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第参章 風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず
参之参
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「さて、居候も増えた事を祝して……」
盃を片手に朧は切り出した。神殿を背後にした上座にはタキ。その端には季音と龍志が対面し、季音の隣には蘢。龍志の隣には朧と円陣となって座した。
「で、どうして社の中でやるんですか……」
蘢はぶつぶつと文句を垂れながら朧を睨む。対して、朧は『細けぇ事はいいだろ』なんてしれっとした口調で突っ撥ねた。
宴会の話は意外にもあっさりと通ってしまった。タキは『別に構わない』といった調子で、龍志も『たまには良いな』と、双方あっさりと快諾してくれた。
夕飯兼宴会だ。中心には鍋いっぱいの煮物に川魚の焼き物に大きな握り飯が五つ。それから菜っ葉のおひたしに土瓶蒸しなど。いつもより豪勢な料理が所狭しと並べられていた。
これらは夕刻前から龍志が拵えたものだ。少しは季音も手伝ったが、未だ人の飯の作り方はよく分かっていない。季音はただ、菜っ葉を湯がいたり単純な作業しかしていなかった。
いつも季音が運んでいる食べ物よりも幾分も豪勢だからだろう。タキは少し驚いた様子で、魚の焼き物をジッと見つめていた。
「いつも思うが、これって誰が作ってるんだ……おれは魚を食った事無いが、旨いのかこれ?」
「龍志様が作ったの。今日は私も少し手伝ったわ、焼いたお魚はとても美味しいわよ?」
事実を告げると、タキは露草色の瞳をジトリと目を細めるなり唇を拉げた。
「毒なんぞ入ってない。魚はお前らが食う蜥蜴や虫よりは幾分も旨いとは思う」
──出されたものくらい残さず食え。なんて、龍志はタキを突っ撥ねる。
少しタキは腑に落ちない様子だった。すると彼女は、箸を握りしめてドスリと魚に突き刺した。そうして、頭から食らい付く彼女はたちまち目を丸くする。そこからは無言だった。だが、美味しいのだろう。彼女はあっという間に魚を平らげて、骨を吐き出した。
「美味しいでしょ?」
思わず聞いてしまうと、彼女は少し頬を紅く染めて黙って頷いた。
それから、タキは黙々と色んな料理を箸をグサグサと刺して食べいった。
自分もこの家に留まり始めた頃、龍志の料理があまりにも美味しいと感動した事は未だ記憶にも新しい。しかし、箸の使い方が分かっていない様子のタキを見ていて気付いたが、自分は思えば、初めから箸の使い方を分かっていた。そこを思うと元が人だった事は妙に納得してしまう。そんな黙考に耽りながら食事をとっていた最中だった。
朧が蘢と季音の合間を割って入ってきたのだ。
「犬っころと狐の嬢ちゃんに狸の嬢ちゃんも酒飲むか?」
「お酒?」
小首を傾げて問うと、朧は一つ頷いた。
鬼の好む飲み物──酒の存在はよく知っているが、思えば飲んだ事も無かった。いったいどんな味がするのかも分からなくて、少しだけ興味が惹かれてしまう。
すると龍志は『季音は舐める程度の微量にしてやれ。馬鹿みたいに弱い』と間を割った。
飲んだ事も無いのに何故に知っているのだろう……そんな風に思えてしまうが、たちまち季音の脳裏に浮かんだのは心配気に顔を覗き込む龍志によく似た──詠龍の姿だった。
『……いくら酒が万病に効くと言われているからって』
龍志と全く同じ声で呆れた口調で彼は言う。
──ああ、そういう事か。と、理解出来て、季音は直ぐに現に戻ってきた。人だと言われてあれからというものの、こうして些細な記憶が蘇るのだ。未だに、夫婦だった事は信じ難いが、やはり人であった事は納得出来てしまう。ふと、龍志を一瞥すると、直ぐに彼と視線が交わって、それが妙に恥ずかしくなり季音は直ぐに彼から視線を反らした。
「犬っころは神獣だし多分平気だろうが、あんたは酒は大丈夫か?」
朧はタキに尋ねる。すると、タキは朧に向かって雄々しい所作でズッと盃を突き出した。
「飲めるし嫌いじゃない。交友があった山の鬼も宴会が好きで付き合った事は幾度もある」
「何だよ、話が分かるな!」
タキに酒を注ぎながら、朧は穏やかに笑んだ。
酒は嫌いじゃない。その一言だけで、何だかタキが大人に思ってしまった。思えばタキが幾年生きているかなんて詳しく聞いた事も無い。見た目は自分よりも少しばかり年下に見える稚さが残る風貌だが、彼女は物知りだ。そう思うと、かなり年上だろうと改めて季音は痛感した。
「ねぇ。そういえば、おタキちゃんって輪廻から何年くらい経ってるの?」
「数えちゃいないが、だいたい一五〇年以上は。獣の頃を含めれば二○○年くらいか?」
ひぃ、ふぅ……と指折り数えてタキは眉根を寄せて小首を傾げた。
ただそれだけで季音は驚嘆してしまった。そんなに年上だったのだと──。
「ああ、少し俺より年下か。俺は二五〇年くらいだな」
そんな風に朧はタキに言って、今度は蘢に視線を向ける。
「……僕も言うのですか?」
「この流れだとそうだろ? なんだよ犬っころ、実は未だ可愛い子犬だったか?」
邪険そうに蘢は朧を睨み、一つ溜息を吐き出した。
「……石像に宿る前を含めたら千年近くは」
ぽつりと告げた言葉に龍志以外の妖三匹はたちまち目を点にした。
「おい。犬っころ、お前随分と爺なんだな……見かけによらねぇな」
「あんた下手すれば、おれよりずっと若く見えるのに意外だな」
「蘢様……とてもご長寿ですね」
三匹で同時にそんな事を言うと、彼は恥ずかしいのか酔いが回り始めたのか定かではないが、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
盃を片手に朧は切り出した。神殿を背後にした上座にはタキ。その端には季音と龍志が対面し、季音の隣には蘢。龍志の隣には朧と円陣となって座した。
「で、どうして社の中でやるんですか……」
蘢はぶつぶつと文句を垂れながら朧を睨む。対して、朧は『細けぇ事はいいだろ』なんてしれっとした口調で突っ撥ねた。
宴会の話は意外にもあっさりと通ってしまった。タキは『別に構わない』といった調子で、龍志も『たまには良いな』と、双方あっさりと快諾してくれた。
夕飯兼宴会だ。中心には鍋いっぱいの煮物に川魚の焼き物に大きな握り飯が五つ。それから菜っ葉のおひたしに土瓶蒸しなど。いつもより豪勢な料理が所狭しと並べられていた。
これらは夕刻前から龍志が拵えたものだ。少しは季音も手伝ったが、未だ人の飯の作り方はよく分かっていない。季音はただ、菜っ葉を湯がいたり単純な作業しかしていなかった。
いつも季音が運んでいる食べ物よりも幾分も豪勢だからだろう。タキは少し驚いた様子で、魚の焼き物をジッと見つめていた。
「いつも思うが、これって誰が作ってるんだ……おれは魚を食った事無いが、旨いのかこれ?」
「龍志様が作ったの。今日は私も少し手伝ったわ、焼いたお魚はとても美味しいわよ?」
事実を告げると、タキは露草色の瞳をジトリと目を細めるなり唇を拉げた。
「毒なんぞ入ってない。魚はお前らが食う蜥蜴や虫よりは幾分も旨いとは思う」
──出されたものくらい残さず食え。なんて、龍志はタキを突っ撥ねる。
少しタキは腑に落ちない様子だった。すると彼女は、箸を握りしめてドスリと魚に突き刺した。そうして、頭から食らい付く彼女はたちまち目を丸くする。そこからは無言だった。だが、美味しいのだろう。彼女はあっという間に魚を平らげて、骨を吐き出した。
「美味しいでしょ?」
思わず聞いてしまうと、彼女は少し頬を紅く染めて黙って頷いた。
それから、タキは黙々と色んな料理を箸をグサグサと刺して食べいった。
自分もこの家に留まり始めた頃、龍志の料理があまりにも美味しいと感動した事は未だ記憶にも新しい。しかし、箸の使い方が分かっていない様子のタキを見ていて気付いたが、自分は思えば、初めから箸の使い方を分かっていた。そこを思うと元が人だった事は妙に納得してしまう。そんな黙考に耽りながら食事をとっていた最中だった。
朧が蘢と季音の合間を割って入ってきたのだ。
「犬っころと狐の嬢ちゃんに狸の嬢ちゃんも酒飲むか?」
「お酒?」
小首を傾げて問うと、朧は一つ頷いた。
鬼の好む飲み物──酒の存在はよく知っているが、思えば飲んだ事も無かった。いったいどんな味がするのかも分からなくて、少しだけ興味が惹かれてしまう。
すると龍志は『季音は舐める程度の微量にしてやれ。馬鹿みたいに弱い』と間を割った。
飲んだ事も無いのに何故に知っているのだろう……そんな風に思えてしまうが、たちまち季音の脳裏に浮かんだのは心配気に顔を覗き込む龍志によく似た──詠龍の姿だった。
『……いくら酒が万病に効くと言われているからって』
龍志と全く同じ声で呆れた口調で彼は言う。
──ああ、そういう事か。と、理解出来て、季音は直ぐに現に戻ってきた。人だと言われてあれからというものの、こうして些細な記憶が蘇るのだ。未だに、夫婦だった事は信じ難いが、やはり人であった事は納得出来てしまう。ふと、龍志を一瞥すると、直ぐに彼と視線が交わって、それが妙に恥ずかしくなり季音は直ぐに彼から視線を反らした。
「犬っころは神獣だし多分平気だろうが、あんたは酒は大丈夫か?」
朧はタキに尋ねる。すると、タキは朧に向かって雄々しい所作でズッと盃を突き出した。
「飲めるし嫌いじゃない。交友があった山の鬼も宴会が好きで付き合った事は幾度もある」
「何だよ、話が分かるな!」
タキに酒を注ぎながら、朧は穏やかに笑んだ。
酒は嫌いじゃない。その一言だけで、何だかタキが大人に思ってしまった。思えばタキが幾年生きているかなんて詳しく聞いた事も無い。見た目は自分よりも少しばかり年下に見える稚さが残る風貌だが、彼女は物知りだ。そう思うと、かなり年上だろうと改めて季音は痛感した。
「ねぇ。そういえば、おタキちゃんって輪廻から何年くらい経ってるの?」
「数えちゃいないが、だいたい一五〇年以上は。獣の頃を含めれば二○○年くらいか?」
ひぃ、ふぅ……と指折り数えてタキは眉根を寄せて小首を傾げた。
ただそれだけで季音は驚嘆してしまった。そんなに年上だったのだと──。
「ああ、少し俺より年下か。俺は二五〇年くらいだな」
そんな風に朧はタキに言って、今度は蘢に視線を向ける。
「……僕も言うのですか?」
「この流れだとそうだろ? なんだよ犬っころ、実は未だ可愛い子犬だったか?」
邪険そうに蘢は朧を睨み、一つ溜息を吐き出した。
「……石像に宿る前を含めたら千年近くは」
ぽつりと告げた言葉に龍志以外の妖三匹はたちまち目を点にした。
「おい。犬っころ、お前随分と爺なんだな……見かけによらねぇな」
「あんた下手すれば、おれよりずっと若く見えるのに意外だな」
「蘢様……とてもご長寿ですね」
三匹で同時にそんな事を言うと、彼は恥ずかしいのか酔いが回り始めたのか定かではないが、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
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