ウラバン!~SF好色一代男~

万卜人

文字の大きさ
上 下
86 / 106
世之介の変身

しおりを挟む
 世之介の身体は微小機械に呑み込まれ、どっぷりと真っ黒な流動体に沈んだ。その一方で、世之介の意識は、新たな地平に開かれている。
 ああ、あそこに助三郎と格乃進がいる。二人とも光右衛門、イッパチ、茜、省吾らを抱え、【リーゼント山】から脱出しようと、必死になっている……。
 ふと視線を動かすと──、いや、この言い方は正確ではない。世之介の意識の先が動くと――に言い直したほうが良い。
 水槽のあった部屋に世之介の意識が向かうと、風祭が全身を微小機械に呑まれ、声なき絶叫を上げている。今、風祭は微小機械によって、徹底的に改造を施されている真っ最中であった。
 しかし、予想もしなかった苦痛に、風祭の精神は全力で咆哮をした。純粋な苦痛、神経を直撃する強烈な衝撃が、風祭の全身を苦痛の業火で炙っていた。
 風祭の仮面で覆われた顔が、天井を見上げる。二つの目玉が、憎悪を孕んで、青白く輝いていた。
 風祭の両腕が差しのべられた。
「俺を、ここから、出してくれ!」
 言葉ではなく、思考そのもので、風祭は叫んでいる。
 風祭の差し伸べられた両腕から、真っ黒な微小機械の噴流が天井を直撃した。無数の微小機械が天井の固い岩盤を抉り取り、一直線に【リーゼント山】を貫く。
 忽ち風祭の頭上に、大穴が穿たれていた! 風祭の全身を微小機械が包み、大穴へと持ち上げていく。
 世之介の意識が【リーゼント山】の外部に設けられた撮像機を通して、山頂から吹き上げる微小機械の真っ黒な光沢を捉えていた。
 風祭が、微小機械の中から、ゆっくりと全身を現した。
 今、風祭は巨大化をしていた。風祭の身体に取り付いた微小機械が層を成し、本来の体躯を何倍も増幅させていたのである。
 世之介の拡大した視界に、【リーゼント山】に近づいていく人影を認めていた。世之介の好奇心が、人影に注意を振り向ける。
 あれは……。
 人影は、二人だった。一人は男で、もう一人は女である。女のほうは、怖ろしいほど太っていて、獰猛な顔付きをぶら下げている。狂送団マッド・マックスの元首領と、母親の「ビッグ・バッド・ママ」の二人連れであった。
 あんなところで何をしているのか?
 世之介の意識に、二人の会話が聞こえてきた。
「ねえ、ママ。まだ歩くのかい? 少し、休もうよ……」
 甘ったれた、首領の声が聞こえてくる。母親は唸り声で答える。
「何、おちゃらけたことを言ってるんだい! 急ぐんだよ! なんとしても、【ウラバン】に会う必要があるんだ!」
 首領は不満げな声を上げる。
「どうしてさ……?」
 ぐいっ、と母親が怖ろしい顔で首領に顔を振り向ける。母親の勢いに、首領は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「お前、あいつのガクランを見なかったのかえ?〝伝説のガクラン〟を!」
 不得要領に、首領は曖昧に頷く。
「〝伝説のガクラン〟は【ウラバン】にしか作製できないものなんだ! しかも、あれを身に着けると、怖ろしいほどの強さを手に入れることができる! お前、そんなガクランを、欲しくはないのかえ?」
「そりゃまあ……ね」
 首領の唇が不満そうに突き出た。母親はさらに苛々と、足を踏みしめた。
「判んない子だね! いいかえ、あのガクランを身に着けた世之介って奴に、お前は恥を掻かされたんだよ! 狂送団の首領を追い払われ、しかも、女の子もお前から取り上げられたんだ! 悔しくはないのかえ?」
「女たち……俺の……」
 たちまち首領の顔が醜く歪んだ。怒りに、首領の顔がどす黒く鬱血する。
「悔しいよ! ああ、悔しいとも! 畜生、世之介の奴!」
 母親の顔が綻び、とっておきの甘い声を出す。
「そうだろう? だから【ウラバン】にお願いして、もう一着の〝伝説のガクラン〟を作って貰うんだよ。お前がガクランを着たら、あの世之介なんてヒョロヒョロ優男なんか、敵じゃなくなる……。沢山の女の子も、お前に戻ってくるよ! 狂送団の首領にだって、返り咲くことができるんだ!」
 首領の両目が欲深そうにギラギラと煌いた。大きな頭を、ガクガクと何度も頷かせる。
「うん! 欲しいよ! 俺、何としても〝伝説のガクラン〟を手に入れたい!」
 その時、二人の目の前の岩壁から、どすん、どすんと何度も何か叩き付けるような物音が近づいてくる。二人はギクリと立ち止まった。
 ぼこり、と岩壁が内部から崩れ、がらがらと音を立てて瓦礫が飛び散った。
 瓦礫を掻き分け、姿を表したのは、助三郎と格乃進の二人だった。相当に苦労して岩を掘りぬいたためか、二人の着衣はぼろぼろに千切れ、賽博格サイボーグの身体が顕わになっていた。
 二人の賽博格は、目の前に立ち竦んでいる首領と、母親に気がつき、目を丸くした。
「お前たちは……狂送団の……」
 助三郎が声を上げる。母親は「はっ」と仁王立ちになって叫んだ。
「あんたらこそ、こないだの! 畜生、うちの拓郎ちゃんに、よくも酷いことをしたね! 許さないからねっ!」
 母親の怒りに、助三郎と格乃進は困惑していた。格乃進が、もの柔らかに尋ねる。
「お前たちこそ、このようなところで、何をしているのだ?」
 尋ね返され、母親は口篭った。首領はジロジロと二人の賽博格体を眺めていた。
「あんたら、賽博格なのか……?」
 首領の質問に、助三郎と格乃進は顔を見合わせた。助三郎が答える。
「まあ、そうだ」
 首領は母親の耳に囁きかけた。世之介の聴覚は怖ろしく拡大していて、そんな小声の囁きすら、はっきりと聞き取っていた。
「ねえ、ママ。ガクランなんかより、賽博格のほうが良いな。あっちのほうが、もっと強そうだ……」
 助三郎と格乃進は賽博格の聴覚を使って、今の会話を聞き取っていたらしく、苦笑していた。
「やめたほうが良い。賽博格など、なるものではないよ」
 助三郎の忠告に、首領は怒りの表情を浮かべて尋ね返す。
「なぜだ! 俺は強くなりたい!」
 格乃進が首を、ゆるゆると振った。
「賽博格になったら、人間としての喜びは総て失われる。これを見ろ!」
 格乃進は腰の辺りから、一本の透明な挿入函カートリッジを取り出した。首領は挿入函を眺め、首を傾げた。
「なんでえ、そりゃ?」
「我々の濃縮栄養パックだ。これ一つで、我らの脳細胞を半年は生かしてくれる。何しろ、我らの生体組織は、脳細胞しかないのでね。我々は人間の食事を摂ることができなくなっている」
 首領の目が見開かれた。
「て、ことは……」
 助三郎は頷いた。
「そうだ、それだけでないぞ。我々は、あらゆる人間の喜び、感覚を失ってしまった。もう、春の新緑も、夏の暑さも、更には冬の厳しい寒さも、我々には何の意味もないものとなっている。もはや、取り返しもつかない! そんな状況になっても、良いのかな?」
 首領は真っ青になり、ブンブンブンと何度も首を振った。
 会話が続く中、二人の賽博格がぶち空けた穴から、光右衛門、茜、イッパチ、木村省吾たちが姿を表した。
 皆、外の光に、眩しげに目を瞬かせる。
「いや、まいりましたな。助さん、格さんのお二人が通路を作ると胸を叩いたときは、どうなることかと思いましたが、何とか脱出路を確保できました」
 光右衛門の言葉に、茜が心配そうな声を上げた。
「でも、世之介さんの姿が見えない! どうしちゃったのかしら……」
 くくくくく……。
 世之介は、思わず、笑いを漏らしていた。
 ぎくっ、と茜が顔を上げた。
「今の、何? 誰か、笑った?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鋼月の軌跡

チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル! 未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!

私たちの試作機は最弱です

ミュート
SF
幼い頃から米軍で人型機動兵器【アーマード・ユニット】のパイロットとして活躍していた 主人公・城坂織姫は、とある作戦の最中にフレンドリーファイアで味方を殺めてしまう。 その恐怖が身を蝕み、引き金を引けなくなってしまった織姫は、 自身の姉・城坂聖奈が理事長を務める日本のAD総合学園へと編入する。 AD総合学園のパイロット科に所属する生徒会長・秋沢楠。 整備士の卵であるパートナー・明宮哨。 学園の治安を守る部隊の隊長を務める神崎紗彩子。 皆との触れ合いで心の傷を癒していた織姫。 後に彼は、これからの【戦争】という物を作り変え、 彼が【幸せに戦う事の出来る兵器】――最弱の試作機と出会う事となる。 ※この作品は現在「ノベルアップ+」様、「小説家になろう!」様にも  同様の内容で掲載しており、現在は完結しております。  こちらのアルファポリス様掲載分は、一日五話更新しておりますので  続きが気になる場合はそちらでお読み頂けます。 ※感想などももしお時間があれば、よろしくお願いします。  一つ一つ噛み締めて読ませて頂いております。

日露平和友好条約締結へのシナリオ

由依
SF
エゴに付いての我見です

『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~

うろこ道
SF
【毎日更新•完結確約】 高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。 自分の部屋であるのに妙に違っていてーー ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。 男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。 そんな美月に男は言った。 「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」 そこは未来に起こった大戦後の日本だった。 原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。 男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。 美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。 人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。 異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。 ※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。 ※挿絵は全部自分で描いています。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。

虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。 科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。 愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。 そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。 科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。 そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。 誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。 それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。 科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。 「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」 一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。

初恋フィギュアドール ~ 哀しみのドールたち

小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。 主な登場人物 井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン 島本由美子  ・ ・・41歳 独身 フィギュアドール・・・イズミ 植村コウイチ  ・・・主人公の友人 植村ルミ子・・・・ 母親ドール サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール エレナ・・・・・・ 国産A型ドール ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール 如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール

裏切りダメ、絶対。

胸の轟
SF
幼なじみの描く未来に、私は存在しなかった… ※望まない行為を強いられる描写があります

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

処理中です...