ウラバン!~SF好色一代男~

万卜人

文字の大きさ
上 下
71 / 106
臆病試練

しおりを挟む
 風祭は先にたち、校舎へと歩いていく。のしのしとゆったりとした歩を進めるが、見かけによらず、世之介が早足にならないと、追いつけない。身長が高く、歩幅も並みではないからだ。
 背後から足音が聞こえ、世之介が振り向くと、茜、助三郎、格乃進、イッパチ、光右衛門という順番である。さらに加えて、ぞろぞろと狂送団の全員、物見高い野次馬たちが勢ぞろいをしている。
 風祭はちょっと顔を捻じ向け、助三郎と格乃進に気付き、僅かに顔の表情を変えた。自分を打ちのめした賽博格を覚えていたのだ。しかし何も言わず、黙々と歩みを止めない。
 世之介は校舎を見上げる。
 中央の時計台には、巨大な文字盤の時計が設置されている。両翼の建物には、様々な塗料が塗りたくられ、下の階数にはふんだんに下手糞な文字が踊っている。
 世之介は首を傾げた。
「なんのために字を書くんだ?」
 隣でイッパチが、低い声で壁に書かれた落書きを読み上げる。
「〝御意見無用〟〝仏恥義理《ぶっちぎり》〟〝愛羅武勇《あいらぶゆう》〟〝夜露死苦《よろしく》〟……。ははあ、随分と面白い書き方でやんすね。〝奇瑠呂衣《キルロイ》参上!〟。奇瑠呂衣って、誰のこってす?」
「ふうむ、なんだか動物行動学で言う、匂い付け《マーキング》に似ておりますな」
 髭をしごきながら、光右衛門が呟いた。世之介は光右衛門の呑気な物言いに、内心ズッコケた。
「爺さん、何だ、そりゃ?」
 光右衛門は悠然と言葉を続けた。
「野犬など、縄張りを主張するために、小便を引っ掛けて『ここは、俺の縄張りだ!』と主張しますな。番長星で見られる、こういった落書きを見ていると、あれを思い出します。ほれ、落書きは色のついていない壁には、やたらとありますが、色のついている範囲には、何も書かれておりません。多分、あの色がついている範囲は、何かの集団《グループ》が仕切っているのではないですかな? それで落書きがないのです。野犬は、自分より強い相手が匂い付けをした場所には、自分の匂いをつけません。それと同じことです」
 風祭はニヤリと笑いを浮かべ、返事をする。
「そこの爺さん、中々、穿ってるぜ! 壁の色についちゃ、当たりだ。【ツッパリ・ランド】には、何人ものバンチョウや、スケバンが集まっているからな。各々縄張りを主張して、いつしか壁の色を塗りあって、ああなった。色の付いている壁は、バンチョウ、スケバンの縄張りってわけさ」
 そんな会話を続けているうち、入口に達していた。数段の段差があり、巨大な玄関をくぐると、広々とした吹き抜けになる。
 煌々とした天井からの明かりに、出し抜けに巨大な立像が全員を出迎えた。
 真っ赤なガクランに、厳つい顔つきの、高さ五丈(約十五メートル)はあろうかと思われる、巨大な男の姿である。イッパチは立像を見上げ、素っ頓狂な声を上げた。
「なんですかい、こりゃ? 誰の像なんで?」
「この番長星で最初のバンチョウになった、伝説のバンチョウの姿だ。見ろ、あのガクランを。お前のガクランと同じだろう」
 風祭の指摘に、世之介は内心「確かにその通りだ」と強く頷く。
 しかし伝説のバンチョウのガクランを、なぜ自分が身に纏うことになったのか? 新たな疑問が浮かぶ。
 偶然とは思えない。あの場所、あの時間に自分は〝伝説のガクラン〟に出会うべく、何らかの意思が働いていたのではないだろうか?
 吹き抜けの壁には、ところどころ壁龕が設けられている。内部には何か、雑誌のようなものが展示されていた。
 好奇心に駆られ、誌名を読んでいく。
「チャンプ・ロード」「カミオン」「レディス・ロード」等々、表紙には二輪車や四輪車があしらわれ、番長星で見かけるガクランや、作業服を着た男女が、カメラを睨みつけ、精一杯に凄んでいる。
「これは?」
 世之介の質問に、茜は目を輝かせて雑誌の表紙を見詰め、答えた。
「教科書よ! 格好良い二輪車や、四輪車の改造の方法や、ガクランやツナギの着方を教えてくれるの。勿論、正しいツッパリの方法もね!」
 一階部分の他の場所には、茜の言う「正しいツッパリ」のためのガクランや、ツナギが所狭しと展示されていた。気がつくと、何人もの男女が、熱心に展示に見入っている。
 他には受像機があり、二十世紀らしき古い時代の映像が映し出されている。夜中の道路を疾走する改造二輪車の群れ、様々なツッパリたちが、何か争っている場面。
 超指向性の音波で、受像機の一定の範囲内に近づかないと、音は一切聞こえてこない仕組みである。
 近づくと「ぐわんぐわん」「うおんうおん」と喧しい騒音を撒き散らしながら、二輪車や四輪車が何かに駆り立てられたかのように、夜道を爆走している場面だった。
 遠くから警告音《サイレン》を鳴らし、警察車両が追いすがる。拡声器《スピーカー》から暴走をやめるよう勧告する声が響くが、二輪車や四輪車の運転手は、全く聞く耳を持たない。却って勧告の声は、暴走に拍車を掛けるものだった。
 世之介は風祭に向き直った。
「それじゃ臆病試練とやらをやろうか。どこでやるんだ?」
「あれだ!」
 風祭は、ぐっと天井を指差す。
 吹き抜けの中央辺り、空中に巨大な球が浮かんでいた。直径は優に六~七間(約十二メートル)はある。
 材質は金属製だが、網で編んだような作りで、内部が籠ごしに透けて見えていた。球体自体は、吹き抜けの壁から繋がれた鋼綱ワイヤーで固定され、球に入り込むための入口があり、板が差し渡されている。
「あんなところで、何をするんだ?」
 風祭は嘲笑するかのような、表情を浮かべた。
「怖いのか?」
 世之介の全身に怒りの血流が流れる。ぐっと足を踏ん張ると、風祭を見上げる。
「馬鹿を言え! とっとと試練とやらを始めろ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

3024年宇宙のスズキ

神谷モロ
SF
 俺の名はイチロー・スズキ。  もちろんベースボールとは無関係な一般人だ。  21世紀に生きていた普通の日本人。  ひょんな事故から冷凍睡眠されていたが1000年後の未来に蘇った現代の浦島太郎である。  今は福祉事業団体フリーボートの社員で、福祉船アマテラスの船長だ。 ※この作品はカクヨムでも掲載しています。

龍の卵 ー時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるー

二式大型七面鳥
ファンタジー
学校を守る人呼んで「風紀総番長」清滝巴、通称「巴御前」。二年生になって最初の仕事は新入生の入寮日のトラブル対応、その相手は、後に学校史に残るような癖強すぎの問題児二人であった…… 清滝 巴(きよたき ともえ):本編主人公、高二女子。時代遅れの硬派のスケバン。 滝波 信仁(たきなみ しんじ):新入生、問題児その1。 横井 寿三郎(よこい じゅざぶろう):新入生、問題児その2。 長編短編あわせて投稿している「何の取り柄もない営業系新入社員の俺が(以下略)」シリーズの脇役、巴と信仁のなれそめのお話しです。 こいつら、二番目くらいの最古参キャラクターなので、一度きちんとテキスト化しておきたかったのです。 裏話をすると、「玉姫伝」や「恋せよ乙女」同様、一度16Pのマンガとして起こした事があるのですが、テキスト化のため読み直すとどうにもこう、つまんないので、全面的に話を替えました。 なので、流用出来る挿絵が表紙しかありません。←これが言いたかった カクヨムさんでやってる短編コンテストにエントリしようと思ってラフ書いたら3万5000字ほどあって、必死でそっちは1万字に削りました。 アルファポリスさんにアップするのは、そのラフを推敲したバージョンになります。こっちは、他の話との設定整合の部分(あっちで削った部分)がそのまま残ってると言う、その違いになります。 ※文章的な余裕も違いますが…… 楽しんでいただけたら、幸いです。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...