51 / 106
工場の秘密
2
しおりを挟む
世之介は、工場というものは、様々な機械が犇き、絶え間ない騒音の只中にあるものと想像していた。
ところが、まったく違っていた。工場内は完全に無音であった。
さらに、真っ暗でもあった。
光は背後の入口からの外光だけで、いきなり内部に踏み込んだ一同は、瞳孔が暗闇に慣れておらず、戸惑っていた。
しかし二人の賽博格と、杏萄絽偉童のイッパチは平気な様子で、物珍しげにあちこちを見渡している。
世之介たちがうろうろ狼狽しているのに気付き、守衛傀儡人は済まなそうに声を掛けてきた。
「ああ、うっかりしていました。工場内は人間の視覚に合わせた照明をしていなかったので、暗く感じているのですね。今、明かりを点けます!」
言葉が終わると、出し抜けに工場内が、白い光に目映く照らし出される。
「こっ、これが、工場?」
世之介は思わず叫び声を上げていた。
茜はポカンとした顔で、世之介の驚きに反応してはいない。おそらく、工場が何をするところなのか、そもそも言葉の意味すら判っていないのだろう。
「プールみたいね」
茜の感想に、世之介は同意する。
まさしく、プールである。だだっ広い、巨大な水槽が、建物のほとんどを占めている。
しかし、プールに満々と湛えられたのは水ではなく、別の何かであった。どろりとした真っ黒な液体が、盛んな波紋を湧き立させている。
色からすればコール・タールのように見える。黒光りして、とろとろとした光沢を放っていた。
プールの上には、幾つかのタンクが並んでいる。タンクの下方には注ぎ口があって、そこからドボドボと、大量の液体がプールに注がれていた。
「これは、何ですかな?」
静かに、光右衛門が質問を投げかけた。
傀儡人は腕を挙げ、水面を指し示す。
「現在、この工場では、二輪車と四輪車の生産を行っております。月産、千台もの二輪車と四輪車が生産されています。プールの中身は、生産品のための原材料です」
言葉が終わると、ごぼりと水面が泡立ち、一台の四輪車が浮上してきた。ど派手なピンクの塗装の、無蓋車である。奇妙なことに、プールに湛えられている真っ黒な液体は、一滴もついていない。
水面に浮かび上がった四輪車は、プールの縁に設けられた車廻しに車輪を載せ、するすると無音で、搬入口らしき方向へと進んでいく。
ごぼりとまた水面が泡立ち、今度は二輪車が姿を表した。二輪車もまた、誰も操縦していないのにも関わらず、自走して搬入口へと進んでいく。
すべて無音で作業は行われている。
訳の判らないという顔つきで光右衛門は助三郎と格乃進を見やる。二人の賽博格は両目を光らせ、しきりに大きく頷いていた。
助三郎が口を開く。
「ご隠居様。この工場は、微小機械工場なのです」
格乃進が後を続けた。
「そうなのです。あのプールに湛えられたのは、液体ではありません。目に見えないほど小さな、無数の微小機械が、一杯に犇いております。タンクから注がれた原材料は、金属、希少金属、各種有機重合材料などが混ぜられた液体でして、プールの微小機械は原材料を分子や原子の大きさで選別し、組み立てます。ですから、タダの一人も作業員を必要としないのです。何しろ直径一万分の一匁以下という、おそろしく細かな微小機械が、一斉に分子や原子をそのまま組み立てるのですから、いきなり完成品が出現してしまうのでしょう」
工場内を見詰める光右衛門の表情は、険しかった。痩せた顔には、ふつふつと大量の汗が噴き出している。
光右衛門は何度も頷いた。
「成る程、よく判りました!」
そのまま髭の下の唇を噛みしめ、何か考え込んでいる。
顔を上げ、傀儡人に向き直った。
「それで〝支配頭脳〟とやらには……あなたがたの言い方では〝バンチョウ〟ですかな? 面会は、できませんかな?」
守衛傀儡人は驚いたように、身体をぎくしゃくと動かせた。
「バンチョウに? そ、それは……!」
「できませんか?」
言葉を重ねる光右衛門に、ロボットの動きがぴたりととまる。再び体内から「じー、じー」という作動音が聞こえてくる。多分、連絡しているのだろう。
傀儡人は再び動き出した。
かくかくと細かく震えながら、喋り出す。
「〝支配頭脳〟は、皆さんとお会いになるそうです。わたしが案内します……」
どこか故障したような動きで、先に立った。傀儡人の人工頭脳には、酷い圧力が掛かっているかのようであった。
ところが、まったく違っていた。工場内は完全に無音であった。
さらに、真っ暗でもあった。
光は背後の入口からの外光だけで、いきなり内部に踏み込んだ一同は、瞳孔が暗闇に慣れておらず、戸惑っていた。
しかし二人の賽博格と、杏萄絽偉童のイッパチは平気な様子で、物珍しげにあちこちを見渡している。
世之介たちがうろうろ狼狽しているのに気付き、守衛傀儡人は済まなそうに声を掛けてきた。
「ああ、うっかりしていました。工場内は人間の視覚に合わせた照明をしていなかったので、暗く感じているのですね。今、明かりを点けます!」
言葉が終わると、出し抜けに工場内が、白い光に目映く照らし出される。
「こっ、これが、工場?」
世之介は思わず叫び声を上げていた。
茜はポカンとした顔で、世之介の驚きに反応してはいない。おそらく、工場が何をするところなのか、そもそも言葉の意味すら判っていないのだろう。
「プールみたいね」
茜の感想に、世之介は同意する。
まさしく、プールである。だだっ広い、巨大な水槽が、建物のほとんどを占めている。
しかし、プールに満々と湛えられたのは水ではなく、別の何かであった。どろりとした真っ黒な液体が、盛んな波紋を湧き立させている。
色からすればコール・タールのように見える。黒光りして、とろとろとした光沢を放っていた。
プールの上には、幾つかのタンクが並んでいる。タンクの下方には注ぎ口があって、そこからドボドボと、大量の液体がプールに注がれていた。
「これは、何ですかな?」
静かに、光右衛門が質問を投げかけた。
傀儡人は腕を挙げ、水面を指し示す。
「現在、この工場では、二輪車と四輪車の生産を行っております。月産、千台もの二輪車と四輪車が生産されています。プールの中身は、生産品のための原材料です」
言葉が終わると、ごぼりと水面が泡立ち、一台の四輪車が浮上してきた。ど派手なピンクの塗装の、無蓋車である。奇妙なことに、プールに湛えられている真っ黒な液体は、一滴もついていない。
水面に浮かび上がった四輪車は、プールの縁に設けられた車廻しに車輪を載せ、するすると無音で、搬入口らしき方向へと進んでいく。
ごぼりとまた水面が泡立ち、今度は二輪車が姿を表した。二輪車もまた、誰も操縦していないのにも関わらず、自走して搬入口へと進んでいく。
すべて無音で作業は行われている。
訳の判らないという顔つきで光右衛門は助三郎と格乃進を見やる。二人の賽博格は両目を光らせ、しきりに大きく頷いていた。
助三郎が口を開く。
「ご隠居様。この工場は、微小機械工場なのです」
格乃進が後を続けた。
「そうなのです。あのプールに湛えられたのは、液体ではありません。目に見えないほど小さな、無数の微小機械が、一杯に犇いております。タンクから注がれた原材料は、金属、希少金属、各種有機重合材料などが混ぜられた液体でして、プールの微小機械は原材料を分子や原子の大きさで選別し、組み立てます。ですから、タダの一人も作業員を必要としないのです。何しろ直径一万分の一匁以下という、おそろしく細かな微小機械が、一斉に分子や原子をそのまま組み立てるのですから、いきなり完成品が出現してしまうのでしょう」
工場内を見詰める光右衛門の表情は、険しかった。痩せた顔には、ふつふつと大量の汗が噴き出している。
光右衛門は何度も頷いた。
「成る程、よく判りました!」
そのまま髭の下の唇を噛みしめ、何か考え込んでいる。
顔を上げ、傀儡人に向き直った。
「それで〝支配頭脳〟とやらには……あなたがたの言い方では〝バンチョウ〟ですかな? 面会は、できませんかな?」
守衛傀儡人は驚いたように、身体をぎくしゃくと動かせた。
「バンチョウに? そ、それは……!」
「できませんか?」
言葉を重ねる光右衛門に、ロボットの動きがぴたりととまる。再び体内から「じー、じー」という作動音が聞こえてくる。多分、連絡しているのだろう。
傀儡人は再び動き出した。
かくかくと細かく震えながら、喋り出す。
「〝支配頭脳〟は、皆さんとお会いになるそうです。わたしが案内します……」
どこか故障したような動きで、先に立った。傀儡人の人工頭脳には、酷い圧力が掛かっているかのようであった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

彷徨う屍
半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。
やくも すべては霧につつまれて
マキナ
SF
高度に科学が発展した地球。ある日地球防衛軍に所属する暁と神崎は上官から意味深な言伝を受け取った。気になりながらも特に気にしなかった二人。しかし休暇明けの会議でその言葉の真の意味を知ることになる。明らかになる人類とヴァンパイアの関係、霧に包まれた戦乱の先に人類はどのような運命をたどるのか?島根風味のSF小説ここに誕生!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる