ウラバン!~SF好色一代男~

万卜人

文字の大きさ
上 下
58 / 106
真夜中の狂送曲

しおりを挟む
「うおっ!」
 頭目は驚きに身を仰け反らせる。
「ま、まさかっ!」
 振り下ろした刃を引こうとするが、びくりとも動かない。世之介を睨みつける頭目の左目に、焦りが浮かぶ。
 世之介の両手の掌がぴたりと合わさり、頭目の刃を受け止めていた。
 真剣白刃取りである!
 学問所の剣道の授業で、一度だけ高名な師範代が披露してくれたことがあった。世之介はそれを思い出していた。
 まさか、やれるとは思っていなかったが、他に方法はなかった。
 渾身の力を込め、頭目が握る刀の刀身を掌に押しつけている。それだけでなく、頭目が刀を奪い返そうと、押したり引いたりする動きを素早く察知し、力を逸らす必要がある。
 どうすればいいんだ……。
 白刃取りには成功したが、この後の処置に困る。もし刀に押しつけている掌の片一方だけに力が抜けたり、強く押しつけすぎたら、忽ちにして世之介の手は血だらけになり、あっという間に逆襲を食うだろう。
 びゅうびゅうと吹きさらしの屋根に吹き付ける風が、世之介の耳朶を打つ。まさに千日手といっていい状況だ。
 はあはあと頭目の息が荒い。武器を奪い返そうと、無理な力を使ってしまった結果だ。
 世之介は声を絞り出し、話し掛けた。
「諦めろ……。その手を離せ!」
 ひくひくと頭目の唇が動いた。歯を剥き出し、敵意を顕わにする。
「だ、誰がてめえなんかに……! それよっか、おめえのほうが危ねえぜ! 今に、手下たちがここに来て、おめえを一寸刻みに切り刻んでやらあ!」
「それは、無理な話だな! お前の手下は、全部われらが始末した!」
 思わぬ声に、頭目はギクリと顔を上げた。
 世之介は背後から聞こえてきた声が、助三郎のものであることを認めていた。
「助三郎っ!」
 助三郎の声には、驚きが感じとれた。
「世之介さん。あんたのしているのは、白刃取りかね? よくもそんな芸当が、やれたものだ。俺だって、やろうと思ってもできない技だよ」
「くくっ!」
 頭目はぱっと刀から手を離し、さっと身を翻す。だだっ、と屋根の先頭あたりに駆け寄ると、そのまま蹲った。
 素早い動きで床の一部を持ち上げる。
 撥ね上げ戸になっていたのだ!
 頭目はするりと跳ね上げ戸に身を滑り込ませると、ぱたりと戸を閉めてしまった。
 がくりと膝を突き、世之介は後ろを振り返る。助三郎の顔と、格乃進の顔が覗いていた。
 格乃進は、ニヤリと笑いかけた。
「ちょっと手間取ったが、狂送団の連中は全員どうにか始末した。今頃、畑や田圃の中で伸びていることだろう」
 世之介は「あっ」と気がつく。
「連中を始末したのはいいが、茜と光右衛門の爺さん、それにイッパチはどうなったんだ? 爺さんとイッパチは、あんたらの二輪車の側車に乗っていたんだろう?」
「心配ない。あれを見ろ」
 格乃進は道路を指差す。指された方向を見ると、茜の二輪車の前照燈が輝いていて、その後ろに三台の二輪車が誰も操縦していないのに、勝手に走っていた。
 助三郎が説明した。
「番長星の二輪車には、追従スレイブ機構が備わっている。茜さんの二輪車に、残りの二輪車を追従させておいたから、茜さんが運転している限り、ああして従ってくる。結構、便利だろう? 世之介さんの二輪車も追従させておいたから、取りに引返すことも無い」
「そうか」
 世之介は短く答えると、頭目の武器をがらりと床に放り投げる。気がつくと、全身から滝のように汗が流れ落ちていた。
「そいつは良かった……。後は、あいつ……狂送団の頭目の始末だな」
 鈍い疲労による苦痛が、世之介の頭の天辺から、足の爪先まで浸っている。しかし、世之介の闘志は、一欠片も鈍ってはいない。
 格乃進が心配そうな表情になった。
「大丈夫かね? 相当に疲れているようだが。頭目は、我らに任せればいいぞ」
 世之介は「厭だ!」と叫んで立ち上がる。
 闘志が再び世之介の力を奮い立たせた。一旦は認めた敵を、あっさり見逃すなど、考えられなかった。
 頭目が消えた床に膝まづくと、指先を手懸りに引っ掛け、持ち上げようとする。
 固い! びくとも動かない。恐らく、鍵を内部から掛けているのだ。
「どきなさい。俺がやろう」
 助三郎が呟くと、世之介をどかせ、天板の僅かな隙間に、両手の爪先を引っ掛けた。
 一声「むん!」と唸ると、天板の蝶番がメキメキと音を立てる。もう一度、助三郎が力を入れると、バキンと乾いた音を立て、弾けとんだ。
 ぐわらりと、助三郎は天板を放り投げる。
 深々とした闇を世之介と、二人の賽博格が覗き込む。
「誰から行くかね?」
 助三郎の言葉に、世之介は勇んで答える。
「俺だ!」
 世之介は穴に飛び込んだ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

イノリβ

山橋雪
ファンタジー
 これは一体……確実に僕は死んだはずなのに――。  友人のセリナに巻き込まれる形でビルから転落した主人公コウタは、自身が不死になっていることに気付く。  自らの不死の謎を解き日常に戻るため、コウタはセリナの知人が営む霊障コンサル事務所に転がり込むが、妖しく暗い欲望渦巻くイノリの世界に飲み込まれていく。  陰鬱陰惨、じめじめと。けれど最後はそれらを吹き飛ばす怒涛の展開。  オカルトテイストなファンタジー。

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

初恋フィギュアドール ~ 哀しみのドールたち

小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。 主な登場人物 井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン 島本由美子  ・ ・・41歳 独身 フィギュアドール・・・イズミ 植村コウイチ  ・・・主人公の友人 植村ルミ子・・・・ 母親ドール サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール エレナ・・・・・・ 国産A型ドール ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール 如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

世紀末の仙人 The Last Monster of the Century

マーク・キシロ
SF
どこかの辺境地に不死身の仙人が住んでいるという。 誰よりも美しく最強で、彼に会うと誰もが魅了されてしまうという仙人。 世紀末と言われた戦後の世界。 何故不死身になったのか、様々なミュータントの出現によって彼を巡る物語や壮絶な戦いが起き始める。 母親が亡くなり、ひとりになった少女は遺言を手掛かりに、その人に会いに行かねばならない。 出会い編 青春編 過去編 ハンター編 アンドロイド戦争編 解明・未来編 *明確な国名などはなく、近未来の擬似世界です。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

処理中です...