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伝説のガクラン
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我を纏え! 我と共に戦いに臨め!
強烈なガクランの〝意思〟が世之介の脳裏に流れ込んでくる。
ぐいっ、と世之介はガクランの布地を掴み、引き寄せた。
くるり、とガクランが回転して、背中側が顕わになる。
世之介の両目を、目映い金色の光が覆った。
小さく悲鳴を上げ、世之介は手を離す。
ガクランの背中には「男」の一文字が、燦然と輝く金色の刺繍で縫い取られていた。
「これは……何です?」
呆然と呟く世之介の背後から、茜がガクランを見詰めて答えた。
「これこそ〝伝説のガクラン〟! 背中の『男』の縫い取りが証拠だわ! 本当にあったんだ……!」
振り返ると、茜の両目は感動のあまり、キラキラと輝いていた。もう、先ほどの一件など、完全に忘れ果てている。
茜の顔が、世之介の顔に触れそうになるほど近づいている。この接近遭遇に、世之介の心臓は爆発しそうに「ドッキドッキ」と早鐘のように打っていた。
ところが、茜のほうは、まるで無頓着といってよく、目はガクランに吸い寄せられていた。
「ね、世之介さん。着てみてよ」
思わず世之介は茜の顔を見詰めた。
「わたくしが、ですか? この学生服……いや、ガクランを身に着けろと?」
茜は世之介を横目で見ると、強く頷いた。
「そうよ! 世之介さんが本物の【バンチョウ】なら、着るべきだわ! もう、誰にも、【バンチョウ】じゃないなんて、言わせることなくなるわ!」
世之介は健史の「オカマ野郎」という悪罵を思い出した。他人から言われるのは構わないが、茜もそう思っているのではないかと考えるだけで、顔から火が出そうになる。
大きく息を吸い込むと、世之介はガクランの布地を強く握りしめる。
茜が慌てて声を掛ける。
「着替えるなら、あたし、後ろ向いているからね!」
もう、茜の言葉すら耳に入ってこない。ぼんやりと意識はしているが、世之介の関心は、ただ目の前の〝伝説のガクラン〟だけに集中していた。
袴を脱ぎ、ガクランのズボンに足を入れる。上着はそのままに、袖を通した。
無意識に上着の釦を嵌めようと手が動いたが、ぴたりと止まった。何だか、このガクランで、釦をきちんと留めるのは似合わない――という判断が働いたのだ。
暫く、じっとしている。
轟きのように、ガクランの意思が世之介の脳裏に染み渡ってくる感覚に耐えた。
ガクランは世之介の潜在意識、体力、反応速度などあらゆる側面を調査している様子だった。そろそろとガクランの見えない触手が世之介の全てを探り回り、やがて何らかの結論に達したようであった。
「!」
いきなりの衝撃が世之介の全身を貫いた。まるで電流のように、世之介は自分が変化していることを悟っていた。
今、自分は別の何かに造りかえられている!
恐怖はあったが、それは同時に甘美な感覚でもあった。世之介は叫んでいた。
「あああああああああ──!」
筋肉が、骨格が、血管が変化していた。世之介の神経細胞が、あらたな配置に繋ぎ直されている。
世之介の血液が、細胞一つ一つが、新たな相に変わっていく。世之介の叫びは、赤ん坊の産声のようであった。
「世之介さん! どうしたの!」
茜が叫んでいる。
ぐいっ、と世之介は茜を見詰めた。世之介の表情を見て、茜は身を強張らせた。
──戦闘能力平均以下、脅威ではない。
世之介は一目ちらっと見ただけで、茜の敵としての評価を下していた。世之介にとって、全てが自分に対しての脅威か、そうでないかという価値基準だけであった。今の世之介は、戦士の判断だけで全てを理解していた。
世之介は自分と、閉じ込めている鉄の扉に目をやった。
出し抜けに世之介の胸に、激しい怒りが湧き上がってくる。
──自分は、自由である! 閉じ込められるのは我慢できない!
世之介の足が上がり、全身の力を込めて、扉に向けて蹴りを入れる。
ぐわんっ!
怖ろしい音を立て、鉄の扉の蝶番が吹き飛んだ。ばあん、と激しい音とともに、鉄の扉は前方に倒れ込む。
「何だ、今の音は?」
叫び声が聞こえる。
あれは助三郎の声だ。
積み上がった商品を掻き分け、助三郎が走り寄った。顔を上げた助三郎は、仰天した表情を浮かべる。
「世之介さん! あんた……」
──戦闘能力、平均以上。賽博格と認められる。戦いには、非常手段が必要。
一瞬にして世之介は助三郎が強敵であると結論付けていた。
世之介はぐっと腰を沈め、戦いに身構えた。助三郎が自分に戦いを挑むかどうかは関係がない。ただ相手が強敵になるかどうかが肝心で、常に備えている。
今の世之介は、戦いを欲していた。それは、ガクランの意思でもあった。
世之介は全身の筋肉を引き絞るよう力を溜めると、一瞬にして放出させた。だっと足の裏が床を踏みしめ、世之介は頭を先に、一本の槍のように助三郎へと向けて飛び掛かる。
助三郎はポカンとした顔のまま、世之介の攻撃を受け止めていた。
どんっ、と世之介の頭突きが、助三郎の胸に炸裂した。
だだだっ! と助三郎の身体が後方に吹っ飛び、積み上げられた商品の山に突っ込んだ。雪崩のように商品が崩れ落ち、助三郎の全身が埋まる。
がらがらと音を立て、助三郎は商品の山の中から這い出す。
驚きに、助三郎は呆然としていた。
「どうしたんだ、世之介さん?」
世之介は応えず、雄叫びを上げていた。
全身の細胞が、戦いの予感に喜悦を上げている。
戦いだ! 喧嘩だ! これこそ、俺の生き甲斐!
世之介は宙に飛び上がり、更なる攻撃を助三郎に加えていた。
強烈なガクランの〝意思〟が世之介の脳裏に流れ込んでくる。
ぐいっ、と世之介はガクランの布地を掴み、引き寄せた。
くるり、とガクランが回転して、背中側が顕わになる。
世之介の両目を、目映い金色の光が覆った。
小さく悲鳴を上げ、世之介は手を離す。
ガクランの背中には「男」の一文字が、燦然と輝く金色の刺繍で縫い取られていた。
「これは……何です?」
呆然と呟く世之介の背後から、茜がガクランを見詰めて答えた。
「これこそ〝伝説のガクラン〟! 背中の『男』の縫い取りが証拠だわ! 本当にあったんだ……!」
振り返ると、茜の両目は感動のあまり、キラキラと輝いていた。もう、先ほどの一件など、完全に忘れ果てている。
茜の顔が、世之介の顔に触れそうになるほど近づいている。この接近遭遇に、世之介の心臓は爆発しそうに「ドッキドッキ」と早鐘のように打っていた。
ところが、茜のほうは、まるで無頓着といってよく、目はガクランに吸い寄せられていた。
「ね、世之介さん。着てみてよ」
思わず世之介は茜の顔を見詰めた。
「わたくしが、ですか? この学生服……いや、ガクランを身に着けろと?」
茜は世之介を横目で見ると、強く頷いた。
「そうよ! 世之介さんが本物の【バンチョウ】なら、着るべきだわ! もう、誰にも、【バンチョウ】じゃないなんて、言わせることなくなるわ!」
世之介は健史の「オカマ野郎」という悪罵を思い出した。他人から言われるのは構わないが、茜もそう思っているのではないかと考えるだけで、顔から火が出そうになる。
大きく息を吸い込むと、世之介はガクランの布地を強く握りしめる。
茜が慌てて声を掛ける。
「着替えるなら、あたし、後ろ向いているからね!」
もう、茜の言葉すら耳に入ってこない。ぼんやりと意識はしているが、世之介の関心は、ただ目の前の〝伝説のガクラン〟だけに集中していた。
袴を脱ぎ、ガクランのズボンに足を入れる。上着はそのままに、袖を通した。
無意識に上着の釦を嵌めようと手が動いたが、ぴたりと止まった。何だか、このガクランで、釦をきちんと留めるのは似合わない――という判断が働いたのだ。
暫く、じっとしている。
轟きのように、ガクランの意思が世之介の脳裏に染み渡ってくる感覚に耐えた。
ガクランは世之介の潜在意識、体力、反応速度などあらゆる側面を調査している様子だった。そろそろとガクランの見えない触手が世之介の全てを探り回り、やがて何らかの結論に達したようであった。
「!」
いきなりの衝撃が世之介の全身を貫いた。まるで電流のように、世之介は自分が変化していることを悟っていた。
今、自分は別の何かに造りかえられている!
恐怖はあったが、それは同時に甘美な感覚でもあった。世之介は叫んでいた。
「あああああああああ──!」
筋肉が、骨格が、血管が変化していた。世之介の神経細胞が、あらたな配置に繋ぎ直されている。
世之介の血液が、細胞一つ一つが、新たな相に変わっていく。世之介の叫びは、赤ん坊の産声のようであった。
「世之介さん! どうしたの!」
茜が叫んでいる。
ぐいっ、と世之介は茜を見詰めた。世之介の表情を見て、茜は身を強張らせた。
──戦闘能力平均以下、脅威ではない。
世之介は一目ちらっと見ただけで、茜の敵としての評価を下していた。世之介にとって、全てが自分に対しての脅威か、そうでないかという価値基準だけであった。今の世之介は、戦士の判断だけで全てを理解していた。
世之介は自分と、閉じ込めている鉄の扉に目をやった。
出し抜けに世之介の胸に、激しい怒りが湧き上がってくる。
──自分は、自由である! 閉じ込められるのは我慢できない!
世之介の足が上がり、全身の力を込めて、扉に向けて蹴りを入れる。
ぐわんっ!
怖ろしい音を立て、鉄の扉の蝶番が吹き飛んだ。ばあん、と激しい音とともに、鉄の扉は前方に倒れ込む。
「何だ、今の音は?」
叫び声が聞こえる。
あれは助三郎の声だ。
積み上がった商品を掻き分け、助三郎が走り寄った。顔を上げた助三郎は、仰天した表情を浮かべる。
「世之介さん! あんた……」
──戦闘能力、平均以上。賽博格と認められる。戦いには、非常手段が必要。
一瞬にして世之介は助三郎が強敵であると結論付けていた。
世之介はぐっと腰を沈め、戦いに身構えた。助三郎が自分に戦いを挑むかどうかは関係がない。ただ相手が強敵になるかどうかが肝心で、常に備えている。
今の世之介は、戦いを欲していた。それは、ガクランの意思でもあった。
世之介は全身の筋肉を引き絞るよう力を溜めると、一瞬にして放出させた。だっと足の裏が床を踏みしめ、世之介は頭を先に、一本の槍のように助三郎へと向けて飛び掛かる。
助三郎はポカンとした顔のまま、世之介の攻撃を受け止めていた。
どんっ、と世之介の頭突きが、助三郎の胸に炸裂した。
だだだっ! と助三郎の身体が後方に吹っ飛び、積み上げられた商品の山に突っ込んだ。雪崩のように商品が崩れ落ち、助三郎の全身が埋まる。
がらがらと音を立て、助三郎は商品の山の中から這い出す。
驚きに、助三郎は呆然としていた。
「どうしたんだ、世之介さん?」
世之介は応えず、雄叫びを上げていた。
全身の細胞が、戦いの予感に喜悦を上げている。
戦いだ! 喧嘩だ! これこそ、俺の生き甲斐!
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