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お前の尻を見せろ!
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いつの間に自分の部屋に戻ってきたのか、世之介は自覚がない。がっくりと項垂れ、イッパチが淹れてくれた熱い番茶をふうふう吹きながら啜っている自分に、ようやく気付いた。
目の前には、省吾が膝を揃え、腕組みをしながら、端然と座っている。やや首を傾げ、省吾の視線には、何か試すかのような光が込められていた。
ようやく世之介の人心地がついたのを見透かしたのか、省吾は口を開いた。
「坊っちゃん。さぞかし、驚かれたこってしょうな」
世之介は省吾を見上げて返事をする。声に、恨みがましい調子が混じるのを、どうしても抑えることはできない。
「お前、あたしの下穿きを無理矢理あそこで脱がしたね。あんな騒ぎにになると、知っていたんだろう?」
いともあっさり「知っておりました」というのが、返事であった。
世之介は両膝を立て、伸び上がる。
「だったら、どうして……!」
「教えてくれなかった、と仰るのでしょう? 知っていたら、はい、そうですかと、素直に大旦那様にお尻を見せたでしょうか?」
ぺたん、と世之介は座りなおした。首を振る。
「いいや、そんなことできない……やっぱり、無理矢理お前たちに脱がされていたかも」
省吾は腕組みを解いた。
「でしょうから、わたしも敢えて、お教えするのは止めたので御座いますよ。二、三日前から大旦那様の様子を窺って、こういう次第になるのでは、と密かに考えておりました。それで、わたくし八方に手を回して、あるものを手に入れて御座います」
「なんだい?」
省吾は懐に手を入れ、一通の封書を取り出すと、畳を滑らせるように世之介の膝元に送った。封書を取り上げ、世之介は開いた。
中から出てきたのは、一枚の通行手形であった。将軍府の割り印が押捺され、細かな字で、びっしりと何か書かれている。
「それは、尼孫星への通行手形で御座います。尼孫星のことはご存知で?」
世之介は、再び首を振った。
「いいや、知らない。尼孫星てのは、どんな星なんだね」
省吾の片頬に、さも得意そうな笑みがこぼれる。
「女だけの星で御座います。別名〝女護が星〟などと言われておりますな。どういう訳か、この星では、唯の一人も男の赤ん坊が産まれないそうで。生まれるのは全部、女の赤ん坊と決まっております」
世之介は思わず、目を瞬かせた。
「そんな馬鹿な! 女しか産まれないんじゃ、どうやって子孫を増やせるんだい? 赤ん坊が産まれるには、男と女が必要だって、あたしだって知っているよ」
省吾は身を乗り出した。
「さあ、そこで御座います。何でも、この殖民星の最初の計画に、何か重大な間違いがあったらしく、産まれて来るのは総て女の赤ん坊となってしまいました。女たちの遺伝子に何か間違いがあったのかどうかは、今でも議論されておりますが、このままでは子孫が絶えるとなって、幕府は救済策を施しました。それが、冷凍精子を運ぶ特別便で御座います。男がいなくとも、精子があれば何とかなります。あそこでは男は、どんなヨボヨボの爺さまだろうが、目も当てられない醜男だろうが、モテモテになるそうで御座いますな」
世之介の顔がかーっ、と火照ってくる。多分、耳まで真っ赤なのだろうと自覚する。
「それで、その星へあたしを行かせようというのだね? 尼孫星とやらへ行けば、こんなあたしでもモテモテで、すぐに童貞を捨てられるって算段だろう?」
省吾は鼻を擦った。可笑しそうに肩を揺する。
「若旦那なら、おもてになりますとも! こう言っては何ですが、若旦那は、男のわたしが見ても、良い見映えの殿方で御座います。足りないのは自信で御座いますよ。いきなり一年で童貞を捨てろなど、大旦那様は仰いますが、今の若旦那には少し、自信というのが足りないようで。ですから尼孫星へお出でになって、自分は女性におもてになる、という自信をお持ちになって頂きたいのです」
側で聞いていたイッパチが、にまーっと開けっ広げな笑顔になった。
「尼孫星! よござんすなあ! その星へ行けば、当たるを幸い、女どもを若旦那は撫で斬りになすって、たった一年で千人斬り、なんて素晴らしいことに……。いや、楽しみでござんす!」
省吾はイッパチを叱り付けた。
「イッパチ! 遊びじゃないよっ! 若旦那が廃嫡勘当になるかどうか、という瀬戸際なんだ。浮かれているんじゃない!」
イッパチは空気が抜ける風船のように、ショボンとなった。省吾は世之介に顔を向け、話を続ける。
「尼孫星の立ち入りは、幕府によって厳しく制限されております。特に尼孫星からの出星は監視されておりますので。もし、尼孫星の女が一人でも外部に出たら、その子孫がどんどん女の赤ん坊を産んで、銀河系の男女の均衡が崩れるのではないかと、危惧されております。俗に〝入り鉄砲に出女〟などと称されております。この場合、入り鉄砲とは運び込まれる冷凍精子のことで御座いますな。出女とは、言うまでもなく、尼孫星からの女のことで御座います。で御座いますから、入星手形の取得には、色々苦労が御座いました」
省吾はそれ以上、口を開かなかったが、世之介はあれこれと想像した。多分、袖の下か何かを役人に掴ませたんじゃないか、と思った。
省吾は、じっと世之介を見詰める。
世之介は頷いた。
「お前の言うとおり、尼孫星とやらへ出かけよう……。とにかく、お父っつあんに、あたしの尻が普通になったところを見せてやる」
目の前には、省吾が膝を揃え、腕組みをしながら、端然と座っている。やや首を傾げ、省吾の視線には、何か試すかのような光が込められていた。
ようやく世之介の人心地がついたのを見透かしたのか、省吾は口を開いた。
「坊っちゃん。さぞかし、驚かれたこってしょうな」
世之介は省吾を見上げて返事をする。声に、恨みがましい調子が混じるのを、どうしても抑えることはできない。
「お前、あたしの下穿きを無理矢理あそこで脱がしたね。あんな騒ぎにになると、知っていたんだろう?」
いともあっさり「知っておりました」というのが、返事であった。
世之介は両膝を立て、伸び上がる。
「だったら、どうして……!」
「教えてくれなかった、と仰るのでしょう? 知っていたら、はい、そうですかと、素直に大旦那様にお尻を見せたでしょうか?」
ぺたん、と世之介は座りなおした。首を振る。
「いいや、そんなことできない……やっぱり、無理矢理お前たちに脱がされていたかも」
省吾は腕組みを解いた。
「でしょうから、わたしも敢えて、お教えするのは止めたので御座いますよ。二、三日前から大旦那様の様子を窺って、こういう次第になるのでは、と密かに考えておりました。それで、わたくし八方に手を回して、あるものを手に入れて御座います」
「なんだい?」
省吾は懐に手を入れ、一通の封書を取り出すと、畳を滑らせるように世之介の膝元に送った。封書を取り上げ、世之介は開いた。
中から出てきたのは、一枚の通行手形であった。将軍府の割り印が押捺され、細かな字で、びっしりと何か書かれている。
「それは、尼孫星への通行手形で御座います。尼孫星のことはご存知で?」
世之介は、再び首を振った。
「いいや、知らない。尼孫星てのは、どんな星なんだね」
省吾の片頬に、さも得意そうな笑みがこぼれる。
「女だけの星で御座います。別名〝女護が星〟などと言われておりますな。どういう訳か、この星では、唯の一人も男の赤ん坊が産まれないそうで。生まれるのは全部、女の赤ん坊と決まっております」
世之介は思わず、目を瞬かせた。
「そんな馬鹿な! 女しか産まれないんじゃ、どうやって子孫を増やせるんだい? 赤ん坊が産まれるには、男と女が必要だって、あたしだって知っているよ」
省吾は身を乗り出した。
「さあ、そこで御座います。何でも、この殖民星の最初の計画に、何か重大な間違いがあったらしく、産まれて来るのは総て女の赤ん坊となってしまいました。女たちの遺伝子に何か間違いがあったのかどうかは、今でも議論されておりますが、このままでは子孫が絶えるとなって、幕府は救済策を施しました。それが、冷凍精子を運ぶ特別便で御座います。男がいなくとも、精子があれば何とかなります。あそこでは男は、どんなヨボヨボの爺さまだろうが、目も当てられない醜男だろうが、モテモテになるそうで御座いますな」
世之介の顔がかーっ、と火照ってくる。多分、耳まで真っ赤なのだろうと自覚する。
「それで、その星へあたしを行かせようというのだね? 尼孫星とやらへ行けば、こんなあたしでもモテモテで、すぐに童貞を捨てられるって算段だろう?」
省吾は鼻を擦った。可笑しそうに肩を揺する。
「若旦那なら、おもてになりますとも! こう言っては何ですが、若旦那は、男のわたしが見ても、良い見映えの殿方で御座います。足りないのは自信で御座いますよ。いきなり一年で童貞を捨てろなど、大旦那様は仰いますが、今の若旦那には少し、自信というのが足りないようで。ですから尼孫星へお出でになって、自分は女性におもてになる、という自信をお持ちになって頂きたいのです」
側で聞いていたイッパチが、にまーっと開けっ広げな笑顔になった。
「尼孫星! よござんすなあ! その星へ行けば、当たるを幸い、女どもを若旦那は撫で斬りになすって、たった一年で千人斬り、なんて素晴らしいことに……。いや、楽しみでござんす!」
省吾はイッパチを叱り付けた。
「イッパチ! 遊びじゃないよっ! 若旦那が廃嫡勘当になるかどうか、という瀬戸際なんだ。浮かれているんじゃない!」
イッパチは空気が抜ける風船のように、ショボンとなった。省吾は世之介に顔を向け、話を続ける。
「尼孫星の立ち入りは、幕府によって厳しく制限されております。特に尼孫星からの出星は監視されておりますので。もし、尼孫星の女が一人でも外部に出たら、その子孫がどんどん女の赤ん坊を産んで、銀河系の男女の均衡が崩れるのではないかと、危惧されております。俗に〝入り鉄砲に出女〟などと称されております。この場合、入り鉄砲とは運び込まれる冷凍精子のことで御座いますな。出女とは、言うまでもなく、尼孫星からの女のことで御座います。で御座いますから、入星手形の取得には、色々苦労が御座いました」
省吾はそれ以上、口を開かなかったが、世之介はあれこれと想像した。多分、袖の下か何かを役人に掴ませたんじゃないか、と思った。
省吾は、じっと世之介を見詰める。
世之介は頷いた。
「お前の言うとおり、尼孫星とやらへ出かけよう……。とにかく、お父っつあんに、あたしの尻が普通になったところを見せてやる」
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