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真夜中の狂送曲
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「うおっ!」
頭目は驚きに身を仰け反らせる。
「ま、まさかっ!」
振り下ろした刃を引こうとするが、びくりとも動かない。世之介を睨みつける頭目の左目に、焦りが浮かぶ。
世之介の両手の掌がぴたりと合わさり、頭目の刃を受け止めていた。
真剣白刃取りである!
学問所の剣道の授業で、一度だけ高名な師範代が披露してくれたことがあった。世之介はそれを思い出していた。
まさか、やれるとは思っていなかったが、他に方法はなかった。
渾身の力を込め、頭目が握る刀の刀身を掌に押しつけている。それだけでなく、頭目が刀を奪い返そうと、押したり引いたりする動きを素早く察知し、力を逸らす必要がある。
どうすればいいんだ……。
白刃取りには成功したが、この後の処置に困る。もし刀に押しつけている掌の片一方だけに力が抜けたり、強く押しつけすぎたら、忽ちにして世之介の手は血だらけになり、あっという間に逆襲を食うだろう。
びゅうびゅうと吹きさらしの屋根に吹き付ける風が、世之介の耳朶を打つ。まさに千日手といっていい状況だ。
はあはあと頭目の息が荒い。武器を奪い返そうと、無理な力を使ってしまった結果だ。
世之介は声を絞り出し、話し掛けた。
「諦めろ……。その手を離せ!」
ひくひくと頭目の唇が動いた。歯を剥き出し、敵意を顕わにする。
「だ、誰がてめえなんかに……! それよっか、おめえのほうが危ねえぜ! 今に、手下たちがここに来て、おめえを一寸刻みに切り刻んでやらあ!」
「それは、無理な話だな! お前の手下は、全部われらが始末した!」
思わぬ声に、頭目はギクリと顔を上げた。
世之介は背後から聞こえてきた声が、助三郎のものであることを認めていた。
「助三郎っ!」
助三郎の声には、驚きが感じとれた。
「世之介さん。あんたのしているのは、白刃取りかね? よくもそんな芸当が、やれたものだ。俺だって、やろうと思ってもできない技だよ」
「くくっ!」
頭目はぱっと刀から手を離し、さっと身を翻す。だだっ、と屋根の先頭あたりに駆け寄ると、そのまま蹲った。
素早い動きで床の一部を持ち上げる。
撥ね上げ戸になっていたのだ!
頭目はするりと跳ね上げ戸に身を滑り込ませると、ぱたりと戸を閉めてしまった。
がくりと膝を突き、世之介は後ろを振り返る。助三郎の顔と、格乃進の顔が覗いていた。
格乃進は、ニヤリと笑いかけた。
「ちょっと手間取ったが、狂送団の連中は全員どうにか始末した。今頃、畑や田圃の中で伸びていることだろう」
世之介は「あっ」と気がつく。
「連中を始末したのはいいが、茜と光右衛門の爺さん、それにイッパチはどうなったんだ? 爺さんとイッパチは、あんたらの二輪車の側車に乗っていたんだろう?」
「心配ない。あれを見ろ」
格乃進は道路を指差す。指された方向を見ると、茜の二輪車の前照燈が輝いていて、その後ろに三台の二輪車が誰も操縦していないのに、勝手に走っていた。
助三郎が説明した。
「番長星の二輪車には、追従機構が備わっている。茜さんの二輪車に、残りの二輪車を追従させておいたから、茜さんが運転している限り、ああして従ってくる。結構、便利だろう? 世之介さんの二輪車も追従させておいたから、取りに引返すことも無い」
「そうか」
世之介は短く答えると、頭目の武器をがらりと床に放り投げる。気がつくと、全身から滝のように汗が流れ落ちていた。
「そいつは良かった……。後は、あいつ……狂送団の頭目の始末だな」
鈍い疲労による苦痛が、世之介の頭の天辺から、足の爪先まで浸っている。しかし、世之介の闘志は、一欠片も鈍ってはいない。
格乃進が心配そうな表情になった。
「大丈夫かね? 相当に疲れているようだが。頭目は、我らに任せればいいぞ」
世之介は「厭だ!」と叫んで立ち上がる。
闘志が再び世之介の力を奮い立たせた。一旦は認めた敵を、あっさり見逃すなど、考えられなかった。
頭目が消えた床に膝まづくと、指先を手懸りに引っ掛け、持ち上げようとする。
固い! びくとも動かない。恐らく、鍵を内部から掛けているのだ。
「どきなさい。俺がやろう」
助三郎が呟くと、世之介をどかせ、天板の僅かな隙間に、両手の爪先を引っ掛けた。
一声「むん!」と唸ると、天板の蝶番がメキメキと音を立てる。もう一度、助三郎が力を入れると、バキンと乾いた音を立て、弾けとんだ。
ぐわらりと、助三郎は天板を放り投げる。
深々とした闇を世之介と、二人の賽博格が覗き込む。
「誰から行くかね?」
助三郎の言葉に、世之介は勇んで答える。
「俺だ!」
世之介は穴に飛び込んだ!
頭目は驚きに身を仰け反らせる。
「ま、まさかっ!」
振り下ろした刃を引こうとするが、びくりとも動かない。世之介を睨みつける頭目の左目に、焦りが浮かぶ。
世之介の両手の掌がぴたりと合わさり、頭目の刃を受け止めていた。
真剣白刃取りである!
学問所の剣道の授業で、一度だけ高名な師範代が披露してくれたことがあった。世之介はそれを思い出していた。
まさか、やれるとは思っていなかったが、他に方法はなかった。
渾身の力を込め、頭目が握る刀の刀身を掌に押しつけている。それだけでなく、頭目が刀を奪い返そうと、押したり引いたりする動きを素早く察知し、力を逸らす必要がある。
どうすればいいんだ……。
白刃取りには成功したが、この後の処置に困る。もし刀に押しつけている掌の片一方だけに力が抜けたり、強く押しつけすぎたら、忽ちにして世之介の手は血だらけになり、あっという間に逆襲を食うだろう。
びゅうびゅうと吹きさらしの屋根に吹き付ける風が、世之介の耳朶を打つ。まさに千日手といっていい状況だ。
はあはあと頭目の息が荒い。武器を奪い返そうと、無理な力を使ってしまった結果だ。
世之介は声を絞り出し、話し掛けた。
「諦めろ……。その手を離せ!」
ひくひくと頭目の唇が動いた。歯を剥き出し、敵意を顕わにする。
「だ、誰がてめえなんかに……! それよっか、おめえのほうが危ねえぜ! 今に、手下たちがここに来て、おめえを一寸刻みに切り刻んでやらあ!」
「それは、無理な話だな! お前の手下は、全部われらが始末した!」
思わぬ声に、頭目はギクリと顔を上げた。
世之介は背後から聞こえてきた声が、助三郎のものであることを認めていた。
「助三郎っ!」
助三郎の声には、驚きが感じとれた。
「世之介さん。あんたのしているのは、白刃取りかね? よくもそんな芸当が、やれたものだ。俺だって、やろうと思ってもできない技だよ」
「くくっ!」
頭目はぱっと刀から手を離し、さっと身を翻す。だだっ、と屋根の先頭あたりに駆け寄ると、そのまま蹲った。
素早い動きで床の一部を持ち上げる。
撥ね上げ戸になっていたのだ!
頭目はするりと跳ね上げ戸に身を滑り込ませると、ぱたりと戸を閉めてしまった。
がくりと膝を突き、世之介は後ろを振り返る。助三郎の顔と、格乃進の顔が覗いていた。
格乃進は、ニヤリと笑いかけた。
「ちょっと手間取ったが、狂送団の連中は全員どうにか始末した。今頃、畑や田圃の中で伸びていることだろう」
世之介は「あっ」と気がつく。
「連中を始末したのはいいが、茜と光右衛門の爺さん、それにイッパチはどうなったんだ? 爺さんとイッパチは、あんたらの二輪車の側車に乗っていたんだろう?」
「心配ない。あれを見ろ」
格乃進は道路を指差す。指された方向を見ると、茜の二輪車の前照燈が輝いていて、その後ろに三台の二輪車が誰も操縦していないのに、勝手に走っていた。
助三郎が説明した。
「番長星の二輪車には、追従機構が備わっている。茜さんの二輪車に、残りの二輪車を追従させておいたから、茜さんが運転している限り、ああして従ってくる。結構、便利だろう? 世之介さんの二輪車も追従させておいたから、取りに引返すことも無い」
「そうか」
世之介は短く答えると、頭目の武器をがらりと床に放り投げる。気がつくと、全身から滝のように汗が流れ落ちていた。
「そいつは良かった……。後は、あいつ……狂送団の頭目の始末だな」
鈍い疲労による苦痛が、世之介の頭の天辺から、足の爪先まで浸っている。しかし、世之介の闘志は、一欠片も鈍ってはいない。
格乃進が心配そうな表情になった。
「大丈夫かね? 相当に疲れているようだが。頭目は、我らに任せればいいぞ」
世之介は「厭だ!」と叫んで立ち上がる。
闘志が再び世之介の力を奮い立たせた。一旦は認めた敵を、あっさり見逃すなど、考えられなかった。
頭目が消えた床に膝まづくと、指先を手懸りに引っ掛け、持ち上げようとする。
固い! びくとも動かない。恐らく、鍵を内部から掛けているのだ。
「どきなさい。俺がやろう」
助三郎が呟くと、世之介をどかせ、天板の僅かな隙間に、両手の爪先を引っ掛けた。
一声「むん!」と唸ると、天板の蝶番がメキメキと音を立てる。もう一度、助三郎が力を入れると、バキンと乾いた音を立て、弾けとんだ。
ぐわらりと、助三郎は天板を放り投げる。
深々とした闇を世之介と、二人の賽博格が覗き込む。
「誰から行くかね?」
助三郎の言葉に、世之介は勇んで答える。
「俺だ!」
世之介は穴に飛び込んだ!
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