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臆病試練
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世之介は立ち上がろうと手足に力を込めた。が、動けない。なぜか全身が痺れ、ぴくりとも動けなかった。
ニッタリと、風祭が嗜虐的な笑みを浮かべていた。ぐいっと長い腕を伸ばし、世之介の胸倉を掴み上げる。
「待て! それまでだ!」
不意に聞こえた声に、風祭はギクリと身体を強張らせた。
世之介も、声の方向に目をやった。
球体の内側の入口が抉じ開けられ、助三郎と格乃進が入ってくるところだった。
「貴様ら……」
風祭は歯噛みをする。表情が激烈な憎悪に歪んでいた。
格乃進は冷静な口調で、風祭に話し掛ける。
「すでに両者の二輪車は大破している。この時点で、臆病試練は終了しているのでないかな? これ以上の戦いは私闘ということになる。【ウラバン】はそれを許しているのか」
助三郎も一歩ずいっと前へ出た。腕を挙げ、指弾するように指先を伸ばす。
「そうだ。それに、風祭。お前は生身の人間の世之介さんに対し、賽博格の加速状態を使って打撃を与えようとした。世之介さんが加速状態に対応できるとは考えていなかったようだから、それは卑怯な振る舞いとなる。そんなことで【バンチョウ】と名乗ることができるのか?」
助三郎の言葉は、痛烈に風祭の誇りを傷つけたようだった。「くくくく!」と唸り声を上げると、風祭はぐいっと世之介の身体を片腕一本で持ち上げ、無言のまま、物凄い勢いで助三郎に投げつけた。
「おっと!」
助三郎は空中で世之介の身体を受け止め、床に下ろした。
ようやく、世之介の全身に感覚が戻り、ふらつきながらも立ち上がることができた。世之介の頭部を覆っていたガクランの襟が元に戻り、顔が顕わになる。すでに加速状態は解かれていた。
風祭は両手を開いたり、握り拳を作ったりしている。大きく何度か呼吸を繰り返し、激情を静めようと務めていた。
表情が水を打ったように静まり返る。世之介は風祭の表情を見て、怒りに駆られた先ほどより、今のほうが数倍危険だと感じていた。
すでに風祭はジロジロと、無遠慮な視線を助三郎と格乃進に当て、舐めるような、試すような目つきになっている。再度の戦いに備え、弱点を探っているようだった。
「いいだろう。【ウラバン】に会わせてやる! こっちだ……」
風祭はプイと顔を背け、出口に向かって球体の内側の網の目を掴んで登り始める。
世之介は助三郎と格乃進を従え、後を追いかけた。
板を歩いて元の場所に戻ると、茜が心配そうな表情で出迎えた。茜の背後からイッパチがヒョイと顔を出し、世之介の姿を確認して喜色を浮かべた。
「若旦那! ご無事で! よかったですねえ、茜さん」
話し掛けられ、茜は見る見る顔を茹蛸のように真っ赤にさせ慌てた。
「な、なにがよかったのよ!」
イッパチの眉がぐいと持ち上がる。
「おや、さっきまで、若旦那が殺されるんじゃないかと気が気でなかったのは、どこのどなたさんで? 助さん、格さんが現れなすったのも、茜さんが必死で掻き口説いたからじゃごぜんせんか?」
茜は、くるっと背を向けて叫ぶ。
「知らないっ!」
助三郎と格乃進はニヤニヤ笑いを浮かべて、世之介の顔を見詰めてきた。
世之介の顔が火照ってきた。
ニッタリと、風祭が嗜虐的な笑みを浮かべていた。ぐいっと長い腕を伸ばし、世之介の胸倉を掴み上げる。
「待て! それまでだ!」
不意に聞こえた声に、風祭はギクリと身体を強張らせた。
世之介も、声の方向に目をやった。
球体の内側の入口が抉じ開けられ、助三郎と格乃進が入ってくるところだった。
「貴様ら……」
風祭は歯噛みをする。表情が激烈な憎悪に歪んでいた。
格乃進は冷静な口調で、風祭に話し掛ける。
「すでに両者の二輪車は大破している。この時点で、臆病試練は終了しているのでないかな? これ以上の戦いは私闘ということになる。【ウラバン】はそれを許しているのか」
助三郎も一歩ずいっと前へ出た。腕を挙げ、指弾するように指先を伸ばす。
「そうだ。それに、風祭。お前は生身の人間の世之介さんに対し、賽博格の加速状態を使って打撃を与えようとした。世之介さんが加速状態に対応できるとは考えていなかったようだから、それは卑怯な振る舞いとなる。そんなことで【バンチョウ】と名乗ることができるのか?」
助三郎の言葉は、痛烈に風祭の誇りを傷つけたようだった。「くくくく!」と唸り声を上げると、風祭はぐいっと世之介の身体を片腕一本で持ち上げ、無言のまま、物凄い勢いで助三郎に投げつけた。
「おっと!」
助三郎は空中で世之介の身体を受け止め、床に下ろした。
ようやく、世之介の全身に感覚が戻り、ふらつきながらも立ち上がることができた。世之介の頭部を覆っていたガクランの襟が元に戻り、顔が顕わになる。すでに加速状態は解かれていた。
風祭は両手を開いたり、握り拳を作ったりしている。大きく何度か呼吸を繰り返し、激情を静めようと務めていた。
表情が水を打ったように静まり返る。世之介は風祭の表情を見て、怒りに駆られた先ほどより、今のほうが数倍危険だと感じていた。
すでに風祭はジロジロと、無遠慮な視線を助三郎と格乃進に当て、舐めるような、試すような目つきになっている。再度の戦いに備え、弱点を探っているようだった。
「いいだろう。【ウラバン】に会わせてやる! こっちだ……」
風祭はプイと顔を背け、出口に向かって球体の内側の網の目を掴んで登り始める。
世之介は助三郎と格乃進を従え、後を追いかけた。
板を歩いて元の場所に戻ると、茜が心配そうな表情で出迎えた。茜の背後からイッパチがヒョイと顔を出し、世之介の姿を確認して喜色を浮かべた。
「若旦那! ご無事で! よかったですねえ、茜さん」
話し掛けられ、茜は見る見る顔を茹蛸のように真っ赤にさせ慌てた。
「な、なにがよかったのよ!」
イッパチの眉がぐいと持ち上がる。
「おや、さっきまで、若旦那が殺されるんじゃないかと気が気でなかったのは、どこのどなたさんで? 助さん、格さんが現れなすったのも、茜さんが必死で掻き口説いたからじゃごぜんせんか?」
茜は、くるっと背を向けて叫ぶ。
「知らないっ!」
助三郎と格乃進はニヤニヤ笑いを浮かべて、世之介の顔を見詰めてきた。
世之介の顔が火照ってきた。
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