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世之介の旅支度
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「〝伝説のバンチョウ〟について、何かお聞きになっていますか?」
店員は世之介の目の前の通路を、積み上がった商品の間をすり抜けながら歩いていく。
世之介、茜、イッパチの順で迷路のような店内をぞろぞろと連れ立って歩いた。店員は何度か角を曲がったところで、前述の台詞を口にしたのだった。
「〝伝説のバンチョウ〟?」
世之介が呟くと、茜が勢い込んで口を開いた。
「あたし、知っている! この番長星で最初に【バンチョウ】の称号を得た人よ!」
「そうです」と店員は、ちらりと世之介を振り返ると、一瞬、意味ありげな笑いを浮かべた。
「〝伝説のバンチョウ〟は番長星を統合したあと、ある言葉を残しました……」
「それって……」
店員の言葉に、茜の声が高くなる。
世之介は段々、不安が高まった。いったい、この店員は何を言わんとしているのか?
世之介を時折ちらちら振り返る女店員の両目は、きらきらと輝き、唇を舐め回す舌先の動きが激しくなってくる。
とうとう女店員はくるりと振り向き、後ろ足になりながら、両手を高く差し上げる。
「〝伝説のバンチョウ〟は、こう言い残しました。『いつか、天空から番長星を救いに、真の【バンチョウ】がやってくる!』と」
ぴたり、と女店員の足取りが止まる。差し上げた両手を今度は世之介に向けた。手の指が内側に曲がり、猛禽類の爪のように何かを掴むようにしている。
「いま〝伝説のバンチョウ〟が予言した人が現れたのです! そう! あなたです!」
世之介の額にじっとりと汗が噴き出る。店内は充分ぎんぎんに空調が効いていて、暑くなどないはずなのだ。なのに、なぜか、むっとくるような熱気を感じていた。
女店員は世之介に近々と顔を寄せ、大きく見開いた両目で世之介の両目を見詰める。女店員の黒々とした瞳に、世之介の怯えた表情が映っていた。
さっと女店員は、店内の一角を指差した。
「わたくしはここで、〝伝説のバンチョウ〟が予言したあなたを待っていたのです。〝美湯灰善〟の店長は、代々言い伝えを守り、待ち続けました。今、あなたが現れたのです! さあ、あそこの扉を御覧なさい」
いつの間にか世之介は、森閑とした店内の、どこか倉庫のようなところに連れ込まれている自分に気付いた。積み上がっている荷物は梱包が解かれる前の、段ボールのままで、静けさとともに、少し黴臭い匂いが混じっている。
荷物の隙間に、一枚の扉があった。相当に古びていて、取っ手の辺りには、赤茶色の錆がべっとり浮き出ている。
女店員は震える両手で、ガチャガチャと煩く鍵束を持ち出した。その中から、もっとも大きく、もっとも古びた一本の鍵を取り出した。店員はぐっと唾を飲み込み、鍵の先を扉の鍵穴にこじ入れる。
ぐりっ、と女店員は力一杯、鍵を回した。
ガチャッ……と、鍵が開く音がする。
店員は両手を使って取っ手を引っ張り、扉を開く。
ギイイイ、と軋み音とともに、扉が開かれた。開くと女店員は誇らしげに世之介を振り返る。
「これを御覧なさい!」
世之介は好奇心に駆られ、女店員の指し示した扉の内部に顔を突き出した。
扉の内部はごく狭い部屋になっていて、こちらも外と同様、色んな荷物が梱包されたまま積み上がっている。その真ん中に、一組のガクランが衣紋掛けに吊るされていた。
どきり……と、世之介の鼓動が跳ね上がる。
思わず世之介は目を見開き、我知らず目の前に吊るされているガクランに近づいた。
ガクランの裾は長く、膝ほども達している。いわゆる「長ラン」と呼ばれる形式だ。襟は高く、肩はぐっと張り出している。もし身に着ければ、堂々とした姿になるであろうと思われる。
それより世之介の目を引いたのは、ガクランの布地の色だった。
真っ赤である。
すなわち血潮の色。見ているだけで何か、胸の鼓動が高鳴りそうな、燃えるような赤。
世之介は目を離すことすらできなかった。ただ、魅入られたように、じっと目の前のガクランを見詰めている。
背後から、女店員が囁いた。
「その者、赤き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし……! 古くからの言い伝えです……」
世之介は、女店員の囁きを無視して、そっと手を伸ばし、ガクランの布地に指を触れさせる。
その瞬間、突き刺さるようなある〝意思〟が、指先を通じ、世之介の脳裏に天啓のように閃いた。
我を纏え!
我は、そなたと共にある!
囁きは、まるで命令のようだった。ガクランの命令に、世之介は必死に抗った。自制心を振り絞り、世之介は全身の力を込めて腕を引く。指先が離れ、先ほどの強烈なガクランの〝意思〟は去った。
はあはあと世之介は息を荒げていた。
「これは、いったい……」
言いかけたその時、イッパチが呆然と部屋の中を覗き込んでいる茜の背中を思い切り「どん!」と押し込んだ。
茜は「きゃっ!」と叫んで、勢い良く世之介の胸に飛び込んでくる。
イッパチはそれを見て、扉を力一杯、閉めてしまった。
ガチャーン! 虚ろな扉の閉まる音が部屋の中に響く。
そして──。
ガチャリ! と外側から鍵が閉められる音が響いていた!
「イッパチ!」
世之介は叫ぶと扉に取り付いた。ぐっと押すが、びくとも動かない。その時、世之介は扉の鍵は外側しか掛けられないことを思い出していた。
世之介と茜は、閉じ込められたのだ。
店員は世之介の目の前の通路を、積み上がった商品の間をすり抜けながら歩いていく。
世之介、茜、イッパチの順で迷路のような店内をぞろぞろと連れ立って歩いた。店員は何度か角を曲がったところで、前述の台詞を口にしたのだった。
「〝伝説のバンチョウ〟?」
世之介が呟くと、茜が勢い込んで口を開いた。
「あたし、知っている! この番長星で最初に【バンチョウ】の称号を得た人よ!」
「そうです」と店員は、ちらりと世之介を振り返ると、一瞬、意味ありげな笑いを浮かべた。
「〝伝説のバンチョウ〟は番長星を統合したあと、ある言葉を残しました……」
「それって……」
店員の言葉に、茜の声が高くなる。
世之介は段々、不安が高まった。いったい、この店員は何を言わんとしているのか?
世之介を時折ちらちら振り返る女店員の両目は、きらきらと輝き、唇を舐め回す舌先の動きが激しくなってくる。
とうとう女店員はくるりと振り向き、後ろ足になりながら、両手を高く差し上げる。
「〝伝説のバンチョウ〟は、こう言い残しました。『いつか、天空から番長星を救いに、真の【バンチョウ】がやってくる!』と」
ぴたり、と女店員の足取りが止まる。差し上げた両手を今度は世之介に向けた。手の指が内側に曲がり、猛禽類の爪のように何かを掴むようにしている。
「いま〝伝説のバンチョウ〟が予言した人が現れたのです! そう! あなたです!」
世之介の額にじっとりと汗が噴き出る。店内は充分ぎんぎんに空調が効いていて、暑くなどないはずなのだ。なのに、なぜか、むっとくるような熱気を感じていた。
女店員は世之介に近々と顔を寄せ、大きく見開いた両目で世之介の両目を見詰める。女店員の黒々とした瞳に、世之介の怯えた表情が映っていた。
さっと女店員は、店内の一角を指差した。
「わたくしはここで、〝伝説のバンチョウ〟が予言したあなたを待っていたのです。〝美湯灰善〟の店長は、代々言い伝えを守り、待ち続けました。今、あなたが現れたのです! さあ、あそこの扉を御覧なさい」
いつの間にか世之介は、森閑とした店内の、どこか倉庫のようなところに連れ込まれている自分に気付いた。積み上がっている荷物は梱包が解かれる前の、段ボールのままで、静けさとともに、少し黴臭い匂いが混じっている。
荷物の隙間に、一枚の扉があった。相当に古びていて、取っ手の辺りには、赤茶色の錆がべっとり浮き出ている。
女店員は震える両手で、ガチャガチャと煩く鍵束を持ち出した。その中から、もっとも大きく、もっとも古びた一本の鍵を取り出した。店員はぐっと唾を飲み込み、鍵の先を扉の鍵穴にこじ入れる。
ぐりっ、と女店員は力一杯、鍵を回した。
ガチャッ……と、鍵が開く音がする。
店員は両手を使って取っ手を引っ張り、扉を開く。
ギイイイ、と軋み音とともに、扉が開かれた。開くと女店員は誇らしげに世之介を振り返る。
「これを御覧なさい!」
世之介は好奇心に駆られ、女店員の指し示した扉の内部に顔を突き出した。
扉の内部はごく狭い部屋になっていて、こちらも外と同様、色んな荷物が梱包されたまま積み上がっている。その真ん中に、一組のガクランが衣紋掛けに吊るされていた。
どきり……と、世之介の鼓動が跳ね上がる。
思わず世之介は目を見開き、我知らず目の前に吊るされているガクランに近づいた。
ガクランの裾は長く、膝ほども達している。いわゆる「長ラン」と呼ばれる形式だ。襟は高く、肩はぐっと張り出している。もし身に着ければ、堂々とした姿になるであろうと思われる。
それより世之介の目を引いたのは、ガクランの布地の色だった。
真っ赤である。
すなわち血潮の色。見ているだけで何か、胸の鼓動が高鳴りそうな、燃えるような赤。
世之介は目を離すことすらできなかった。ただ、魅入られたように、じっと目の前のガクランを見詰めている。
背後から、女店員が囁いた。
「その者、赤き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし……! 古くからの言い伝えです……」
世之介は、女店員の囁きを無視して、そっと手を伸ばし、ガクランの布地に指を触れさせる。
その瞬間、突き刺さるようなある〝意思〟が、指先を通じ、世之介の脳裏に天啓のように閃いた。
我を纏え!
我は、そなたと共にある!
囁きは、まるで命令のようだった。ガクランの命令に、世之介は必死に抗った。自制心を振り絞り、世之介は全身の力を込めて腕を引く。指先が離れ、先ほどの強烈なガクランの〝意思〟は去った。
はあはあと世之介は息を荒げていた。
「これは、いったい……」
言いかけたその時、イッパチが呆然と部屋の中を覗き込んでいる茜の背中を思い切り「どん!」と押し込んだ。
茜は「きゃっ!」と叫んで、勢い良く世之介の胸に飛び込んでくる。
イッパチはそれを見て、扉を力一杯、閉めてしまった。
ガチャーン! 虚ろな扉の閉まる音が部屋の中に響く。
そして──。
ガチャリ! と外側から鍵が閉められる音が響いていた!
「イッパチ!」
世之介は叫ぶと扉に取り付いた。ぐっと押すが、びくとも動かない。その時、世之介は扉の鍵は外側しか掛けられないことを思い出していた。
世之介と茜は、閉じ込められたのだ。
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