42 / 106
伝説のガクラン
3
しおりを挟む
我を纏え! 我と共に戦いに臨め!
強烈なガクランの〝意思〟が世之介の脳裏に流れ込んでくる。
ぐいっ、と世之介はガクランの布地を掴み、引き寄せた。
くるり、とガクランが回転して、背中側が顕わになる。
世之介の両目を、目映い金色の光が覆った。
小さく悲鳴を上げ、世之介は手を離す。
ガクランの背中には「男」の一文字が、燦然と輝く金色の刺繍で縫い取られていた。
「これは……何です?」
呆然と呟く世之介の背後から、茜がガクランを見詰めて答えた。
「これこそ〝伝説のガクラン〟! 背中の『男』の縫い取りが証拠だわ! 本当にあったんだ……!」
振り返ると、茜の両目は感動のあまり、キラキラと輝いていた。もう、先ほどの一件など、完全に忘れ果てている。
茜の顔が、世之介の顔に触れそうになるほど近づいている。この接近遭遇に、世之介の心臓は爆発しそうに「ドッキドッキ」と早鐘のように打っていた。
ところが、茜のほうは、まるで無頓着といってよく、目はガクランに吸い寄せられていた。
「ね、世之介さん。着てみてよ」
思わず世之介は茜の顔を見詰めた。
「わたくしが、ですか? この学生服……いや、ガクランを身に着けろと?」
茜は世之介を横目で見ると、強く頷いた。
「そうよ! 世之介さんが本物の【バンチョウ】なら、着るべきだわ! もう、誰にも、【バンチョウ】じゃないなんて、言わせることなくなるわ!」
世之介は健史の「オカマ野郎」という悪罵を思い出した。他人から言われるのは構わないが、茜もそう思っているのではないかと考えるだけで、顔から火が出そうになる。
大きく息を吸い込むと、世之介はガクランの布地を強く握りしめる。
茜が慌てて声を掛ける。
「着替えるなら、あたし、後ろ向いているからね!」
もう、茜の言葉すら耳に入ってこない。ぼんやりと意識はしているが、世之介の関心は、ただ目の前の〝伝説のガクラン〟だけに集中していた。
袴を脱ぎ、ガクランのズボンに足を入れる。上着はそのままに、袖を通した。
無意識に上着の釦を嵌めようと手が動いたが、ぴたりと止まった。何だか、このガクランで、釦をきちんと留めるのは似合わない――という判断が働いたのだ。
暫く、じっとしている。
轟きのように、ガクランの意思が世之介の脳裏に染み渡ってくる感覚に耐えた。
ガクランは世之介の潜在意識、体力、反応速度などあらゆる側面を調査している様子だった。そろそろとガクランの見えない触手が世之介の全てを探り回り、やがて何らかの結論に達したようであった。
「!」
いきなりの衝撃が世之介の全身を貫いた。まるで電流のように、世之介は自分が変化していることを悟っていた。
今、自分は別の何かに造りかえられている!
恐怖はあったが、それは同時に甘美な感覚でもあった。世之介は叫んでいた。
「あああああああああ──!」
筋肉が、骨格が、血管が変化していた。世之介の神経細胞が、あらたな配置に繋ぎ直されている。
世之介の血液が、細胞一つ一つが、新たな相に変わっていく。世之介の叫びは、赤ん坊の産声のようであった。
「世之介さん! どうしたの!」
茜が叫んでいる。
ぐいっ、と世之介は茜を見詰めた。世之介の表情を見て、茜は身を強張らせた。
──戦闘能力平均以下、脅威ではない。
世之介は一目ちらっと見ただけで、茜の敵としての評価を下していた。世之介にとって、全てが自分に対しての脅威か、そうでないかという価値基準だけであった。今の世之介は、戦士の判断だけで全てを理解していた。
世之介は自分と、閉じ込めている鉄の扉に目をやった。
出し抜けに世之介の胸に、激しい怒りが湧き上がってくる。
──自分は、自由である! 閉じ込められるのは我慢できない!
世之介の足が上がり、全身の力を込めて、扉に向けて蹴りを入れる。
ぐわんっ!
怖ろしい音を立て、鉄の扉の蝶番が吹き飛んだ。ばあん、と激しい音とともに、鉄の扉は前方に倒れ込む。
「何だ、今の音は?」
叫び声が聞こえる。
あれは助三郎の声だ。
積み上がった商品を掻き分け、助三郎が走り寄った。顔を上げた助三郎は、仰天した表情を浮かべる。
「世之介さん! あんた……」
──戦闘能力、平均以上。賽博格と認められる。戦いには、非常手段が必要。
一瞬にして世之介は助三郎が強敵であると結論付けていた。
世之介はぐっと腰を沈め、戦いに身構えた。助三郎が自分に戦いを挑むかどうかは関係がない。ただ相手が強敵になるかどうかが肝心で、常に備えている。
今の世之介は、戦いを欲していた。それは、ガクランの意思でもあった。
世之介は全身の筋肉を引き絞るよう力を溜めると、一瞬にして放出させた。だっと足の裏が床を踏みしめ、世之介は頭を先に、一本の槍のように助三郎へと向けて飛び掛かる。
助三郎はポカンとした顔のまま、世之介の攻撃を受け止めていた。
どんっ、と世之介の頭突きが、助三郎の胸に炸裂した。
だだだっ! と助三郎の身体が後方に吹っ飛び、積み上げられた商品の山に突っ込んだ。雪崩のように商品が崩れ落ち、助三郎の全身が埋まる。
がらがらと音を立て、助三郎は商品の山の中から這い出す。
驚きに、助三郎は呆然としていた。
「どうしたんだ、世之介さん?」
世之介は応えず、雄叫びを上げていた。
全身の細胞が、戦いの予感に喜悦を上げている。
戦いだ! 喧嘩だ! これこそ、俺の生き甲斐!
世之介は宙に飛び上がり、更なる攻撃を助三郎に加えていた。
強烈なガクランの〝意思〟が世之介の脳裏に流れ込んでくる。
ぐいっ、と世之介はガクランの布地を掴み、引き寄せた。
くるり、とガクランが回転して、背中側が顕わになる。
世之介の両目を、目映い金色の光が覆った。
小さく悲鳴を上げ、世之介は手を離す。
ガクランの背中には「男」の一文字が、燦然と輝く金色の刺繍で縫い取られていた。
「これは……何です?」
呆然と呟く世之介の背後から、茜がガクランを見詰めて答えた。
「これこそ〝伝説のガクラン〟! 背中の『男』の縫い取りが証拠だわ! 本当にあったんだ……!」
振り返ると、茜の両目は感動のあまり、キラキラと輝いていた。もう、先ほどの一件など、完全に忘れ果てている。
茜の顔が、世之介の顔に触れそうになるほど近づいている。この接近遭遇に、世之介の心臓は爆発しそうに「ドッキドッキ」と早鐘のように打っていた。
ところが、茜のほうは、まるで無頓着といってよく、目はガクランに吸い寄せられていた。
「ね、世之介さん。着てみてよ」
思わず世之介は茜の顔を見詰めた。
「わたくしが、ですか? この学生服……いや、ガクランを身に着けろと?」
茜は世之介を横目で見ると、強く頷いた。
「そうよ! 世之介さんが本物の【バンチョウ】なら、着るべきだわ! もう、誰にも、【バンチョウ】じゃないなんて、言わせることなくなるわ!」
世之介は健史の「オカマ野郎」という悪罵を思い出した。他人から言われるのは構わないが、茜もそう思っているのではないかと考えるだけで、顔から火が出そうになる。
大きく息を吸い込むと、世之介はガクランの布地を強く握りしめる。
茜が慌てて声を掛ける。
「着替えるなら、あたし、後ろ向いているからね!」
もう、茜の言葉すら耳に入ってこない。ぼんやりと意識はしているが、世之介の関心は、ただ目の前の〝伝説のガクラン〟だけに集中していた。
袴を脱ぎ、ガクランのズボンに足を入れる。上着はそのままに、袖を通した。
無意識に上着の釦を嵌めようと手が動いたが、ぴたりと止まった。何だか、このガクランで、釦をきちんと留めるのは似合わない――という判断が働いたのだ。
暫く、じっとしている。
轟きのように、ガクランの意思が世之介の脳裏に染み渡ってくる感覚に耐えた。
ガクランは世之介の潜在意識、体力、反応速度などあらゆる側面を調査している様子だった。そろそろとガクランの見えない触手が世之介の全てを探り回り、やがて何らかの結論に達したようであった。
「!」
いきなりの衝撃が世之介の全身を貫いた。まるで電流のように、世之介は自分が変化していることを悟っていた。
今、自分は別の何かに造りかえられている!
恐怖はあったが、それは同時に甘美な感覚でもあった。世之介は叫んでいた。
「あああああああああ──!」
筋肉が、骨格が、血管が変化していた。世之介の神経細胞が、あらたな配置に繋ぎ直されている。
世之介の血液が、細胞一つ一つが、新たな相に変わっていく。世之介の叫びは、赤ん坊の産声のようであった。
「世之介さん! どうしたの!」
茜が叫んでいる。
ぐいっ、と世之介は茜を見詰めた。世之介の表情を見て、茜は身を強張らせた。
──戦闘能力平均以下、脅威ではない。
世之介は一目ちらっと見ただけで、茜の敵としての評価を下していた。世之介にとって、全てが自分に対しての脅威か、そうでないかという価値基準だけであった。今の世之介は、戦士の判断だけで全てを理解していた。
世之介は自分と、閉じ込めている鉄の扉に目をやった。
出し抜けに世之介の胸に、激しい怒りが湧き上がってくる。
──自分は、自由である! 閉じ込められるのは我慢できない!
世之介の足が上がり、全身の力を込めて、扉に向けて蹴りを入れる。
ぐわんっ!
怖ろしい音を立て、鉄の扉の蝶番が吹き飛んだ。ばあん、と激しい音とともに、鉄の扉は前方に倒れ込む。
「何だ、今の音は?」
叫び声が聞こえる。
あれは助三郎の声だ。
積み上がった商品を掻き分け、助三郎が走り寄った。顔を上げた助三郎は、仰天した表情を浮かべる。
「世之介さん! あんた……」
──戦闘能力、平均以上。賽博格と認められる。戦いには、非常手段が必要。
一瞬にして世之介は助三郎が強敵であると結論付けていた。
世之介はぐっと腰を沈め、戦いに身構えた。助三郎が自分に戦いを挑むかどうかは関係がない。ただ相手が強敵になるかどうかが肝心で、常に備えている。
今の世之介は、戦いを欲していた。それは、ガクランの意思でもあった。
世之介は全身の筋肉を引き絞るよう力を溜めると、一瞬にして放出させた。だっと足の裏が床を踏みしめ、世之介は頭を先に、一本の槍のように助三郎へと向けて飛び掛かる。
助三郎はポカンとした顔のまま、世之介の攻撃を受け止めていた。
どんっ、と世之介の頭突きが、助三郎の胸に炸裂した。
だだだっ! と助三郎の身体が後方に吹っ飛び、積み上げられた商品の山に突っ込んだ。雪崩のように商品が崩れ落ち、助三郎の全身が埋まる。
がらがらと音を立て、助三郎は商品の山の中から這い出す。
驚きに、助三郎は呆然としていた。
「どうしたんだ、世之介さん?」
世之介は応えず、雄叫びを上げていた。
全身の細胞が、戦いの予感に喜悦を上げている。
戦いだ! 喧嘩だ! これこそ、俺の生き甲斐!
世之介は宙に飛び上がり、更なる攻撃を助三郎に加えていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!


NEOの風刺ジョーク集
夜美神威
SF
世の中のアレやコレを面白おかしく笑い飛ばせ!
クスッと笑える世相を切る風刺ジョーク集
風刺ジョークにおいて
ご気分が害される記事もあるかと思いますが
その辺はあくまでジョークとして捉えて頂きたいです

ゲームで第二の人生を!~最強?チート?ユニークスキル無双で【最強の相棒】と一緒にのんびりまったりハチャメチャライフ!?~
俊郎
SF
『カスタムパートナーオンライン』。それは、唯一無二の相棒を自分好みにカスタマイズしていく、発表時点で大いに期待が寄せられた最新VRMMOだった。
が、リリース直前に運営会社は倒産。ゲームは秘密裏に、とある研究機関へ譲渡された。
現実世界に嫌気がさした松永雅夫はこのゲームを利用した実験へ誘われ、第二の人生を歩むべく参加を決めた。
しかし、雅夫の相棒は予期しないものになった。
相棒になった謎の物体にタマと名付け、第二の人生を開始した雅夫を待っていたのは、怒涛のようなユニークスキル無双。
チートとしか言えないような相乗効果を生み出すユニークスキルのお陰でステータスは異常な数値を突破して、スキルの倍率もおかしなことに。
強くなれば将来は安泰だと、困惑しながらも楽しくまったり暮らしていくお話。
この作品は小説家になろう様、ツギクル様、ノベルアップ様でも公開しています。
大体1話2000~3000字くらいでぼちぼち更新していきます。
初めてのVRMMOものなので応援よろしくお願いします。
基本コメディです。
あまり難しく考えずお読みください。
Twitterです。
更新情報等呟くと思います。良ければフォロー等宜しくお願いします。
https://twitter.com/shiroutotoshiro?s=09
ウイークエンダー・ラビット ~パーフェクト朱墨の山~
リューガ
SF
佐竹 うさぎは中学2年生の女の子。
そして、巨大ロボット、ウイークエンダー・ラビットのパイロット。
地球に現れる怪獣の、その中でも強い捕食者、ハンターを狩るハンター・キラー。
今回は、えらい政治家に宇宙からの輸入兵器をプレゼンしたり、後輩のハンター・キラーを助けたり、パーフェクト朱墨の謎を探ったり。
優しさをつなぐ物語。
イメージ元はGma-GDWさんの、このイラストから。
https://www.pixiv.net/artworks/85213585
ヒナの国造り
市川 雄一郎
SF
不遇な生い立ちを持つ少女・ヒナこと猫屋敷日奈凛(ねこやしき・ひなりん)はある日突然、異世界へと飛ばされたのである。
飛ばされた先にはたくさんの国がある大陸だったが、ある人物から国を造れるチャンスがあると教えられ自分の国を作ろうとヒナは決意した。
G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~
風見星治
SF
平凡な男と美貌の新兵、救世の英雄が死の運命の次に抗うは邪悪な神の奸計
※ノベルアップ+で公開中の「G.o.D 神を巡る物語 前章」の続編となります。読まなくても楽しめるように配慮したつもりですが、興味があればご一読頂けると喜びます。
※一部にイラストAIで作った挿絵を挿入していましたが、全て削除しました。
話自体は全て書き終わっており、週3回程度、奇数日に更新を行います。
ジャンルは現代を舞台としたSFですが、魔法も登場する現代ファンタジー要素もあり
英雄は神か悪魔か? 20XX年12月22日に勃発した地球と宇宙との戦いは伊佐凪竜一とルミナ=AZ1の二人が解析不能の異能に目覚めたことで終息した。それからおよそ半年後。桁違いの戦闘能力を持ち英雄と称賛される伊佐凪竜一は自らの異能を制御すべく奮闘し、同じく英雄となったルミナ=AZ1は神が不在となった旗艦アマテラス復興の為に忙しい日々を送る。
一見すれば平穏に見える日々、しかし二人の元に次の戦いの足音が忍び寄り始める。ソレは二人を分断し、陥れ、騙し、最後には亡き者にしようとする。半年前の戦いはどうして起こったのか、いまだ見えぬ正体不明の敵の狙いは何か、なぜ英雄は狙われるのか。物語は久方ぶりに故郷である地球へと帰還した伊佐凪竜一が謎の少女と出会う事で大きく動き始める。神を巡る物語が進むにつれ、英雄に再び絶望が襲い掛かる。
主要人物
伊佐凪竜一⇒半年前の戦いを経て英雄となった地球人の男。他者とは比較にならない、文字通り桁違いの戦闘能力を持つ反面で戦闘技術は未熟であるためにひたすら訓練の日々を送る。
ルミナ=AZ1⇒同じく半年前の戦いを経て英雄となった旗艦アマテラス出身のアマツ(人類)。その高い能力と美貌故に多くの関心を集める彼女はある日、自らの出生を知る事になる。
謎の少女⇒伊佐凪竜一が地球に帰還した日に出会った謎の少女。一見すればとても品があり、相当高貴な血筋であるように見えるがその正体は不明。二人が出会ったのは偶然か必然か。
※SEGAのPSO2のEP4をオマージュした物語ですが、固有名詞を含め殆ど面影がありません。世界観をビジュアル的に把握する参考になるかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる