【R18】砂上の月華

日蔭 スミレ

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後編

第十四話 対価を望む導き

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 淡い日差しが瞼を擽り、ライラは緩やかに瞳を開く。すると、横たわって自分を覗き込むアシュラフとパチリと視線が交わった。

「おはよ……」

 心底眠そうに言うなり、アシュラフは暗い吐息を一つ溢した。
 アシュラフの屋敷のベッドと比べてしまえば幾分も狭い寝台だった。恐らく通常であれば一人用だろう。彼の吐息が間近にかかって吃驚したライラは直ぐに跳ね起き、転がり落ちるようにベッドから降りた。

 昨晩──西サーキヤへ来て占者アラーフ「蝶」ことナディアの屋敷に数日世話になる事となった。
 けれど「突然だったし、部屋の準備もしていないから……」とライラとアシュラフは一つの部屋に通された。
 流石に同室は……そうは思ったが、唐突に来て置いて文句なんて言えたものではない。
 それに、ナディアはライラとアシュラフの関係を既に見通していたのか……

「貴方達がただならない関係だって見通してはいるから、別にうちで子供を作ろうが構わないけど、シーツは汚したら洗ってね?」
 なんて、言われただけで……。

 即刻、ライラは「しない!」と突っ撥ねたが、アシュラフは彼女にどうも頭が上がらないようで、たじたじとするばかりだった。

 ──通された部屋は、恐らく一人用の客間といったところだろう。調度品は最低限。寝台とテーブルに小さなソファが設置された極めてシンプルな間取りだった。
 だが、質素な部屋であれ、やはり”金持ちの屋敷らしい”と思えてしまった。
 こじんまりとした一人用の客間……とはいえ、調度品を見れば一目瞭然だ。
 一つ一つに上品な装飾を施されている他、寝台に敷かれたシーツや肌掛けも滑らかなものだった。
 その上、ベッドサイドに設置されたナイトテーブルの上には香炉が置かれていて、空間全体には優美な花の香りが漂っていたのだ。

 ……しかしながら、アシュラフはやはり気を遣ってるようだった。

 部屋に置かれたベッドで寝ずに、彼はここでもソファで眠ろうした。
 屋敷に居る時だってそうだ。自分の方が身体が小さいのだから、居間のソファで眠ると散々に言ってきたものだが、それを彼は頑なに拒んできた。
 だが今回ばかりは、ライラも痺れを切らしてしまった。ソファは、アシュラフの屋敷の居間にあるものとは比べものにならない程に小さな一人がけ。そこで座って寝るなど不可能に等しいだろうとは分かるもので、ライラも「何もしないならこっちで寝なよ」と促したのである。
 そうして、狭い床で一緒に寝た訳だが……この様子だと彼はずっと夜通し起きていたのだろうとおぼしい。

「あんた寝なかったの……」

「いや、だって……距離が近過ぎる。流石に興奮して寝られない、無理」

 言うなり彼は俯せになり顔を突っ伏した。

 ──この男は何を言っているんだ。
 ライラは、ジトリと目を細めて、アシュラフを見下ろした。

「ここは人様の家だけど。というか、あんた一昨日……」

 湯殿であんな事をしておいて、まだ盛っていたのか。と、ライラは更に目を細めて、彼を軽蔑した。

「……ねぇ。ライラは盛りのついた男を何だと思ってるの。ましてや、疲れてると逆にそっちは元気になるの。人様の屋敷だろうが、関係ないね。むしろ一緒に寝て手を出さないだけ凄いって思って欲しいよ」

 ──寧ろ褒めて。なんて付け添えて、仰向けになった彼は髪を掻き分けてライラの方を向く。

「……そんなの褒められたものじゃないでしょうが」

「あーあ分かってない。本当、ライラが完全に腹を括った暁には、こういった部分、一から教育しないとダメだね」

 起きてた癖に寝言をほざいている……。
 ライラは、更に怪訝な視線を向けた。
 だが、アシュラフは相当眠いのだろう。放つ言葉が全てふわふわと宙を彷徨っているもので、とりあえず一人で寝かせておいた方が良い気がした。

「そのまま寝てなよ。私、ナディアに適当に言っておくから」

 この調子ならば、片付けを手伝って部屋を別にして貰った方が良いだろうと思えてしまった。
 それに、彼はこんな風に言っているが、単純に砂上の旅で疲労したあまりに寝付けなかった事も考えられる。
 体力が自分より無い事は目に見えて分かっていた。だからこそ、少しは気遣うべきだろう。ライラは、早々に着替えを済ませ部屋を出た。



 ──ナディアの屋敷はアシュラフの屋敷と比べると、こじんまりとしていた。それでもやはり天井が高い事から、開放的な印象を強く感じるものだった。
 ましてや岩を削り積み上げた形状の家屋だ。何処か自然な落ち着きを感じるものである。
 そうして廊下を歩む事幾許か。
 ライラが居間に辿り着いた。
 先ほどから何処から物音がする事から、家主のナディアがとっくに起きていると分かる。しかし、居間には彼女の姿は無かった。

 居間は昨夜も通されたが、落ち着いた中にも煌びやかな雰囲気は感じるものだった。ましてや、夜と昼間では全く見栄えも違うものである。
 何せ、この屋敷は前面の窓が広く殆どが硝子張りだった。硝子を隔てた向こうには緑豊かな庭があり、眼下には砂の海が広がっている。
 そもそも硝子自体が高級品だ。庶民の住宅と言えば、木枠の窓が一般的である。それか、布をベールのように閉じているものが多いだろう。またこの硝子の透明度や強度がどれだけ金を持っているかの基準にもなる。
 濁り一つも無い程に透き通った窓の前で、眼下に広がる砂の海をぼんやり眺めながらライラはコツコツと硝子を叩いてみる。なかなかの強度はあるだろう。
 ……辺境地に佇むこじんまりとした屋敷ではあるが、この立地と作りだ。日陰者に分類される呪術師サツハール占者アラーフはやはり意外にも儲かっているものだと……盗賊視点でライラが考えていた矢先だった。

「あらおはよう、蟷螂ちゃん」

 声に振り向けば、パスティラや果物を乗せたワゴンを押すナディアが居間に入ってきた。
 昨晩ぶりである。しかし、やはりこの”敬称付けには慣れないもので、ライラはたちまち眉間をひそめた。

「おはよ」

 それでもライラは律儀に朝の挨拶を返す。
 一応は無害だとアシュラフが言った事もあるだろう。
 ──何かおかしな事を言われたとしても、真に受けてはいけない。それを思い出したライラはテキパキと食事をテーブルに並べるナディアをぼんやりと眺めた。

「さて。朝食の準備は完了。食べましょ。あれ……そういえばアシュは?」

 今更アシュラフが居ない事に気付いたのだろう。ナディアはキョロキョロと辺りを見渡した。

「寝不足で寝てるよ。暫くは寝かせておいてあげたい。相当疲れてるんだと思う」

「確かにあの子、見るからに貴方より体力無さげよねぇ。あら。もしかしてベッドの上だと貴女の方が激しい? そりゃ盗賊だものねぇ。それもあの「繭」の蟷螂……」

 ──この女。何か誤解しているだろう。
 ライラはたちまち顔を赤々と染めて首をブンブンと横に振った。

「何もしてない!」

 八重歯が覗く程にライラが怒鳴ると、ナディアはニコリと笑んで席に着く。

「やぁね、冗談よ」

 全く冗談に聞こえやしなかった。何せ真顔で訊くものだから……。
 ライラは頬を赤く染めたままナディアを睨み据えるが、彼女は『そんな怖い顔しないの』とやんわりとした口調で言う。

「さてさて、朝食にするわよ。二人で食べちゃいましょう」

 ナディアは仕切り直すなり、ライラに着席するよう手招きした。

「そういえば蟷螂ちゃん。今日は何する予定なの? 月の花を探すとか言っていたけど満月は明日よね」

 ライラが席に着くなり、パスティラを摘まみながら、ナディアは訊く。そんな彼女に対面に座したライラは直ぐに眉根を寄せた。

「あのさ。その呼び名に「ちゃん」なんて付けるなよ。そんな呼ばれ方はされないし、その敬称は幼い子か可愛い女に付けるようなもの。そんな事言われても悪寒がする」

「えぇ、どうして? 事実、貴女とっても可愛らしいじゃないの。異国の民みたいに真っ白の肌。それに小さくてちんちくりんで!」

 言われて、ライラ唇を拉げた。
 ──ああ、この女余計な一言が多いのだろう。と、そんな風に思って。
 美人、美声、所作も麗しいが何から何まで女神の如く麗しいが、本当に癖が強すぎるだろう。ライラは大きな溜息を一つ吐き出して、紫の瞳をジトリと細めた。

「敬称なんか付けられた事ないから。蟷螂で呼ぶなら、敬称なんか付けるな。それに、私は可愛くはない。本当の名はライラ。だからライラでいい」

 ライラはあっさりと自分の本当の名を言うと、ナディアは綺麗に笑んで頷いた。
 一応は納得してくれただろう。何処かライラが安堵したものだが……

「そう。じゃあ、ライラと呼ぶわ。ならば、私はライラに「お姉様」って呼んでもらいたいわね」  

 予想だにしない切り返しにライラのポカンと口を開いて、呆然としてしまった。
 本当にどこまでも掴み所の無い女だ。
 この調子を延々と続けられたら、気疲れしてしまいそうな程。ライラはたちまち目を細めて、水紅色の唇をひん曲げた。

「ナディアで良いでしょうが……」

「私、貴女やアシュより、かな~り年上よ」

 直ぐにナディアは唇を尖らせた。
 しかし、これは昨晩、アシュラフから聞いて知っていた事だ。
 どう見たって二十も半ば程という風貌……だが、実年齢は六十近い中年女性だと。呪術シフルの心得がある事から、恐らくそれで若さや美貌を保っているとおぼしい。
 と……なれば、上手い事反撃出来そうだとライラは一つ妙案が思いつき、心の中でほくそ笑んだ。

「それじゃあ、おばさんで」

 嫌味を存分に含んで、ライラはしれっと言う。しかし、対面のナディアが顔色一つも変えずに、綺麗に微笑むだけだった。
 若さを保つ程だ。きっと、怒るか取り乱すかと思ったが──予想外の反応過ぎて、ライラはピタリと食事を止めた。

「ふふ。自分で言っておいて何よその反応は。貴女、面白い子ね。きっとアシュから私の年齢を聞いたのよね。おばさんでいいわよ?」

 それまた聖女の如く優しい笑みを向けて言うのだからライラは硬直して言葉を失った。

「だって貴女は幾つなの? 多分、未だ十八にも届かないでしょ? 貴女から見たら私はおばさんに違わないでしょう? 何か間違っているかしら」

「……今、十九歳だよ。来年の冬の終わりに二十になる」

「あらやだ……二十歳に近かったのね。私、あなたと昨晩初めて会った時、未だ十五・十六の女の子だと思ったのよ……だからアシュにあんな事言ったんだけど」

 ──それを自分の物にした? この子、貴方と幾つ歳が離れてるの。
 たちまち、ライラの脳裏には昨晩のナディアの言葉が過ぎる。
 なるほど。そういう事だったのか。つまり自分は若く見えるのだと……。十歳近くアシュラフと歳が離れていると思って、あんな発言に出たのかと……。
 理解したライラは思わず苦笑いを浮かべた。

「ごめんなさいね? 貴女の年齢を知らないから、ああ言ったのは全く悪気は無いし侮辱なんて含んでないわ。素直に可愛いと思ったのは本心よ」

 真っ向から丁寧に詫びを言われたが、ライラは逆に反応に困ってしまった。これはこれで調子が狂ってしまう。
「別に良い」と、ライラはキッパリと応えると、彼女はホッとしたようで、何処か安堵したような表情を見せた。

「それでも、十九歳じゃ私の息子達よりもずっと年下よ。だから、おばさんって呼ばれた方がしっくり来るから、それが良いわねぇ」

 息子がいる。それも自分よりずっと年上の……そんな新事実に驚きが隠せず、すっかりライラは食事を止め。ジッと彼女を見つめてしまった。
 我ながら他人に興味を示す事も珍しいと思えてしまった。
 間違いなく、深く関わる程面倒臭そうなタイプだとは分かってはいるが、どこか興味惹かれてしまう部分がある。
 一方ナディアは、ライラにジッと射貫かれているというのに、気にも留めず食事を再開している。

 率直にライラはナディアが面白いと思えてしまった。
 昨日、即座に自分の攻撃を防いだ事もそうだろう。呪術シフルでもなくそれも筋力と反射で……。それに、彼女は過去に盗賊を捕らえていた賞金稼ぎの経歴も持つそうで……。

「……おばさんは一人暮らしなのか?」

 依然、お構いなしに食事を続けるナディアにライラは訊く。すると、彼女はパスティラを頬張りながらライラ視線を向けた。

「そうね。若いうちに夫が先立って、二人の息子も自立して出て行ったから今は一人よ。でも、たまに可愛い孫達が遊びに来るわ」

「そ、そう……」

 子持ちどころか、孫までいる。新たに明かされる事実にライラは目を大きく開いた。この見た目だが、やはり齢六十才近くは伊達ではなかった。
 だが同時に、全く包み隠しもしない性質なのだろうと悟るのは一瞬で──きっと、彼女は裏表の無いキッパリした性質なのだろうと安易に理解出来てしまった。
 普通ならば、出会って二日目の人間にそこまでハキハキ答えたりなどしないだろう。ましてや悪名高い「蟷螂」と知っていて尚更だ。
 悪く言えば、無警戒にも程があるだろう。 しかし、何だかそれが心地が良いとさえライラは思ってしまった。
 そんな気持ちに包まれながらも、再びライラが食事を始めたと同時だった。

「……ねぇ。貴女ってどうして盗賊なんてなったの」

 ぽつりと聞かれた事にライラは怪訝に眉をひそめた。

「何でそんな事、訊くの……」

「そうねぇ、何だか喋っていて貴女って、どうにも私が賞金稼ぎをしていた時に、狩ってきた盗賊と全然違うのよ……」

「いや、それって多分……盗賊って男ばかりだからじゃないの?」

 思ったままを言えば、ナディアは直ぐに首を横に振った。

「いいえ。私が、盗賊狩りをしていた頃と言えば、カスディールって結構荒れてたもので、女の盗賊だって結構居たわよ?」

 確かに女盗賊は極少数ではあるけれど……なんて付け添えて。ナディアはおとがいに手を当ててライラを見つめる。

「で、具体的に何が違うの」

「うーん、凄く素直で良い子だって思った事。性格が曲がってない。潔い程にとっても真っ直ぐ、それに目が生き生きしてるのよ。悪者の目をしてないなって」

「目だけで人相なんぞ分からないでしょうが。私は、事実暴力が得意だからね。奇襲をかけて傷害なんぞ日常茶飯事。悪事を働き、生計を立て毎日の飯を食べる」

 ──つまり、悪者に違わない。と、尤もな事を言ってやるが、ナディアは直ぐにユルユルと首を横に振った。

「そういう部分よ。本当の悪者は、自分の悪事を正当化する。貴女は自分の悪事を悪とはっきり認めていたようだし」

「そんなの大抵の盗賊が思う事じゃないの? 私の知る連中の殆どは、自由を求めた”はみ出し者の世捨て人”だしね」

 尤もな事をライラが言うと、ナディアは深い溜息を一つ吐き出した。
「自由を求め世を捨てるのは勝手だけど……奪う事に目が向いた事だけが間違いだったんでしょうね」
「何を今更、説教するの?」
 一つ鼻を鳴らしてライラが言えば、ナディアは直ぐに首を横に振った。

「いいえ。私には貴女に説教なんか説く気は無いわ。その権限を持つのはアシュでしょう? 私がとやかく口を出す事でも無いからどうだって良いわよ、そんなの」

 ふふ……と妖艶に笑んで。ナディアは果物を摘まみながらゆったりと仕切り直した。

「何より、貴女達……目的の月の花、見つけられるといいわね? それにね、随分と歳の離れた弟分から頼み事を持ちかけられたのも彼がこうしてお客さんを連れて来たのも初めてでね。だから姉分としては応えてあげたいじゃない? ちゃんと協力するから安心なさい」

 はっきりと告げると、ナディアは美しい所作で果物を食べ始めた。
 しかし、ナディアは話の後半で何が言いたかったのかライラにはハッキリと分からなかった。

 何せ、他の盗賊と違うなど言われた事も無い。真っ直ぐだなんて思ってもいなかった。
 確かに天性的な盗賊でもない。娼館から自由を求め飛び出した娼婦の娘に違いないが……。
 そんな事を頭にちらつかせつつ、ライラはすっかり冷めてしまったパスティラを頬張った。



 朝食を食べ終えて直ぐ。ベールの向こうの隣部屋で待つようにと言われたライラは、その部屋のソファに座してナディアを待っていた。
 先程の居間のように、そこは明るい部屋ではなかった。
 藍色の天井一面には線で繋がれた天体らしき天井画が描かれ、薄い黒の遮光カーテンが窓にかかった仄暗い空間だった。
 だが山羊の胎児のミイラがあるわけでもなく、全く不気味さは無いもので、ライラは膝を抱えて落ち着いた面持ちでぼんやりとその空間を眺めていた。
 おそらく、ここがナディアの仕事部屋兼作業部屋なのだろう。
 部屋の片隅には机と椅子が設置されているものだが、その上にはカードや本に天球儀や鉱石などが置かれていた。
 それもアシュラフの机よりも幾分も整理整頓が行き届いているもので……あんな掴み所の無い性格ではあるが、机の上の綺麗さを見るだけで、ナディアの根の性格が垣間見えた気がした。

「お待たせライラ。早速だけど占いましょうか」

 ナディアは入ってくるなり、明るく言って机の方へ向かった。そこからカードと小さな袋を持ってきた彼女はライラの隣に腰掛けるとテーブルの上でカードを一枚づつ広げる。

「私、占いって初めて見る……」

「あら、そう? アシュの占術も見た事無いのね」

 訊かれてライラは頷いた。
「お楽しみに」なんてナディアは戯けて言い、彼女は小さな袋を開き、バラバラとカードの上にそれを振りかけた。
 水晶の欠片だろうか。それに何だか爽やかな匂いもするもので、不思議に思ってライラはスンと鼻を鳴らす。

「これはただの浄化よ。清めの香草を入れておくと妙な邪念に邪魔されずに占術の結果が正確に出やすいの」

 穏やかな口調でナディアが丁寧な説明をするが、ライラはあまりよく理解出来なかった。
 そうして、香る水晶を払い……ナディアは並べたカードを一枚ずつ捲っていく。
 そうしてまた、配列を変え何度も……彼女は澄んだ瞳を細めて、幾度も同じ作業を無言のまま繰り返した。
 そうして幾許か。彼女は卓上に並べたカードを美しい所作で回収し、ライラの方に透き通った双眸そうぼうを向ける。

「──明日、零時。東西の方角の砂上。頭上に満月の咲き誇る刻。彼のものの運命は大きく変わる。大なるものを得て結実するが、大なるものを失う」

 ぽつりとそれだけ告げると、彼女はふぅと一つ息を吐き出した後に言葉を続けた。

「とんでも無く幸運で運命的。”月の花”の咲く満月には値する。要約するに、大きな収穫はある。けれど、失うものも大きいって結果よ。これはライラもアシュも同じ。良くもあって悪くもある──そういう事」

「……対価があるって、呪術シフルみたいな結果」

 思ったままをぽつりと呟けば、ナディアは「まぁ!」と、少し驚いた声を上げた。

「よく知ってるわね。本当にそんなかんじよ」

 続け様に『どうするの?』なんて、訊かれてライラは口を噤んだ。
「失うもの」がどうにも気になってしまう。これが、命ともなれば本末転倒だ。
 月の花を前代蛭の墓前に持って行く。それが、最終的な目的なのだから……。
 流石に自分だけでは判断し難いもので、ライラは眉間を揉んだ。

「ねぇ、おばさんは砂上に咲く月の花って本当に存在するって思う?」

 ライラはナディアに目をやった。
 ナディアはおとがいに手を当てて目を瞑る。

「伝承だもの。私も見た事も無いから……当然実在したら素直に素敵だと思うわ。でも無いなら無いで伝承に違わないと思うわね?」

「アシュラフと同じ事言ってる……」

 つまらなそうにライラが言うと、ナディアはクスクスと笑いを溢した。

「まぁ、あったらいいなって思うわよ? 私達でも知らない未知の事象って浪漫が溢れるじゃない。それに、アシュに宛てたあの方の遺書に書き記されてたのでしょう?」

 ──それじゃあ私も信じてみたくなるわ。なんて笑みながら、ナディアはライラの肩を撫でた。

「ただ……やっぱり「失うもの」が気になる所ね。その代償がどんなものかは私の占術でも今の所、分からない。そこはアシュと相談すべきだとは思うわ。その話合いも必要だろうし、あのナメクジは昼には起こした方が良さげよね?」

 そう言ったナディアはライラにウィンクして……クスクスと笑む。
 ナメクジ──その一言で『何だかこの人とは少しだけ気が合いそう』だと思った。
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