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新しい頭目
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眩しい光に、世之介は目を瞬かせた。
がばり、と起き上がると、イッパチの呑気そうな顔が近々と覗き込んでいる。
イッパチの杏萄絽偉童の顔が綻んだ。
「よかった、若旦那がお目覚めでござんすよ!」
「おお」と応えがあり、助三郎が上から覗き込んでくる。助三郎の背後には格乃進の顔も見えた。
助三郎は世之介の顔を確認して、「うむ」と頷いた。
「血色が良くなっている。一晩、ぐっすり眠ったのが良かったのだ」
格乃進も口を開いた。
「さよう、世之介さんの〝伝説のガクラン〟は、確かに爆発的な体力を与えるものだが、同時に疲労も凄まじく蓄積する。あのまま無理をしていたら大変な事態になっていたな」
「一晩……?」
世之介は呟くと、周りをきょろきょろ見回した。天井があり、壁が周囲を取り囲んでいる。
つまりは、部屋だ。上体を起こすと、自分が柔らかな寝具に寝かされていたことに気付く。
壁には小さな窓があり、朝の光が差し込んでいた。壁一面には、べたべたと女性の写真が飾られている。ほとんどが水着で、中には水着すら身につけていない……つまりはヌードの写真すらあった。
部屋の隅には、刀剣や、棍棒、弩などが乱雑に置かれ、何着もの服が、乱雑に脱ぎ散らかされている。床には一面、食べ物の容器が散乱している。見るからに薄汚いこの部屋で、一晩も過ごしたかと思うと、やりきれない。
世之介の顔色を見て、イッパチはすまなそうな表情になった。
「どうも、こんなところに若旦那を寝かせるなんて、気が進まなかったんでござんすが、他に空いている部屋がなかったんでやんす。ここは狂送団の、頭目が使っていた部屋なんでござんすよ」
そうか、狂送団の頭目の部屋だったのか。世之介は腑に落ちた。
「世之介さんが目を覚ましたの?」
黄色い女の歓声が、部屋を満たした。
なんだろうと、そちらを見ると、部屋の扉が開け放たれ、そこから頭目の女たちが、興奮した様子で覗き込んできた。
世之介の目と合うと、全員きゃっきゃと手を振って、満面の笑みを見せている。何と、世之介に向かって投げキスを送っている娘もいた。
「な、何だあ?」
世之介は叫んでいた。イッパチはニタニタと下卑た笑いを浮かべている。
「狂送団の頭目の奥さんたちでげすよ。しかし頭目を世之介の若旦那が懲らしめたので、今は若旦那がご主人ってことに……。ヒヒヒ! 若旦那……おモテになりますねえ」
「ば……馬鹿っ!」
世之介の顔に、かっと血が昇る。
しかし女たちは、まるで世之介の当惑にお構いなしで、どやどやと騒がしく部屋に踏み込んで、あっという間に周りを取り囲んだ。口々に騒がしく話し掛ける。
「あんた、世之介さんって、名前なのね!」
「世之介さんじゃ、堅苦しいわ。これからヨノちんって呼ぼうかしら」
「あっ! ヨノちんって、可愛いっ! 絶対、ヨノちんでしょう!」
「ねえ、ヨノちん、これからどうするの? あたいたちと、ベッドに一緒に入る?」
「きゃああっ! 今の大胆! でも、ワクワクだわ……」
世之介は苛々してきた。
「うるさあ──いっ! 少しは静かにしたらどうだっ!」
力一杯、声を張り上げる。
女たちは毒気を抜かれ、目をパチクリさせている。
「説明してくれ……。いったい、何が、どうなっているっていうんだ?」
世之介の質問に、年長の女が、当然とばかりに捲し立てた。
「だって昨夜、あんたが前の頭目の拓郎をやっつけたんでしょ? つまりは、タイマン勝負に勝った、ってことよね。だから、あたしたち、あんたを新しい、狂送団の頭目として迎えるって訳。当然、あたしたちは、新しい頭目のスケって訳だから……」
ところどころ、理解できない単語が挟まれているが、それでもじわじわと、世之介の脳裏に女たちの言葉の真意が沁み込んできた。
説明をした女は、言葉を切ると、実に色っぽい表情を浮かべる。
「あたいら、全員、あんたのスケなんだからね……。平等に愛してくれるって約束しないと承知しないから!」
ずりっ、と世之介は寝具の上で後じさる。
「おい……。まさか、そんなこと……?」
「何がそんなことよっ!」
怒りを込めた声は、茜のものだった。
ぎくりとそちらを見ると、茜が部屋の入口で腕を組み、軽蔑ありありの視線で、世之介を睨んでいる。
女たちは茜に見せ付けるように世之介の周囲に集まると、腕を回したり、身体を押し付けてきた。
目のパッチリとした、小柄な女が茜に向かって、挑みかかるような口調で叫んだ。
「何よ、あんた! あたいら今日から、ヨノちんの女なんだからね! それとも、あんたも、ヨノちんのスケの一人に加わりたいの?」
茜は、完熟トマトのように真っ赤になった。
世之介は女たちの腕を振り払うと、寝具から飛び降りた。指を上げ、取り囲んでいた女たちに命令する。
「いいか、良く聞け! 俺はそんな与太話、金輪際、御免だからな! 冗談じゃねえ……お前らの面倒なんか見られるかっ!」
「ヨノちん……」
一人の女が呼びかける。世之介は、ぶんぶんと何度も首を振った。
「そのヨノちんってのも止めろ! 俺には但馬世之介って名前があるんだ!」
怒りに任せ、世之介はどすどすと足音を立て、部屋を飛び出した。
がばり、と起き上がると、イッパチの呑気そうな顔が近々と覗き込んでいる。
イッパチの杏萄絽偉童の顔が綻んだ。
「よかった、若旦那がお目覚めでござんすよ!」
「おお」と応えがあり、助三郎が上から覗き込んでくる。助三郎の背後には格乃進の顔も見えた。
助三郎は世之介の顔を確認して、「うむ」と頷いた。
「血色が良くなっている。一晩、ぐっすり眠ったのが良かったのだ」
格乃進も口を開いた。
「さよう、世之介さんの〝伝説のガクラン〟は、確かに爆発的な体力を与えるものだが、同時に疲労も凄まじく蓄積する。あのまま無理をしていたら大変な事態になっていたな」
「一晩……?」
世之介は呟くと、周りをきょろきょろ見回した。天井があり、壁が周囲を取り囲んでいる。
つまりは、部屋だ。上体を起こすと、自分が柔らかな寝具に寝かされていたことに気付く。
壁には小さな窓があり、朝の光が差し込んでいた。壁一面には、べたべたと女性の写真が飾られている。ほとんどが水着で、中には水着すら身につけていない……つまりはヌードの写真すらあった。
部屋の隅には、刀剣や、棍棒、弩などが乱雑に置かれ、何着もの服が、乱雑に脱ぎ散らかされている。床には一面、食べ物の容器が散乱している。見るからに薄汚いこの部屋で、一晩も過ごしたかと思うと、やりきれない。
世之介の顔色を見て、イッパチはすまなそうな表情になった。
「どうも、こんなところに若旦那を寝かせるなんて、気が進まなかったんでござんすが、他に空いている部屋がなかったんでやんす。ここは狂送団の、頭目が使っていた部屋なんでござんすよ」
そうか、狂送団の頭目の部屋だったのか。世之介は腑に落ちた。
「世之介さんが目を覚ましたの?」
黄色い女の歓声が、部屋を満たした。
なんだろうと、そちらを見ると、部屋の扉が開け放たれ、そこから頭目の女たちが、興奮した様子で覗き込んできた。
世之介の目と合うと、全員きゃっきゃと手を振って、満面の笑みを見せている。何と、世之介に向かって投げキスを送っている娘もいた。
「な、何だあ?」
世之介は叫んでいた。イッパチはニタニタと下卑た笑いを浮かべている。
「狂送団の頭目の奥さんたちでげすよ。しかし頭目を世之介の若旦那が懲らしめたので、今は若旦那がご主人ってことに……。ヒヒヒ! 若旦那……おモテになりますねえ」
「ば……馬鹿っ!」
世之介の顔に、かっと血が昇る。
しかし女たちは、まるで世之介の当惑にお構いなしで、どやどやと騒がしく部屋に踏み込んで、あっという間に周りを取り囲んだ。口々に騒がしく話し掛ける。
「あんた、世之介さんって、名前なのね!」
「世之介さんじゃ、堅苦しいわ。これからヨノちんって呼ぼうかしら」
「あっ! ヨノちんって、可愛いっ! 絶対、ヨノちんでしょう!」
「ねえ、ヨノちん、これからどうするの? あたいたちと、ベッドに一緒に入る?」
「きゃああっ! 今の大胆! でも、ワクワクだわ……」
世之介は苛々してきた。
「うるさあ──いっ! 少しは静かにしたらどうだっ!」
力一杯、声を張り上げる。
女たちは毒気を抜かれ、目をパチクリさせている。
「説明してくれ……。いったい、何が、どうなっているっていうんだ?」
世之介の質問に、年長の女が、当然とばかりに捲し立てた。
「だって昨夜、あんたが前の頭目の拓郎をやっつけたんでしょ? つまりは、タイマン勝負に勝った、ってことよね。だから、あたしたち、あんたを新しい、狂送団の頭目として迎えるって訳。当然、あたしたちは、新しい頭目のスケって訳だから……」
ところどころ、理解できない単語が挟まれているが、それでもじわじわと、世之介の脳裏に女たちの言葉の真意が沁み込んできた。
説明をした女は、言葉を切ると、実に色っぽい表情を浮かべる。
「あたいら、全員、あんたのスケなんだからね……。平等に愛してくれるって約束しないと承知しないから!」
ずりっ、と世之介は寝具の上で後じさる。
「おい……。まさか、そんなこと……?」
「何がそんなことよっ!」
怒りを込めた声は、茜のものだった。
ぎくりとそちらを見ると、茜が部屋の入口で腕を組み、軽蔑ありありの視線で、世之介を睨んでいる。
女たちは茜に見せ付けるように世之介の周囲に集まると、腕を回したり、身体を押し付けてきた。
目のパッチリとした、小柄な女が茜に向かって、挑みかかるような口調で叫んだ。
「何よ、あんた! あたいら今日から、ヨノちんの女なんだからね! それとも、あんたも、ヨノちんのスケの一人に加わりたいの?」
茜は、完熟トマトのように真っ赤になった。
世之介は女たちの腕を振り払うと、寝具から飛び降りた。指を上げ、取り囲んでいた女たちに命令する。
「いいか、良く聞け! 俺はそんな与太話、金輪際、御免だからな! 冗談じゃねえ……お前らの面倒なんか見られるかっ!」
「ヨノちん……」
一人の女が呼びかける。世之介は、ぶんぶんと何度も首を振った。
「そのヨノちんってのも止めろ! 俺には但馬世之介って名前があるんだ!」
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