58 / 106
真夜中の狂送曲
4
しおりを挟む
「うおっ!」
頭目は驚きに身を仰け反らせる。
「ま、まさかっ!」
振り下ろした刃を引こうとするが、びくりとも動かない。世之介を睨みつける頭目の左目に、焦りが浮かぶ。
世之介の両手の掌がぴたりと合わさり、頭目の刃を受け止めていた。
真剣白刃取りである!
学問所の剣道の授業で、一度だけ高名な師範代が披露してくれたことがあった。世之介はそれを思い出していた。
まさか、やれるとは思っていなかったが、他に方法はなかった。
渾身の力を込め、頭目が握る刀の刀身を掌に押しつけている。それだけでなく、頭目が刀を奪い返そうと、押したり引いたりする動きを素早く察知し、力を逸らす必要がある。
どうすればいいんだ……。
白刃取りには成功したが、この後の処置に困る。もし刀に押しつけている掌の片一方だけに力が抜けたり、強く押しつけすぎたら、忽ちにして世之介の手は血だらけになり、あっという間に逆襲を食うだろう。
びゅうびゅうと吹きさらしの屋根に吹き付ける風が、世之介の耳朶を打つ。まさに千日手といっていい状況だ。
はあはあと頭目の息が荒い。武器を奪い返そうと、無理な力を使ってしまった結果だ。
世之介は声を絞り出し、話し掛けた。
「諦めろ……。その手を離せ!」
ひくひくと頭目の唇が動いた。歯を剥き出し、敵意を顕わにする。
「だ、誰がてめえなんかに……! それよっか、おめえのほうが危ねえぜ! 今に、手下たちがここに来て、おめえを一寸刻みに切り刻んでやらあ!」
「それは、無理な話だな! お前の手下は、全部われらが始末した!」
思わぬ声に、頭目はギクリと顔を上げた。
世之介は背後から聞こえてきた声が、助三郎のものであることを認めていた。
「助三郎っ!」
助三郎の声には、驚きが感じとれた。
「世之介さん。あんたのしているのは、白刃取りかね? よくもそんな芸当が、やれたものだ。俺だって、やろうと思ってもできない技だよ」
「くくっ!」
頭目はぱっと刀から手を離し、さっと身を翻す。だだっ、と屋根の先頭あたりに駆け寄ると、そのまま蹲った。
素早い動きで床の一部を持ち上げる。
撥ね上げ戸になっていたのだ!
頭目はするりと跳ね上げ戸に身を滑り込ませると、ぱたりと戸を閉めてしまった。
がくりと膝を突き、世之介は後ろを振り返る。助三郎の顔と、格乃進の顔が覗いていた。
格乃進は、ニヤリと笑いかけた。
「ちょっと手間取ったが、狂送団の連中は全員どうにか始末した。今頃、畑や田圃の中で伸びていることだろう」
世之介は「あっ」と気がつく。
「連中を始末したのはいいが、茜と光右衛門の爺さん、それにイッパチはどうなったんだ? 爺さんとイッパチは、あんたらの二輪車の側車に乗っていたんだろう?」
「心配ない。あれを見ろ」
格乃進は道路を指差す。指された方向を見ると、茜の二輪車の前照燈が輝いていて、その後ろに三台の二輪車が誰も操縦していないのに、勝手に走っていた。
助三郎が説明した。
「番長星の二輪車には、追従機構が備わっている。茜さんの二輪車に、残りの二輪車を追従させておいたから、茜さんが運転している限り、ああして従ってくる。結構、便利だろう? 世之介さんの二輪車も追従させておいたから、取りに引返すことも無い」
「そうか」
世之介は短く答えると、頭目の武器をがらりと床に放り投げる。気がつくと、全身から滝のように汗が流れ落ちていた。
「そいつは良かった……。後は、あいつ……狂送団の頭目の始末だな」
鈍い疲労による苦痛が、世之介の頭の天辺から、足の爪先まで浸っている。しかし、世之介の闘志は、一欠片も鈍ってはいない。
格乃進が心配そうな表情になった。
「大丈夫かね? 相当に疲れているようだが。頭目は、我らに任せればいいぞ」
世之介は「厭だ!」と叫んで立ち上がる。
闘志が再び世之介の力を奮い立たせた。一旦は認めた敵を、あっさり見逃すなど、考えられなかった。
頭目が消えた床に膝まづくと、指先を手懸りに引っ掛け、持ち上げようとする。
固い! びくとも動かない。恐らく、鍵を内部から掛けているのだ。
「どきなさい。俺がやろう」
助三郎が呟くと、世之介をどかせ、天板の僅かな隙間に、両手の爪先を引っ掛けた。
一声「むん!」と唸ると、天板の蝶番がメキメキと音を立てる。もう一度、助三郎が力を入れると、バキンと乾いた音を立て、弾けとんだ。
ぐわらりと、助三郎は天板を放り投げる。
深々とした闇を世之介と、二人の賽博格が覗き込む。
「誰から行くかね?」
助三郎の言葉に、世之介は勇んで答える。
「俺だ!」
世之介は穴に飛び込んだ!
頭目は驚きに身を仰け反らせる。
「ま、まさかっ!」
振り下ろした刃を引こうとするが、びくりとも動かない。世之介を睨みつける頭目の左目に、焦りが浮かぶ。
世之介の両手の掌がぴたりと合わさり、頭目の刃を受け止めていた。
真剣白刃取りである!
学問所の剣道の授業で、一度だけ高名な師範代が披露してくれたことがあった。世之介はそれを思い出していた。
まさか、やれるとは思っていなかったが、他に方法はなかった。
渾身の力を込め、頭目が握る刀の刀身を掌に押しつけている。それだけでなく、頭目が刀を奪い返そうと、押したり引いたりする動きを素早く察知し、力を逸らす必要がある。
どうすればいいんだ……。
白刃取りには成功したが、この後の処置に困る。もし刀に押しつけている掌の片一方だけに力が抜けたり、強く押しつけすぎたら、忽ちにして世之介の手は血だらけになり、あっという間に逆襲を食うだろう。
びゅうびゅうと吹きさらしの屋根に吹き付ける風が、世之介の耳朶を打つ。まさに千日手といっていい状況だ。
はあはあと頭目の息が荒い。武器を奪い返そうと、無理な力を使ってしまった結果だ。
世之介は声を絞り出し、話し掛けた。
「諦めろ……。その手を離せ!」
ひくひくと頭目の唇が動いた。歯を剥き出し、敵意を顕わにする。
「だ、誰がてめえなんかに……! それよっか、おめえのほうが危ねえぜ! 今に、手下たちがここに来て、おめえを一寸刻みに切り刻んでやらあ!」
「それは、無理な話だな! お前の手下は、全部われらが始末した!」
思わぬ声に、頭目はギクリと顔を上げた。
世之介は背後から聞こえてきた声が、助三郎のものであることを認めていた。
「助三郎っ!」
助三郎の声には、驚きが感じとれた。
「世之介さん。あんたのしているのは、白刃取りかね? よくもそんな芸当が、やれたものだ。俺だって、やろうと思ってもできない技だよ」
「くくっ!」
頭目はぱっと刀から手を離し、さっと身を翻す。だだっ、と屋根の先頭あたりに駆け寄ると、そのまま蹲った。
素早い動きで床の一部を持ち上げる。
撥ね上げ戸になっていたのだ!
頭目はするりと跳ね上げ戸に身を滑り込ませると、ぱたりと戸を閉めてしまった。
がくりと膝を突き、世之介は後ろを振り返る。助三郎の顔と、格乃進の顔が覗いていた。
格乃進は、ニヤリと笑いかけた。
「ちょっと手間取ったが、狂送団の連中は全員どうにか始末した。今頃、畑や田圃の中で伸びていることだろう」
世之介は「あっ」と気がつく。
「連中を始末したのはいいが、茜と光右衛門の爺さん、それにイッパチはどうなったんだ? 爺さんとイッパチは、あんたらの二輪車の側車に乗っていたんだろう?」
「心配ない。あれを見ろ」
格乃進は道路を指差す。指された方向を見ると、茜の二輪車の前照燈が輝いていて、その後ろに三台の二輪車が誰も操縦していないのに、勝手に走っていた。
助三郎が説明した。
「番長星の二輪車には、追従機構が備わっている。茜さんの二輪車に、残りの二輪車を追従させておいたから、茜さんが運転している限り、ああして従ってくる。結構、便利だろう? 世之介さんの二輪車も追従させておいたから、取りに引返すことも無い」
「そうか」
世之介は短く答えると、頭目の武器をがらりと床に放り投げる。気がつくと、全身から滝のように汗が流れ落ちていた。
「そいつは良かった……。後は、あいつ……狂送団の頭目の始末だな」
鈍い疲労による苦痛が、世之介の頭の天辺から、足の爪先まで浸っている。しかし、世之介の闘志は、一欠片も鈍ってはいない。
格乃進が心配そうな表情になった。
「大丈夫かね? 相当に疲れているようだが。頭目は、我らに任せればいいぞ」
世之介は「厭だ!」と叫んで立ち上がる。
闘志が再び世之介の力を奮い立たせた。一旦は認めた敵を、あっさり見逃すなど、考えられなかった。
頭目が消えた床に膝まづくと、指先を手懸りに引っ掛け、持ち上げようとする。
固い! びくとも動かない。恐らく、鍵を内部から掛けているのだ。
「どきなさい。俺がやろう」
助三郎が呟くと、世之介をどかせ、天板の僅かな隙間に、両手の爪先を引っ掛けた。
一声「むん!」と唸ると、天板の蝶番がメキメキと音を立てる。もう一度、助三郎が力を入れると、バキンと乾いた音を立て、弾けとんだ。
ぐわらりと、助三郎は天板を放り投げる。
深々とした闇を世之介と、二人の賽博格が覗き込む。
「誰から行くかね?」
助三郎の言葉に、世之介は勇んで答える。
「俺だ!」
世之介は穴に飛び込んだ!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる