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昔噺

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「私のこの瞳の朱の色は人間由来ではありません。魔族……定義としては人では持ち得ない許容量の魔力を持つ者たちの存在がルーツにあります。そしてそれらと人との間に今から千年程前に私たちの先祖は生まれました」

「しかし今から五百年前に人と魔族の間で戦争が始まりました。ルーツが二つで揺れながら人里に住む私たちは当然多くの人間から疎まれ、そこから四百年を指定された地で暮らしていたのです」

(神の言っていた闘争とはこのことか……)
 
「無論先祖に不満はあったでしょう。しかし闘争にあっても人は人だったのです。彼らは争いの種になることを拒み率先して……といってもそう一元的なものではないですがその様にして移り住み、文化を築いていました。そして人間の世界でも法は私達を守る対象として置いたままにもしていました」

「そして私達の種族は赤い瞳と膨大な魔力以外に人間と魔族の平均を大きく上回る知能と身体能力がありました。故に移り住んでも独自の文明を築き、隔絶されているにも関わらず、寧ろ人間社会よりも平均すれば遥かに豊かな暮らしとなりました」

「武力や富、技術など打算的な面は間違いなく大きいですが、それでも不満や偏見の変遷も時代と共に目まぐるしく薄れていっていたのです」

「しかしそんな独特な共存関係も10年ほど前に状況が変わりました。それが貴方達、この世界では珍しい漆黒の髪と瞳を持つ人間、祝福者の台頭です」

 「彼らは自らを神の使途と名乗り、それに相応しい能力と知識をこの世界にもたらし、直ちに魔族を殲滅し、長すぎる戦争を終結させました」

「そしてそんな平和な世界で彼らを脅かしかねなかった唯一の存在が、私たちの一族です」

「独自の専門知識、そして個々の戦闘能力で劣るのは明白ですが、能力の高さという特異性は彼らと重なるものがあった上に、総数では彼らの50倍いましたので、彼らにとっては唯一の脅威足り得たのです」

「そしてそんな私達は、1000年かけて薄まった魔族の血を理由に殲滅の対象となりました。神から祝福を受けた者達の甘言は、きっと人々にとってそれだけで信用に足る理由だったのでしょう」

「結局のところ薄氷の上に成り立つ信頼関係だったのかもしれませんが、ここに元いた人達までもが私達を襲い、殺しました」

「そして人間社会に奴隷制度はありませんでしたが……人ならざる理由を魔族の血を根拠に女はできる限り生かして捕らえられ、競売にかけられました」

「……私を見たときの第一印象はどうでしたか?」

 根源的な美しさ。もしも人が求めるイデアが表面的な見た目にあるのならば、眼前の彼女が近いだろう。改めてそのときの感情を言語化するのならばそんなところだろうと感じた後に、彼女の言葉の意味を確信し、伊墨は再度絶望していた。

「いや……貴方に聞くことではないですね、失礼しました。話を続けます」

「私たちの持つ外見的特徴は、特に異界から来た祝福者のお眼鏡に適ったようです。不穏分子の排除と共に、彼らの嗜好品……奴隷として有効利用されることとなりました」

「混ざりものの私達は人権の対象外にする先駆けとしてこれ以上なく適しており、何もかもが彼らにとって都合がよかった。現在では私達を皮切りに、少数派で能力が優れていたり……見た目がいいとされている種族が改正された法律下で合法的に市場を賑わせています」

(奴隷制度をなんの憚りもなく利用しているでは済まない話だったのか……。それを日本で育った人間が……)

「そして私たちの中で幸運な生き残りは更に住む場所を追われ、各地に隠れ住んでいたのが私と母でした」

「しかしその幸運も長く続かず、私と母が住んでいた集落も見つかり、例に漏れず21人の男は殺され、女である私たち13人は連れ去られた上で競売に掛けられ、先程貴方に救っていただいたのが私です」

「私は……追いやられても……あの集落で……いいえ、母さえいてくれれば何も望まなかった! それがこれ以上ない幸福でした! それがどうしてこのような形で奪われなければならないんですか!?」

「好きに遊びに行けなくてもいいから……お母さんの作ってくれた御飯をもう一度食べたい! 草花で作った安っぽいアクセサリーでも喜んで付けたい!  ですがそんな願いは最早叶わない!」

 少女の激高と共に涙が溢れる。唯一の肉親が殺されて数日だというのに、齢10半ばで生の感情を殺して昔話をしていた彼女が異常だったのだ。それも復讐へと歩むための一心、そのための振る舞いだった。
 
「母が死んでからまだ数日……ですが私はそんなことをもうずっと考えている。母が……お母さんが思い出になってしまうと思えば思うほど胸が苦しいんです!」

「なんで……なんであんなに優しかった母が私なんかを庇って死ななきゃならなかったの!? こんなもの……」

「あなたはそんな私に下した蜘蛛の糸を断ち切ろうとしている! なんで! なんでそんなことができるの!? 嫌い! 祝福者なんて全員! それを受け入れた世界も! 全て死んでしまえばいい!」

 思い出話を始める彼女の語気は段々と強く、そして丁寧な言葉遣いも崩れていった。

「ごめんなさい……。あなたは……私を助けてくれたのに……一元的に人を判別できる訳なんて無い……。だけど私は……」

「いいや。その言葉がいい」

「え?」

「転生者なんて死んでしまえばいい、俺を含めて。この世界を歪めたのは他でもない俺たちだ、そして君を俺はこれ以上なく歪めてしまったようだ」

「それってどういう……」

「場所を移そう、俺に力を貸してくれ。君の名前は……」

「ッ! はい! アリア……アリア・テレジアです」

 彼が少女と共に破滅を歩むことを決めたのは、決して同情が故でも熱弁に胸打たれたからでもなかった。一人の人間としての当然の発露、それを見せられる少女が今正道を外れようとしている。

 幾ら表面で嘯いていたとしても伊墨忍という男は、それを看過できる人間では決してなかった。

 その少女の帯同、

(結局は俺のため……だな……)
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