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世之介の帰還
後日談
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がんがんがん! と自棄のように鉄槌が二輪車の部品を叩いている。ぐわん、と奇妙な音を立て、部品が折れ、床に転がった。
「あーっ! また、やっちまったい! 馬鹿、馬鹿! いってえ何度、しつこく言ったら判るんだ。部品を叩くときは、優しく叩くんだって言ったろう?」
甲高い声が作業場に響き渡る。声を上げているのは、子猫そっくりの技術者である。
子猫に叱られているのは、不器用そうな手つきで工具をいじっている若者。頭はつるつるに剃り上げている。
隆志であった。子猫に頭ごなしに叱られ、隆志は不満そうな顔付きである。
子猫は、とことこと近寄ると、上目ごしに隆志を見上げる。
「ニャンだ、その顔は? 何か文句あるのかニャ?」
隆志の顔が真っ青になった。
「い、いいえ、そんな……」
「舐めんなよ……」
捨て台詞を吐くと、とことこと、その場を離れていく。
世之介はその場の光景を目にして、笑いを堪えるのに必死だった。
笑ってはいけない。隆志はこれでも真面目にやっている。そんな世之介の顔を見て、隆志は恨めしげな表情を浮かべていた。
番長星のあらゆる場所で、同じような光景が繰り広げられていた。幕府の主導による、番長星住民の独立生産計画である。
微小機械の生産が消滅し、住民の生活必需品を賄うため、傀儡人が一部だけ肩代わりをしていたが、全面的な生産拠点を整備するため、微小機械の工場を監督していた子猫の杏萄絽偉童が技術指導を任されたのだ。
「そんな目をしない! しっかり言いつけを聞かないと、工場を任せられないぞ!」
世之介の隣に茜が顔を出し、隆志に声を掛けた。隆志は「けっ」と肩を竦めた。
茜と連れだって、世之介は作業場の外へと歩いていく。歩きながら茜に話し掛けた。
「学問所はどうだい。楽しいか?」
茜は、ちょっと首を傾げた。
「どうかな……。楽しいというより、吃驚するばかりね! あたし、番長星以外の星について、全然、なーんも知らなかったわ!」
幕府の主導で、番長星には次々と学問所が設置されていた。茜も新たに設けられた学問所に通うようになっていたのである。
二人は両側に農地が広がっている一本道を歩いている。時々、道路を猛速度で二輪車や四輪車が通りすぎた。
茜は世之介の前に飛び出すと、くるりと振り向き、真っ直ぐに見詰めてきた。
「あたし、番長星から外に出たいわ!」
「え?」と世之介は茜の顔を見詰め返した。
茜はキラキラとする瞳で、世之介を見詰めている。
「世之介さんだって、番長星に来るはずじゃなくて尼孫星ってところに行くつもりだったんでしょ? あたしだって、他の世界を見てみたいわ」
尼孫星の名前が出ると、世之介はどうにも居心地の悪い気分になる。そわそわして、いたたまれなくなるのだ。
もちろん尼孫星は女だけの星で、男となればどんな男でもモテモテの天国のような星であるというのが、もっぱらの噂であるが……。世之介は一度は尼孫星を目指したのが、今では夢のようだ。
「ね、あたし他の星に行ってみたい! 世之介さんだって、いつまでも番長星に留まるつもりはないんでしょ?」
「うーん……。そりゃあ、ねえ……」
まともに尋ねられ、世之介は絶句してしまった。
茜は、今まで番長星以外の世界について、自分が何一つ知らないことを悟ったのだ。多分、他の学問所に通う人間たちも、同じ思いが湧き上がっているのではないか?
世之介は、にっこりと笑い返した。
「そうさ、俺だっていつまで番長星にいるわけじゃない。番長星がちゃんと自立できる目処が立ったら、別の星を巡る旅に出たいと思っているよ。あのご隠居のように」
「やっぱりね!」
茜は手を叩いた。
世之介は空を見上げた。近ごろ、番長星の空には、地球からの宇宙船が多数立ち寄るようになっている。今も一隻の宇宙船が大気を切り裂き、着陸してくるところだ……。
「茜、俺と一緒に、銀河を旅しようか?」
世之介の言葉に、茜は真っ赤になって顔を逸らす。が、すぐ顔を戻し、真剣な表情になった。
「それ、プロポーズ?」
答えかけた世之介の言葉を、着陸してくる宇宙船の、大気を切り裂く衝撃波が掻き消した。
「あーっ! また、やっちまったい! 馬鹿、馬鹿! いってえ何度、しつこく言ったら判るんだ。部品を叩くときは、優しく叩くんだって言ったろう?」
甲高い声が作業場に響き渡る。声を上げているのは、子猫そっくりの技術者である。
子猫に叱られているのは、不器用そうな手つきで工具をいじっている若者。頭はつるつるに剃り上げている。
隆志であった。子猫に頭ごなしに叱られ、隆志は不満そうな顔付きである。
子猫は、とことこと近寄ると、上目ごしに隆志を見上げる。
「ニャンだ、その顔は? 何か文句あるのかニャ?」
隆志の顔が真っ青になった。
「い、いいえ、そんな……」
「舐めんなよ……」
捨て台詞を吐くと、とことこと、その場を離れていく。
世之介はその場の光景を目にして、笑いを堪えるのに必死だった。
笑ってはいけない。隆志はこれでも真面目にやっている。そんな世之介の顔を見て、隆志は恨めしげな表情を浮かべていた。
番長星のあらゆる場所で、同じような光景が繰り広げられていた。幕府の主導による、番長星住民の独立生産計画である。
微小機械の生産が消滅し、住民の生活必需品を賄うため、傀儡人が一部だけ肩代わりをしていたが、全面的な生産拠点を整備するため、微小機械の工場を監督していた子猫の杏萄絽偉童が技術指導を任されたのだ。
「そんな目をしない! しっかり言いつけを聞かないと、工場を任せられないぞ!」
世之介の隣に茜が顔を出し、隆志に声を掛けた。隆志は「けっ」と肩を竦めた。
茜と連れだって、世之介は作業場の外へと歩いていく。歩きながら茜に話し掛けた。
「学問所はどうだい。楽しいか?」
茜は、ちょっと首を傾げた。
「どうかな……。楽しいというより、吃驚するばかりね! あたし、番長星以外の星について、全然、なーんも知らなかったわ!」
幕府の主導で、番長星には次々と学問所が設置されていた。茜も新たに設けられた学問所に通うようになっていたのである。
二人は両側に農地が広がっている一本道を歩いている。時々、道路を猛速度で二輪車や四輪車が通りすぎた。
茜は世之介の前に飛び出すと、くるりと振り向き、真っ直ぐに見詰めてきた。
「あたし、番長星から外に出たいわ!」
「え?」と世之介は茜の顔を見詰め返した。
茜はキラキラとする瞳で、世之介を見詰めている。
「世之介さんだって、番長星に来るはずじゃなくて尼孫星ってところに行くつもりだったんでしょ? あたしだって、他の世界を見てみたいわ」
尼孫星の名前が出ると、世之介はどうにも居心地の悪い気分になる。そわそわして、いたたまれなくなるのだ。
もちろん尼孫星は女だけの星で、男となればどんな男でもモテモテの天国のような星であるというのが、もっぱらの噂であるが……。世之介は一度は尼孫星を目指したのが、今では夢のようだ。
「ね、あたし他の星に行ってみたい! 世之介さんだって、いつまでも番長星に留まるつもりはないんでしょ?」
「うーん……。そりゃあ、ねえ……」
まともに尋ねられ、世之介は絶句してしまった。
茜は、今まで番長星以外の世界について、自分が何一つ知らないことを悟ったのだ。多分、他の学問所に通う人間たちも、同じ思いが湧き上がっているのではないか?
世之介は、にっこりと笑い返した。
「そうさ、俺だっていつまで番長星にいるわけじゃない。番長星がちゃんと自立できる目処が立ったら、別の星を巡る旅に出たいと思っているよ。あのご隠居のように」
「やっぱりね!」
茜は手を叩いた。
世之介は空を見上げた。近ごろ、番長星の空には、地球からの宇宙船が多数立ち寄るようになっている。今も一隻の宇宙船が大気を切り裂き、着陸してくるところだ……。
「茜、俺と一緒に、銀河を旅しようか?」
世之介の言葉に、茜は真っ赤になって顔を逸らす。が、すぐ顔を戻し、真剣な表情になった。
「それ、プロポーズ?」
答えかけた世之介の言葉を、着陸してくる宇宙船の、大気を切り裂く衝撃波が掻き消した。
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