ウラバン!~SF好色一代男~

万卜人

文字の大きさ
上 下
34 / 106
【ツッパリ・ランド】の刺客

3

しおりを挟む
 賽博格! 風祭が賽博格だって?
 世之介はようやく、さきほどからの疑問が氷解するのを感じていた。さっきの木刀での手応えは、賽博格体ゆえのものだったのか。
 風祭は、ぐりぐりと肩の関節を動かし、立ちはだかった助三郎と格乃進を舐めるように睨みつけた。
「そう言う、お前らも賽博格らしいな……」
 ぐっと腰を沈め、風祭は目を光らせる。実際、風祭の両目は、不気味な青白い光を放っていた。
 ぶーん……。
 風祭の全身から、奇妙な甲高い機械音が聞こえてくる。ぶるぶるぶるっ、と風祭の全身が細かく震え出した。
 世之介は木刀を杖にして立ち上がった。
 いったい、何事が起ころうとしているのか。
 助三郎と格乃進は顔を見合わせ、頷き合った。その瞬間、二人の姿は世之介の眼前から一瞬にして掻き消えていた。
「あっ!」
 世之介は驚きに目を見開いた。
 何と対峙しているはずの、風祭の姿も突然、消滅していた。
 しゅっ! しゅっ!
 空中を、何か切り裂くような音が聞こえてくる。
「何事ですか!」
 側にいた光右衛門に尋ねる。光右衛門は、今の出来事を承知しているような表情を浮かべていた。
「助さん、格さんの二人が、加速状態に入ったのです。常人の、数倍から数十倍、恐らく数百倍の速度で動き回り、音速を超え戦っているのです。そのため、わしらには、三人の姿を見ることは叶わないのでしょう」
 ごんっ!
 音に顔を向けると、建物の角が爆発したように飛び散った所だった。
 ばさっ、と立ち木の枝が揺れ、めきめきと音を立て幹が折れ曲がる。
 ばあんっ! という爆発音に似た音が響く。多分、音速を超えて動き回っているための、衝撃波だ。
 音速を超えると、空気は一瞬にして圧縮され、爆発音に似た音を響かせるのである。
 べこっ、と四輪車の外板が凹み、ばあんっと一瞬にして窓硝子に細かな亀裂が走る。
 世之介の全身に、冷たい汗が流れる。こんな相手と、自分は戦おうとしていたのか! 知らないこととはいえ、何て無茶だったのだろう。
 目の前を、黒い影が何度も一瞬で通りすぎる。多分、どれかが助三郎で、格乃進、風祭の三人なのだ。あまりに素早すぎ、網膜に像を結ぶ暇がない。
「ぐわあああっ!」
 魂消るような叫び声、いや、咆哮とも言える雄叫びが世之介の耳朶を打った。道路の真ん中を、巨大な何かが、路面をがつがつと音を立て抉り取り、濛々とした土煙を立てる。
 土埃が収まると、風祭の巨躯が、長々と大の字に寝そべっているのを認めた。その両側に、助三郎と格乃進の二人が立っている。
 三人の身に纏っていた着物は、完全にぼろぼろに千切れ、僅かな布切れだけが纏いついている。超高速の動きに、ぼろぼろに千切れてしまったのだ。
 さらに三人の身体からは、ぶすぶすといぶる白煙が立ち上っていた。音速を超える動きで、空気との摩擦熱が発火点を越えたのだ。
 助三郎と格乃進の身体を見て、世之介は二人が風呂に入りたがらなかった訳を、ようやく納得した。
 顔と腕など、露出した部分はかろうじて、人間らしい人造皮膚で覆われているが、その他の部分はまさに戦闘用といっていい、ごつごつとした表面の、昆虫の甲羅のような素材で覆われている。恐らく、防弾、防熱素材でできているのだ。その姿は、傀儡人ロボットといっても間違いではない。
「ぐうううっ!」
 横たわる風祭は、必死になって起き上がろうと藻掻もがいている。手の平を地面に支え、上体を起こそうとする。
 だが、そのたびにガクリ、ガクリと寝そべってしまう。
「無理に起き上がろうとしてはいけない。お前の制御装置を破壊した。新たな装置を入れ替えなければ、動けないぞ」
 助三郎が横たわる風祭を見下ろし、痛ましげな表情になって声を掛けた。見上げる風祭は、視線で助三郎を殺してしまいたいというような、物凄い形相になる。
「なぜだ……。なぜ、俺が負けた? 俺は最強の【バンチョウ】に生まれ変わったはずなのに!」
 風祭が呻く。ぐいっ、と顔だけをネジ向けて叫ぶ。
「お前ら、何者だ? ただの賽博格じゃないだろう!」
「いいや」と格乃進が首を振った。
「お前と同じ、賽博格だが、俺たちはこの身体になってから長い。加速状態になってからの戦い方も、慣れている。加速状態になってからは、人間の脳は超高速の反応に対応でききれない。そのため、予備電子脳に交替させ、身体を制御するのだ。だが、充分な期間、行動を慣熟させていないと、その能力を発揮できない。お前は賽博格体になってから、そう長くはないのだろう?」
「ふっ」と風祭は苦く笑った。頷く。
「そうさ、ウラバン様にこの身体にして頂いたのだ……。【ツッパリ・ランド】でな。そこにいる健史が……」
 ギョロリと立ち竦んでいる健史を睨む。健史は風祭の視線に「ひっ!」と小さく悲鳴を発し、飛び上がった。
「ここで新たな【バンチョウ】が出現した、と報告してきてな。それで、ウラバン様が俺に調査するよう命じた。ウラバン様の任命されない【バンチョウ】など、存在を許すわけにはいかん!」
 世之介は、ぐっと風祭に近づき、声を掛ける。
「そのウラバンとは、何者です? どうして、わたくしが【バンチョウ】だといけないのです?」
 風祭は嘲るような笑いを浮かべた。
「それが知りたければ【ツッパリ・ランド】に行くことだ! ウラバン様とは、そこで会える。ウラバン様がお前を前にしたら、どうするか……。楽しみだ!」
 光右衛門が厳しい顔つきになって、その場にいた、健史の仲間に命令する。
「あなたがた! さあ、何をしているのです。あなたがたのお仲間の風祭とか申す男が難儀しているのです。助けるのが人情ではありませんか? さっさと連れ帰りなさい!」
 光右衛門の命令は威厳があり、咄嗟には逆らうことができないほどの重みがあった。
 健史が連れてきた仲間たちは青ざめた顔を見合わせた。
 ぎくしゃくした動きで恐る恐る風祭の周りに集まり、手に手を取って、巨大な身体を持ち上げようとする。
 が、風祭の身体は賽博格であるためか、よほど重く、びくともしない。助三郎と格乃進は歩み寄ると、風祭の脇に手を入れ、ひょいと持ち上げた。そのままずるずると引き摺って、風祭が乗り込んでいた黒い車に運んでいく。
 呆然と見送っていた健史は、世之介の視線に顔を真っ白にさせた。赤くなったり、白くなったり、忙しい男である。
 世之介は怒りに燃えていた。
 たかが喧嘩に強くなりたいだけの馬鹿な欲望で、自分の身体を賽博格にさせる、この番長星の人間の思慮のなさに、腹を立てていたのである。
 かくかくと全身を震わせ、健史はよたよたと後ろに下がった。ぽたぽたと股間から黄色い液体が洩れている。
 失禁しているのだ。
「お……お助けっ!」
 悲鳴を上げると、転げるように自分の二輪車に跨った。じたばたと、みっともなく動力を入れ、後を見ることなく一散に逃げていく。
 逃げ散っていく連中を前に、世之介は静かに【ツッパリ・ランド】を目指す覚悟を固めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鮭さんのショートショート(とても面白い)

salmon mama
SF
脳みそひっくり返すぜ

化け物バックパッカー

オロボ46
SF
自分ノ触覚デ見サセテヨ、コノ世界ノ価値。写真ヤ言葉ダケデナク、コノ触覚デ。  黒いローブで身を隠す少女は、老人にそう頼む。  眼球代わりの、触覚を揺らしながら。  変異体。  それは、“突然変異症”によって、人間からかけ離れた姿となった元人間である。  変異体は、人間から姿を隠さなければならない。  それが出来なければ、待つのは施設への隔離、もしくは駆除だ。  変異体である少女に、人間の老人はこう答える。 お嬢さんはこの世界の価値を見させくれるのか?  ここは、地球とそっくりに創造された星。  地球と似た建物、地形、自然、人々が存在する星。    人間に見つからないように暮らす“変異体”が存在する星。  世界に対して独自の考えを持つ、人間と変異体が存在する星。  バックパックを背負う人間の老人と、変異体の少女が旅をする星。  「小説家になろう」「カクヨム」「マグネット」と重複投稿している短編集です。各話の繋がりはあるものの、どこから読んでも問題ありません。  次回は9月19日(月)を予定しています。 (以前は11日の公開予定でしたが、事情で遅れての公開になってしまいました……) ★←このマークが付いている作品は、人を選ぶ表現(グロ)などがある作品です。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

地球防衛チームテレストリアルガードの都合!? 9章

のどか
SF
読んでいただけたら幸いです

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...