【R18】業火に躍る堕落のサンサーラ

日蔭 スミレ

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第二章 神々の楽園

2-6 心躍る出逢い

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 立派な城門をくぐり抜けて、牧草地に果樹園に、畑や市場と……案内されるままシュリーは着いて歩いた。
 しかしどこを歩んでいても、皆して彼に声をかける。だが、先程の子供達と同様に……慕ってはいると窺えるものの、皆非常に砕けた態度だった。

「族長だと知ってて皆イシャンに懐っこい態度なのね……」人気が減ってシュリーが言う。すると、イシャンは「きっと年齢だ」とざっくりと答えた。

 ──族長選出は武闘で行うそうだ。頻度は十年に一度。そこで最も強き者が族長に。次点を副族長と定めるそうだ。
 武闘選出となれば当然のように、体力の有り余った若い男が圧倒的有利だ。そうしてイシャンが族長になったのはつい三年程昔の事だそう。未だ若造の部類であるが故、皆親しみやすいようで、このような態度なのだと言う。

 しかし、実際の所……この武闘に参加する者は殆ど居ないらしい。

 何やら、イシャンの血族と現在副族長を務める者の血族が圧倒的に武闘に強すぎるそうで、代々、頂点・次点に君臨しているそうだ。もはや、イシャンの家系か現在副族長を担う家系がその座を争うだけ。もはや、皆野次馬に徹してこの武闘に参加しないそう。これを聞いて……思ったより俗っぽいと、シュリーは感じてしまった。

 そうして、一通りの案内を終え二人が城に戻る時──城門をくぐり抜けて直ぐ、イシャンは鮮やかな緑髪の男に呼び止められた。
 長身なイシャンよりも頭一つ近く飛び抜けた大男だった。体躯はガッシリしているものの、横に広くは感じない。この男もスパルナのように頭頂部に冠羽があった。羽毛のような毛が生えている様はやはり何度見ても不思議に思うものだが……。それでも彼もスパルナ同様に綺麗な顔立ちをしていた。
 二人の会話に耳を傾けていると、何やら怪我人が出ただのそんな話を緑髪の男は伝えて去って行った。

やぐらから落ちて脚をくじいた奴が居るみたいでな。大した事は無いとは思うが様子を見てくる。もう城は目と鼻の先だ。城の敷地内は虎だのそんな害獣も出ないし安全だ。部屋まで一人で戻れるか?」

 イシャンに言われてシュリーは直ぐに頷いた。一応、部屋までの道順は覚えている。すると、イシャンはシュリーの頬に接吻くちづけを落とした後、踵を返して城門の向こうに走っていってしまった。 
 それから間もなくシュリーは城へと帰路を一人歩み始めた。
 その最中だった。どこからか、シタールの音が聞こえたのだ。とろりとした弦の音が心地よい。

(凄く素敵な音色……)

 舞踊で流れる曲とは全く違う。知りもしない曲だが、心地が良い。先程、城の敷地内は安全だと言われたばかりだ。少しくらい寄り道したって構わないだろうか……。
 シュリーはシタールの奏者を探し始めた。しかし存外、奏者を見つけるのは早かった。白い城壁に背を預け、弦を弾く男がいた。

 ──まるで苦行僧サドゥのよう。やたらと露出の多い黒装束を纏い、虎皮の腰布を巻いている。イシャンよりも浅黒い肌の男だった。

 歳は、自分よりはきっと年上。だが、イシャンよりは少し下だろうか……。髪は縄のように複雑に絡まり合った長いドレッドで──見るからに異質。顔を上げずとも、とてつもなく柄が悪そうに見える。
 しかし本当の苦行僧サドゥのような不潔そうな印象は微塵も無く、纏った装束は上質な絹でこしらえたものだと解る。腰や首にも黄金の装飾品を沢山付けている様からどこか神聖な雰囲気を感じるもので……。
 それでも奏でる音はあまりに素晴らしい。シュリーは呆然と立ち演奏に聞き入る矢先──奏者は顔を上げた。その面は精悍ではあるが鋭く険しい。きつく釣り上がった瞳の色は夏の空に似た澄んだ青。しかし、睨まれた所為かどこか冷たく感じてしまう。

「あん? なんだテメェ?」

 その声は低くもあるが、しゃがれており非常に癖があった。彼は座したままシュリーを睨み据える。整った顔立ちの男だが、その表情ときたらまるで悪鬼の如く……。あまりに恐ろしくシュリーは身を縮めた。

「ご、ごめんなさい……とても素晴らしい演奏で、つい聞き入っただけで」

 シュリーは素直に言う。すると、彼はスッと立ち上がって舐めるような視線でシュリーを見つめた。

(──ひっ、こ……怖い、何この人!)

 イシャンは城の敷地内は安全といっただろう。虎は出ない。だが、別の意味で全く大嘘ではないかと恨んでしまう。

「てめぇ、俺を誰だと思ってる?」

 かれるが分かりもしない。シュリーがだんまりとしてしまうと、彼は一つ鼻を鳴らした。

「折角俺が弾いてんだ。ボサっと見てるなんか失礼だろ。テメェ踊るなり気をきかせてみろや」

 ズイと顔を近づけて偉そうにそれだけ言うと、彼は元の位置に戻って再びシタールを奏で始めた。
 ──しかし、踊るとは言っても。全く知らない曲だ。それに自分が踊っていた舞踊音楽に比べると、幾分か律動もはげしく早い。

(どうしよう……)

 シュリーは困却する。チラリとシタールを奏でる彼を見れば物凄い形相で睨まれた。怖い。けれど、このまま逃げるように帰ったら更に怖い目に遭いそうな気だってする。

(やるしか……ないわね……?)

 もう、やけっぱちだった。片方の爪先で音に合わせ律動を探る。そして、律動を掴んだ後──シュリーはステップを踏む。
 そこまでしたら、まるで何かを解き放ったような気さえした。
 音に合わせて腰をくねらせ、手を広げ……全身を使って思い立ったままを舞い踊る。
 だが、ここまで堂々と踊ってしまうと、とてつもなく楽しく感じてしまい、滴りだした汗も気にせずシュリーは夢中で舞い踊る。 
 踊り出して間もなく。シュリーとシタール奏者の前には人だかりが出来きた。

 そして曲調が盛り上がったと同時だった──自分と歳も変わらなさそうな少女が乱入して踊り始めたのだ。

 ──真っ白な肌に栗色の髪。可憐な顔立ちを彩る瞳は若草のような緑色。深い青色のサリーを翻し彼女は鏡映しのようにシュリーの踊りに合わせて舞う。

 深紅のサリーを纏ったシュリーに対し、青のサリーを纏った彼女。対極的ではあるが、まるで鏡合わせ。野次馬達は皆ドッと歓声を上げ、各々好きなようにその場で踊り始めた。そうして躍ること幾何か……。やがてシタールの音が緩やかになり、ピタリと止まる。

 すると──飛び入りでやって来た彼女はシュリーを見るなり、パッと明るい笑顔を咲かせた。

「もー! 貴女最高よ!」

 高く愛らしい声で言うなり、唐突に抱きつかれたもので……。
 しかし、息が上がって上手く返事が出来ない。何が何だかとは思うが、それでもどこか嬉しく思えてしまう。それに何だか、心が抜けた空のように晴れやかに感じるもので……。シュリーは抱きつく彼女に笑顔を綻ばせた。

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