電脳遊客

万卜人

文字の大きさ
上 下
50 / 68
第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻

しおりを挟む
 荏子田多門が《暗闇検校》なのか……。
 俺たちは江戸城を目指し、人力車に揺られながら急いでいた。がらがらという、車輪の音が暮れなずむ空に響いている。
 あらゆる事実が符合している。
 まず荏子田多門は江戸創立メンバーの《遊客》であるという事実。もし多門が《暗闇検校》ならば、最初に俺を殺した時、俺が脱出できないよう結界を作り出すのも、《遊客》の情報を消去する工作も簡単にできる。
 弁天丸に強烈な暗示を掛け、俺の尋問に耐えさせたのも、多門がそうしたと考えれば、頷ける。弁天丸に《遊客》と同じ能力を付与させたのも、多門だったら可能だろう。どうやったかは、まだ判らないが。
 総ての手懸りが、荏子田多門が《暗闇検校》であると指し示している。だが、未だ俺は完全にそうだと承服してはいない。
 判らないのは動機だ。
 なぜだ! なぜ、なぜ、なぜ!
 疑問だけが、どっしりと、俺の頭の上に十億トンもの重石となって圧し掛かっている。
 江戸市中に入って、すぐに、わあわあという喚声が聞こえてきた。ばたばたという慌しい足音に、きいーん、ちゃりーんという金属が打ち合う甲高い音が混じる。
「逃がすな! 裏道を塞げ!」「敵は人質を取って、閉じ籠もったぞ!」「梯子を持ってこい!」「明かりは無いのか?」
 大勢の声が聞こえてくる。
 人力車から降りると、目の前を騎馬の将が通り過ぎる。兜を被り、刺し子の上着を羽織り、手には長大な十手を握っている。
 火付盗賊改方頭、酒巻源五郎の勇姿だった。
「源五郎! 何の騒ぎだっ?」
 俺が叫ぶと、源五郎はくるっと首だけ回して、俺に目を止めた。表情は険しく、全身から闘気が溢れている。一瞬、源五郎の表情が緩んだ。
「二郎三郎! 間の悪い時に……いや、間の良い時に居合わせたものじゃな……。知っておろう? お上が、江戸に潜伏する総ての悪党の捕縛を決定されたのじゃ! 我ら火盗改と、南北合わせての町奉行与力、同心が手を組んで、掃討作戦を展開中じゃ! 手が足りぬ! お主にも、手伝って貰おうぞ!」
 がらがらっ、と車輪の音がして、同心が暗闇から飛び出して来た。足蹴り木馬に跨っている。源五郎の前に膝をつくと、さっと顔を上げ、言上する。眉がきりりと上がっていた。
「お頭! 手強い悪党一味が、商家に立て篭もり、多数の人質を取っております! 手先の者どもを控えさせ、見張っておりますが、いつ犠牲が出るか、判りませぬ!」
 源五郎は「あい判った!」と短く叫び返し、馬首を返して馬腹を蹴った。
 馬は声高く嘶くと、棹立ちになる。それを源五郎は手綱を引いて制すると、全速力で駈けて行く。同心は、慌てて足蹴り木馬を引き寄せ、とんとんと足で地面を蹴り上げ、追い掛けて行く。
 微かに焦げ臭い匂いがして、顔を上げると、夜空に赤々と炎が立ち上っていた。
「火付けだーっ! 火事だーっ!」
 悲鳴が上がった。
 また車輪の音。今度は三輪車である。乗っているのは、火消しである。しかも、二人乗りで、後ろに乗っている奴は、手に纏を握っていた。
「火事だ、火事だーいっ! どけ、どけえーっ!」
 興奮に顔はてらてらと輝き、両目はくわっと見開かれている。三輪車に跨った火消しの一団は、火事現場を目掛けて一散に駈けて行く。手には消火用具である鉤手や、打ち壊し用の大木槌を持っている。
 恐らく、悪党の連中が、騒ぎを大きくさせるため、放火したのだろう。
 向こうから避難するためだろう、町人たちがありったけの荷物を肩に担ぎ上げ、あるいは大八車に満載して、通りを走ってくる。
 煙が充満している。放火したのは、一箇所だけではなかった! あちこちから火の手が上がり、ぱちぱちという火が爆ぜる音が聞こえてくる。
「ど、どうするんだよ! あちしたち、どこへ行けばいいんだいっ!」
 吉弥がおろおろと立ち竦んで叫んだ。
 俺はぐっと夜空を見上げる。全員、俺の視線の先を追った。
「あそこ?」
 晶がぽつりと呟く。俺は力強く頷いた。
「そうだ、江戸城以外、俺たちの目指す場所は無いっ!」
 夜空に、江戸城の天守閣が黒々と聳えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

天使の隣

鉄紺忍者
大衆娯楽
人間の意思に反応する『フットギア』という特殊なシューズで走る新世代・駅伝SFストーリー!レース前、主人公・栗原楓は憧れの神宮寺エリカから突然声をかけられた。慌てふためく楓だったが、実は2人にはとある共通点があって……? みなとみらいと八景島を結ぶ絶景のコースを、7人の女子大生ランナーが駆け抜ける!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

扉のない部屋

MEIRO
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・ 出口のない部屋に閉じ込められた少女の、下品なお話です。

処理中です...