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第十回《暗闇検校》の正体の巻
四
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階段を降りると、薄暗い部屋へ出る。
部屋には、無数の機器が設置され、幾つもの計器や、表示装置に明かりが瞬いていた。
機器が最新式なことは判る。だが、何のための機械なのか、さっぱり見当がつかない。しかし江戸では絶対、存在し得ない装置であるのは、明らかだ。
部屋の真ん中に、寝椅子があった。
俺は寝椅子に近づき、そっと表面を撫でてみた。滑らかな革張りで、寝心地は良さそうである。
寝椅子を見て、ある考えが湧き上がる。
「こりゃあ、まるで……」
俺の呟きに、吉弥が答えた。
「そう、あちしも同じ考えだよ。まるで、仮想現実接続装置で使う、寝椅子にそっくりだってね!」
玄之介が素っ頓狂な声を上げる。
「し、しかし、今、拙者らがいる場所が、仮想現実なのですぞ! この装置で、どこに接続するというのです?」
──現実に決まっておる!
不意に聞こえた声に、俺たちは文字通り飛び上がった。
「だ、誰!」
晶がキョトキョトと辺りを見回し、声を張り上げる。さっとヌンチャクを目の前に構えるが、腰がすっかり引けている。
俺は声の聞こえた方向に見当をつけ、叫んだ。
「お前は《暗闇検校》か? 出て来い!」
薄暗がりから、一人の人物が滲み出るように、姿を表した。
西洋の魔法使いのようなフードつきのマントを頭から被り、ことり、ことりと手にした杖を突きながら近づいてくる。
背は、そんなに高くない。覚束ない足取りから、相当の老人と思われた。フードのせいで、顔は見えない。
俺たちは、老人から発散される迫力に、たじたじとなっていた。
恐怖が凝固し、老人の姿を取っているかのように、俺たちには思われた。何がそれほど恐ろしいのか、まったく判らないが、背筋に寒気が走る。
「あんたが《暗闇検校》なのか?」
俺は、もう一度、ゆっくりと尋ねた。
老人は微かに頷いた。
す──、と手を挙げ、頭から被っているフードを後ろに撥ね上げる。
老人の顔が顕わになった。
どこといって特徴のない、平凡な顔立ち。ただ、恐ろしく年齢を重ねていた。肉はすっかり削ぎ落とされ、頭蓋骨に皮一枚がやっとへばり付いているといった感じだ。頭髪は一本もなく、頭の形が剥き出しになっている。引っ込んだ眼窩から、二つの両目だけが生き生きと輝いた。
老人は俺を突き刺すような視線で眺めると、笑い顔を見せた。頬が引っ込み、目尻に深々と皴が寄る。骸骨が笑っているかのような、奇妙な笑い顔だった。
「鞍家二郎三郎……。よくぞ、ここまで辿り着いた! もう、儂の正体については、判っているのであろう?」
俺は肩を竦めた。
「まあな……薄々とは判ってきた。しかし、まさか、という気持ちが大きい。俺としては、自分の予想が間違っていると思いたい」
ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ……と、《暗闇検校》は乾いた笑い声を上げた。百年ぶりの笑いのように、ぎこちないものだった。
「言ってみろ! さあ、お前の推測を確かめてみろ!」
誘いかける声に、俺は頷いた。
「あんたは俺だ! 違うか?」
静寂が爆発する。俺の告白に、玄之介と、晶、吉弥の三人は凍り付いた。
晶は俺と《暗闇検校》に、視線を交替で当てていた。ぶるぶると唇の端が震え、叫び声を上げていた。
「ば……馬っ鹿じゃないの? 何で、あんたと、そこの年寄りが同一人物なの?」
《暗闇検校》は、ちょっと首を傾げた。やがて唇が動き、のろのろと言葉を押し出す。
「半分だけ、当たっていたな。確かに、儂の一部には、かつて鞍家二郎三郎と呼ばれた人間が残っているよ。お前さんの顔を見ると、懐かしい感情が湧き上がってくる。かつての自分を見るようなのでな……」
俺は目を細めた。
「それじゃあ、お前は……?」
老人は深々と頷く。
「そうだ。儂は、江戸創設メンバー全員の、仮想人格が統合した存在だ。この江戸が創設されて、仮想時間で二百年あまり、儂は何とか生き延びてきた」
玄之介は仰け反って驚く。
「そ、それでは、お主は二百年、生きてきたと申すのか?」
老人は無言で、肯定するかのように、頷く。寝椅子に近づき、腰を降ろした。
「儂の話は、ちと長いでな。立っているのもしんどい。こんな格好で失礼するよ。あんたらも、儂の話が聞きたいのではないかな?」
俺たちは一斉に頷いた。
老人はゆっくりと寝椅子に寝そべり、天井を見上げる。目を閉じ、ぼそぼそとした調子で話し始めた。
「儂が江戸創設メンバーの、コピーであるとは、察しがついておろうな? ほれ、江戸町人や、各階級の思考パターンを創り出すため、創設メンバーのコピーが使われたとは知っておろう?」
目を閉じているのに、老人は俺たちの反応を手に取るように承知していた。
「よしよし……。儂らを原型に、江戸の人々が作り出されたが、コピーはどうなったかと誰も思わなかったのだな? 生憎、我々は江戸で、そのままに放置されていた。誰も、コピーを消去するなど、考えもしなかったのだ……」
吉弥が息を呑んで呟いた。
「取り残されたコピー……。それって、まるで……」
仰向いた姿勢の、《暗闇検校》の両目がぎろっと剥き出された。
「そうだ! まさに儂らは〝ロスト〟した仮想人格なのだ! 仮想現実の江戸は存在し始め、時間は加速され、本物の江戸と同じ歴史を歩むよう歳月が重ねられた。儂らは江戸の発展のため、創設者から隠れる決定を下した。まだ、その頃は、儂らには義務感があったのだ。折角の創造物を、本物にしたいという願いが、そんな行動をとらせた。しかし、段々、儂らの頭に疑問が湧き始めた──!」
老人は言いようのない、複雑な表情を浮かべる。怒り、悔恨、悲嘆の入り混じった表情だった。
「儂らは江戸町人と違い、《遊客》だから抜群の体力を持っていた。《遊客》の体力は、仮想現実では、驚異的な寿命となって現われる。だが、それでも、時の経過には勝てない。百年が過ぎ、儂らも老衰には勝てないと判ってきた。その時、ある考えが浮かんだ!」
老人は俺を見て、皮肉な笑みを浮かべた。
「二人の《遊客》が一人に合わされば、二倍の体力、精神力になるのではないか? さらに数人が一つになれば、信じられないほどの力を持つとな! それなら時の流れに対抗できる。現実世界には戻れなくとも、儂らはこの江戸で生き延びられる、と!」
老人は、曖昧に部屋を手で示した。
「そのための装置が、これだ! 儂らは、全員が一つになって、〝超〟《遊客》として新たに生命を得た! が、間違っていた。確かに儂は通常の《遊客》とは違うが、老衰はそのままだった。若返りは不可能だった。メトセラの悲劇というのを、知っておるかね?」
もちろん、知っている! メトセラは、旧約聖書に出てくる人物で、死を免れる力を得る。が、老衰からは逃れられなかった。
では、俺が感じた老人の迫力は〝超〟《遊客》が発散した気迫だったのだ! 江戸NPCを立ち竦ませる《遊客》の気迫は、本来、《遊客》同士には一切の効果がない。
が、複数の《遊客》が合体していると考えると、気迫も数倍になっている。それで、俺たち《遊客》にも、感じ取れるようになったのだ。
俺は低く、尋ねた。
「あんたの願いは何だ?」
老人は、ひた、と俺を見詰めた。
「もちろん、現実世界へ帰還するのが、儂の最大の願いだ! そのために、鞍家二郎三郎、お主を呼び寄せたのだ!」
驚きに、俺は棒立ちになった。
俺を呼び寄せた? では、今までの俺の探索は、すべて眼前の《暗闇検校》と名乗る、老人による罠だったのか?
部屋には、無数の機器が設置され、幾つもの計器や、表示装置に明かりが瞬いていた。
機器が最新式なことは判る。だが、何のための機械なのか、さっぱり見当がつかない。しかし江戸では絶対、存在し得ない装置であるのは、明らかだ。
部屋の真ん中に、寝椅子があった。
俺は寝椅子に近づき、そっと表面を撫でてみた。滑らかな革張りで、寝心地は良さそうである。
寝椅子を見て、ある考えが湧き上がる。
「こりゃあ、まるで……」
俺の呟きに、吉弥が答えた。
「そう、あちしも同じ考えだよ。まるで、仮想現実接続装置で使う、寝椅子にそっくりだってね!」
玄之介が素っ頓狂な声を上げる。
「し、しかし、今、拙者らがいる場所が、仮想現実なのですぞ! この装置で、どこに接続するというのです?」
──現実に決まっておる!
不意に聞こえた声に、俺たちは文字通り飛び上がった。
「だ、誰!」
晶がキョトキョトと辺りを見回し、声を張り上げる。さっとヌンチャクを目の前に構えるが、腰がすっかり引けている。
俺は声の聞こえた方向に見当をつけ、叫んだ。
「お前は《暗闇検校》か? 出て来い!」
薄暗がりから、一人の人物が滲み出るように、姿を表した。
西洋の魔法使いのようなフードつきのマントを頭から被り、ことり、ことりと手にした杖を突きながら近づいてくる。
背は、そんなに高くない。覚束ない足取りから、相当の老人と思われた。フードのせいで、顔は見えない。
俺たちは、老人から発散される迫力に、たじたじとなっていた。
恐怖が凝固し、老人の姿を取っているかのように、俺たちには思われた。何がそれほど恐ろしいのか、まったく判らないが、背筋に寒気が走る。
「あんたが《暗闇検校》なのか?」
俺は、もう一度、ゆっくりと尋ねた。
老人は微かに頷いた。
す──、と手を挙げ、頭から被っているフードを後ろに撥ね上げる。
老人の顔が顕わになった。
どこといって特徴のない、平凡な顔立ち。ただ、恐ろしく年齢を重ねていた。肉はすっかり削ぎ落とされ、頭蓋骨に皮一枚がやっとへばり付いているといった感じだ。頭髪は一本もなく、頭の形が剥き出しになっている。引っ込んだ眼窩から、二つの両目だけが生き生きと輝いた。
老人は俺を突き刺すような視線で眺めると、笑い顔を見せた。頬が引っ込み、目尻に深々と皴が寄る。骸骨が笑っているかのような、奇妙な笑い顔だった。
「鞍家二郎三郎……。よくぞ、ここまで辿り着いた! もう、儂の正体については、判っているのであろう?」
俺は肩を竦めた。
「まあな……薄々とは判ってきた。しかし、まさか、という気持ちが大きい。俺としては、自分の予想が間違っていると思いたい」
ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ……と、《暗闇検校》は乾いた笑い声を上げた。百年ぶりの笑いのように、ぎこちないものだった。
「言ってみろ! さあ、お前の推測を確かめてみろ!」
誘いかける声に、俺は頷いた。
「あんたは俺だ! 違うか?」
静寂が爆発する。俺の告白に、玄之介と、晶、吉弥の三人は凍り付いた。
晶は俺と《暗闇検校》に、視線を交替で当てていた。ぶるぶると唇の端が震え、叫び声を上げていた。
「ば……馬っ鹿じゃないの? 何で、あんたと、そこの年寄りが同一人物なの?」
《暗闇検校》は、ちょっと首を傾げた。やがて唇が動き、のろのろと言葉を押し出す。
「半分だけ、当たっていたな。確かに、儂の一部には、かつて鞍家二郎三郎と呼ばれた人間が残っているよ。お前さんの顔を見ると、懐かしい感情が湧き上がってくる。かつての自分を見るようなのでな……」
俺は目を細めた。
「それじゃあ、お前は……?」
老人は深々と頷く。
「そうだ。儂は、江戸創設メンバー全員の、仮想人格が統合した存在だ。この江戸が創設されて、仮想時間で二百年あまり、儂は何とか生き延びてきた」
玄之介は仰け反って驚く。
「そ、それでは、お主は二百年、生きてきたと申すのか?」
老人は無言で、肯定するかのように、頷く。寝椅子に近づき、腰を降ろした。
「儂の話は、ちと長いでな。立っているのもしんどい。こんな格好で失礼するよ。あんたらも、儂の話が聞きたいのではないかな?」
俺たちは一斉に頷いた。
老人はゆっくりと寝椅子に寝そべり、天井を見上げる。目を閉じ、ぼそぼそとした調子で話し始めた。
「儂が江戸創設メンバーの、コピーであるとは、察しがついておろうな? ほれ、江戸町人や、各階級の思考パターンを創り出すため、創設メンバーのコピーが使われたとは知っておろう?」
目を閉じているのに、老人は俺たちの反応を手に取るように承知していた。
「よしよし……。儂らを原型に、江戸の人々が作り出されたが、コピーはどうなったかと誰も思わなかったのだな? 生憎、我々は江戸で、そのままに放置されていた。誰も、コピーを消去するなど、考えもしなかったのだ……」
吉弥が息を呑んで呟いた。
「取り残されたコピー……。それって、まるで……」
仰向いた姿勢の、《暗闇検校》の両目がぎろっと剥き出された。
「そうだ! まさに儂らは〝ロスト〟した仮想人格なのだ! 仮想現実の江戸は存在し始め、時間は加速され、本物の江戸と同じ歴史を歩むよう歳月が重ねられた。儂らは江戸の発展のため、創設者から隠れる決定を下した。まだ、その頃は、儂らには義務感があったのだ。折角の創造物を、本物にしたいという願いが、そんな行動をとらせた。しかし、段々、儂らの頭に疑問が湧き始めた──!」
老人は言いようのない、複雑な表情を浮かべる。怒り、悔恨、悲嘆の入り混じった表情だった。
「儂らは江戸町人と違い、《遊客》だから抜群の体力を持っていた。《遊客》の体力は、仮想現実では、驚異的な寿命となって現われる。だが、それでも、時の経過には勝てない。百年が過ぎ、儂らも老衰には勝てないと判ってきた。その時、ある考えが浮かんだ!」
老人は俺を見て、皮肉な笑みを浮かべた。
「二人の《遊客》が一人に合わされば、二倍の体力、精神力になるのではないか? さらに数人が一つになれば、信じられないほどの力を持つとな! それなら時の流れに対抗できる。現実世界には戻れなくとも、儂らはこの江戸で生き延びられる、と!」
老人は、曖昧に部屋を手で示した。
「そのための装置が、これだ! 儂らは、全員が一つになって、〝超〟《遊客》として新たに生命を得た! が、間違っていた。確かに儂は通常の《遊客》とは違うが、老衰はそのままだった。若返りは不可能だった。メトセラの悲劇というのを、知っておるかね?」
もちろん、知っている! メトセラは、旧約聖書に出てくる人物で、死を免れる力を得る。が、老衰からは逃れられなかった。
では、俺が感じた老人の迫力は〝超〟《遊客》が発散した気迫だったのだ! 江戸NPCを立ち竦ませる《遊客》の気迫は、本来、《遊客》同士には一切の効果がない。
が、複数の《遊客》が合体していると考えると、気迫も数倍になっている。それで、俺たち《遊客》にも、感じ取れるようになったのだ。
俺は低く、尋ねた。
「あんたの願いは何だ?」
老人は、ひた、と俺を見詰めた。
「もちろん、現実世界へ帰還するのが、儂の最大の願いだ! そのために、鞍家二郎三郎、お主を呼び寄せたのだ!」
驚きに、俺は棒立ちになった。
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