59 / 106
真夜中の狂送曲
5
しおりを挟む
穴の内部は狭い通路になっている。真っ暗で、何も見えない。手探りで両側の通路の壁を伝いながら、世之介は遮二無二、前進した。
ふと、指先が扉の取っ手のようなものを掴んでいた。世之介はぐいっと捻じると、脱兎のごとく、内部に飛び込んでいた。
「きゃあっ!」
何か柔らかいものに世之介は躓いていた。同時に上がる、鋭い悲鳴。
な、なんだ?
世之介はうろたえていた。鼻先に、きつい香水の香りが漂う。
ぱちり、と音がして、さっと辺りに薄桃色がかった光が満ちた。照明が点ったのだ。
「何よ、あんた!」
「うわっ!」
驚きに世之介は飛びのいていた。
目の前に、数人の女たちが群がっている。全員、肌も顕わな衣装を纏い、柔らかそうな敷布や、布団に寝そべっている。
全員が眠そうな表情を浮かべていた。が、目の前に現れた世之介の存在を認め、怒りに変わる。
「誰よ、この唐変木! ターちゃんの留守に、押し入ろうったって、許さないからね!」
「タ、タ、ターちゃん?」
世之介は背中を壁に押し付けた。頭目の輸送車の内部に女がいる! それも沢山!
一人の女が立ち上がった。背が高く、金髪を高々と結い上げ、僅かな布きれの衣装を纏っている。胸元は大きく開き、盛り上がった乳房が零れ落ちそうだ。
「そうよ、拓郎ちゃんは、あたしたちの旦那様、それに狂送団の頭目だもん!」
もう一人の、こっちは小柄で、どこをとっても丸っこい身体つきの女が叫んだ。
「あんた、新顔ね。ターちゃんが留守だからって、忍び込んだんだろうけど、あたしたちは絶対、他の男には身体を任せるような軽い女なんかじゃないからね! さ、とっとと出て行くんだ!」
やや年増の、長い髪をひっつめにした女が低い声を押し出す。全員の凝視に、世之介の反発心が、むらむらと湧き上がる。
「俺は狂送団なんかじゃねえ! おめえらの頭目と勝負しに来たんだ! 野郎、俺に敵わないと怖気づいて、さっさとトンズラしやがったから、追いかけてきたんだ!」
「ターちゃんが……あんたから、逃げた?」
ぽつり、と最初に叫び声を上げた女が呟く。
世之介は苛々と答えた。
「ああ、あの野郎、とんだ卑怯者だ。俺に武器を取り上げられて、スタコラ逃げ出しやがった……」
そこまで答えて、世之介は言葉を途切れさせた。女たちが奇妙な表情を浮かべ、じりじりと近づいてくる。
「な、何だよ、おめえら……」
「あんた、ターちゃんに勝ったんだね……。て、ことは、あんたが新しい狂送団の頭目って順番だわ」
年嵩の女が、目をキラキラさせて近寄ってくる。両手が伸ばされ、世之介の顎にぴとりと触れた。
「わっ! 寄るな!」
世之介は焦っていた。何だか、酷くトンデモないことが起きそうな予感がする。
「うふん……。あんたって、可愛い!」
まるまっちい身体つきの、肉感的な女が、身体を世之介に押しつけてくる。あちこちから手が伸ばされ、世之介の全身をまさぐる。
「今夜から、あんたがあたいらの、旦那様よう……!」
世之介は仰天した。
「何で、そんな馬鹿な話になるんだ!」
「だってえ」と、両目をいつもびっくりさせて見開いているような女が唇を尖らせた。
「それが〝掟〟だもん! 喧嘩の一番強い男が、狂送団の頭目で、あたいらの旦那様って掟に決まってるんだもん!」
「ねえ、あたいら、可愛がってえ」
「きゃあ!」と、今度は黄色い歓声を発し、女たちが一斉に群がってきた。
「わあ!」と世之介は思い切り両手を突っ張らかせ、女たちの柔らかな身体を押しやった。
ぜいぜい、はあはあと息を荒げ、世之介は大声で喚いた。
「そんな勝手な話、俺は知らねえっ! 兎に角、頭目の……拓郎か? そいつは、どこにいやがんだ! 何としても、決着をつけてやる!」
世之介の反応が意外だったのだろう。女たちは吃驚したかのように、ポカンと口を開け、まじまじと世之介の顔を見上げている。
「拓郎ちゃんだったら、多分、運転席じゃない? 一人になりたいときは、いつもあそこで過ごすから」
詰まらなそうに、大柄な女が答えた。
世之介は頷いた。
「運転席か。どう行けばいいんだ?」
「あっち」と、痩せた女が、長い指先を通路の奥へ指し示す。世之介は通路を覗き込んだ。部屋の明かりに、僅かに通路の先が見えている。
扉があった。その先が運転席なのだろう。
世之介が部屋を飛び出そうとすると、女たちのリーダー格らしき年長の女が袖を掴んで引き止める。
「ねえ、行っちゃうの? あたいたちを、どうすんのよ?」
「知るかっ!」
女の手を振り払い、世之介は突進した。
ふと、指先が扉の取っ手のようなものを掴んでいた。世之介はぐいっと捻じると、脱兎のごとく、内部に飛び込んでいた。
「きゃあっ!」
何か柔らかいものに世之介は躓いていた。同時に上がる、鋭い悲鳴。
な、なんだ?
世之介はうろたえていた。鼻先に、きつい香水の香りが漂う。
ぱちり、と音がして、さっと辺りに薄桃色がかった光が満ちた。照明が点ったのだ。
「何よ、あんた!」
「うわっ!」
驚きに世之介は飛びのいていた。
目の前に、数人の女たちが群がっている。全員、肌も顕わな衣装を纏い、柔らかそうな敷布や、布団に寝そべっている。
全員が眠そうな表情を浮かべていた。が、目の前に現れた世之介の存在を認め、怒りに変わる。
「誰よ、この唐変木! ターちゃんの留守に、押し入ろうったって、許さないからね!」
「タ、タ、ターちゃん?」
世之介は背中を壁に押し付けた。頭目の輸送車の内部に女がいる! それも沢山!
一人の女が立ち上がった。背が高く、金髪を高々と結い上げ、僅かな布きれの衣装を纏っている。胸元は大きく開き、盛り上がった乳房が零れ落ちそうだ。
「そうよ、拓郎ちゃんは、あたしたちの旦那様、それに狂送団の頭目だもん!」
もう一人の、こっちは小柄で、どこをとっても丸っこい身体つきの女が叫んだ。
「あんた、新顔ね。ターちゃんが留守だからって、忍び込んだんだろうけど、あたしたちは絶対、他の男には身体を任せるような軽い女なんかじゃないからね! さ、とっとと出て行くんだ!」
やや年増の、長い髪をひっつめにした女が低い声を押し出す。全員の凝視に、世之介の反発心が、むらむらと湧き上がる。
「俺は狂送団なんかじゃねえ! おめえらの頭目と勝負しに来たんだ! 野郎、俺に敵わないと怖気づいて、さっさとトンズラしやがったから、追いかけてきたんだ!」
「ターちゃんが……あんたから、逃げた?」
ぽつり、と最初に叫び声を上げた女が呟く。
世之介は苛々と答えた。
「ああ、あの野郎、とんだ卑怯者だ。俺に武器を取り上げられて、スタコラ逃げ出しやがった……」
そこまで答えて、世之介は言葉を途切れさせた。女たちが奇妙な表情を浮かべ、じりじりと近づいてくる。
「な、何だよ、おめえら……」
「あんた、ターちゃんに勝ったんだね……。て、ことは、あんたが新しい狂送団の頭目って順番だわ」
年嵩の女が、目をキラキラさせて近寄ってくる。両手が伸ばされ、世之介の顎にぴとりと触れた。
「わっ! 寄るな!」
世之介は焦っていた。何だか、酷くトンデモないことが起きそうな予感がする。
「うふん……。あんたって、可愛い!」
まるまっちい身体つきの、肉感的な女が、身体を世之介に押しつけてくる。あちこちから手が伸ばされ、世之介の全身をまさぐる。
「今夜から、あんたがあたいらの、旦那様よう……!」
世之介は仰天した。
「何で、そんな馬鹿な話になるんだ!」
「だってえ」と、両目をいつもびっくりさせて見開いているような女が唇を尖らせた。
「それが〝掟〟だもん! 喧嘩の一番強い男が、狂送団の頭目で、あたいらの旦那様って掟に決まってるんだもん!」
「ねえ、あたいら、可愛がってえ」
「きゃあ!」と、今度は黄色い歓声を発し、女たちが一斉に群がってきた。
「わあ!」と世之介は思い切り両手を突っ張らかせ、女たちの柔らかな身体を押しやった。
ぜいぜい、はあはあと息を荒げ、世之介は大声で喚いた。
「そんな勝手な話、俺は知らねえっ! 兎に角、頭目の……拓郎か? そいつは、どこにいやがんだ! 何としても、決着をつけてやる!」
世之介の反応が意外だったのだろう。女たちは吃驚したかのように、ポカンと口を開け、まじまじと世之介の顔を見上げている。
「拓郎ちゃんだったら、多分、運転席じゃない? 一人になりたいときは、いつもあそこで過ごすから」
詰まらなそうに、大柄な女が答えた。
世之介は頷いた。
「運転席か。どう行けばいいんだ?」
「あっち」と、痩せた女が、長い指先を通路の奥へ指し示す。世之介は通路を覗き込んだ。部屋の明かりに、僅かに通路の先が見えている。
扉があった。その先が運転席なのだろう。
世之介が部屋を飛び出そうとすると、女たちのリーダー格らしき年長の女が袖を掴んで引き止める。
「ねえ、行っちゃうの? あたいたちを、どうすんのよ?」
「知るかっ!」
女の手を振り払い、世之介は突進した。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

NEOの風刺ジョーク集
夜美神威
SF
世の中のアレやコレを面白おかしく笑い飛ばせ!
クスッと笑える世相を切る風刺ジョーク集
風刺ジョークにおいて
ご気分が害される記事もあるかと思いますが
その辺はあくまでジョークとして捉えて頂きたいです

スケバン令嬢の恋
家紋武範
恋愛
わたくし、姓はアネモネール。名をアリアと申す、侯爵の娘です。
人呼んで“竜巻おアリア”。
貴族社会は乙女には生き地獄。
政略の道具、産む道具。
自由など、ございません。
美人薄命、命短し恋せよ乙女。
ならば命の限り、咲かせて見せましょ恋桜。
妹が憎たらしいのには訳がある
武者走走九郎or大橋むつお
SF
土曜日にお母さんに会うからな。
出勤前の玄関で、ついでのように親父が言った。
俺は親の離婚で別れた妹に四年ぶりに会うことになった……。
お母さんに連れられた妹は向日葵のような笑顔で座っていた。
座っていたんだけど……
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
夢の骨
戸禮
SF
悪魔は人間に夢を問うた。人が渇望するその欲求を夢の世界で叶えるために。昏山羊の悪魔は人に与えた。巨額の富も、万夫不当の力も、英雄を超えた名声も全てが手に入る世界を作り出した。だからこそ、力を手にした存在は現実を攻撃した。夢を求めて、或いは夢を叶えたからこそ、暴走する者の発生は必然だった。そして、それを止める者が必要になった。悪魔の僕に対抗する人類の手立て、それは夢の中で悪夢と戦う"ボイジャー"と呼ばれる改造人間たちだった。これは、夢の中で渇望を満たす人間と、世界護るために命懸けで悪夢と戦う者たちの物語−
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる