26 / 106
世之介のタイマン勝負
6
しおりを挟む
食堂に入ると、杏萄絽偉童の女給が出迎えた。大江戸で使用されている杏萄絽偉童に比べると、大幅に旧型の形式で、人造皮膚がはっきりと見てとれた。
杏萄絽偉童は歌うような口調で「いらっしゃいませ~!」と頭を下げると、手馴れた様子で全員を席へ案内する。
大きな卓に案内された世之介の隣に茜が座り、年長の光右衛門が奥まった席へと座る。助三郎、格乃進は光右衛門の両隣で、世之介の両隣には茜とイッパチが陣取った。
席につくなり、全員は口々に注文を叫ぶ。杏萄絽偉童の女給はてきぱきと受け答えをして、注文を受けていく。
女給が下がるなり、すぐに食事が運ばれてきた。出来合いの料理を温めるだけのものらしく、全員は目の前に運ばれた料理を飢えた狼の群れのように、がつがつと食べ始めた。
茜は興奮した様子で、世之介と健史の対決の場を大袈裟な誇張を交え、話し出した。時々「ほう」とか「ああ!」とか聞き手の間から感嘆の声が上がった。
茜の描写を聞くうち、世之介は自分が仕出かした顛末が、まるで英雄物語の一場面で、自分のこととは、とても思えなくなった。
「それでねえ……世之介さんがびしっと健史の鼻っ柱を打つと、奴はびゅーんっ、とこーんなに吹っ飛んで……血が、こーんなに……」
頬を真っ赤に紅潮させている茜に、世之介は肘を掴んで口を挟んだ。
「あのう、茜さん。ちょっと大袈裟なんじゃないでしょうか? あたしは、そんな力持ちじゃ御座いませんよ」
茜は「はっ」と息を吐き出した。
「いいじゃない! あたし、本物の喧嘩を見たの、初めてなんだもん!」
「えらいっ! さすが本物の【バンチョウ】だっ! 自分の手柄を誇らないなんて、実に見上げたもんだ!」
ぱしっ、と自分の膝を叩き、茜の父親が叫んだ。隣で母親も「うんうん」と相槌を打っている。
世之介は全員の顔を見渡した。
皆、憧憬の眼差しで世之介の顔を熱っぽく見詰めている。たかが喧嘩をしただけで、これほどの尊敬を受けるとは、思いがけないことである。
ここは腕っ節がものを言う世界なんだ。
世之介としては、一刻も早くこんな世界から逃げ出し、もとの大江戸へ戻りたくなっていた。
偶然とはいえ、喧嘩に勝利したことを、世之介は全く誇るべきことだとは思えなかったのである。逆にこれから、ひどい厄介ごとが持ち上がりそうな予感を覚えていた。
杏萄絽偉童は歌うような口調で「いらっしゃいませ~!」と頭を下げると、手馴れた様子で全員を席へ案内する。
大きな卓に案内された世之介の隣に茜が座り、年長の光右衛門が奥まった席へと座る。助三郎、格乃進は光右衛門の両隣で、世之介の両隣には茜とイッパチが陣取った。
席につくなり、全員は口々に注文を叫ぶ。杏萄絽偉童の女給はてきぱきと受け答えをして、注文を受けていく。
女給が下がるなり、すぐに食事が運ばれてきた。出来合いの料理を温めるだけのものらしく、全員は目の前に運ばれた料理を飢えた狼の群れのように、がつがつと食べ始めた。
茜は興奮した様子で、世之介と健史の対決の場を大袈裟な誇張を交え、話し出した。時々「ほう」とか「ああ!」とか聞き手の間から感嘆の声が上がった。
茜の描写を聞くうち、世之介は自分が仕出かした顛末が、まるで英雄物語の一場面で、自分のこととは、とても思えなくなった。
「それでねえ……世之介さんがびしっと健史の鼻っ柱を打つと、奴はびゅーんっ、とこーんなに吹っ飛んで……血が、こーんなに……」
頬を真っ赤に紅潮させている茜に、世之介は肘を掴んで口を挟んだ。
「あのう、茜さん。ちょっと大袈裟なんじゃないでしょうか? あたしは、そんな力持ちじゃ御座いませんよ」
茜は「はっ」と息を吐き出した。
「いいじゃない! あたし、本物の喧嘩を見たの、初めてなんだもん!」
「えらいっ! さすが本物の【バンチョウ】だっ! 自分の手柄を誇らないなんて、実に見上げたもんだ!」
ぱしっ、と自分の膝を叩き、茜の父親が叫んだ。隣で母親も「うんうん」と相槌を打っている。
世之介は全員の顔を見渡した。
皆、憧憬の眼差しで世之介の顔を熱っぽく見詰めている。たかが喧嘩をしただけで、これほどの尊敬を受けるとは、思いがけないことである。
ここは腕っ節がものを言う世界なんだ。
世之介としては、一刻も早くこんな世界から逃げ出し、もとの大江戸へ戻りたくなっていた。
偶然とはいえ、喧嘩に勝利したことを、世之介は全く誇るべきことだとは思えなかったのである。逆にこれから、ひどい厄介ごとが持ち上がりそうな予感を覚えていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
世紀末の仙人 The Last Monster of the Century
マーク・キシロ
SF
どこかの辺境地に不死身の仙人が住んでいるという。
誰よりも美しく最強で、彼に会うと誰もが魅了されてしまうという仙人。
世紀末と言われた戦後の世界。
何故不死身になったのか、様々なミュータントの出現によって彼を巡る物語や壮絶な戦いが起き始める。
母親が亡くなり、ひとりになった少女は遺言を手掛かりに、その人に会いに行かねばならない。
出会い編
青春編
過去編
ハンター編
アンドロイド戦争編
解明・未来編
*明確な国名などはなく、近未来の擬似世界です。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
【完結】美しい7人の少女達が宿命の敵と闘う!!ナオミ!貴女の出番よ!!恋愛・バトル・学園、そして別れ……『吼えろ!バーニング・エンジェルズ』
上条 樹
SF
「バーニ」、それは未知のテクノロジーを元に開発された人造人間。
彼女達は、それぞれ人並み外れた特殊な能力を身に付けている。
そして……、新たに加わった7人目の少女ナオミ。
彼女を軸に物語は始まる。
闘い、恋、別れ。
ナオミの恋は実るのか!?
いや、宿敵を倒すことは出来るのか!?
第一部「吼えろ!バーニング・エンジェルズ」
ナオミ誕生の物語。ガールズストーリー
第二部「バーニング・エンジェルズ・アライブ」
新たなバーニ「ミサキ」登場。ボーイズストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる