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第五回 鞍家二郎三郎江戸城へ登城するの巻
一
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酒巻源五郎は、松原玄之介の報告に、深刻な表情を見せていた。品川芸者の吉弥が、俺が死ぬ前、船頭の留吉と会っていた事実は、重要だった。
俺たちはすぐ、吉弥を伴い、酒巻源五郎の屋敷へ戻っていた。源五郎は中々執務を中断する暇がなく、俺たちの話を聴取したのは、その日も遅くなってからだった。
俺、玄之介、晶、吉弥、源五郎は顔つき合わせ、これからの捜査方針を話し合っていた。
俺たちの報告は、顔をつき会わせる事前に、同心、与力などに聴取して、報告書ができている。源五郎は、そういう手順は、堅苦しいほどに守る。報告書を膝許に広げ、源五郎は顔を挙げ、口を開いた。
「やはり、お主は殺されたのだな。どうにかして、お主がこの江戸から遁走するのを防ぎ、水責めにしたのであろう。これは容易ならぬ事態であるぞ!」
腕組みして、ぼそぼそと喋る源五郎に、俺は憂鬱な気分で頷いて見せた。源五郎は、事態が深刻なほど、このように、口許が重くなり、喋り方がまどろこしくなる。
玄之介は俺を見て、首を傾げた。
「非常脱出手段を封じるとは、どのような手を使ったので御座ろうか?」
俺は、さっぱり見当が付かず、曖昧に首を振っていた。
「判らん! しかし、相手の正体は薄っすら、判り掛けてきた」
俺の言葉に、源五郎と、玄之介は緊張した表情になった。
「どう、判ったというのじゃ?」
源五郎の詰問に、俺は頷いた。
「少なくとも、俺を殺した相手は、《遊客》だろう。この江戸の、悪党ではありえない! 江戸で悪党は、星の数ほどいるが、俺の非常脱出手段を封じるなど、不可能だ! 恐らく、特殊な結界を作っているのだ」
源五郎は、皮肉そうな笑みを浮かべる。
「何やら話が、玄妙奇っ怪になってきたのう……。結界とは、何じゃ? 奇門遁甲の一種であるか?」
奇門遁甲とは、御存知、忍術の別名である。が、言葉の定義は曖昧で、神秘主義への傾きを内包している。朱子学で「怪力乱神を語らず」という孔子の言葉を信奉している侍としては、ウカウカと話を合わせるわけにはいかないのだろう。
「そんなんじゃ、ないさ……」
俺は、源五郎に、どう説明したものか、と途方に暮れていた。源五郎は、職務上、俺たち《遊客》と付き合いが長く、《遊客》については、割合と理解している。
が、結局は、江戸人としての知識しか持ち合わせず、仮想現実がどのように構築されているかは、想像すらできないだろう。
しかし玄之介と、晶の二人は《遊客》である。俺の推測の、重要な部分は理解して貰えるはずだ。吉弥は……というと、退屈しているのか、鼻糞をほじって、指で丸めている。
「多分、相手は《遊客》で、しかも、プログラマーだ。仮想現実に、外部から干渉を拒否するコードを上書きしているのだ。それで、俺が非常脱出しようとしても、ブロックして、できなくなったのだ」
二人はポカンとした表情で、俺をまじまじと見詰めている。晶が、おずおずと話し掛けてきた。
「ねえ、あんたの話、全然っ、意味が判んないんだけど! あたしにも判るよう、説明してくれない?」
玄之介は、と見ると、やっぱり俺の台詞を一言も理解していないのは、一目瞭然であった。俺はガックリとなった。
「ふうむ……。相手は上位優先権のある、プログラマーだね……。仮想現実のプログラムを書き換えるとは、信じられないよ……」
吉弥が、太い腕を組み、天井を見上げながら呟いた。玄之介と、晶が、吉弥を呆然と見やっている。意外や意外! 吉弥は俺の説明を、完全に理解していた!
玄之介が「こほん!」と、わざとらしく、咳払いをした。
「敵が《遊客》なら、悪党属性を申請した《遊客》がこの江戸にいるかどうか、確かめてみる必要が御座るのではないかな?」
俺は、玄之介の提案に、大いに頷く。
「そうだ! もし、悪党属性を申請している《遊客》なら、何らかのデータがあるかもな」
悪党属性とは、俺たち《遊客》が、江戸に登録する際、悪人としての活躍をしたい場合、申請する手続きである。
たいていの《遊客》は、自分が時代劇のヒーローになりたくてやってくる。ところが、たまに、時代劇の悪人を演じてみたいという物好きも少数ながら存在する。現実では小心な、生真面目な人間が、こちらの江戸ではガラリと変貌して、悪人として活躍する事例は、結構あるのだ。
当然、《遊客》としての能力も持ち合わせ、江戸のNPCには圧倒的な支配力を顕す。敵に回せば、恐ろしい相手だ。
源五郎は、俺たちの会話を大半、理解できていないようで、不機嫌そうになっていた。しかし、玄之介の、最後の台詞には反応していた。
「《遊客》の悪党か……。しかし、それを確かめるには、お城に参らねばならぬぞ!」
「うへえ……」と俺は、源五郎の言葉に、首を竦める。
そうだった!《遊客》、一人一人のプロフィールを保存している記録庫の紅葉山文庫は、お城にしか存在しないのだ。
お城──つまり江戸城である。
俺たちはすぐ、吉弥を伴い、酒巻源五郎の屋敷へ戻っていた。源五郎は中々執務を中断する暇がなく、俺たちの話を聴取したのは、その日も遅くなってからだった。
俺、玄之介、晶、吉弥、源五郎は顔つき合わせ、これからの捜査方針を話し合っていた。
俺たちの報告は、顔をつき会わせる事前に、同心、与力などに聴取して、報告書ができている。源五郎は、そういう手順は、堅苦しいほどに守る。報告書を膝許に広げ、源五郎は顔を挙げ、口を開いた。
「やはり、お主は殺されたのだな。どうにかして、お主がこの江戸から遁走するのを防ぎ、水責めにしたのであろう。これは容易ならぬ事態であるぞ!」
腕組みして、ぼそぼそと喋る源五郎に、俺は憂鬱な気分で頷いて見せた。源五郎は、事態が深刻なほど、このように、口許が重くなり、喋り方がまどろこしくなる。
玄之介は俺を見て、首を傾げた。
「非常脱出手段を封じるとは、どのような手を使ったので御座ろうか?」
俺は、さっぱり見当が付かず、曖昧に首を振っていた。
「判らん! しかし、相手の正体は薄っすら、判り掛けてきた」
俺の言葉に、源五郎と、玄之介は緊張した表情になった。
「どう、判ったというのじゃ?」
源五郎の詰問に、俺は頷いた。
「少なくとも、俺を殺した相手は、《遊客》だろう。この江戸の、悪党ではありえない! 江戸で悪党は、星の数ほどいるが、俺の非常脱出手段を封じるなど、不可能だ! 恐らく、特殊な結界を作っているのだ」
源五郎は、皮肉そうな笑みを浮かべる。
「何やら話が、玄妙奇っ怪になってきたのう……。結界とは、何じゃ? 奇門遁甲の一種であるか?」
奇門遁甲とは、御存知、忍術の別名である。が、言葉の定義は曖昧で、神秘主義への傾きを内包している。朱子学で「怪力乱神を語らず」という孔子の言葉を信奉している侍としては、ウカウカと話を合わせるわけにはいかないのだろう。
「そんなんじゃ、ないさ……」
俺は、源五郎に、どう説明したものか、と途方に暮れていた。源五郎は、職務上、俺たち《遊客》と付き合いが長く、《遊客》については、割合と理解している。
が、結局は、江戸人としての知識しか持ち合わせず、仮想現実がどのように構築されているかは、想像すらできないだろう。
しかし玄之介と、晶の二人は《遊客》である。俺の推測の、重要な部分は理解して貰えるはずだ。吉弥は……というと、退屈しているのか、鼻糞をほじって、指で丸めている。
「多分、相手は《遊客》で、しかも、プログラマーだ。仮想現実に、外部から干渉を拒否するコードを上書きしているのだ。それで、俺が非常脱出しようとしても、ブロックして、できなくなったのだ」
二人はポカンとした表情で、俺をまじまじと見詰めている。晶が、おずおずと話し掛けてきた。
「ねえ、あんたの話、全然っ、意味が判んないんだけど! あたしにも判るよう、説明してくれない?」
玄之介は、と見ると、やっぱり俺の台詞を一言も理解していないのは、一目瞭然であった。俺はガックリとなった。
「ふうむ……。相手は上位優先権のある、プログラマーだね……。仮想現実のプログラムを書き換えるとは、信じられないよ……」
吉弥が、太い腕を組み、天井を見上げながら呟いた。玄之介と、晶が、吉弥を呆然と見やっている。意外や意外! 吉弥は俺の説明を、完全に理解していた!
玄之介が「こほん!」と、わざとらしく、咳払いをした。
「敵が《遊客》なら、悪党属性を申請した《遊客》がこの江戸にいるかどうか、確かめてみる必要が御座るのではないかな?」
俺は、玄之介の提案に、大いに頷く。
「そうだ! もし、悪党属性を申請している《遊客》なら、何らかのデータがあるかもな」
悪党属性とは、俺たち《遊客》が、江戸に登録する際、悪人としての活躍をしたい場合、申請する手続きである。
たいていの《遊客》は、自分が時代劇のヒーローになりたくてやってくる。ところが、たまに、時代劇の悪人を演じてみたいという物好きも少数ながら存在する。現実では小心な、生真面目な人間が、こちらの江戸ではガラリと変貌して、悪人として活躍する事例は、結構あるのだ。
当然、《遊客》としての能力も持ち合わせ、江戸のNPCには圧倒的な支配力を顕す。敵に回せば、恐ろしい相手だ。
源五郎は、俺たちの会話を大半、理解できていないようで、不機嫌そうになっていた。しかし、玄之介の、最後の台詞には反応していた。
「《遊客》の悪党か……。しかし、それを確かめるには、お城に参らねばならぬぞ!」
「うへえ……」と俺は、源五郎の言葉に、首を竦める。
そうだった!《遊客》、一人一人のプロフィールを保存している記録庫の紅葉山文庫は、お城にしか存在しないのだ。
お城──つまり江戸城である。
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