ウラバン!~SF好色一代男~

万卜人

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臆病試練

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 風祭は先にたち、校舎へと歩いていく。のしのしとゆったりとした歩を進めるが、見かけによらず、世之介が早足にならないと、追いつけない。身長が高く、歩幅も並みではないからだ。
 背後から足音が聞こえ、世之介が振り向くと、茜、助三郎、格乃進、イッパチ、光右衛門という順番である。さらに加えて、ぞろぞろと狂送団の全員、物見高い野次馬たちが勢ぞろいをしている。
 風祭はちょっと顔を捻じ向け、助三郎と格乃進に気付き、僅かに顔の表情を変えた。自分を打ちのめした賽博格を覚えていたのだ。しかし何も言わず、黙々と歩みを止めない。
 世之介は校舎を見上げる。
 中央の時計台には、巨大な文字盤の時計が設置されている。両翼の建物には、様々な塗料が塗りたくられ、下の階数にはふんだんに下手糞な文字が踊っている。
 世之介は首を傾げた。
「なんのために字を書くんだ?」
 隣でイッパチが、低い声で壁に書かれた落書きを読み上げる。
「〝御意見無用〟〝仏恥義理《ぶっちぎり》〟〝愛羅武勇《あいらぶゆう》〟〝夜露死苦《よろしく》〟……。ははあ、随分と面白い書き方でやんすね。〝奇瑠呂衣《キルロイ》参上!〟。奇瑠呂衣って、誰のこってす?」
「ふうむ、なんだか動物行動学で言う、匂い付け《マーキング》に似ておりますな」
 髭をしごきながら、光右衛門が呟いた。世之介は光右衛門の呑気な物言いに、内心ズッコケた。
「爺さん、何だ、そりゃ?」
 光右衛門は悠然と言葉を続けた。
「野犬など、縄張りを主張するために、小便を引っ掛けて『ここは、俺の縄張りだ!』と主張しますな。番長星で見られる、こういった落書きを見ていると、あれを思い出します。ほれ、落書きは色のついていない壁には、やたらとありますが、色のついている範囲には、何も書かれておりません。多分、あの色がついている範囲は、何かの集団《グループ》が仕切っているのではないですかな? それで落書きがないのです。野犬は、自分より強い相手が匂い付けをした場所には、自分の匂いをつけません。それと同じことです」
 風祭はニヤリと笑いを浮かべ、返事をする。
「そこの爺さん、中々、穿ってるぜ! 壁の色についちゃ、当たりだ。【ツッパリ・ランド】には、何人ものバンチョウや、スケバンが集まっているからな。各々縄張りを主張して、いつしか壁の色を塗りあって、ああなった。色の付いている壁は、バンチョウ、スケバンの縄張りってわけさ」
 そんな会話を続けているうち、入口に達していた。数段の段差があり、巨大な玄関をくぐると、広々とした吹き抜けになる。
 煌々とした天井からの明かりに、出し抜けに巨大な立像が全員を出迎えた。
 真っ赤なガクランに、厳つい顔つきの、高さ五丈(約十五メートル)はあろうかと思われる、巨大な男の姿である。イッパチは立像を見上げ、素っ頓狂な声を上げた。
「なんですかい、こりゃ? 誰の像なんで?」
「この番長星で最初のバンチョウになった、伝説のバンチョウの姿だ。見ろ、あのガクランを。お前のガクランと同じだろう」
 風祭の指摘に、世之介は内心「確かにその通りだ」と強く頷く。
 しかし伝説のバンチョウのガクランを、なぜ自分が身に纏うことになったのか? 新たな疑問が浮かぶ。
 偶然とは思えない。あの場所、あの時間に自分は〝伝説のガクラン〟に出会うべく、何らかの意思が働いていたのではないだろうか?
 吹き抜けの壁には、ところどころ壁龕が設けられている。内部には何か、雑誌のようなものが展示されていた。
 好奇心に駆られ、誌名を読んでいく。
「チャンプ・ロード」「カミオン」「レディス・ロード」等々、表紙には二輪車や四輪車があしらわれ、番長星で見かけるガクランや、作業服を着た男女が、カメラを睨みつけ、精一杯に凄んでいる。
「これは?」
 世之介の質問に、茜は目を輝かせて雑誌の表紙を見詰め、答えた。
「教科書よ! 格好良い二輪車や、四輪車の改造の方法や、ガクランやツナギの着方を教えてくれるの。勿論、正しいツッパリの方法もね!」
 一階部分の他の場所には、茜の言う「正しいツッパリ」のためのガクランや、ツナギが所狭しと展示されていた。気がつくと、何人もの男女が、熱心に展示に見入っている。
 他には受像機があり、二十世紀らしき古い時代の映像が映し出されている。夜中の道路を疾走する改造二輪車の群れ、様々なツッパリたちが、何か争っている場面。
 超指向性の音波で、受像機の一定の範囲内に近づかないと、音は一切聞こえてこない仕組みである。
 近づくと「ぐわんぐわん」「うおんうおん」と喧しい騒音を撒き散らしながら、二輪車や四輪車が何かに駆り立てられたかのように、夜道を爆走している場面だった。
 遠くから警告音《サイレン》を鳴らし、警察車両が追いすがる。拡声器《スピーカー》から暴走をやめるよう勧告する声が響くが、二輪車や四輪車の運転手は、全く聞く耳を持たない。却って勧告の声は、暴走に拍車を掛けるものだった。
 世之介は風祭に向き直った。
「それじゃ臆病試練とやらをやろうか。どこでやるんだ?」
「あれだ!」
 風祭は、ぐっと天井を指差す。
 吹き抜けの中央辺り、空中に巨大な球が浮かんでいた。直径は優に六~七間(約十二メートル)はある。
 材質は金属製だが、網で編んだような作りで、内部が籠ごしに透けて見えていた。球体自体は、吹き抜けの壁から繋がれた鋼綱ワイヤーで固定され、球に入り込むための入口があり、板が差し渡されている。
「あんなところで、何をするんだ?」
 風祭は嘲笑するかのような、表情を浮かべた。
「怖いのか?」
 世之介の全身に怒りの血流が流れる。ぐっと足を踏ん張ると、風祭を見上げる。
「馬鹿を言え! とっとと試練とやらを始めろ!」
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