【R18】砂上の月華

日蔭 スミレ

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後編

第十二夜 蛭の罠※

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  ……きっと彼は何もしてこないだろうと踏んでいた分、無警戒過ぎただろうか。
 ライラは目を白黒とさせて、彼の肩を叩く。
 あろう事かドジを踏み二度も転倒して──明らかに身体が鈍っている証拠だ。
 そんな事も思うが、与えられる烈しい口付けで次第に頭はぼんやりとするばかり。彼の肩を叩いていた手はスルリと滑り落ち、呪われたかのように、ライラは抵抗する力を失った。

「キス、嫌じゃないの……」

 ようやく唇を離したアシュラフは吐息で言う。それが唇を擽るだけで、何とも言えぬこそばゆさが生まれ、ライラは目をきゅっと瞑った。

「……ふ、んあぅ」

「可愛いねライラ。でも、どうして抵抗しないの?」

 訊かれるがどう応えて良いかも分からなかった。ただ、身体が動かないだけだ。彼は何か自分に呪いをかけたのだろうかとも思えるが、そんなそぶりなど無かっただろう。

(自分でも分からない……)

 ライラは俯き、首をユルユルと振るった。
 すると、自分を抱き留めた手は一つ離れ……それは腰を伝って前方へ。やがて胸元の僅かな膨らみに辿り着く。

「あっ……ま、待って」

 ようやく言葉が出せた。
 ライラはパチリと目を開き、彼を見下ろすが、途端に交わる彼の視線に背筋がたちまち戦慄いた。薄紅の邪視──そこにはドロリとした劣欲の炎を宿していたのだから。

「ん? もう待てないよ。でも怖い事はしないって約束する。君を傷つけるような真似はだけはもう二度としたくないからね」

 懇願に等しい物言いだった。
 ましてや、薄紅の瞳が僅かに潤っている様は妖艶な艶めかしささえ感じるもので──ライラはゾクリと背を震わせた。
 やがて彼の手は、膨らみを確かめるように丸く動き……無骨な指は、ぷくりと膨れた薄紅の突起を摘まむ。

「ひゃっ……!」

「ここも本当に可愛い」

 恍惚としてアシュラフは言う。
 すると、彼はムクリと身体を起こし上げ、再びライラの腰に腕を回すと、ささやかな胸の膨らみに顔を近づけた。

「ちょ、ちょっとアシュラフ……」

「だから、待てない。うんと優しくする」

 吐息が突起を擽り何とも、言えぬゾワゾワとした感覚がした。だが、一拍も経たぬうち……そこにヌメリを持った感触を覚えた。

「ひゃ……あぁっ…あぁあああ!」

 彼の舌が、胸の突起を蹂躙し始めたのだ、
 脳裏に快楽の波が暴れ狂い、ライラは背筋を振るわせ弓なりに仰け反った。

「あしゅら、ふ……やっ……ぁあああ!」

 ちゅ……と、音を上げ軽く食んで吸われたかと思うと、ヌメヌメとした舌がぷくりと膨らんだ突起を転がし、円を描くように乳輪の周りを沿う。やがて、もう片方にも……。

「あんっ……んぅ、あしゅらふ、ぁああ!」

「気持ち良い?」

 訊かれるが、どう応えて良いかも分からない。
 確かに今、自分の身は早くも快楽の中にあると自覚出来るが……。
 ライラは潤んだ瞳で、自分の胸を愛でるアシュラフに視線を向けた。
 だが、途端に彼と目が合ってしまい、吃驚してライラの肩が跳ねる。

 ──夢中になって舌を這わせ、愛でるように膨らみを揉みしだき。その様は何とも卑猥だったのだから。

「ぁう……あん、あ……や、恥ずかしい」

 ユルユルと首を横に振ってライラは言う。

「本当に恥ずかしいだけ?」

 ようやく彼は突起から唇を離すが、片手は未だ胸を揉みしだいたままだった。
 彼はライラの抱き直し、側髪を掻き分けると耳元に口付けを一つ落とす。吐息が外耳を擽り、ライラはピクピクと肩を震わせた。

「ねぇ……本当に恥ずかしいだけ?」

 全身が粟立つ程に甘ったるい声だった。
 それも耳元で言われたのだから……。
 だが瞬く間に、自分の耳にヌメリを持った塊と彼の吐息が更に間近に迫りライラは目を大きくみはった。

「ひゃ……んぁ、あんっ……」

 何をされて……。
 あまりの刺激で直ぐには理解出来なかった。
 背筋に甘い痺れがのたうちまわり、ライラの瞳に水膜が張る。
 じゅっ……ちゅぅ……と、水音が耳の奥に響き、たちまち頭の奥底まで官能に支配された。それから、一拍二拍と経過した後、彼が自分の耳を愛でるように口付けているとライラは理解して……。

「ライラ……可愛い、大好き」

 吐息でアシュラフは言った。
 しかし、その声色はやはり、あまりにも甘いものだからこそ、たちまち全身が粟立った。
 ライラは彼の愛撫から逃れようと、入らぬ力で抵抗し、身体を捩った。

「……ぁう。耳、や……ぁん、んぅああ」

「……逃げちゃダメ。可愛いライラ……ねぇ、愛させてよ」

 甘くも極めて優しい声色で彼が言って間もなくだった。アシュラフは耳への愛撫を止めて、ライラの顔を覗き込む。

「あぁ……厭らしくて可愛い顔してる」

 薄紅の瞳は更に色欲に溺れていた。形の良い薄い唇に弧を描き、アシュラフは恍惚とした笑みでライラを射貫く。
 そうして間もなく。均整の取れた彼の素顔が近付いたか……と、思えば、再び貪るような口付けが始まった。
 唇をぺろりと舐め、その隙間に舌を滑り込ませ……彼はライラの舌を見つけると、ちゅぅと甘く吸う。
 だが、濃厚な口付けを与えられて直ぐ。ライラは途端に下腹の奥底がジンと熱くなる感じを抱く。
 その熱に溶けたかのよう。自分の中から何かが止め処なく垂れ落ちてくるような感触を覚え、ライラが身を捩った途端だった。
 腰に回していた彼の手は、臀部の膨らみから溝へと下り、やがて秘部に辿り着く。

「すごい濡れてる……気持ち良かった?」

 秘裂に沿って彼の無骨な指は動く。それは蜜口の周りを丸く撫で──やがて、くぷっと蜜洞の中に埋め込まれ、身を燻り続けた熱はとうとう弾けた。

「や、んぁ──ああぁん!」

「俺の指、簡単に飲み込んじゃった。ちょっと触っただけなのにこんなに濡れそぼって。ライラってやっぱり感じやすいんだね?」

 厭らしくて可愛い。なんて言い添えて。眦にちゅっと口付けを落としたアシュラフは綺麗に笑む。
 ──違う。そうじゃない。と、言いたいのに言葉が出て来ないのは、彼が蜜口を撫でている所為だろう。どうにもクチュクチュと卑しい水音が響き、気は散漫として反論さえ言えたものではない。

「やんっ……あん、はう……あ、しゅらふ」

 厭らしいも感じやすいも可愛いも全部違う。
 その意を込めて、ライラは首をユルユルと横に振ると、彼は頬に口付けを落とす。

「……俺の指、気持ちいい?」

 ユルユルと蜜洞の中の襞を掻き回しながら、アシュラフは訊いた。しかし、素直に返答など出来る筈もなくライラは首を横に振る。

「んぁ……ぁ、はぅ、あん……あぁあ!」

 その合間も、止め処なく何かが垂れ落ちる感触は止まらない。まるで腹の奥底がグズグズに蕩けてしまったかのよう。それは、大腿の内側を止め処なく滑り落ちて止まらない。
 けれど、出来ればもっと太く長く硬質なもので掻き回して欲しい程で……しかし、そんな事は言えたものでは無い。
 ライラは必死になって彼にしがみつき邪念を払うように幾度も首を横に振った。
 自分でも、なんて浅ましくて厭らしいのだろうとは思った。無論、そんな事は認めたくも無いと思う。
 それでも、もう一度抱かれたいと思ってしまう。しかし、決して「誰でもいい」という訳では無くて……その時、ライラはその思いの正体に気が付いてしまった。

 ──ああ、きっとこの男に向ける感情が変わってしまったのだろうと。
 こんなにも求めるのは、アシュラフの事が「大嫌い」でも「憎悪の対象」でも無くなり、「好きになりかけている」のだろうと。

 全てを悟ったと同時、ライラの瞳には水流が生まれた。
 ……だって、そうで無ければ一人の時間を『退屈』だとか『暇』だとか言って、帰宅を待ちわびたりしないだろう。
 たった二週間と少し。いつからそうなったのだろうか──いつからか。ライラは分からないと一人首を振る。しかし、後から後から、雫は頬を伝い流れ落ちてくる。
 そんなライラの様子の変化を察したのだろうか。アシュラフは蜜洞に埋め込んだ指を動かすのを止めた。

「ごめ……調子に乗りすぎた。嫌だった? 痛かったかな……」

 涙で滲んだ視界の目と鼻の先。大理石の浴槽の縁に座した彼は、眉根を下げてジッとライラを見つめていた。

「泣かないで、ごめんね」

 直ぐに、彼は蜜洞から指を引き抜き、ライラの頬に唇を寄せる。そうして、宥めるように彼女の背を撫でて始めた。

 ……この包み込むような優しさに溶かされ、自分は変わってしまったのだとライラは思う。
 盗賊も人攫いもどんな悪党も……この国で誰もが恐れる、黒の呪術師サツハールの癖にアシュラフは優しすぎるのだ。
 ──嫌いじゃない。寧ろ好き。だから抵抗も出来ない。それを思い知り、ライラは首を横に振った。

「だいじょうぶ……少しびっくりしただけ」

 ライラは溢れた涙を拭い、舌っ足らずに言う。
 対する彼は『そっか』と返事して、ライラを両腕の中に閉じ込めるようにぎゅっと抱き寄せた。
 そうして幾許か。
「ねぇ。俺も気持ちよくなって良い?」と、少しばかり気まずそうに彼は溢した。
 それから間髪入れず、浮いた腰を沈められ尻の肉を掴まれた。しかし、挿入されるわけではなく、自分が腰を付けたのは彼の怒張した屹立の茎で……。
 見当違いの彼の行動にライラはきょとんと困惑した。思わずアシュラフに視線をやれば、彼はクスクスと笑む。

「宣言通りに挿れやしない。だって、約束したでしょ?」

「……ぇ、どういう」

 何をするつもりなのだろうか。
 ライラが眉をひそめると、彼は少し困ったような笑い声を溢した。

「何でって、一回最後までしちゃってるからとっくに手遅れかもだけど……繰り返し君のナカに嵌めれば、赤ちゃんが出来ちゃうかもしれないからね。君が未だそこまで望んでないのは知ってるから」

 ──傷つけたくないから。と、甘く優しく言い添えて。アシュラフはライラの髪を撫でる。

 言われた言葉にライラは絶句した。
 そこまで大事にする程なのだろうかと思う。何せ、自分はただの咎人だ。いくら彼が自分に惚れているとはいえ、アシュラフは粛正権を買った張本人だ。ある程度、自由の身と言え、事実三十年の懲役を課している。だからこそ、そこまで彼が気遣うのもおかしいだろうと思えてしまった。
 ……どうして。
 ライラは彼をジッと見つめた。
 ……しかしながら、挿入しないとなれば、いよいよ何をされるかも分からない。

「だから、その……何をするの」

 少し不安になり、ライラは訊く。
 アシュラフは薄紅の瞳を細めて綺麗に笑んだ。

「ん。直ぐに分かるよ」

 言った途端だった──彼はズイと腰を浮かせて抽送の如く腰を突き上げ動かし始めたのである。

「────ひぁ、んあああああ!」

 なんとも言えない悦楽の波がたちまちライラの身にのたうち回った。
 アシュラフの怒張した熱杭は、秘裂に沿い烈しく蠢き始めたのだ。
 蜜液で濡れそぼった怒張の凹凸が淫芽に引っかかり、刺激が突きつける都度、脳髄をチリチリと焦がすような途方も無い悦楽を生み出した。

「あんっ──ぁああ、ああぅう!」

 悲鳴にも似た嬌声が喉からひっきりなしに漏れる。やがて、脳裏に白い波が膨れあがり、ライラは呆気なく達してしまうが、それでも疑似的な抽送は止まらない。

「あ、ぁああ! おかしくなっちゃ……あしゅらふ、やっ……ぁああん!」

「……っ、く。ライラが俺の事、もう嫌いじゃないのは分かるけどね。だけど仮に「俺の事「少しは好き」だとしても、子供を産む覚悟は無いの知ってるから。でも、俺は……」

 ──君が許してくれたら、妻として迎え入れる。三十年なんかじゃなくて、永遠の懲役を課して君を閉じ込めちゃう。
 吐息で囁くアシュラフの声は脳髄をグラグラと揺さぶる程に甘かった。

「ひゃ……んあぁ。ぁう、あっ」

「可愛い声。ライラはここを弄られるの好きだもんね。膨らんじゃった君のそこ、凄い引っかかる」

 そう言って、彼は腰に回した腕の力を強め、肢体がしなる程にライラを抱き締めた。
 ピタリとした密着によって、先程以上の悦楽が駆け回るが、彼が腰を動かす都度、ヌチヌチと浅ましい粘着質な音が響き始めるもので──ライラは首をふるふると横に振った。

「んぁあ、あぅ……や、音……恥ずかしい」

「大丈夫。俺しか聞いてないよ」

 疑似抽送を止めて。外耳を舐めるよう囁いた後、彼はライラをしっかりと正面に向かせて彼女の水紅色の唇を食んだ。
 だが、食むばかりの口付けが烈しいものに変貌するのは早く、彼は貪るような口付けを再び与えた。

「──くぅ、ふ……んぅう」

「気持ちいい?」

 僅かに開いた隙間で舌を絡めながらもアシュラフは訊く。
 けれど、ライラは応える事が出来なかった。
 かろうじて理性は残ってはいるが、思考など消し飛んでしまいそうな程に蕩けてグズグズになっていて──返答の代わりにライラは素直に頷いた。
 すると、彼は『いい子』だなんて、唇を引き剥がし、再びユルユルと疑似抽送を始めた。

 ──しかし、あくまで疑似。挿ってはいないのだ。果たして、自分の脚の合間はどうなってしまっているのだろうか。と、ライラは僅かに身体を起こして、足の付け根の間を覗いた。
 だが、見なければ良かったと後悔するが時は既に遅し。ハッキリと見てしまった部分はあまりに卑猥だったのだから。
 ──体液は白々と泡立ち、幾つもの乳白色の糸を引いていた。それは彼の怒張した雄芯に絡みつき、卑しい匂いを撒き散らしているのだから。

「……ぁ、あ、ああ」

 赤々とした頬を羞恥に更に赤く染めて、ライラは首を横に振るう。ただそれだけで”見た”のだと分かったのだろう。アシュラフはヒヒ……と、笑い声を漏らした。

「はぁ……すごい光景。ねぇ、俺もしっかり見てもいい?」

 まじまじと見られる事を拒んで、ライラはぎゅっと彼に抱きついた。すると、また彼は優しい笑みを溢す。

「抱きしめられるなんて幸せ。可愛いね」

 頬と瞼に一つづつ口付けを落として。彼は直ぐに再びライラの尻の肉を掴んで疑似抽送を始めた。

「あぅ……ぁ、ああん」

 酷い音と漏れ出る自分の嬌声が喧しい程に反響する。それに、湯殿は密閉された空間な分、音が嫌な程に響くものだった。
 羞恥も限界だった。矛盾も甚だしいが、その浅ましさが尚更に官能を掻き立て悦楽をより強くする感覚も抱く。
 そんなライラの反応に察したのだろうか。彼は、更に突き上げを烈しいものへと変貌させた。

「──あっ、あん、はぅ…ぁあああ、あしゅらふ壊れちゃ……ばかになる、ぁあああ!」

「ごめんね。もう俺も限界だから、あと少しだけ付き合って」

 アシュラフは荒い吐息で呟き、ギリと歯を食いしばった。

「──っ!」

 彼が余裕も無い熱い吐息を吐くなり、雄の化身がひどく脈打った感触がした。
 ドクドクと熱い飛沫が繋がっても居ない隙間を埋めるような心地さえもした。

「ごめんね……ちょっと張り切り過ぎちゃったかも」

 そんな詫びを一つ入れて。アシュラフはライラの髪を撫でる。
 すっかり力を失ったライラは、そのままくたりとアシュラフの胸に雪崩れ込んだ。



 ──疑似と言え、もはや行為をしたのとあまり変わらない。
 絶対に気まずくなるだろう……と、思ったにも関わらず、夕食の最中に彼が”月の花”の話題を切り出した事もあって、あれは淫靡な白昼夢の如く、二人はすっかりいつも通りだった。
 テーブルに並ぶものは、香辛料をたっぷり浸かった山羊の煮込み。それから烏賊の唐揚げに色取り取りの野菜を蒸したタジン鍋が並んでいる。
 どうやら王都の屋台で『おいしそうだから』と、買ってきたそうで今日はそれが夕飯になったようである。

「それで。アシュラフは月の花の咲いている場所に心当たりあるの?」

 右手で山羊の煮込みを千切りながらライラは訊く。隣に座るアシュラフは、タジン鍋の人参を摘まんでいた。

「うーん。昔よしみの人脈はひとつだけあってね。そういうの、何か詳しそうな気がして。その人は、西サーキヤに位置する小さな集落に住んでいるんだけど」

 ……何やら、その昔よしみとは星占術を得意とする占者アラーフがそうだ。アシュラフが前代の蛭に引き取られてからの関わりだそうで、かなり付き合いも長いらしい。
 つまりは、その人も、前代の蛭の弟子だと彼は言う。

 しかしながら、西サーキヤに……。
 ライラはその地を心の中で復唱するなり眉根を寄せた。

「賊の私が言うのもどうかと思うけど、あのあたりは……かなり治安が悪いけど」

 それはもう、カスディールの領地内では屈指の治安の悪さと言って過言では無いだろうと、ライラは思う。

 ──サーキヤ。それは、水車を意味する。
 砂漠に点在するオアシスには”サーキヤ”という名がつけられている。
 東西南北その他にも細かく分類してしまえば、星や花の名前をつけた小さなサーキヤも存在していた。
 つまり、水がある場には人が集まるもので、活気に満ちあふれているものである。
 だが、アシュラフの言う占者アラーフが住まう西サーキヤ周辺は、まさに砂漠と岩場に囲われた”本当の世の果て”のような場所だった。
 当然のように人は住んでいるが、治安悪さにキャラバンは立ち寄らず、活気はあまりない。 
 盗賊時代に、遠目に西サーキヤを見たライラはその景色を思い出す。

 確か「繭」の頭はこう言っていただろう。
『こんな辺鄙だろうが、俺達虫けらみたいな連中は居るがな。この辺りの賊とは関わるな。簡単に金に食い尽くし、襲う相手も手段も選ばない。まるで、寄生虫か薄汚いハイエナのように小汚い精神の連中だ。絶対に近寄るんじゃねぇ』と。
 砂漠に面した場所で、それも岩肌の地帯。 寂れた場所だからこそ、盗賊が姿を隠しやすく、人を襲い易い。
 岩肌に開いた洞窟も沢山ある事から、それをねぐらにしている者が多く居ると聞く。数は分からないが所属者二十も満たぬ「繭」よりも確実に多いだろうと見当がつく。

「まぁ。ライラは、俺よりも地理は詳しそうだし、心強いね。それに盗賊避けする道もなんか分かりそうだし。さっきも言ったけど日が暮れちゃえば、俺も少なからず力にはなれるしさ」

 ──ただ、昼間の俺は本当に使い物にならない事はあらかじめ謝っておくからね。なんて同じ台詞を付け添えて。アシュラフは、摘まんでいた人参を口に放り込んだ。
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