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世之介の変身
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「世之介さんは、どうですかな? どこにも怪我は、ありませぬか?」
皴枯れた、老人の声が聞こえてくる。光右衛門の声だ。光右衛門の質問に、格乃進の応える声が聞こえてくる。
「ええ。幸いなことに、多少の擦り傷はあるようですが、それ以上の怪我はないようです。まあ、無事でなによりです」
光右衛門の溜息が聞こえた。
「いったい、何事があったのですかな? 突然、怖ろしいほどの音が聞こえたと思ったら、格さん助さんの二人が消えてしまって、壁には大穴が空いて、外の駐車場に世之介さんが倒れていた、とこういうわけです。実際、肝を冷やしましたぞ」
助三郎の声が聞こえた。
「世之介さんが突然、人が変わったようになって、わたしどもに攻撃してきたのです。しかも、賽博格のわたしどもと同じくらいの攻撃力で……。止むを得ないこととはいえ、加速状態になって戦う羽目になってしまいました。あの場合、そうでもしなければ、世之介さんを止めることは全然できなかったでしょう」
光右衛門の口調に、疑念が滲む。
「信じられませんな。世之介さんは、ただの人間でしょう。なぜ、あなたがた賽博格と互角に戦えるのです。やはり、あの学生服に原因があるのですかな?」
世之介は起き上がった。
イッパチの叫び声が聞こえる。
「若旦那が! お目覚めでござんす!」
ぱちぱちと瞬きして、世之介は辺りを見回した。どうやら茜の兄の、勝の部屋らしい。
勝の寝具に、世之介は寝かされていた。起き上がった世之介に、イッパチが心配そうな顔を近づける。
「若旦那、大丈夫でげすか? どこか痛みますかね?」
世之介はぶるん、と顔を振った。無言であちこち、自分の身体を触ってみる。大丈夫、どこも痛まない。
自分の身体を確かめるとき、世之介は〝伝説のガクラン〟がそのまま着せられていることに気付いた。
「ああ、どこも痛まねえよ!」
世之介の返事に、イッパチは「ぎくり」と身を強張らせた。イッパチの背後に光右衛門、助三郎、格乃進が座っている。茜は部屋の隅に両膝を抱えて座っていたが、世之介の返事を耳にして吃驚したように顔を上げた。
「なんでえ……。皆、知らない相手を見たような顔しやがって……。俺の顔に、何かついているのか?」
「い、いえ……」
イッパチは目を逸らした。
茜は立ち上がった。
「世之介さん、本当に何ともないの?」
「当たり前だ! ピンシャンしてるぜ! 前より調子がいいくらいだ。本当にお前ら、どうかしてるぞ! どうしたってんだ?」
光右衛門が目を光らせた。
「自分の変化に気がつかないのですな。世之介さん、あなたは、すっかり変わられてしまった……」
「俺が?」
世之介は指を挙げ、自分の顔を指差した。
茜がゆっくりと頷く。ポケットから小さな手鏡を取り出し、世之介に押しつける。
「自分の顔を見てみなさいよ。あんた、本当に別人だわ!」
世之介は茜から手鏡を受け取り、開いた。鏡面に自分の顔を映してみる。
「な、なんでえ、こりゃ! 誰だ、こんな悪戯しやがったのは?」
大声で叫んだ。顔は元のままだが、頭髪がまるっきり変わっていた。
黒々とした頭髪は、なぜか金髪に変わり、庇が張り出したリーゼント・スタイルになっている。念入りにパーマを当てた髪形は、番長星の住人とまったく同じであった。
「誰がやったんだ……」
世之介の呟きに、全員が首を振った。茜が腕組みをして口を開いた。
「誰もやっていないわ。あんたがガクランを身につけた時、なぜか、髪が勝手に金色に染まり、自然にその髪型になったのよ」
世之介は手を上げ、自分の髪の毛に指を突っ込んだ。くしゃくしゃと猛然と髪の毛を乱す。
ところが、暫くすると、じわじわと髪の毛は元に戻って、リーゼントになってしまう。
「どうなってんだ……」と頭を抱えると、ぽん、とイッパチが膝を叩いた。
「そのガクランでさ! 若旦那がガクランを着たらそうなった、ってんでしょう? だから脱げば、元通りになるんじゃ……」
皆まで聞かず、世之介はガクランを脱ごうとした。が、どうしても手が動かない。うろうろと両手がガクランを探り回るが、脱ぐ気配はなかった。
「脱げない!」
世之介は苦渋の声を振り絞る。イッパチが唇を舐め、世之介の背後に回った。
「あっしが手伝いまさあ!」
ぐい! とガクランの生地に手を掛ける。が、ガクランはまるで世之介の身体に密着しているかのようで、どんなにイッパチが渾身の力を込めようが、張り付いて動かない。
どたり、とイッパチは尻餅をつき、ぜいぜいはあはあと息を荒げた。
「信じられねえ! あっしの杏萄絽偉童の力でも剥がせねえなんて……!」
助三郎がじっと目を光らせ、世之介のガクランを舐めるような視線で見つめている。
「世之介さんの学生服の繊維を拡大して観察しています。どうやら、ただの繊維ではなさそうで、極小部品《ナノ・マシン》が組み合わさって繊維状になっております。それが世之介さんにがっちり絡みつき、剥がせないのでしょう。無理に脱がそうとすれば、世之介さんに怪我が及びますぞ!」
世之介は、がっくり首を振った。
「どうすりゃいいんだ……」
光右衛門が声を掛けた。
「多分、世之介さんが本気で、学生服を脱ぐ決意を固める必要があるのでしょう。世之介さん。何が何でも、脱ぎたいとお思いでしょうか?」
世之介は首を捻り、自分の胸に尋ねてみる。
顔を上げ、真っ直ぐ光右衛門を見詰める。
「それが、そうでもないんで……。妙なことだけど、何だかこれを着ているのが当たり前だって気がしているんだ」
光右衛門は頷いた。
「成る程。無理に脱ごうと思わず、時間を掛けるべきでしょうな」
暫し沈黙が支配した。イッパチがおずおずと世之介に話し掛ける。
「それで若旦那、他には何も異常はござんせんか?」
世之介はもう一度、首を捻った。
「そういえば……」
イッパチが急き込む。
「何でげす?」
「腹が減ったな!」
ぐきゅうううぅ! と、世之介の下腹部から腹の虫が盛大に空腹を訴えていた。
皴枯れた、老人の声が聞こえてくる。光右衛門の声だ。光右衛門の質問に、格乃進の応える声が聞こえてくる。
「ええ。幸いなことに、多少の擦り傷はあるようですが、それ以上の怪我はないようです。まあ、無事でなによりです」
光右衛門の溜息が聞こえた。
「いったい、何事があったのですかな? 突然、怖ろしいほどの音が聞こえたと思ったら、格さん助さんの二人が消えてしまって、壁には大穴が空いて、外の駐車場に世之介さんが倒れていた、とこういうわけです。実際、肝を冷やしましたぞ」
助三郎の声が聞こえた。
「世之介さんが突然、人が変わったようになって、わたしどもに攻撃してきたのです。しかも、賽博格のわたしどもと同じくらいの攻撃力で……。止むを得ないこととはいえ、加速状態になって戦う羽目になってしまいました。あの場合、そうでもしなければ、世之介さんを止めることは全然できなかったでしょう」
光右衛門の口調に、疑念が滲む。
「信じられませんな。世之介さんは、ただの人間でしょう。なぜ、あなたがた賽博格と互角に戦えるのです。やはり、あの学生服に原因があるのですかな?」
世之介は起き上がった。
イッパチの叫び声が聞こえる。
「若旦那が! お目覚めでござんす!」
ぱちぱちと瞬きして、世之介は辺りを見回した。どうやら茜の兄の、勝の部屋らしい。
勝の寝具に、世之介は寝かされていた。起き上がった世之介に、イッパチが心配そうな顔を近づける。
「若旦那、大丈夫でげすか? どこか痛みますかね?」
世之介はぶるん、と顔を振った。無言であちこち、自分の身体を触ってみる。大丈夫、どこも痛まない。
自分の身体を確かめるとき、世之介は〝伝説のガクラン〟がそのまま着せられていることに気付いた。
「ああ、どこも痛まねえよ!」
世之介の返事に、イッパチは「ぎくり」と身を強張らせた。イッパチの背後に光右衛門、助三郎、格乃進が座っている。茜は部屋の隅に両膝を抱えて座っていたが、世之介の返事を耳にして吃驚したように顔を上げた。
「なんでえ……。皆、知らない相手を見たような顔しやがって……。俺の顔に、何かついているのか?」
「い、いえ……」
イッパチは目を逸らした。
茜は立ち上がった。
「世之介さん、本当に何ともないの?」
「当たり前だ! ピンシャンしてるぜ! 前より調子がいいくらいだ。本当にお前ら、どうかしてるぞ! どうしたってんだ?」
光右衛門が目を光らせた。
「自分の変化に気がつかないのですな。世之介さん、あなたは、すっかり変わられてしまった……」
「俺が?」
世之介は指を挙げ、自分の顔を指差した。
茜がゆっくりと頷く。ポケットから小さな手鏡を取り出し、世之介に押しつける。
「自分の顔を見てみなさいよ。あんた、本当に別人だわ!」
世之介は茜から手鏡を受け取り、開いた。鏡面に自分の顔を映してみる。
「な、なんでえ、こりゃ! 誰だ、こんな悪戯しやがったのは?」
大声で叫んだ。顔は元のままだが、頭髪がまるっきり変わっていた。
黒々とした頭髪は、なぜか金髪に変わり、庇が張り出したリーゼント・スタイルになっている。念入りにパーマを当てた髪形は、番長星の住人とまったく同じであった。
「誰がやったんだ……」
世之介の呟きに、全員が首を振った。茜が腕組みをして口を開いた。
「誰もやっていないわ。あんたがガクランを身につけた時、なぜか、髪が勝手に金色に染まり、自然にその髪型になったのよ」
世之介は手を上げ、自分の髪の毛に指を突っ込んだ。くしゃくしゃと猛然と髪の毛を乱す。
ところが、暫くすると、じわじわと髪の毛は元に戻って、リーゼントになってしまう。
「どうなってんだ……」と頭を抱えると、ぽん、とイッパチが膝を叩いた。
「そのガクランでさ! 若旦那がガクランを着たらそうなった、ってんでしょう? だから脱げば、元通りになるんじゃ……」
皆まで聞かず、世之介はガクランを脱ごうとした。が、どうしても手が動かない。うろうろと両手がガクランを探り回るが、脱ぐ気配はなかった。
「脱げない!」
世之介は苦渋の声を振り絞る。イッパチが唇を舐め、世之介の背後に回った。
「あっしが手伝いまさあ!」
ぐい! とガクランの生地に手を掛ける。が、ガクランはまるで世之介の身体に密着しているかのようで、どんなにイッパチが渾身の力を込めようが、張り付いて動かない。
どたり、とイッパチは尻餅をつき、ぜいぜいはあはあと息を荒げた。
「信じられねえ! あっしの杏萄絽偉童の力でも剥がせねえなんて……!」
助三郎がじっと目を光らせ、世之介のガクランを舐めるような視線で見つめている。
「世之介さんの学生服の繊維を拡大して観察しています。どうやら、ただの繊維ではなさそうで、極小部品《ナノ・マシン》が組み合わさって繊維状になっております。それが世之介さんにがっちり絡みつき、剥がせないのでしょう。無理に脱がそうとすれば、世之介さんに怪我が及びますぞ!」
世之介は、がっくり首を振った。
「どうすりゃいいんだ……」
光右衛門が声を掛けた。
「多分、世之介さんが本気で、学生服を脱ぐ決意を固める必要があるのでしょう。世之介さん。何が何でも、脱ぎたいとお思いでしょうか?」
世之介は首を捻り、自分の胸に尋ねてみる。
顔を上げ、真っ直ぐ光右衛門を見詰める。
「それが、そうでもないんで……。妙なことだけど、何だかこれを着ているのが当たり前だって気がしているんだ」
光右衛門は頷いた。
「成る程。無理に脱ごうと思わず、時間を掛けるべきでしょうな」
暫し沈黙が支配した。イッパチがおずおずと世之介に話し掛ける。
「それで若旦那、他には何も異常はござんせんか?」
世之介はもう一度、首を捻った。
「そういえば……」
イッパチが急き込む。
「何でげす?」
「腹が減ったな!」
ぐきゅうううぅ! と、世之介の下腹部から腹の虫が盛大に空腹を訴えていた。
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