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ビッグ・バッド・ママ
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前部の、牽引する部分が離れた。
世之介の立っている後部車両は、惰性でいくらか進んでいたが、やがて当然のごとく停止した。
茜が全員の二輪車を引き連れ、止まった巨大な輸送車の後部に近づいてくる。茜が二輪車を停車させると、他の三台の二輪車も同じように静かに停まった。
格乃進の二輪車に接続されている側車から、光右衛門がゆったりと杖を片手に立ち上がった。
光右衛門は世之介の顔を見上げ、眉を顰め、心配そうな表情を浮かべた。茜は世之介に向かって、声を張り上げる。
「ねえ、何があったの?」
世之介は手を口に当て、叫び返した。
「頭目がいたんだが、逃げられちまった! ちょっと待ってろ……」
地面に飛び降りる。世之介の二輪車は、大人しく待っていてくれた。素早く跨る世之介に、茜は呆れたように声を掛けた。
「ちょっと、どこ行くつもり?」
世之介は怒鳴る。
「あいつを追いかける! 逃がしちゃおけねえ!」
茜は二輪車から飛び降りて、把手を握る世之介の腕を上から押さえた。
「待ちなさいよ! あんた、ひどく疲れた顔をしているわ。少し休憩しなくちゃ」
さっと助三郎と格乃進が輸送車から飛び降りてくる。助三郎は茜の言葉に全面的に同意した。
「さよう。世之介さんは、自分では気付かないだろうが、ひどい疲労をしている。無理をすると、身体に悪い」
世之介は茜の言葉に、側鏡を覗き込んだ。鏡の向こうから、目の下に黒々とパンダ隈を作っている自分の顔が映っている。
成る程、確かに疲れているようだ。
だが、関係ない! 世之介は意地になっていた。
「煩せえっ! 俺は何があっても、奴を追いつめてやるんだ! 舐められて堪るか!」
叫ぶ世之介だが、不意に視界がぐらっと揺れるのを感じる。側の茜の顔が、近づいたり、遠ざかる。
茜の背後から世之介の顔を覗き込む光右衛門の表情が、さらに厳しさを加え、憂慮を浮かべた。
なんだ、何がどうしたんだ?
世之介は狼狽した。
ぐおおおおっ! と、鼾が聞こえてきた。
見ると、助三郎の二輪車の側車で、イッパチがこの騒ぎの中、全く目を覚まさず、お気楽な顔を仰向け、爆睡しているところだった。
こいつめ……。
世之介は呆れてイッパチの鼾に聞き入っていた。
ぐおおおおっ! ぐおおおっ!
イッパチの鼾は、小さくなったり、大きくなったりしている。聞いていると、何だか世之介まで眠くなる。
ぶるっ、と世之介は首を振った。
寝ていられるかっ!
が、まるで眠りの妖精による棍棒の一撃のように、世之介に睡魔が襲い掛かる。二輪車の梶棒を握りしめる手から力が抜け、ぐらりと上体が泳ぐ。
「世之介さん!」
茜の悲鳴が、遥か遠くから聞こえた……ようだった。光右衛門が叫ぶ。
「いかん! 気を失いそうじゃ……!」
足元の地面が、なぜかぐいぐいと世之介の視界に近づいてくる。世之介には、近づく路面が、とても愛しいものに思えていた。
暗闇が、世之介を優しく抱きとめた。
世之介の立っている後部車両は、惰性でいくらか進んでいたが、やがて当然のごとく停止した。
茜が全員の二輪車を引き連れ、止まった巨大な輸送車の後部に近づいてくる。茜が二輪車を停車させると、他の三台の二輪車も同じように静かに停まった。
格乃進の二輪車に接続されている側車から、光右衛門がゆったりと杖を片手に立ち上がった。
光右衛門は世之介の顔を見上げ、眉を顰め、心配そうな表情を浮かべた。茜は世之介に向かって、声を張り上げる。
「ねえ、何があったの?」
世之介は手を口に当て、叫び返した。
「頭目がいたんだが、逃げられちまった! ちょっと待ってろ……」
地面に飛び降りる。世之介の二輪車は、大人しく待っていてくれた。素早く跨る世之介に、茜は呆れたように声を掛けた。
「ちょっと、どこ行くつもり?」
世之介は怒鳴る。
「あいつを追いかける! 逃がしちゃおけねえ!」
茜は二輪車から飛び降りて、把手を握る世之介の腕を上から押さえた。
「待ちなさいよ! あんた、ひどく疲れた顔をしているわ。少し休憩しなくちゃ」
さっと助三郎と格乃進が輸送車から飛び降りてくる。助三郎は茜の言葉に全面的に同意した。
「さよう。世之介さんは、自分では気付かないだろうが、ひどい疲労をしている。無理をすると、身体に悪い」
世之介は茜の言葉に、側鏡を覗き込んだ。鏡の向こうから、目の下に黒々とパンダ隈を作っている自分の顔が映っている。
成る程、確かに疲れているようだ。
だが、関係ない! 世之介は意地になっていた。
「煩せえっ! 俺は何があっても、奴を追いつめてやるんだ! 舐められて堪るか!」
叫ぶ世之介だが、不意に視界がぐらっと揺れるのを感じる。側の茜の顔が、近づいたり、遠ざかる。
茜の背後から世之介の顔を覗き込む光右衛門の表情が、さらに厳しさを加え、憂慮を浮かべた。
なんだ、何がどうしたんだ?
世之介は狼狽した。
ぐおおおおっ! と、鼾が聞こえてきた。
見ると、助三郎の二輪車の側車で、イッパチがこの騒ぎの中、全く目を覚まさず、お気楽な顔を仰向け、爆睡しているところだった。
こいつめ……。
世之介は呆れてイッパチの鼾に聞き入っていた。
ぐおおおおっ! ぐおおおっ!
イッパチの鼾は、小さくなったり、大きくなったりしている。聞いていると、何だか世之介まで眠くなる。
ぶるっ、と世之介は首を振った。
寝ていられるかっ!
が、まるで眠りの妖精による棍棒の一撃のように、世之介に睡魔が襲い掛かる。二輪車の梶棒を握りしめる手から力が抜け、ぐらりと上体が泳ぐ。
「世之介さん!」
茜の悲鳴が、遥か遠くから聞こえた……ようだった。光右衛門が叫ぶ。
「いかん! 気を失いそうじゃ……!」
足元の地面が、なぜかぐいぐいと世之介の視界に近づいてくる。世之介には、近づく路面が、とても愛しいものに思えていた。
暗闇が、世之介を優しく抱きとめた。
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