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【ツッパリ・ランド】の刺客
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わんわんと耳を劈く騒音に、世之介はぱっちりと目を開いた。
がば! と寝床から起き上がり、窓の外を眺める。窓からは番長星の主星が投げかける菫色の朝の光が眩しく室内に差し込んでいた。
「なんですかな……まるで野犬の吠えるかのごとき、騒音ですが」
光右衛門が不機嫌そうな顔つきで寝台から起き上がる。供の助三郎と格乃進は、すでに起きていて、窓の側に油断なく身構えている。
ここは……?
世之介は記憶の混乱に、一瞬はっと戸惑う。
「あ~あ……、朝飯は、まだなんですかい?」
隣でイッパチが呑気そうな声を上げた。イッパチの顔を見て、世之介は「ああそうか、茜の兄の、勝の部屋だ」と自分のいる場所を確認する。
あれから世之介は湯船で逆上せ、引っくり返り、素っ裸のままイッパチに担ぎ上げられて部屋へと戻ったのだった。
その時の情景を思い出し、世之介は一人で顔を火照らせた。当然、目を回しているから、完全に裸で、その裸を茜に目撃されている。
「朝飯どころではありませんぞっ!」
光右衛門は鋭い声を上げた。窓の外を眺めていた格乃進は緊張した表情を浮かべる。
「ご隠居様、無数の二輪車が見えます。その他に四輪の車も数台ほど混ざっております。どうやら、周りを取り囲んでいる様子です」
世之介は立ち上がり、格乃進の側へ近寄った。一同がいる部屋は一階にあり、道路に面している。その道路を、無数の二輪車、四輪車が埋め尽くしていた。
二輪車、四輪車は壮んに動力機関を全開にして、辺り構わぬ騒音を撒き散らしている。
時々「ぱぱら・ぱぱぱぱ~ぱぱ・ぱぱぱ~」と聞こえる、奇妙な音階の音が混じる。後で聞いたところによると「名付親愛情曲《ゴッド・ファーザー愛のテーマ》」という、ツッパリにはお馴染みの音楽だそうだ。
二輪車の操縦者の一人に、世之介は見覚えがあった。
つるつるに剃り上げた、鬼灯のような頭。すこぶる陰険な目付き。そうだ、あれは最初に世之介に喧嘩を吹っかけた、健史である。
健史は二輪車を止めると、例の甲高いガラガラ声を張り上げた。聞いていると、苛々してくる耳障りな声音である。
「オカマ野郎! 出てきやがれ! こらあ、卑怯者……」
世之介はイッパチに尋ねた。
「オカマ野郎って、何だろう? 昨日も、あいつは同じ言葉を言っていたけど」
イッパチは頷いた。
「もしかして、陰間のことじゃねえですかねえ……」
世之介はイッパチの推測を耳にして「ははあ」と感心した。
しかしすぐ、じわじわと怒りが込み上げる。自分をあんな、ナヨナヨした連中と一緒にされてたまるか!
どんどんどん! と扉が外から叩かれ、一同はぎょっと硬直した。
「世之介さん! 大変……健史が!」
扉から聞こえたのは、茜の叫び声だった。
ほっとなって、世之介は大股で扉に近づき、開こうとする。ところが、扉は固く閉じられ、びくとも動かない。
いけない! この扉は大江戸とは違い、〝片観音開き〟で、蝶番で開くんだった……。つい、慌てて横に滑らそうとしていた。
取っ手を掴み、開くと、茜の青ざめた顔が目に飛び込んでくる。
「見た? 健史が乗り込んで来たわ!」
前置き抜きでいきなり喋り出す。世之介は頷いた。
「ああ、今度はだいぶ、お仲間を連れてきたようだね」
茜は両目をまん丸に見開き、世之介の顔を見上げている。恐怖に、茜の瞳孔は、ぽっかりと開いていた。
「どうすんの?」
無言で、世之介は履物を突っかけると、外へ出た。ぞろぞろとイッパチ、光右衛門、助三郎、格乃進らが従いてくる。【集会所】を回って、表の道路へと向かう。
「おっ!」
姿を表した世之介を見て、健史が身構え、やや怯んだ表情になった。が、すぐに自信たっぷりな態度に豹変する。
「出てきやがったな、オカマ野郎!」
「そのオカマ野郎はやめませんか? わたくしは、そのような趣味はありませんから」
世之介は穏やかに話し掛けた。だが、怒りが語尾を僅かに震わせる。
「けっ!」
健史は毒々しく舌打ちすると、背後を振り返った。
「風祭さん! 出てきやがりましたぜ! あいつが偽者の【バンチョウ】でさあ!」
健史の背後には、真っ黒な塗装の、四輪車が停車していた。がちゃりと扉が開かれ、むくむくと内部から一人の人物が姿を表した。
がば! と寝床から起き上がり、窓の外を眺める。窓からは番長星の主星が投げかける菫色の朝の光が眩しく室内に差し込んでいた。
「なんですかな……まるで野犬の吠えるかのごとき、騒音ですが」
光右衛門が不機嫌そうな顔つきで寝台から起き上がる。供の助三郎と格乃進は、すでに起きていて、窓の側に油断なく身構えている。
ここは……?
世之介は記憶の混乱に、一瞬はっと戸惑う。
「あ~あ……、朝飯は、まだなんですかい?」
隣でイッパチが呑気そうな声を上げた。イッパチの顔を見て、世之介は「ああそうか、茜の兄の、勝の部屋だ」と自分のいる場所を確認する。
あれから世之介は湯船で逆上せ、引っくり返り、素っ裸のままイッパチに担ぎ上げられて部屋へと戻ったのだった。
その時の情景を思い出し、世之介は一人で顔を火照らせた。当然、目を回しているから、完全に裸で、その裸を茜に目撃されている。
「朝飯どころではありませんぞっ!」
光右衛門は鋭い声を上げた。窓の外を眺めていた格乃進は緊張した表情を浮かべる。
「ご隠居様、無数の二輪車が見えます。その他に四輪の車も数台ほど混ざっております。どうやら、周りを取り囲んでいる様子です」
世之介は立ち上がり、格乃進の側へ近寄った。一同がいる部屋は一階にあり、道路に面している。その道路を、無数の二輪車、四輪車が埋め尽くしていた。
二輪車、四輪車は壮んに動力機関を全開にして、辺り構わぬ騒音を撒き散らしている。
時々「ぱぱら・ぱぱぱぱ~ぱぱ・ぱぱぱ~」と聞こえる、奇妙な音階の音が混じる。後で聞いたところによると「名付親愛情曲《ゴッド・ファーザー愛のテーマ》」という、ツッパリにはお馴染みの音楽だそうだ。
二輪車の操縦者の一人に、世之介は見覚えがあった。
つるつるに剃り上げた、鬼灯のような頭。すこぶる陰険な目付き。そうだ、あれは最初に世之介に喧嘩を吹っかけた、健史である。
健史は二輪車を止めると、例の甲高いガラガラ声を張り上げた。聞いていると、苛々してくる耳障りな声音である。
「オカマ野郎! 出てきやがれ! こらあ、卑怯者……」
世之介はイッパチに尋ねた。
「オカマ野郎って、何だろう? 昨日も、あいつは同じ言葉を言っていたけど」
イッパチは頷いた。
「もしかして、陰間のことじゃねえですかねえ……」
世之介はイッパチの推測を耳にして「ははあ」と感心した。
しかしすぐ、じわじわと怒りが込み上げる。自分をあんな、ナヨナヨした連中と一緒にされてたまるか!
どんどんどん! と扉が外から叩かれ、一同はぎょっと硬直した。
「世之介さん! 大変……健史が!」
扉から聞こえたのは、茜の叫び声だった。
ほっとなって、世之介は大股で扉に近づき、開こうとする。ところが、扉は固く閉じられ、びくとも動かない。
いけない! この扉は大江戸とは違い、〝片観音開き〟で、蝶番で開くんだった……。つい、慌てて横に滑らそうとしていた。
取っ手を掴み、開くと、茜の青ざめた顔が目に飛び込んでくる。
「見た? 健史が乗り込んで来たわ!」
前置き抜きでいきなり喋り出す。世之介は頷いた。
「ああ、今度はだいぶ、お仲間を連れてきたようだね」
茜は両目をまん丸に見開き、世之介の顔を見上げている。恐怖に、茜の瞳孔は、ぽっかりと開いていた。
「どうすんの?」
無言で、世之介は履物を突っかけると、外へ出た。ぞろぞろとイッパチ、光右衛門、助三郎、格乃進らが従いてくる。【集会所】を回って、表の道路へと向かう。
「おっ!」
姿を表した世之介を見て、健史が身構え、やや怯んだ表情になった。が、すぐに自信たっぷりな態度に豹変する。
「出てきやがったな、オカマ野郎!」
「そのオカマ野郎はやめませんか? わたくしは、そのような趣味はありませんから」
世之介は穏やかに話し掛けた。だが、怒りが語尾を僅かに震わせる。
「けっ!」
健史は毒々しく舌打ちすると、背後を振り返った。
「風祭さん! 出てきやがりましたぜ! あいつが偽者の【バンチョウ】でさあ!」
健史の背後には、真っ黒な塗装の、四輪車が停車していた。がちゃりと扉が開かれ、むくむくと内部から一人の人物が姿を表した。
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