電脳遊客

万卜人

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第一回 鞍家二郎三郎の闇の本拠地への侵入と、悲劇的な結末の巻

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 前方から数人の、薄汚い格好の、見るからにヤクザ者と判る男たちが駈けてくる。ヤクザ者は、俺を認めると、踏鞴を踏んで立ち止まった。
「おおっ、と! 誰でえ? 検校様が、見て来いと仰ったが、どこから迷い込んできやがった馬の蝿だあ?」
 先頭の、何を考えているのか、女物の着物をだらしなく着崩し、足下は雪駄を履いている細長い顔の男が、いがらっぽい大声を上げ、しげしげと俺の顔を眺めている。
 こいつが一団の頭目と言うか、兄貴分だろう。歌舞伎の「しばらく」という演目で使われそうな、長さ一間ほどもありそうな、巨大な刀を肩に担いでいる。
 他の連中は、口を利く知性も持ち合わせていないのか、先頭の男の背後で押し黙ったまま、陰険な視線で俺を睨みつけている。どの顔を見ても、魯鈍そのもので、品性の卑しさが姿勢から物腰から滲み出ていた。連中も手に手に、様々な武器を持っている。
 刀は元より、手槍、棍棒、大槌などなどで、これだけの種類があれば、兵具屋でも店開きできそうである。
 検校様? 男の口振りから、どうやらこの場所では重要な人物らしい。
 俺はニッタリと笑い返し、口を開いた。
「どいつもこいつも、酷い格好だな。まともな着物を手に入れる才覚すら、持ち合わせていないんだろうな。それが格好良いと思っているんなら、救いようのない大間抜けばっかりだ!」
 俺の舌刀に、連中の顔にさっと怒色が浮かんだ。俺の台詞を理解しているわけではなさそうだが、口調に含まれた嘲笑の響きだけは、確実に受け取っているらしい。
 その通り、俺はこういった連中を、心底から軽蔑している。いつの時代でも、どんな場所にも、ヤクザ、破落戸、与太者、愚連隊、ツッパリ、ヤンキー……。
 薄暗がりのゴキブリのように、しつこく蔓延っている連中だ。どんな名前で呼ばれようと、どれほど世間に持て囃されようと、こいつらの本性は変わらない。人間の屑そのものだ!
「なにおう……!」
 細長い顔のお兄ぃさんが、甲高い声で叫んだ。ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしているのは、俺の挑発に、気の利いた返答が思い浮かばないからだろう。
 俺は、ゆっくりと歩きながら話し掛けた。
「この頃、江戸で悪党どもが鳴りを潜めているので、怪しいと思って色々と探りを入れたら、この上の廃寺に行き当たった。お前たち、末は獄門か、運が良くても、島流しの末路を辿るんだろうが、いったいここで、何を企んでいる? さっさと白状すれば、俺が火付盗賊改の酒巻源五郎配下の与力に話をつけて、刑の軽減ぐらいは掛け合ってもいいぜ。さあ、どうする?」
 俺が喋っている間、連中は「なにおう」とか「ふざけやがって」とか「野郎」とか、色々口の中で呟く。だが、足は膠に張り付いたように、その場で動けない。
 もちろん、俺の《遊客》としての迫力が、連中を釘付けにしているのだ。時代劇で、ヒーローが、悪人の罪を並べ立てる際、敵役がなぜか動かないままヒーローが喋り終わるのを不思議に思ってはいないだろうか? 仮想現実の江戸では、当たり前なのだ。
「て……手前は誰だ! 名前を言え!」
 兄貴分の顔が、怒りの頂点に達したのか、赤黒さから逆に蒼白になった。
「問われて名乗るは、おこがましいが……知らざあ、言って聞かせやしょう……」
 俺は気分が高揚していた。実に楽しい!
「姓は鞍家、名は二郎三郎! 人呼んで〝抜け参りの二郎三郎〟! どうだ、心当たりがあるかね?」
 俺の名乗りに、連中は一斉に「ぎょっ!」とした顔つきになった。どうやら、全員、俺の名前に心当たりがありそうだ。
 キョトキョトと落ち着かなく、お互いの顔を見合って口を動かした。
「おら、知ってる……! 辰兄いが、こいつのせいで、島流しの刑に遭ったって、聞いているぜ!」
「俺もだ! 押し込みの親分が、何人も奴の手配りでお縄になったってえ、噂だ!」
「どんな場所にも、するりと入り込む、幽霊みたいな奴だって聞いたが……」
 連中の顔に、はっきりと怯えの色が浮かんだ。俺の異名は、さんざん耳に胼胝たこができるほど、聞かされているのだろう。
 先頭の細長い顔をした男が、ぶるぶると全身を震わせ、身内から高まる決意を堪えているような表情になると、ついに爆発したかのような叫び声を上げた。
「やっちまえ! 生かして帰すな!」
 やれやれ、全く型通りの台詞だ。
 男の型に嵌まった叫び声は、それでも背後の連中を、背中から突き飛ばすように前へと押し出す力は一応あったようだ。
 どどっ、と一斉に前へ飛び出し、俺を目掛けて殺到する。手にした武器を振り上げ、目を吊り上げて、必死の勢いだ。
 俺は刀を抜かぬまま、軽くステップをして、奴らの攻撃をひょいひょいと、寸前で躱し、側をすり抜ける際に、手刀や、拳で素早く当身を食らわす。さらに関節を逆に捻り、投げ飛ばす。おまけに蹴りを入れていた。
 こんな連中に、武器を使うまでもない。俺の中に存在する、北辰一刀流の達人が、男たちを目にした瞬間、力量を計っていたのだ。
 もちろん、現実の俺は、剣の達人でもないし、ヒーローでもない。仮想現実の江戸だけで通用する、無敵の超人なのだ。
 俺が通りすぎた後に、通路の床に、奴らが呻き声を上げ、のた打ち回っていた。悶絶している何人かは、骨折しているだろう。
 だが、俺は、良心に何の痛痒も憶えなかった。どんな悪事をしていたか知らないが、こんな場所で巣食っている限り、当然の罰である。
 先頭の、兄貴分が取り残された。俺は、わざとこいつには手を出さなかった。あっという間に一人だけ残された男は、顔中から冷や汗をびっしりと浮かべ、呆然と立ち尽くしている。
 相変わらず、馬鹿長い刀を肩に担いだままで、抜いていない。俺の早業に、抜くのをすっかり忘れていたのだろう。
 俺はせせら笑ってやった。
「どうした? お兄いさん! まだ、やるかね?」
 落ち着きなく、男は周りを見回す。勝ち目がないと判断したのか、表情が下卑たものに変わった。どうやら下手に出る気になったらしい。
「へへへへ……。鞍家二郎三郎さんとやら、お強いんで御座んすね……」
 今にも揉み手をしそうな態度に豹変する。敵わないと見たら、俺の足の裏でも躊躇いなく舐めそうな勢いだ。俺は嫌悪感を押し隠し、頷いてやった。
「さっきの、検校と言う名前は何だ? お前たちの頭目なのか? 企みは何だ?」
 男は唇を忙しく舐めた。どう答えようかと、ありったけの知恵を結集しているようだ。
 俺は奴をぐっと睨みつけ、厳しく詰問した。
「答えろ!」
 男は全身が感電したかのように、大きく震えた。俺の気迫に触れ、一瞬ぼけっと痴呆のような表情を浮かべる。もう、こうなれば、俺の言いなりだ。
「お前たちの頭目に会わせろ!」
 ぎく、しゃくと、男は棒を呑んだように身体を強張らせ、手足を突っ張った妙な姿勢で歩き出す。
「こ……、こちらで……」
 案内を始める男の背後を、俺は歩き出す。
 虎穴に入らずんば、虎子を得ず……。
 ふと、そんな諺が頭に浮かぶ。
 だが、俺の踏み込んだのは、虎穴どころか、竜のあぎとであるとは、思っても見なかったのだ。
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