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真夜中の狂送曲
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穴の内部は狭い通路になっている。真っ暗で、何も見えない。手探りで両側の通路の壁を伝いながら、世之介は遮二無二、前進した。
ふと、指先が扉の取っ手のようなものを掴んでいた。世之介はぐいっと捻じると、脱兎のごとく、内部に飛び込んでいた。
「きゃあっ!」
何か柔らかいものに世之介は躓いていた。同時に上がる、鋭い悲鳴。
な、なんだ?
世之介はうろたえていた。鼻先に、きつい香水の香りが漂う。
ぱちり、と音がして、さっと辺りに薄桃色がかった光が満ちた。照明が点ったのだ。
「何よ、あんた!」
「うわっ!」
驚きに世之介は飛びのいていた。
目の前に、数人の女たちが群がっている。全員、肌も顕わな衣装を纏い、柔らかそうな敷布や、布団に寝そべっている。
全員が眠そうな表情を浮かべていた。が、目の前に現れた世之介の存在を認め、怒りに変わる。
「誰よ、この唐変木! ターちゃんの留守に、押し入ろうったって、許さないからね!」
「タ、タ、ターちゃん?」
世之介は背中を壁に押し付けた。頭目の輸送車の内部に女がいる! それも沢山!
一人の女が立ち上がった。背が高く、金髪を高々と結い上げ、僅かな布きれの衣装を纏っている。胸元は大きく開き、盛り上がった乳房が零れ落ちそうだ。
「そうよ、拓郎ちゃんは、あたしたちの旦那様、それに狂送団の頭目だもん!」
もう一人の、こっちは小柄で、どこをとっても丸っこい身体つきの女が叫んだ。
「あんた、新顔ね。ターちゃんが留守だからって、忍び込んだんだろうけど、あたしたちは絶対、他の男には身体を任せるような軽い女なんかじゃないからね! さ、とっとと出て行くんだ!」
やや年増の、長い髪をひっつめにした女が低い声を押し出す。全員の凝視に、世之介の反発心が、むらむらと湧き上がる。
「俺は狂送団なんかじゃねえ! おめえらの頭目と勝負しに来たんだ! 野郎、俺に敵わないと怖気づいて、さっさとトンズラしやがったから、追いかけてきたんだ!」
「ターちゃんが……あんたから、逃げた?」
ぽつり、と最初に叫び声を上げた女が呟く。
世之介は苛々と答えた。
「ああ、あの野郎、とんだ卑怯者だ。俺に武器を取り上げられて、スタコラ逃げ出しやがった……」
そこまで答えて、世之介は言葉を途切れさせた。女たちが奇妙な表情を浮かべ、じりじりと近づいてくる。
「な、何だよ、おめえら……」
「あんた、ターちゃんに勝ったんだね……。て、ことは、あんたが新しい狂送団の頭目って順番だわ」
年嵩の女が、目をキラキラさせて近寄ってくる。両手が伸ばされ、世之介の顎にぴとりと触れた。
「わっ! 寄るな!」
世之介は焦っていた。何だか、酷くトンデモないことが起きそうな予感がする。
「うふん……。あんたって、可愛い!」
まるまっちい身体つきの、肉感的な女が、身体を世之介に押しつけてくる。あちこちから手が伸ばされ、世之介の全身をまさぐる。
「今夜から、あんたがあたいらの、旦那様よう……!」
世之介は仰天した。
「何で、そんな馬鹿な話になるんだ!」
「だってえ」と、両目をいつもびっくりさせて見開いているような女が唇を尖らせた。
「それが〝掟〟だもん! 喧嘩の一番強い男が、狂送団の頭目で、あたいらの旦那様って掟に決まってるんだもん!」
「ねえ、あたいら、可愛がってえ」
「きゃあ!」と、今度は黄色い歓声を発し、女たちが一斉に群がってきた。
「わあ!」と世之介は思い切り両手を突っ張らかせ、女たちの柔らかな身体を押しやった。
ぜいぜい、はあはあと息を荒げ、世之介は大声で喚いた。
「そんな勝手な話、俺は知らねえっ! 兎に角、頭目の……拓郎か? そいつは、どこにいやがんだ! 何としても、決着をつけてやる!」
世之介の反応が意外だったのだろう。女たちは吃驚したかのように、ポカンと口を開け、まじまじと世之介の顔を見上げている。
「拓郎ちゃんだったら、多分、運転席じゃない? 一人になりたいときは、いつもあそこで過ごすから」
詰まらなそうに、大柄な女が答えた。
世之介は頷いた。
「運転席か。どう行けばいいんだ?」
「あっち」と、痩せた女が、長い指先を通路の奥へ指し示す。世之介は通路を覗き込んだ。部屋の明かりに、僅かに通路の先が見えている。
扉があった。その先が運転席なのだろう。
世之介が部屋を飛び出そうとすると、女たちのリーダー格らしき年長の女が袖を掴んで引き止める。
「ねえ、行っちゃうの? あたいたちを、どうすんのよ?」
「知るかっ!」
女の手を振り払い、世之介は突進した。
ふと、指先が扉の取っ手のようなものを掴んでいた。世之介はぐいっと捻じると、脱兎のごとく、内部に飛び込んでいた。
「きゃあっ!」
何か柔らかいものに世之介は躓いていた。同時に上がる、鋭い悲鳴。
な、なんだ?
世之介はうろたえていた。鼻先に、きつい香水の香りが漂う。
ぱちり、と音がして、さっと辺りに薄桃色がかった光が満ちた。照明が点ったのだ。
「何よ、あんた!」
「うわっ!」
驚きに世之介は飛びのいていた。
目の前に、数人の女たちが群がっている。全員、肌も顕わな衣装を纏い、柔らかそうな敷布や、布団に寝そべっている。
全員が眠そうな表情を浮かべていた。が、目の前に現れた世之介の存在を認め、怒りに変わる。
「誰よ、この唐変木! ターちゃんの留守に、押し入ろうったって、許さないからね!」
「タ、タ、ターちゃん?」
世之介は背中を壁に押し付けた。頭目の輸送車の内部に女がいる! それも沢山!
一人の女が立ち上がった。背が高く、金髪を高々と結い上げ、僅かな布きれの衣装を纏っている。胸元は大きく開き、盛り上がった乳房が零れ落ちそうだ。
「そうよ、拓郎ちゃんは、あたしたちの旦那様、それに狂送団の頭目だもん!」
もう一人の、こっちは小柄で、どこをとっても丸っこい身体つきの女が叫んだ。
「あんた、新顔ね。ターちゃんが留守だからって、忍び込んだんだろうけど、あたしたちは絶対、他の男には身体を任せるような軽い女なんかじゃないからね! さ、とっとと出て行くんだ!」
やや年増の、長い髪をひっつめにした女が低い声を押し出す。全員の凝視に、世之介の反発心が、むらむらと湧き上がる。
「俺は狂送団なんかじゃねえ! おめえらの頭目と勝負しに来たんだ! 野郎、俺に敵わないと怖気づいて、さっさとトンズラしやがったから、追いかけてきたんだ!」
「ターちゃんが……あんたから、逃げた?」
ぽつり、と最初に叫び声を上げた女が呟く。
世之介は苛々と答えた。
「ああ、あの野郎、とんだ卑怯者だ。俺に武器を取り上げられて、スタコラ逃げ出しやがった……」
そこまで答えて、世之介は言葉を途切れさせた。女たちが奇妙な表情を浮かべ、じりじりと近づいてくる。
「な、何だよ、おめえら……」
「あんた、ターちゃんに勝ったんだね……。て、ことは、あんたが新しい狂送団の頭目って順番だわ」
年嵩の女が、目をキラキラさせて近寄ってくる。両手が伸ばされ、世之介の顎にぴとりと触れた。
「わっ! 寄るな!」
世之介は焦っていた。何だか、酷くトンデモないことが起きそうな予感がする。
「うふん……。あんたって、可愛い!」
まるまっちい身体つきの、肉感的な女が、身体を世之介に押しつけてくる。あちこちから手が伸ばされ、世之介の全身をまさぐる。
「今夜から、あんたがあたいらの、旦那様よう……!」
世之介は仰天した。
「何で、そんな馬鹿な話になるんだ!」
「だってえ」と、両目をいつもびっくりさせて見開いているような女が唇を尖らせた。
「それが〝掟〟だもん! 喧嘩の一番強い男が、狂送団の頭目で、あたいらの旦那様って掟に決まってるんだもん!」
「ねえ、あたいら、可愛がってえ」
「きゃあ!」と、今度は黄色い歓声を発し、女たちが一斉に群がってきた。
「わあ!」と世之介は思い切り両手を突っ張らかせ、女たちの柔らかな身体を押しやった。
ぜいぜい、はあはあと息を荒げ、世之介は大声で喚いた。
「そんな勝手な話、俺は知らねえっ! 兎に角、頭目の……拓郎か? そいつは、どこにいやがんだ! 何としても、決着をつけてやる!」
世之介の反応が意外だったのだろう。女たちは吃驚したかのように、ポカンと口を開け、まじまじと世之介の顔を見上げている。
「拓郎ちゃんだったら、多分、運転席じゃない? 一人になりたいときは、いつもあそこで過ごすから」
詰まらなそうに、大柄な女が答えた。
世之介は頷いた。
「運転席か。どう行けばいいんだ?」
「あっち」と、痩せた女が、長い指先を通路の奥へ指し示す。世之介は通路を覗き込んだ。部屋の明かりに、僅かに通路の先が見えている。
扉があった。その先が運転席なのだろう。
世之介が部屋を飛び出そうとすると、女たちのリーダー格らしき年長の女が袖を掴んで引き止める。
「ねえ、行っちゃうの? あたいたちを、どうすんのよ?」
「知るかっ!」
女の手を振り払い、世之介は突進した。
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