22 / 106
世之介のタイマン勝負
2
しおりを挟む
がちゃり、と支柱を下げ、茜は素早く二輪車から地面に降りると猛然と喚いた。
「健史! 何を考えてんだ! 死にたいのかい?」
二輪車に跨ったまま、健史は顎を襟にうずめるように引いて、じろりと後席に跨ったままの世之介を睨みつけた。
「気に食わねえな! 茜、いつか俺は、お前に言ったよなあ……。二人で二輪車に乗って旅でもしないかって! あんときゃ、考えておくって返事で、そのままだったが、いつの間にか、こんな訳の判らないオカマ野郎を後ろに乗っけやがって! そいつの、どこがいいんだよう?」
茜は溜息を吐いて肩を竦める。
「馬鹿じゃないの? 何であたしが、あんたとそんな頓狂な約束しなければなんないの? 本当に、あんたって馬鹿ねえ……」
呆れた、という様子で、首をゆっくりと左右に振る。
健史の顔が見る間に真赤に染まった。世之介はまるで茹蛸だ、と思った。
健史は黙ったまま二輪車の支柱を立てると、ゆっくりと地面に降り立ち、身体を揺するような独特の歩き方で、よたりながら世之介に近づく。
「おい!」
押し殺した声を掛けてくる。目は陰険に光っている。
近づいた健史の口から、ぷん、と薄荷のきつい匂いが漂った。口の中に何かくちゃくちゃ噛んでいて、それが薄荷の匂いを漂わせているのだ。健史は顔を擦り付けるように近々と寄せてきた。
世之介は思わず身を引くと、健史はさっと手を伸ばしてきて、世之介の襟首を掴んだ。
「お前……勝負しろ!」
「健史! あんた、何、馬鹿なこと……」
茜が叫ぶと、健史はさっと顔をねじ向け喚いた。
「うるせえっ! お前は黙ってろい! これは男と男の話し合いだ!」
〝男と男〟という言葉に、茜はぎくりと押し黙った。この言葉は、番長星では絶対の価値を持つ。この言葉の前では、どんな論理も太刀打ちできない。
健史は無理矢理ぐいぐい世之介の身体を引き摺り、二輪車から降ろした。世之介の両膝は全く力が入らず、健史の思うままになっている。
「俺か、お前か、どっちが茜と一緒の二輪車に乗るのが相応しいか、勝負だ! タイマンだぞ!」
世之介は震える唇から、必死に言葉を押し出す。
「しょ、勝負って、どういうことですか? なぜ、あたしがそんなこと……」
世之介の言葉を耳にして、健史の表情が変わった。ぷっ、と口の中で息を詰め、全身が細かく震え出す。
「だあーっ、はっはっはっはっ!」
身を折り、爆笑した。ひとしきり笑った後、健史は周りの人間に向け、大声で宣言した。
「聞いたか! このオカマ野郎、あたしだってよ! こいつぁ、本当のオカマ野郎だぜ! こんなオカマ野郎を、茜の後ろに乗せる訳には金輪際いかねえなあ! ぶっとばしてやる!」
どん、と思い切り健史は世之介の胸を突いた。よろよろっと世之介は踏鞴を踏み、背後に倒れ掛かる。
地面にしたたかに倒れこもうとした世之介の背後を支えた手があった。
はっと世之介が振り向くと、格乃進の頼もしい顔があった。
「しっかりしなさい! 怯えるのはよくない」
「へえ?」
格乃進は真っ直ぐ世之介を立たせると、さっと後ろに引き下がる。ぽかんと口を馬鹿のように開けた世之介に、格乃進は言葉を区切るように話し掛けた。
「この星では、腕力で総てを解決する習慣のようだ。降りかかった火の粉は、避けるだけでは解決しないぞ!」
「で、でも……格乃進さん。助けては下さらないので?」
「わたしは、賽博格だ。人間と本気で争うことはできない。そんなことをしたら、相手に大怪我をさせてしまう。君がやるんだ!」
世之介は首を振った。
「無理です! あたしは今まで、唯の一度たりとも、喧嘩なんかしたことないんです!」
格乃進は、にやっと笑いかけた。
「高等学問所で剣道の授業はしたはずだな?」
世之介は頷いた。剣道の修行は、中等、高等の学問所で必須の修行である。
格乃進は言葉を続けた。
「だったら、大丈夫だ。学問所で習った、剣道の授業を思い出せ!」
世之介はおずおずと健史の方向を振り向いた。
健史は、馬鹿にしたような笑いを浮かべ、獲物を前にした獣のような気配を漂わせていた。やや俯かせた顔には、ニタニタ笑いが浮かび、今にも涎がタラタラ糸を引きそうである。
──剣道の修行を思い出せ!
そんなことを言うが、格乃進は竹刀を持っていない。それに、今では、学問所の剣道修行の時間は、遠い昔の夢物語に思える。
「やんのか? オカマ野郎!」
「そのオカマ野郎とは、なんのことで御座います?」
こんな状況でも、世之介の言葉遣いは相変わらず丁寧である。どんなに頑張っても、乱暴な口調は金輪際、どうにも使うことができないのだ。
「お前のようなナヨナヨした奴のことだよっ! ああ、気持ちが悪い!」
ぺっぺと健史は唾を吐き散らした。
世之介の胸に、勃然と怒りが湧いてきた。自然と両手が上がり、竹刀を握る構えを取る。
「おっ!」と小さく健史は身構え、再びよたりながら近づく。ぐいっと身を沈め、下から世之介の顔を見上げる。
「やんのか、こら!」
「お面──っ!」
世之介は叫ぶと、両目を閉じ、両手を竹刀を握り締めた形のまま突き出した。無我夢中の世之介の右手に、何か手応えを感じていた。
「ぐぎゃっ!」
悲鳴に、世之介は「はっ」と目を見開いた。
見ると、健史が地面にぺしゃりと大の字に寝転がり、二つの目玉を虚ろに見開き、口をあんぐりと開いて世之介を見上げている。顔色は真っ青で、鼻っ柱だけが真っ赤である。
世之介の夢中で突き出した右手の拳が、健史の鼻っ柱を打ったのだ!
健史の見開かれた両目に、見る見る涙が浮かんでくる。
「ぐええええ……!」
世之介は呆れた。
なんと、健史は泣き始めたのだ。
「健史! 何を考えてんだ! 死にたいのかい?」
二輪車に跨ったまま、健史は顎を襟にうずめるように引いて、じろりと後席に跨ったままの世之介を睨みつけた。
「気に食わねえな! 茜、いつか俺は、お前に言ったよなあ……。二人で二輪車に乗って旅でもしないかって! あんときゃ、考えておくって返事で、そのままだったが、いつの間にか、こんな訳の判らないオカマ野郎を後ろに乗っけやがって! そいつの、どこがいいんだよう?」
茜は溜息を吐いて肩を竦める。
「馬鹿じゃないの? 何であたしが、あんたとそんな頓狂な約束しなければなんないの? 本当に、あんたって馬鹿ねえ……」
呆れた、という様子で、首をゆっくりと左右に振る。
健史の顔が見る間に真赤に染まった。世之介はまるで茹蛸だ、と思った。
健史は黙ったまま二輪車の支柱を立てると、ゆっくりと地面に降り立ち、身体を揺するような独特の歩き方で、よたりながら世之介に近づく。
「おい!」
押し殺した声を掛けてくる。目は陰険に光っている。
近づいた健史の口から、ぷん、と薄荷のきつい匂いが漂った。口の中に何かくちゃくちゃ噛んでいて、それが薄荷の匂いを漂わせているのだ。健史は顔を擦り付けるように近々と寄せてきた。
世之介は思わず身を引くと、健史はさっと手を伸ばしてきて、世之介の襟首を掴んだ。
「お前……勝負しろ!」
「健史! あんた、何、馬鹿なこと……」
茜が叫ぶと、健史はさっと顔をねじ向け喚いた。
「うるせえっ! お前は黙ってろい! これは男と男の話し合いだ!」
〝男と男〟という言葉に、茜はぎくりと押し黙った。この言葉は、番長星では絶対の価値を持つ。この言葉の前では、どんな論理も太刀打ちできない。
健史は無理矢理ぐいぐい世之介の身体を引き摺り、二輪車から降ろした。世之介の両膝は全く力が入らず、健史の思うままになっている。
「俺か、お前か、どっちが茜と一緒の二輪車に乗るのが相応しいか、勝負だ! タイマンだぞ!」
世之介は震える唇から、必死に言葉を押し出す。
「しょ、勝負って、どういうことですか? なぜ、あたしがそんなこと……」
世之介の言葉を耳にして、健史の表情が変わった。ぷっ、と口の中で息を詰め、全身が細かく震え出す。
「だあーっ、はっはっはっはっ!」
身を折り、爆笑した。ひとしきり笑った後、健史は周りの人間に向け、大声で宣言した。
「聞いたか! このオカマ野郎、あたしだってよ! こいつぁ、本当のオカマ野郎だぜ! こんなオカマ野郎を、茜の後ろに乗せる訳には金輪際いかねえなあ! ぶっとばしてやる!」
どん、と思い切り健史は世之介の胸を突いた。よろよろっと世之介は踏鞴を踏み、背後に倒れ掛かる。
地面にしたたかに倒れこもうとした世之介の背後を支えた手があった。
はっと世之介が振り向くと、格乃進の頼もしい顔があった。
「しっかりしなさい! 怯えるのはよくない」
「へえ?」
格乃進は真っ直ぐ世之介を立たせると、さっと後ろに引き下がる。ぽかんと口を馬鹿のように開けた世之介に、格乃進は言葉を区切るように話し掛けた。
「この星では、腕力で総てを解決する習慣のようだ。降りかかった火の粉は、避けるだけでは解決しないぞ!」
「で、でも……格乃進さん。助けては下さらないので?」
「わたしは、賽博格だ。人間と本気で争うことはできない。そんなことをしたら、相手に大怪我をさせてしまう。君がやるんだ!」
世之介は首を振った。
「無理です! あたしは今まで、唯の一度たりとも、喧嘩なんかしたことないんです!」
格乃進は、にやっと笑いかけた。
「高等学問所で剣道の授業はしたはずだな?」
世之介は頷いた。剣道の修行は、中等、高等の学問所で必須の修行である。
格乃進は言葉を続けた。
「だったら、大丈夫だ。学問所で習った、剣道の授業を思い出せ!」
世之介はおずおずと健史の方向を振り向いた。
健史は、馬鹿にしたような笑いを浮かべ、獲物を前にした獣のような気配を漂わせていた。やや俯かせた顔には、ニタニタ笑いが浮かび、今にも涎がタラタラ糸を引きそうである。
──剣道の修行を思い出せ!
そんなことを言うが、格乃進は竹刀を持っていない。それに、今では、学問所の剣道修行の時間は、遠い昔の夢物語に思える。
「やんのか? オカマ野郎!」
「そのオカマ野郎とは、なんのことで御座います?」
こんな状況でも、世之介の言葉遣いは相変わらず丁寧である。どんなに頑張っても、乱暴な口調は金輪際、どうにも使うことができないのだ。
「お前のようなナヨナヨした奴のことだよっ! ああ、気持ちが悪い!」
ぺっぺと健史は唾を吐き散らした。
世之介の胸に、勃然と怒りが湧いてきた。自然と両手が上がり、竹刀を握る構えを取る。
「おっ!」と小さく健史は身構え、再びよたりながら近づく。ぐいっと身を沈め、下から世之介の顔を見上げる。
「やんのか、こら!」
「お面──っ!」
世之介は叫ぶと、両目を閉じ、両手を竹刀を握り締めた形のまま突き出した。無我夢中の世之介の右手に、何か手応えを感じていた。
「ぐぎゃっ!」
悲鳴に、世之介は「はっ」と目を見開いた。
見ると、健史が地面にぺしゃりと大の字に寝転がり、二つの目玉を虚ろに見開き、口をあんぐりと開いて世之介を見上げている。顔色は真っ青で、鼻っ柱だけが真っ赤である。
世之介の夢中で突き出した右手の拳が、健史の鼻っ柱を打ったのだ!
健史の見開かれた両目に、見る見る涙が浮かんでくる。
「ぐええええ……!」
世之介は呆れた。
なんと、健史は泣き始めたのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
鋼月の軌跡
チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル!
未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした
水の入ったペットボトル
SF
これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。
ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。
βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?
そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。
この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。
神樹のアンバーニオン (3) 絢爛! 思いの丈!
芋多可 石行
SF
主人公 須舞 宇留は、琥珀の巨神アンバーニオンと琥珀の中の小人、ヒメナと共にアルオスゴロノ帝国の野望を食い止めるべく、日々奮闘していた。
最凶の敵、ガルンシュタエンとの死闘の最中、皇帝エグジガンの軍団に敗れたアンバーニオンは、ガルンシュタエンと共に太陽へと向かい消息を絶った。
一方、帝国の戦士として覚醒した椎山と宇留達の行方を探す藍罠は、訪ねた恩師の居る村で奇妙な兄弟、そして琥珀の闘神ゼレクトロンの化身、ヴァエトに出会う。
度重なる戦いの中で交錯する縁。そして心という琥珀の中に閉じ込めた真実が明らかになる時、宇留の旅は、一つの終着駅に辿り着く。
神樹のアンバーニオン 3
絢爛!思いの丈
今、少年の非日常が、琥珀色に輝き始める。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)
愛山雄町
SF
ハヤカワ文庫さんのSF好きにお勧め!
■■■
人類が宇宙に進出して約五千年後、地球より数千光年離れた銀河系ペルセウス腕を舞台に、後に“クリフエッジ(崖っぷち)”と呼ばれることになるアルビオン王国軍士官クリフォード・カスバート・コリングウッドの物語。
■■■
宇宙暦4500年代、銀河系ペルセウス腕には四つの政治勢力、「アルビオン王国」、「ゾンファ共和国」、「スヴァローグ帝国」、「自由星系国家連合」が割拠していた。
アルビオン王国は領土的野心の強いゾンファ共和国とスヴァローグ帝国と戦い続けている。
4512年、アルビオン王国に一人の英雄が登場した。
その名はクリフォード・カスバート・コリングウッド。
彼は柔軟な思考と確固たる信念の持ち主で、敵国の野望を打ち砕いていく。
■■■
小説家になろうで「クリフエッジシリーズ」として投稿している作品を合本版として、こちらでも投稿することにしました。
■■■
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しております。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~
うろこ道
SF
【毎日更新•完結確約】
高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。
自分の部屋であるのに妙に違っていてーー
ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。
男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。
そんな美月に男は言った。
「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」
そこは未来に起こった大戦後の日本だった。
原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。
男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。
美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。
人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。
異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。
※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。
※挿絵は全部自分で描いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる