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第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻
七
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城内には、手で触れられるほどの緊迫感が満ちている。物音一つしない、森閑とした静寂が支配しているが、俺の目の届かない場所で、じっとこちらを窺う視線を感じていた。
「何だか、厭な感じ……」
晶が、眉を寄せ、呟いた。玄之介は一歩一歩、おっかなびっくりで、慎重に歩を進めている。
てんで感じないのは、吉弥だけだ。物珍しそうに、江戸城のあちこちを眺めて大股に歩いている。
天守閣の周りには、竹櫓が組まれ、仕上げの段階に入っている。もちろん、工事の大工などは、一人も見当たらない。
大手門から入っても、すぐ城内に入れる訳ではない。大手門はあくまで、外玄関にあたり、内玄関ともいえる三ノ門、中ノ門、中雀門などを通りすぎ、やっと本当の玄関に達する。
何しろ、江戸城は、千代田城と呼ばれるだけあって、世界最大級の巨城である。俺たちは、ちっぽけな蟻の行列である。慣れていないと、簡単に迷う。
が、俺は《遊客》。仮想現実のデータを呼び出せる。脳裏に江戸城図面を思い浮かべるだけで、自分たちの位置を完全に把握できる。俺は、カーナビを参照しながら歩いているようなものだ。
本来なら、七面倒臭い手続きがあって、玄関に達するころには、俺一人だけになるのであるが、なぜか城内は一人も出迎えもなく、誰何する声一つ聞こえない。
と思ったら、じゃりっ、と白砂を踏む音がして、暗闇に人影が立ちはだかった。
軋るような、男の声に、俺は立ち止まった。
「妙な一行じゃのう……。女二人に、いや──一人は女とは言えぬな──と浪人一人に、与力姿の侍とは……。何用じゃ?」
出た!
俺は暗視モードにして、人影をじっと見詰めた。
身長七尺、およそ二メートル以上はある。体重は確実に百キロは越えているだろう。
が、肥満した感じは一切なく、服の下からも、逞しい筋肉が波打っているのがはっきりと判る。ずっしりとした物腰で、一目で手強い闘士であると見て取れた。
いや、肝心なのは相手の外見ではない。
相手は《遊客》なのだ!
身につけているのは、簡単な作務衣で、腰にはいかにも実戦的な、刀を差していた。
髪型は総髪、茶筅髷である。揉み上げが長く伸びて、顎鬚と繋がっている。毛虫が二匹貼り付いたような、太い眉毛。その下の両目は、俺と同じように暗視モードにしていて、爛々と輝いている。
俺は身震いを抑えて、無理矢理どうにか笑いを浮かべる。
「あんたこそ、俺と同じ浪人姿じゃないか! まずは、自分から名乗るべきだな!」
──くくくく……。と、相手はくぐもった声で笑った。しかし、奴が面白がっているとは、一瞬でも思えない。
「良かろう……。拙者は堂上猛という、《遊客》じゃ! 江戸市中が不穏の形勢となり、こうして警護を承っておる」
堂上猛……。略すれば「どうもう」と読める。いかにも獰猛そうな印象の《遊客》である!
いかん! こんな馬鹿な言葉遊びをしている場合じゃない!
「へえ、承ってねえ……。誰に命じられたんだね? 老中の荏子田多門か?」
堂上猛の顔が、たちまち怒色に染まる。くわっ、と大きな目が見開かれ、眉間に深い皴が刻まれた。
しかし、天晴れにも、堂上は自分を抑えた。ぐっと顎を引き、素早く抜刀する。
「お主は鞍家二郎三郎と申す、創立者であろう! 江戸を守るのは、お主の義務ではないか! なぜ、のこのこお城に参ったのじゃ?」
俺は「へっ!」と肩を竦める。
「多門に質問があってね。知っているか? 江戸の町は、今、完全に封鎖中だ。ここから現実世界へ戻るのも、また、外部から接続するのも、完璧に遮断されている。このままじゃ、江戸にいる《遊客》全員が〝ロスト〟しちまう。あんただって、ボヤボヤしていたら、そうなるぜ。それでもいいのか?」
俺の言葉は、意外な結果を引き起こした。
何と、堂上は、かんらからからと、高笑いを返してきたのだ。
「それがどうした? 俺は構わん! お主は〝ロスト〟が怖いのか? 結構じゃないか! 俺はこの江戸で、永遠に生きてやる!」
俺はごくりと唾を呑み込んだ。背後の三人が、息を飲み込む気配がする。
堂上は、ぐっと手にした刀を振り被る。
「ここは一歩も通せぬ! 通りたくば、拙者を倒すのだな。が、お主らにできるかな?」
ひどい大時代な台詞である。聞いているだけで、欠伸が──。
ああもう! 思わず落語の『欠伸指南』を思い出すところじゃないか! いい加減、俺も真面目になるべきだ。
俺は両腰に差したトンファを引き抜いた。
じりっ、と背後から、玄之介、晶、吉弥が身構える。
堂上は、俺たちが戦いを決意したのを感じとったらしく、ニッタリと笑いを浮かべた!
「何だか、厭な感じ……」
晶が、眉を寄せ、呟いた。玄之介は一歩一歩、おっかなびっくりで、慎重に歩を進めている。
てんで感じないのは、吉弥だけだ。物珍しそうに、江戸城のあちこちを眺めて大股に歩いている。
天守閣の周りには、竹櫓が組まれ、仕上げの段階に入っている。もちろん、工事の大工などは、一人も見当たらない。
大手門から入っても、すぐ城内に入れる訳ではない。大手門はあくまで、外玄関にあたり、内玄関ともいえる三ノ門、中ノ門、中雀門などを通りすぎ、やっと本当の玄関に達する。
何しろ、江戸城は、千代田城と呼ばれるだけあって、世界最大級の巨城である。俺たちは、ちっぽけな蟻の行列である。慣れていないと、簡単に迷う。
が、俺は《遊客》。仮想現実のデータを呼び出せる。脳裏に江戸城図面を思い浮かべるだけで、自分たちの位置を完全に把握できる。俺は、カーナビを参照しながら歩いているようなものだ。
本来なら、七面倒臭い手続きがあって、玄関に達するころには、俺一人だけになるのであるが、なぜか城内は一人も出迎えもなく、誰何する声一つ聞こえない。
と思ったら、じゃりっ、と白砂を踏む音がして、暗闇に人影が立ちはだかった。
軋るような、男の声に、俺は立ち止まった。
「妙な一行じゃのう……。女二人に、いや──一人は女とは言えぬな──と浪人一人に、与力姿の侍とは……。何用じゃ?」
出た!
俺は暗視モードにして、人影をじっと見詰めた。
身長七尺、およそ二メートル以上はある。体重は確実に百キロは越えているだろう。
が、肥満した感じは一切なく、服の下からも、逞しい筋肉が波打っているのがはっきりと判る。ずっしりとした物腰で、一目で手強い闘士であると見て取れた。
いや、肝心なのは相手の外見ではない。
相手は《遊客》なのだ!
身につけているのは、簡単な作務衣で、腰にはいかにも実戦的な、刀を差していた。
髪型は総髪、茶筅髷である。揉み上げが長く伸びて、顎鬚と繋がっている。毛虫が二匹貼り付いたような、太い眉毛。その下の両目は、俺と同じように暗視モードにしていて、爛々と輝いている。
俺は身震いを抑えて、無理矢理どうにか笑いを浮かべる。
「あんたこそ、俺と同じ浪人姿じゃないか! まずは、自分から名乗るべきだな!」
──くくくく……。と、相手はくぐもった声で笑った。しかし、奴が面白がっているとは、一瞬でも思えない。
「良かろう……。拙者は堂上猛という、《遊客》じゃ! 江戸市中が不穏の形勢となり、こうして警護を承っておる」
堂上猛……。略すれば「どうもう」と読める。いかにも獰猛そうな印象の《遊客》である!
いかん! こんな馬鹿な言葉遊びをしている場合じゃない!
「へえ、承ってねえ……。誰に命じられたんだね? 老中の荏子田多門か?」
堂上猛の顔が、たちまち怒色に染まる。くわっ、と大きな目が見開かれ、眉間に深い皴が刻まれた。
しかし、天晴れにも、堂上は自分を抑えた。ぐっと顎を引き、素早く抜刀する。
「お主は鞍家二郎三郎と申す、創立者であろう! 江戸を守るのは、お主の義務ではないか! なぜ、のこのこお城に参ったのじゃ?」
俺は「へっ!」と肩を竦める。
「多門に質問があってね。知っているか? 江戸の町は、今、完全に封鎖中だ。ここから現実世界へ戻るのも、また、外部から接続するのも、完璧に遮断されている。このままじゃ、江戸にいる《遊客》全員が〝ロスト〟しちまう。あんただって、ボヤボヤしていたら、そうなるぜ。それでもいいのか?」
俺の言葉は、意外な結果を引き起こした。
何と、堂上は、かんらからからと、高笑いを返してきたのだ。
「それがどうした? 俺は構わん! お主は〝ロスト〟が怖いのか? 結構じゃないか! 俺はこの江戸で、永遠に生きてやる!」
俺はごくりと唾を呑み込んだ。背後の三人が、息を飲み込む気配がする。
堂上は、ぐっと手にした刀を振り被る。
「ここは一歩も通せぬ! 通りたくば、拙者を倒すのだな。が、お主らにできるかな?」
ひどい大時代な台詞である。聞いているだけで、欠伸が──。
ああもう! 思わず落語の『欠伸指南』を思い出すところじゃないか! いい加減、俺も真面目になるべきだ。
俺は両腰に差したトンファを引き抜いた。
じりっ、と背後から、玄之介、晶、吉弥が身構える。
堂上は、俺たちが戦いを決意したのを感じとったらしく、ニッタリと笑いを浮かべた!
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