電脳遊客

万卜人

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第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻

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 留吉の住まいは、芝増上寺裏にあった。ごみごみとした裏通りを抜け、文字通りの裏長屋が、その住まいである。
 玄之介の案内で、長屋の腰高障子に向かって訪いを告げると、胡乱気な様子で、五十がらみの、婦人が顔を出す。
「留吉は、わっちの倅だが、あんたは?」
 妙な訛りがある。どこの生まれだろう。
 髪の毛は、かなり白髪が目立つ。引っ込んだ奥目の、あまり人付き合いが得意とは思えない女だ。
 俺が名前を告げるなり、女の表情が一変した。たちまち、激怒の表情になる。眉が狭まり、両目がくわっ、と見開かれた。
「お前さんかえ! 留吉を夜中、あっちこっち引っ張りまわしたのは! わっちの倅は、お前のせいで殺されたんだ!」
 指を差し、猛然と俺に向かって飛び懸かる。胸倉を掴まれ、俺は堪らず仰け反った。
「ま、待て! あんたの息子を夜中に連れ出したのは、俺の兄貴だ。俺の兄貴も、殺されたんだ!」
 成覚寺で長屋の連中にした同じ言い訳を、留吉の母にする。母親は、俺の胸倉から手を離した。
「あんたの兄さん?」
「そ、そうだ……」
 玄之介が助け舟を出した。
「左様で御座る。この鞍家殿の兄上が、水死体で発見され申した。その後、兄上は、そちの息子、留吉を雇ったという事実が判明いたし、こうしてお調べに参ったので御座る」
 ぐっと近寄り「お上の御用である!」と重々しく付け加える。たちまち、母親は気弱になって、おどおどとした態度になる。
「へえ……」
 じろじろと横目で、俺の全身を頭の天辺から、爪先まで眺める。下唇を突き出し、疑い深そうに話し掛けた。
「それにしちゃ、あんたの様子は、留吉を誘ったお侍そっくりだね」
 俺は、またまた苦しい言い訳をした。
「双子だからな。俺たちは、見かけも、着物も、まったく同じにしていたんだ」
 話し掛けながら、視線に力を込める。俺の凝視に、母親は目を逸らせた。
 ガクリと肩を落とす。
「そうかえ……、あんたも災難だったね」
 信じたらしい。今の瞬間、俺は気迫能力を使ってはいない。
 今の騒ぎで、長屋の連中が「何事か?」とばかりに、外に飛び出してきた。
「お上の御用である! 先日、死体で発見された、留吉のお調べをしておる!」と玄之介が、両手を挙げ、大声で告げる。
 長屋の連中は「お上の御用」に、目を逸らせた。ぞろぞろと、自分の住処に戻って行った。
 玄之介はお上の御用を務めるため、留吉の母親に、もう一人の俺が雇った際の前後を尋ねている。生憎、新しく判明した事実は全然なかった。
「それじゃ、済まなかったな。あんたの倅が成仏するのを祈っているよ」
 俺は、懐を探った。
「俺が兄貴に代わって、金を支払っておく。取っておいてくれ」
 俺が差し出した小判を見て、母親の表情が貪欲なものに変わった。
 さっと、驚くほど素早い動きで、俺の手の平から小判を引っ攫うと、大急ぎで着物の胸許へ隠す。
「これだけかい? 倅の命は、小判一枚だけなのかい!」
 玄之介が顔を顰め、大声を上げた。
「小判一枚とは、破格ではないか! 欲を掻くものではないぞ!」
 母親はびくりと身を震わせた。恨みがましい目付きで、俺を睨むと、ぴしゃりと音を立て、腰高障子を閉める。障子の向こうから「もう用はないだろう? 帰っておくれ!」と叫び声が聞こえた。
 俺は晶を振り向いた。
 ずっと晶は無言で、俺たちの遣り取りを見守っていたのだ。
「どうだい、満足か?」
 晶はプイ、と顔を横にした。怒ったように、大股になると、さっさと長屋を後にする。
 俺は早足になると、晶の横に並んだ。
「何をそんなに、ぷりぷりしてやがる?」
 晶は鋭い目付きで、俺を睨み返した。
「あのね、どうして悪党なんか、江戸の町に必要なのかって、聞きたいの!」
「そりゃ……」
 俺は絶句した。もごもごと、言い訳口調になる。
「この江戸にやって来る《遊客》の連中は、時代劇のヒーローになりたいからだ。前にも説明したよな? ヒーローが活躍するには、悪党が必要だ。だから、この江戸には、ヒーローに退治されるべく、悪党がいる。簡単な理屈じゃないか?」
 晶は、ぶんぶんと、何度も首を振った。
「その悪党がいて、一番迷惑しているのは、江戸の町人じゃないの? 皆、この江戸で普通に暮らしているのに、あんたたちが悪党を作り出したから、ああやって殺されたり、酷い目に遭わされたりするんじゃないの?」
 俺は呆気に取られていた。
「江戸の町人が迷惑? だって、奴らはNPCだぜ! つまり、コンピューターが、仮想現実で動かす、プログラムに過ぎない。本当の、人間じゃないんだ!」
 晶は立ち止まった。両手を腰にやり、ちょっと小首を傾げる。
「本当にそう思うの? 本当に、江戸のNPCは、単なるプログラムのデータに過ぎないって、本気で思っているの?」
 晶の追及に、俺は黙り込んでしまった。
 理屈から言えば、晶の主張は完全に間違っている。が、俺は、晶の思い込みを、完膚なきまでに論破できる自信がなかった。
 俺たちは黙り込んで、高輪の大木戸を目指した。雷蔵の教えてくれた廃寺は、大木戸の向こうの、人寂しい葦原にある。
 大木戸に着いた俺たちを、驚きが待っていた。
 何と、大木戸が閉められていたのである。
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