91 / 106
想い出は繰り返し……
1
しおりを挟む
「てめえら、ちゃんとメンチを切ったら、ガンを飛ばすんだ! 舐められたら、おしめえだぞ! さあ、やって見ろい!」
番長星によくある【集会所】の一つである。駐車場には、数人の子供が、がなりたてる一人の大人の男の周囲に集まり、真剣になって耳を傾けている。
がなりたてる男は、年齢四十代くらいで、頭をちりちりパーマに固め、がっしりとした身体つきをしていた。男は、じろりと世之介を睨む。
「やい、淳平! なんだ、その根性の入っていないガンの飛ばし方は? もっと腹に力を入れて、睨みつけるんだ!」
のしのしと歩いてきて、ぐっと腰を落とし、物凄い形相で睨みつける。
世之介は悟っていた。これは風祭の記憶だ。自分は今、風祭の幼い頃の記憶に入り込んでいる! 風祭淳平……これが本名なのだ。
世之介の……いや、風祭の幼い記憶に恐怖が湧き上がる。世之介は風祭の恐怖を味わっていた。
視界が不意に滲んで、辺りがぼやけた。風祭が両目に涙を溢れさせたのだ。男は呆れたような声を上げた。
「なんでえ……ちっと睨んだら、もう泣き出すなんて、なんてぇ根性なしなんだ!」
あはははは……と、周囲の子供たちが大声で笑い出した。風祭は笑い声に、身を小さくしている。
どすん、と横から子供の一人が風祭の腰に蹴りを入れてきた。風祭はよろけ、よろよろっと地面に倒れこむ。
「根性なし!」
蹴りを入れた子供は、風祭の正面に立ちはだかり、憎々しげに叫んだ。すると他の子供たちも、同調するように囃し立てる。
「根性なし! 淳平の根性なし!」
ぱっ、と誰かが風祭の顔に砂を投げ掛ける。風祭はわっ、と顔を手で隠した。
しかし仲間の子供たちは容赦しない。わあーっ、と集まってくると、手に手を伸ばし、風祭の押さえていた手を引き剥がした。
両手両足を掴んで、地面に大の字にさせる。一人が圧し掛かり、風祭の鼻を掴んで穴を塞いだ。たまらず、風祭の口が、ぱかっと開く。
即座に開いた口に、砂が押し込められる。風祭の口にじゃりじゃりとした砂と小石が一杯に溢れた。
ぺっぺと砂を吐き出すが、子供たちは次々と砂利を詰め込む。圧し掛かっている相手は、容赦なく風祭の顔を殴ったり、頬の肉を捩じ上げたりして、苦痛を与えていた。
痛みと怒りに、風祭は猛烈な泣き声を上げていた。風祭は涙に滲んだ視界で、さっきの大人に救いの視線を投げかけた。
しかし、子供たちに喧嘩の仕方を教えていた男は、げらげらと笑って、止めようとすらしない。男を見上げる風祭の胸に、絶望が真っ黒に膨れ上がった。
「淳平、舐められたら、おしめえだぞ! よーく判ったか?」
これが風祭の子供時代か! 世之介は風祭の記憶を追体験して、怒りに震えていた。
世之介の江戸にも、虐めはある。世之介自身も、虐められた記憶も、虐めた事実もあった。
が、保護者らしき大人が、虐めを目撃し、大笑いをして制止すらしないという状態は、断固有り得ない。
番長星では「男らしさ」が価値の総てで、一旦「根性なし」と評価されたら、最悪の事態を引き起こす。
風祭の記憶を、世之介は次々と体験していく。子供時代、青年時代と、風祭は様々な同じ年頃の相手に、しつこい虐めを受けていた。
助けを求める相手は、唯の一人も現れなかった。目撃したとしても、虐められるほうが悪いと断罪され、救いはまるでなかった。
虐めを受けるうち、風祭の胸に、ふつふつと復讐心が芽生えてくる。誰にも馬鹿にされたくない! 舐められたくないという欲望は、自身を賽博格にしてしまうほどだった。
風祭にとって「弱さ」は即、死を意味するものだった。強さだけが総てであった。
世之介は風祭の記憶の扉から離れ、微小機械が形作る仮想空間に漂った。無数の微小機械が接点を繋ぎ、じわじわとある形を取り始めた。世之介は目を見開いた。
微小機械が呈示したのは、風祭の姿であった。最初に出会ったときの、賽博格としての風祭の姿であった。
世之介もまた、自分の姿を仮想空間で顕していた。世之介と風祭は、何もない空間で向き合った。お互いの視線が火花を散らす。
風祭は世之介を認め、怒りの形相を現し、吠え立てた。
番長星によくある【集会所】の一つである。駐車場には、数人の子供が、がなりたてる一人の大人の男の周囲に集まり、真剣になって耳を傾けている。
がなりたてる男は、年齢四十代くらいで、頭をちりちりパーマに固め、がっしりとした身体つきをしていた。男は、じろりと世之介を睨む。
「やい、淳平! なんだ、その根性の入っていないガンの飛ばし方は? もっと腹に力を入れて、睨みつけるんだ!」
のしのしと歩いてきて、ぐっと腰を落とし、物凄い形相で睨みつける。
世之介は悟っていた。これは風祭の記憶だ。自分は今、風祭の幼い頃の記憶に入り込んでいる! 風祭淳平……これが本名なのだ。
世之介の……いや、風祭の幼い記憶に恐怖が湧き上がる。世之介は風祭の恐怖を味わっていた。
視界が不意に滲んで、辺りがぼやけた。風祭が両目に涙を溢れさせたのだ。男は呆れたような声を上げた。
「なんでえ……ちっと睨んだら、もう泣き出すなんて、なんてぇ根性なしなんだ!」
あはははは……と、周囲の子供たちが大声で笑い出した。風祭は笑い声に、身を小さくしている。
どすん、と横から子供の一人が風祭の腰に蹴りを入れてきた。風祭はよろけ、よろよろっと地面に倒れこむ。
「根性なし!」
蹴りを入れた子供は、風祭の正面に立ちはだかり、憎々しげに叫んだ。すると他の子供たちも、同調するように囃し立てる。
「根性なし! 淳平の根性なし!」
ぱっ、と誰かが風祭の顔に砂を投げ掛ける。風祭はわっ、と顔を手で隠した。
しかし仲間の子供たちは容赦しない。わあーっ、と集まってくると、手に手を伸ばし、風祭の押さえていた手を引き剥がした。
両手両足を掴んで、地面に大の字にさせる。一人が圧し掛かり、風祭の鼻を掴んで穴を塞いだ。たまらず、風祭の口が、ぱかっと開く。
即座に開いた口に、砂が押し込められる。風祭の口にじゃりじゃりとした砂と小石が一杯に溢れた。
ぺっぺと砂を吐き出すが、子供たちは次々と砂利を詰め込む。圧し掛かっている相手は、容赦なく風祭の顔を殴ったり、頬の肉を捩じ上げたりして、苦痛を与えていた。
痛みと怒りに、風祭は猛烈な泣き声を上げていた。風祭は涙に滲んだ視界で、さっきの大人に救いの視線を投げかけた。
しかし、子供たちに喧嘩の仕方を教えていた男は、げらげらと笑って、止めようとすらしない。男を見上げる風祭の胸に、絶望が真っ黒に膨れ上がった。
「淳平、舐められたら、おしめえだぞ! よーく判ったか?」
これが風祭の子供時代か! 世之介は風祭の記憶を追体験して、怒りに震えていた。
世之介の江戸にも、虐めはある。世之介自身も、虐められた記憶も、虐めた事実もあった。
が、保護者らしき大人が、虐めを目撃し、大笑いをして制止すらしないという状態は、断固有り得ない。
番長星では「男らしさ」が価値の総てで、一旦「根性なし」と評価されたら、最悪の事態を引き起こす。
風祭の記憶を、世之介は次々と体験していく。子供時代、青年時代と、風祭は様々な同じ年頃の相手に、しつこい虐めを受けていた。
助けを求める相手は、唯の一人も現れなかった。目撃したとしても、虐められるほうが悪いと断罪され、救いはまるでなかった。
虐めを受けるうち、風祭の胸に、ふつふつと復讐心が芽生えてくる。誰にも馬鹿にされたくない! 舐められたくないという欲望は、自身を賽博格にしてしまうほどだった。
風祭にとって「弱さ」は即、死を意味するものだった。強さだけが総てであった。
世之介は風祭の記憶の扉から離れ、微小機械が形作る仮想空間に漂った。無数の微小機械が接点を繋ぎ、じわじわとある形を取り始めた。世之介は目を見開いた。
微小機械が呈示したのは、風祭の姿であった。最初に出会ったときの、賽博格としての風祭の姿であった。
世之介もまた、自分の姿を仮想空間で顕していた。世之介と風祭は、何もない空間で向き合った。お互いの視線が火花を散らす。
風祭は世之介を認め、怒りの形相を現し、吠え立てた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!
黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。
でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。
この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる