【R18】砂上の月華

日蔭 スミレ

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後編

第十五夜 開花前夜(下)※

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 吐息と吐息を絡めるような口付けは、沢山の砂糖をまぶされた菓子より甘かった。
 舌を吸われ、優しく唇を食まれて──口付けの角度を変えれば、彼の前髪が愛撫のように頬を擽った。
 指を絡めて手を繋がれ、まるで離さないと束縛されているようだが、それさえも愛おしく思えるもので、ライラは彼から与えられる口付けに僅かに応える。
 やがて、繋ぎ合わせた彼の片手が外れて首筋を沿う。そのまま穏やかに下降し、胸の膨らみを確かめるように触れられるとたちまち背筋が甘く痺れが背筋を這う。

「……ひゃぅ」

 ライラは深い口付けの最中出来た隙間で小さく鳴いた。

「びっくりしちゃった?」

 潤った花弁と花弁を丁寧に剥がすように。唇を離したアシュラフは、潤った唇を舐めながら訊く。
 ライラは痺れるように震えながら頷いた。
 しかし、それでも彼は胸に触れた手を離す事もなく、丸く円を描くように緩やかに膨らみを愛でた。

「……っ、ふ……ぅん」

 思わず出てしまう甘くなり始めた吐息にライラは下唇を噛む。
 やはり三度目であろうが、こんな声を出す事は、恥ずかしくて仕方なかった。
 解放された片手でシーツを握り締め、ライラは与えられる快楽に僅かな抵抗をする。
 それを不満に思ったのだろうか。
 アシュラフはライラのナイトドレスの裾を摘まみたくし上げた。

「ま……待って」

 慌ててライラは訴えるが、彼は唇に弧を描く。

「だぁめ。全部見たいもの」

 甘ったるく言って、間もなく。彼はライラのナイトドレスを容易に脱がせてしまった。

「ライラの肌って綺麗だよね。雪なんて見た事ないけど、きっとこんなだろうなぁ……って思う」

 そう言ったかと思うと、アシュラフは露わになった胸に顔を近づけた。
 きっと胸の突起を食まれるのだろう──それは分かっていたが、彼は首筋や胸の膨らみに啄むような唇を落とすだけで、その部分には触れなかった。 
 けれど、啄むだけの口付けは次第に烈しいものへと変わり、舌を這わせたかと思うと……そこに甘い痛みが走りライラは目をみはった。

「はぅ……」

 ジュッと音を立てて吸われた箇所に咲くのは何とも淫靡な赤い花だった。

「や……っ、あん……っ。あんま付けたら、見えちゃ……」

「いいでしょ? ライラの身も心も俺のものになったって分かるし、見せつければ」

 ──馬鹿を言うな。これじゃあ、きっと服を着たって見えてしまう。それに、ナディアに何て説明すれば良いのかなんて分からない。そう思った矢先だった。

「──ひゃ、んぁぅ!」

 途端に彼の舌が胸の突起に絡みついたのだ。完全に隙を突かれたもので、心の準備なんて出来ていなかった。
 甘い声は咄嗟に漏れ出てしまい、ライラは開いた片手で己の唇を押さえるが、アシュラフは直ぐにそれを阻み、指を絡めて手を繋ぐ。

「ぁう……あ、変な声でちゃう……」

「やーだ。俺は可愛い声聞きたい」

 何たる我が儘だろう。そうは思うが、不思議と力が抜けてしまって抵抗する事も出来ない。僅かに身を捩るが、それでも諄い程に彼の唇は着いてくる。
 やがて、繋いだ彼の片手は離れた。それが向かった先は大腿で……スルリと内側に滑り込み、ライラは大袈裟な程に背を跳ねさせた。

「あ……んぅ、う……」

 恥ずかしくて仕方ない。けれど、どこかもどかしくて仕方ない。ライラは膝を擦り合わせ、首を横に振る。
 すると、覆い被さっていたアシュラフは身体を起こし上げて、両腕でがっちりとライラの脚を抱え込んだ。

「幾度かこういう事して気付いちゃったけどさ……俺、ライラがただの女の子に出来る弱点もう分かってるんだよね」

「……はぅ?」

 突然アシュラフが切り出した事の意図が分からず、ライラは眉を寄せた。

「どう、いう……?」

「うん? ライラって途方もなく、恥ずかしい事されるとダメだよねって事。辱めに近しい程の精神的な愛撫と押しには弱い、それと厭らしい言葉に全くもって耐性が無いよね。そこが初で本当に可愛いんだけど」

 ──そんな事は俺だけしか知らなくていい。と、続け様に彼がぽつりと呟いた途端だった。
 後屈してしまいそうな程に脚を高々と上げられて、自分の薄べったい腹が間近に映る。
 間髪入れずに強引に下着ずらされてライラは思わず悲鳴を上げてしまいそうになってしまった。

「ほーら、やっぱり。キスして胸を愛撫しただけなのに、もうこんなに濡れそぼってる」

 露わになった秘裂にふぅと息を吹き付けてアシュラフは品の無い笑いを溢した。

「……ぁ、あ、ぁあ」

 何てはしたない格好にされているのだろう。
『馬鹿』なり『変態』なり罵れる筈だが、本当に彼の言った通りだった。まるで呪われたように反論する事が出来ないのである。
 全てを暴かれた事に猛烈に攻め寄せる羞恥に顔面に火が着いてしまいそうな程。ライラは目を硬く瞑った。

「ねぇ。物欲しそうに入り口ヒクヒクさせて可愛いね? ライラが気持ち良くなる事沢山してあげるよ?」

 悍ましい程に甘ったるく、アシュラフが告げて直ぐ。途方も無い悦楽が背筋に暴れ回り、ライラの歪んだ唇の隙間から悲鳴に似た甲高い嬌声が溢れ出た。

「ひゃ……んぅ、あんっ……あぁあああ!」

 唇で愛されるのは三度目だろうか。
 幾度されようが慣れるようなものではない。しかし、目を閉じていた事が間違いだったと思った。ジュッと音を上げて淫蜜を啜られて、途方も無い羞恥が突き抜けたのだ。

「ぁう……やだぁ、音、嫌ぁあ……」

 ライラは咄嗟に目を開けて、首を振るう。
 それでもアシュラフは、烈しい口淫を止めなかった。
 だが、目を開けていたとしても、映る光景はあまりにも浅ましいもので、ゾッとしてしまった。

 ──秘裂に這う彼の舌。それが膨れた淫芽をねっとりと転がすのだから。
 ピチャ……ジュッ……ちゅう。と響く音はあまりに卑しかった。
 流石にこれは恥ずかしい。それに与えられる刺激はあまりに強いもので、ライラは身を捩り彼に手を伸ばした。
 だが、すっかり腑抜けてしまったかのように、力は入らなかった。
 彼の頭を引き剥がす程の力なんて到底無く……これではまるで”もっとして欲しい”と甘えて髪を撫でいるようで。

(──違う、そうじゃ、やめ……もう)

 思い通りに行かない事が、こんなにもどしかしいのかと思った。
 だが、全てが快楽に浚われ、脳裏が蜃気楼の如く揺らぎはじめたのは間もなくで……。

「ぁあ……あん……ぁあああああ!」

 波が爆ぜたと同時、溢れた甲高い嬌声は悲鳴に等しかった。
 ライラはひっくひっくと嗚咽を溢し、顔を覆う。

「……優しく、してよ」

 涙声で言う訴えに焦燥したのだろうか。アシュラフは慌てて、抱えていたライラの脚を下ろして、彼女を抱き寄せた。

「あ……ごめん。いじめすぎちゃったね? つい歯止めが利かなくなっちゃう」

 ごめんね。同じ言葉を復唱して。アシュラフは顔を覆うライラの手をやんわりと外し、瞼に口付けを落とした。
 しかしながら、彼の言った事は正しかったのだろうとライラは思った。
 恥ずかしい事をされる程、蕩けてしまう──決して認めたくは無いが、今先程の愛撫で腹の内に燻る熱は強大なものへ変わり果てた事を悟ったのは直ぐだった。
 ドクドクと脈打つように身体が熱い。それはまるで、媚薬に犯されてしまった時のよう。 何とも甘い不快感に、ライラが脚を擦り寄せた。
 たった一度の交わりではあるが、男を知ってしまった。初めては強姦紛いだったというのに、あまりにも甘く優しくされた所為で、罪深い悦楽を覚えてしまった。そしてその後も何度か。
 きっと、もう彼が欲しくて堪らない状態になってしまっているとは分かる。
 だが、自分から言えたものではなく……ライラは濡れた瞳でジッとアシュラフを見上げた。

「どうしたの……?」

 アシュラフは優しく訊くが、ライラが脚を擦り寄せていた事に察したのだろう。
 彼はニタリと唇に弧を描いた。

「何か言いたいみたいだけど、だいたい分かる。でも、ライラの口から聞きたい、求めている事を言って欲しいな」

「……え」

「だって、俺だって求められたいもの」

 そう言って、彼はライラの優しい手つきで下腹部を撫でた。
 しかし、ある一点──臍と股座の中間点で手を止めるなり、彼はそこをグイと押す。

「ひゃ……ぁあああ!」

 直接的に秘部に触られた訳でも無いのに、なんとも言えぬ悦楽が暴れ回ったのだ。
 ライラは肩をビクビクと跳ねさせて、大きく目をみはる。そうして、また一度、二度とそこを押されると止め処ない快楽が弾け、大量の蜜液が体外に押し出されるような感覚がした。

「……ひゃ、や……ぁああああ! あんっ……あぁああ!」

「流石に直接ナカに俺のものを嵌めてここを押したら、拓けてもないから苦しいだけだろうけど……外からはちゃんと感じるんだね」

 優しく言ってアシュラフは再びそこを押す。
 いったい自分の身体はどうなってしまったのかと思えてしまう。ライラは戦慄き、彼から逃れようとするが身を捩るが彼は腰にガシリと手を回しそれを拒んだ。

「やっ……なに、これ……ぁう、あん、ああああ!」

「ん? 子宮頸部ポルチオだよ。さっき舌で愛でたクリトリスと同じで女の子が気持ち良くなれる場所。俺のを奥まで嵌めた時、いずれそこでも気持ち良くなれたらいいね?」

 やんわりとアシュラフは言うが、そんな場所は知りもしなかった。
 そうして、幾度となくそこを押されながら唇を重ねて──ライラは完全に思考が蕩け始めた。
 蜜洞が疼き、もどかしくて仕方なかった。
 上気した頬に潤んだ瞳。ライラは、アシュラフを見上げて彼の名を呼ぶ。

「どうしたの?」

「……あしゅらふので、掻き混ぜられたい」

 ──ああ、とうとう言ってしまった。と、僅かに残る理性が後悔を訴えるが、それでもこの先を早くして欲しくておかしくなってしまいそうだった。

「あん、んぅ……は、やく……」

 こんな場所を押され続けたら、気が狂ってしまいそうだった。いっそ指でもいいが、本当に求めているものが彼自身で……。
 ライラは下唇を噛みしめた。すると──

「俺の何?」

 と、アシュラフは悍ましく甘く訊くのである。
 もはや、悪魔の囁きだ。意地悪しすぎたと言ったばかりなのに、陰湿だった。
 これを含めてやはり、彼なのだろうか……観念したライラは手を伸ばして、アシュラフの頭を抱きかかえ、彼の耳元でそっと言葉を紡いだ。

 ──も、アシュラフの挿れて。掻き混ぜられたい。赤ちゃん出来ちゃってもいい。私を絶対離さないで。

 ライラは素直に告げる。
 だがその途端、首に回した手から伝わるアシュラフの体温が夥しく上昇した事は直ぐに悟る事は出来てしまう。

「──っ」

 言わせておいて、照れているのだろう。
 アシュラフは少しばかり居心地悪そうに身じろぎし、直ぐにライラの唇を噛みつくような口付けを落とした。

「想像以上。というか、可愛すぎ……もう、嫌だって言っても絶対に離さないから。必ず、幸せにするから!」

 彼が叫ぶように告げた後──直ぐに蜜口に何かが宛がわれた。そうして一拍も立たぬうち。蜜洞には夥しい質量が攻め寄せる。

「ひゃ……ぁう、んあああ!」

 媚肉を掻き分け、メリメリと自分の中に彼自身が挿って来る事が分かる。
 途方も無い悦楽の波は泡のように直ぐさま弾け、ライラの脳裏は一瞬で真っ白に染まった。

「あっ……やぅ……んぁあ」

「……挿れただけで達しちゃった?」

 可愛いね。なんて、甘ったるく付け添えて。覆い被さったアシュラフはライラの頬に口付けを落とした。  



 深く繋がったまま、彼も上衣を脱ぎ一糸纏わぬ姿となる。
 砂漠の国、カスディールの夜は肌寒い。ましてや、西方の地、西サーキヤは山脈を間近に望んでいるという事もあって、尚更夜は冷え込むものだった。
 しかし、深い抽送を幾度となく繰り返し、皮膚と皮膚がぶつかりあう都度に熱は生まれ、ライラはしっとりと汗ばんでいた。また、その湿度が皮膚と皮膚を吸い付かせ、抽送時に生じる浅ましい音を大きくさせていた。

「あん……んぅ、あぁ」

 抱き合うように向かい合わせで繋がれて。彼の腕の中で、もう幾度果てたのかなんて、分からなかった。
 意識も朦朧とするが、それでも未だ彼は一度も精を放っていない。
 しっかりと気持ちが良いのだろうか──と、そんな心配を覚えてライラは僅かに彼を見上げた。

 光源は月明かりのみ。そんな、暗がりの中ではっきりと表情なんて見えやしないどころか、長い前髪の所為で表情も分かりにくい。
 だが、僅かに彼が腰を突き上げた一瞬、ハッキリとその面が映ってライラの鼓動はドクリと高鳴った。
 余裕も無い、何とも艶めかしい顔だった。気持ち良いのだろうか。唇を歪めて、切羽詰まった表情を覗かせる彼はライラと視線が交われば熱い息を吐き出して抽送を止める。

「どしたの……」

 汗を掻いて段々前髪が煩わしくなってきたのだろうか。彼は、前髪を掻き分けてジッとライラを見下ろした。
 いきなり素顔を見せるなど反則だろう。

「俺の顔、どうかしたかな?」

 荒い息を吐き出しながら彼は問う。
 不意打ちで素顔を見せられると、どうしようもなく心臓が跳ね上がって仕方がなかった。

 ……どうもこうもないだろう。
 目を隠したアシュラフに見慣れてはいるし、野暮ったい蛭の姿は好きだが、素顔を晒すだけのギャップはやはり未だ慣れず……いたたまれない程に顔を染めたライラは直ぐにプイとそっぽを向いた。

「これ、やだ……顔見えるの恥ずかしい」

 自分の情けない顔を見られるのだって、恥ずかしくて仕方ない。ライラは首を横に振った。すると、眉を下げた彼はクスリと笑んでライラを抱え上げると、雄芯を引き抜いた。

「じゃあ、ご希望に添えるようにしようか。お姫様」

 戯けた調子で言って、優しい所作でアシュラフはライラを俯せで寝かせた。

「多分……もっと深いとこ挿っちゃうけど覚悟してね?」

 そんな忠告を付け足したのも束の間。尻の肉を掴まれたかと思えば、再び悍ましい質量が埋め込まれた。

「ひゃ……んあぁあ!」

 媚肉を掻き分けて彼が挿って来る感覚にたちまちライラは腰が浮く。しかし、それを離さないと言わんばかりに、彼はライラの腰にガッシリと掴んで覆い被さってきた。
 彼の体重がそのままかかっている。その所為で肉杭は奥へ奥へと進み……挿入してはいけないような最果てをゴツリと叩いた。
 悦楽はあるが、苦しい程だった。

「あんっ、ん……ぁあ深っ、くるしい……」

「ほら、言わんこっちゃない。一番奥とキスしちゃった」

 しかし、どこか愉しそうに彼は言う。
 そうしてぐりぐりと腰を動かし、最果ての感覚を確かめるように幾度も彼は楔の先端を擦りつけた。

「あん……ぅ、ぁあんぅ」

 ──こんなに奥までとは聞いてない。最後に言うなど卑怯だろう。悪魔だ、陰湿だ。そんな言葉で反論してやりたいとこだが、ひっきりなしに鼻につく甘い嬌声が漏れ出てしまうどころか、意識さえ遠のきそうである。

「や、だめ……ぁ、気持ちぃけど……」

 辛いと涙声でライラが訴えて直ぐ、アシュラフは腰を引き、ライラの髪を梳くように撫でた。

「ん。そうだね。苦しませたくはないもの。ここはいずれゆっくり拓こてこうね。……ごめんねライラ、でも俺はやっぱりライラの顔見て果てたい」

 頭上に彼の切羽詰まった声が声が降りかかってきた。そう思ったと同時──脚を掴まれ、緩やかに身体を仰向けに向かされる。
そうして再び、彼は雄芯を蜜洞へ沈めると、ゆるゆると浅い場所を擦る優しい抽送を始めた。
 涙で滲んだ視界の先には、髪を掻き分けて余裕の無い表情をした彼の面が間近に映る。

「あぅ、んぁ……あしゅら、ふ。やだぁ……おかしくなる」

「ん、いいよ……責任取るよ」

 そんな甘い囁きを落として。アシュラフはライラの嬌声を全て絡め取るような甘く深い口付けを与えた。
 狭い寝台が悲鳴でも上げているかのようなミシミシといった鈍い音。それから、結合部から生まれるグチャグチャとした浅ましい水音ばかりが嫌な程に反響した。
 そうして彼が腰を深めに沈めたと同時……自分の中に埋め込まれた彼自身が肥大したような感覚を覚えた。その直後、熱い飛沫を自分の身体の奥深くに感じた。
 果てたのだろう。それは理解したと同時、ライラの意識は砂の嵐に攫われるように遠のいていった。



 翌日。ライラは昼過ぎに目を覚ました。
 既にそこにアシュラフの姿は無く、昨晩の事が嘘のように思う。しかし、身体が倦怠感を訴えた事から、夢では無いと分かるもので、ライラなナイトドレスのまま立ち上がった。 怠い身体を引き摺って、ライラが居間に降りれば、ナディアに『お疲れ様』だなんて言われてしまった。しかし思いの他、ナディアは突っかかって来る事は無かった。
 直ぐに朝食兼昼食を出してくれて『食事が済んだら湯浴みでもして、さっぱりしてからもう一度ゆっくり休みなさい』なんて気遣うような言葉をかけてくれた。
 しかし、起きた時からアシュラフの姿が見えない。いったい彼は何処に行ったのか……不安になってナディアに訊けば『下の市場に買い物よ。パシらせてもらったわ』だなんて、悪戯気に言われた。

 そうして、水浴びを済ませて仮眠を取り……目を覚ました時には開花の夜だった。
 仮眠から覚めると、買い物に出掛けていたアシュラフはすっかり屋敷に戻っており、いつも通りの黒装束を纏って、既に身支度も整った様子だった。
 ライラも慌てて姿見の前で着替えを始めた。

 ……しかし、今更のように気付いてしまう。
 昼間はぼんやりとして自分の身体の事なんて全く見ていなかったが、首筋や胸元に散らされた赤い痕があまりにも鮮明に目立っていた。

 確実にナディアは見ただろう……。

 そう思うと羞恥が頬を暴れ回り、ライラは真っ赤になってプルプルと震え上がる。
 それに、胸元を覆うだけのこの服装では、首に散らされたもの以外のあちこちに付けられた痕が見えてしまう。
 そんなライラの様子に見かねたのだろうか。『どうしたの?』なんてアシュラフがしれっとした調子で訊くものだから、ライラは彼の腹に一発パンチを見舞して、大股歩きで部屋を出た。
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