのだから……。だが、それは心から嬉しく思えた。まさか、現世で死して輪廻を果たし子に恵まれるなど思いもしなかったもので……。
「イシャン君もルドラもお父さんかぁ。私の子の方が先に生まれるだろうけど、シュリーの子と歳は変わないわねぇ。だけど……男の子同士だったらねぇ……」
そう言ってアンビカが目を細めた先ではルドラがイシャンに何か捲し立てていた。
一応、仲は良いのだろうが本当にいつもの事。シュリーは彼らを傍観する。アスラとの争いも無い。害獣を払う以外の警備は無く、今ではルドラに行事の手伝いや、貯蔵庫の計算をさせている所を頻繁に見かける。それが不満かは不明だが、どうにもルドラがイシャンに突っかかっている所をよく見かける。
「……でもイシャンの方がルドラ様より年上よ。そ、それに二人とも仲は良いわ」
──ああ見えて。とシュリーが言った途端だった。ルドラがイシャンの頭を引っ叩いた。しかし、イシャンは直ぐにマントラで黄金の棍棒を生成し、ルドラの頭をぶん殴るもので……。
その様子を見て、シュリーとスパルナは言葉を失った。方やアンビカはと言えば、直ぐにケラケラと笑いを溢す。
「男の子が生まれたとしたら……ああ、ならない事を祈るしか無いわねぇ……。ほんと、結婚しようが父親になろうが男って案外いつまでも馬鹿なのかもね……」
ため息交じりにアンビカが言ったと同時だった。
「妊婦さん達と侍女さん。森の甘酸っぱい果実のジュースはいる?」
ルタだった。彼女の手には半分に割れたココナッツの実が三つ。くり抜いた中心部には薄紅の果汁がたっぷりと入れられていた。
スパルナは直ぐにルタを手伝い、二つ取ると一つをシュリーに手渡した。
「や~ん。ルタありがとう」
アンビカはルタからジュースを受け取った。
「交換物は要らないわ。いつぞやの悪夢のお詫びって事で……」
そう言ってルタは綺麗に笑むと、アンビカは怪訝そうに眉を寄せる。
「もういいのに。一年も昔の事でしょう? いちいち引き摺ってないわよ」
「私を刀剣の錆にしようとしたのに?」
「あの時はあの時よ?」
朗らかな二人のやりとりを眺めつつ、シュリーはジュースを一口飲む。美味しい。身にしんしんと染み渡るようだった。喉も渇いていて、あっという間に全て飲み干して間もなく──
「アンビカ。おいテメェ何飲んでるんだ? 酒か? 酒はダメだろ。テメェ妊婦だろ? おいおいおいそんなもん飲むな……」
「……妊婦に酒なんか渡す訳ないだろド阿呆」
ルドラとイシャンが近付いてきた。喧嘩(?)はもう済んだのだろうか。シュリーは不思議そうに二人を見つめるが、直ぐにルタは頭を垂れ、手を合わせて二人に挨拶する。
すると二人も直ぐに同じように挨拶を帰した。
「そちらの族長様も副族長様もお元気そうで何よりです。いつもこうして交易を行える事本当に有り難く思います」
ルタが丁寧に言うと、イシャンは「いい加減そんな堅苦しくしなくても……」と苦笑いを溢す。方やルドラときたら「いいって事よ」とふんぞりかえっているもので……。
そんな様子を見たアンビカがルドラのわき腹を抓るものだから、シュリーは思わず笑いを溢してしまった。
「さておき、私はそろそろ参りますね。昼過ぎには撤収致します」
そう言って、ルタは一礼するとその場を去った。
その去り際──どこか少し憂いを含んだ姉の面は妙に艶やかで色っぽいと思った。しかし、同じ事を思ったのだろう。イシャンは「綺麗だな」と溢したもので、シュリーは直ぐに彼の方を向く。
血の繋がった姉だ。瓜二つとばかりに似ているとはよく言われるのだから嬉しい。だが、自分と姉は別人だ。シュリーは僅かに嫉妬してむくれてしまう。
「……確かに、同じくらいの歳に見えるでしょうが、私は姉さんみたいに大人っぽくないわよ」
どうせ。と、目を細めて言ってやると、イシャンは呆れたように笑いを溢す。
「まぁ、あのよそよそしい態度は初めて会ったシュリーに本当によく似てるとは思うがな。でも……ルタは去り際が美しいなって思っただけだ」
そう言って彼は、シュリーの方に向き合った。去り際……確かに言われて見ればそうだろう。何処か憂いを帯びた深紅の瞳を横目に見ると、ため息が漏れる程に姉を綺麗だとは思う。
「シュリーはその逆だと思う。こうして向かって見るのが一番綺麗だ」
そう告げたイシャンの言葉にシュリーの胸の奥が途端にムズ痒くなる。
──幸福を司る妹の女神と不幸を司る姉の女神。いつだか寺院に置かれた経典で読んだ事があっただろう。二人は度々喧嘩した。どちらが美しいかとよく揉めたらしい。行商人に聞けば、不幸の女神が去る時は美しく、幸福の女神は向かってくる様が美しいと言ったそうだ。
「……そんな話、聞いた事があるわ」
「ああ、現世の話だ。まさにその通りだと思った。シュリーとルタを見ていてな。何だか、俺達は何度も輪廻を繰り返し同じ相手と巡り会っているような気がしたんだ」
──だから、輪廻して俺の妻になった事もルタの妹として生まれた事も何もかもこういう運命なのかもな。きっとその次だって……。そう告げたイシャンはシュリーの額にそっと接吻を落とした。
唇を落とされた額がほんのりと熱い。胸いっぱいに幸せが満たされている。ここに至るまでは、まさに堕落するようだった。だが、本当に彼と巡り会えて良かった。大好きな人達が出来た。素晴らしい未来を歩めるのだから……。
「平穏の楽園に導かれた事、イシャンに愛された事は心から幸せに思うわ。あなたを生涯かけて愛し、この地で命尽きても、その先も必ず……」
──貴方の隣にいたい。そう告げたシュリーは優しい笑みを綻ばせた。
「ああ、必ず。約束だ」
イシャンはシュリーの頤を摘まみ、甘やかな接吻を落とした。
アスラは前副族長カリシュが現在は族長となったらしい。前の族長はと言えば……あまりに傲慢な思惑がイシャンの逆鱗に触れ、彼によって封じられたそうだ。殺してはいない。あくまで封じただけ。しかし、彼は必要無いだろうとイシャンは言った。
何故かと言えば──これから大地震が起き集落の危機を案じている最中、彼だけが集落を案じず、イシャンに斬り掛かろうとしたからだ。よって、他のアスラ達はイシャンの一声に目を覚まし、賛同したという。
「そもそも……カリシュの話によれば、あいつを崇拝する奴ら以外、殆どがディーヴァとの抗争なんてどうでも良いってかんじだったらしい。ルタに関しては、あれは幻術が長け過ぎていた事もあるだろう。その腕を見込まれたのもあるが、族長の圧力で従う他無かったみたいだ。それでも皆、危機的状況に陥って目を覚ましたみたいだ。まぁ、あの族長は俺やルドラやアンビカの親父……と、ディーヴァの強豪を刈り取った過去があるからこそ英雄的な部分もあって民衆を引きつけていたみたいだ」
──俺達はアスラを大きく勘違いしていただろう。と、イシャンがそう淡々と語ったのは、ディーヴァの集落に戻って直ぐだった。
確かにそうだろう。狩猟や採取で生計を立てている事は事実だったが、奇襲をかけ盗みや人攫いを行うのは、前族長の信仰者くらいだった。男は皆戦士だった。だが、女達はといえば、皆陽気に暮らしていた様を直ぐにシュリーは思い出した。
しかし、集落に帰ってからというものの目まぐるしい日々だった。折角の結婚式を姉、ルタによって台無しにされたのだ。今度こそしっかりやろうという話になったのは直ぐだった。そうして式が行われたのは、一週間も立たぬうち。集落の皆に見守られ、澄み切った晴天の元で二人は永遠を誓い合った。
「折角の式だ。ルタも呼べば良い」とイシャンに言われたが、事が丸く収まったとは言え未だ日が浅すぎる。一応蓮の花弁に乗せて、姉に声をかけたものの、ルタはやんわりと断りを入れ姿を現さなかった。
だが、式が終わった後日、別件でルタから連絡があった。
ディーヴァの畜産物や農作物、アスラの狩猟で得た獣に肉や森に実る果物で交易をしたい。と……、そんな話が来て、イシャンに伝えると直ぐ、彼はそれを直ぐに快諾した。
……そうして、交易は始まり、早くも一年が経過しようとしている。
空気は湿気を帯びて蒸し暑い。ディーヴァの集落の至る場所に植えられた火炎樹の花が青空の元、赤々と咲き乱れる午後。城の庭では沢山の果物に野菜、森の中で採れたと思しい薬草や珍しい果実がズラリと並んでいた。まるで市場さながらの活気である。
ディーヴァのハヌマーン族の女達。アスラのナーガ族の女達。と、やたらとおしゃべり好きな女が二つも集まるのだから、喧しい程に笑い声や談笑が響いていた。
交易を始めると言った当初と来たら、まるで葬儀会場のようにシン……と、静かだったものだった。互いに怯えていたものだが、二度三度と重なると顔馴染みとなり、慣れも出てくるのだろう。それにお互いお喋りが大好きな女同士だ。打ち解けるのは存外早かった。
「ほんとー賑やかになったわねぇ。賑やかなの私は好きだけど、ちょっと流石に騒がしいわね」
そう言って、茣蓙の上に野菜を並べるアンビカは辺りを見渡してほんの少しだけ苦みを含んだ笑みを溢す。その隣ではスパルナが、傷んだトマトを熱心に分別していた。
「シュリー具合は大丈夫?」
そう言って、アンビカが気に掛けるものだから、シュリーは「アンビカこそ」と、気遣った。すると、分別をしていたスパルナは双方の顔を見て、幾度も頷く。
「そうですよ。二人とも無理はなさらないように」
釘を刺すように言われて、シュリーとアンビカは同時に「ええ」と返事した。
「でも私はもう……つわりの波越えて安定期とかって周期? に、もう入ってるから全然平気だけど……最近よく動くの」
そう言って腹を摩るアンビカの腹はもうだいぶ膨れていた。確か、乾季の中頃……今年の初めくらいだろうか……。
突然アンビカが体調を崩し、様子がおかしいと薬学に詳しい者に見て貰ったところ「どう見たって妊娠」と告げられた。しかし、類は友を呼ぶとでも言うのだろうか……。その数ヶ月後、もうすぐ雨期に差し掛かる頃合いに今度はシュリーが著しく体調を崩してしまい、妊娠が発覚したのである。思い当たる節はありすぎる。否や、そうとしか考えられない。婚後のやたらと長い、蜜月は甘い言葉で愛を囁かれ、散々抱き潰されたのだから……。だが、それは心から嬉しく思えた。まさか、現世で死して輪廻を果たし子に恵まれるなど思いもしなかったもので……。
「イシャン君もルドラもお父さんかぁ。私の子の方が先に生まれるだろうけど、シュリーの子と歳は変わないわねぇ。だけど……男の子同士だったらねぇ……」
そう言ってアンビカが目を細めた先ではルドラがイシャンに何か捲し立てていた。
一応、仲は良いのだろうが本当にいつもの事。シュリーは彼らを傍観する。アスラとの争いも無い。害獣を払う以外の警備は無く、今ではルドラに行事の手伝いや、貯蔵庫の計算をさせている所を頻繁に見かける。それが不満かは不明だが、どうにもルドラがイシャンに突っかかっている所をよく見かける。
「……でもイシャンの方がルドラ様より年上よ。そ、それに二人とも仲は良いわ」
──ああ見えて。とシュリーが言った途端だった。ルドラがイシャンの頭を引っ叩いた。しかし、イシャンは直ぐにマントラで黄金の棍棒を生成し、ルドラの頭をぶん殴るもので……。
その様子を見て、シュリーとスパルナは言葉を失った。方やアンビカはと言えば、直ぐにケラケラと笑いを溢す。
「男の子が生まれたとしたら……ああ、ならない事を祈るしか無いわねぇ……。ほんと、結婚しようが父親になろうが男って案外いつまでも馬鹿なのかもね……」
ため息交じりにアンビカが言ったと同時だった。
「妊婦さん達と侍女さん。森の甘酸っぱい果実のジュースはいる?」
ルタだった。彼女の手には半分に割れたココナッツの実が三つ。くり抜いた中心部には薄紅の果汁がたっぷりと入れられていた。
スパルナは直ぐにルタを手伝い、二つ取ると一つをシュリーに手渡した。
「や~ん。ルタありがとう」
アンビカはルタからジュースを受け取った。
「交換物は要らないわ。いつぞやの悪夢のお詫びって事で……」
そう言ってルタは綺麗に笑むと、アンビカは怪訝そうに眉を寄せる。
「もういいのに。一年も昔の事でしょう? いちいち引き摺ってないわよ」
「私を刀剣の錆にしようとしたのに?」
「あの時はあの時よ?」
朗らかな二人のやりとりを眺めつつ、シュリーはジュースを一口飲む。美味しい。身にしんしんと染み渡るようだった。喉も渇いていて、あっという間に全て飲み干して間もなく──
「アンビカ。おいテメェ何飲んでるんだ? 酒か? 酒はダメだろ。テメェ妊婦だろ? おいおいおいそんなもん飲むな……」
「……妊婦に酒なんか渡す訳ないだろド阿呆」
ルドラとイシャンが近付いてきた。喧嘩(?)はもう済んだのだろうか。シュリーは不思議そうに二人を見つめるが、直ぐにルタは頭を垂れ、手を合わせて二人に挨拶する。
すると二人も直ぐに同じように挨拶を帰した。
「そちらの族長様も副族長様もお元気そうで何よりです。いつもこうして交易を行える事本当に有り難く思います」
ルタが丁寧に言うと、イシャンは「いい加減そんな堅苦しくしなくても……」と苦笑いを溢す。方やルドラときたら「いいって事よ」とふんぞりかえっているもので……。
そんな様子を見たアンビカがルドラのわき腹を抓るものだから、シュリーは思わず笑いを溢してしまった。
「さておき、私はそろそろ参りますね。昼過ぎには撤収致します」
そう言って、ルタは一礼するとその場を去った。
その去り際──どこか少し憂いを含んだ姉の面は妙に艶やかで色っぽいと思った。しかし、同じ事を思ったのだろう。イシャンは「綺麗だな」と溢したもので、シュリーは直ぐに彼の方を向く。
血の繋がった姉だ。瓜二つとばかりに似ているとはよく言われるのだから嬉しい。だが、自分と姉は別人だ。シュリーは僅かに嫉妬してむくれてしまう。
「……確かに、同じくらいの歳に見えるでしょうが、私は姉さんみたいに大人っぽくないわよ」
どうせ。と、目を細めて言ってやると、イシャンは呆れたように笑いを溢す。
「まぁ、あのよそよそしい態度は初めて会ったシュリーに本当によく似てるとは思うがな。でも……ルタは去り際が美しいなって思っただけだ」
そう言って彼は、シュリーの方に向き合った。去り際……確かに言われて見ればそうだろう。何処か憂いを帯びた深紅の瞳を横目に見ると、ため息が漏れる程に姉を綺麗だとは思う。
「シュリーはその逆だと思う。こうして向かって見るのが一番綺麗だ」
そう告げたイシャンの言葉にシュリーの胸の奥が途端にムズ痒くなる。
──幸福を司る妹の女神と不幸を司る姉の女神。いつだか寺院に置かれた経典で読んだ事があっただろう。二人は度々喧嘩した。どちらが美しいかとよく揉めたらしい。行商人に聞けば、不幸の女神が去る時は美しく、幸福の女神は向かってくる様が美しいと言ったそうだ。
「……そんな話、聞いた事があるわ」
「ああ、現世の話だ。まさにその通りだと思った。シュリーとルタを見ていてな。何だか、俺達は何度も輪廻を繰り返し同じ相手と巡り会っているような気がしたんだ」
──だから、輪廻して俺の妻になった事もルタの妹として生まれた事も何もかもこういう運命なのかもな。きっとその次だって……。そう告げたイシャンはシュリーの額にそっと接吻を落とした。
唇を落とされた額がほんのりと熱い。胸いっぱいに幸せが満たされている。ここに至るまでは、まさに堕落するようだった。だが、本当に彼と巡り会えて良かった。大好きな人達が出来た。素晴らしい未来を歩めるのだから……。
「平穏の楽園に導かれた事、イシャンに愛された事は心から幸せに思うわ。あなたを生涯かけて愛し、この地で命尽きても、その先も必ず……」
──貴方の隣にいたい。そう告げたシュリーは優しい笑みを綻ばせた。
「ああ、必ず。約束だ」
イシャンはシュリーの頤を摘まみ、甘やかな接吻を落とした。
0
お気に入りに追加
52
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
甘々に
緋燭
恋愛
初めてなので優しく、時に意地悪されながらゆっくり愛されます。
ハードでアブノーマルだと思います、。
子宮貫通等、リアルでは有り得ない部分も含まれているので、閲覧される場合は自己責任でお願いします。
苦手な方はブラウザバックを。
初投稿です。
小説自体初めて書きましたので、見づらい部分があるかと思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです。
また書きたい話があれば書こうと思いますが、とりあえずはこの作品を一旦完結にしようと思います。
ご覧頂きありがとうございます。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。
すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!?
「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」
(こんなの・・・初めてっ・・!)
ぐずぐずに溶かされる夜。
焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。
「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」
「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」
何度登りつめても終わらない。
終わるのは・・・私が気を失う時だった。
ーーーーーーーーーー
「・・・赤ちゃん・・?」
「堕ろすよな?」
「私は産みたい。」
「医者として許可はできない・・!」
食い違う想い。
「でも・・・」
※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。
※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
それでは、お楽しみください。
【初回完結日2020.05.25】
【修正開始2023.05.08】
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる