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第九章

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 コーヒーを飲み終えた美登里は、わざと受け皿にガチャン! と音を立ててカップを置いた。美登里の隣に座るアイリスは、思わず目を閉じていた。
 神山はギクリと背筋を伸ばした。
「神山さん……」
「は、はいっ!」
 美登里の穏やかな口調に、神山の顔にどーっと大量の汗が噴き出した。
「どうなの?」
 美登里は悪戯っぽい笑いを口の端に湛え、神山を見詰めた。神山の視線はしきりにあちらこちらに跳び、分厚い唇を舌先でぺろぺろ舐めていた。
 やがて大きく息を吸い込むと意を決したように視線を上げ、美登里を見詰め返した。
「銀河番長ガンガガンの作者、紅蓮さんとの面会のセッティング、大丈夫です!」
「そうなの……」
 意外とスムーズに事が運び、美登里は逆に拍子抜けしていた。が、神山はさらに身を乗り出すように美登里に囁いた。
「来週、地方都市のショッピングモールでガンガガンの集客イベントがあるんです。そこに作者の紅蓮さんもいらっしゃるので、崎本先生には足をお運び願いませんか?」
 美登里はさっきからの神山の態度の理由が、ようやく判ったように感じた。
 なるほど、だから神山は躊躇いを見せていたの!
「あたしにわざわざ、東京からそこへ行け、というのね。どうして紅蓮さんがこっちへこれないの?」
 神山は身をよじって悩んでいるようだった。
「それが、どうしても紅蓮さんは動くつもりはないそうなんです」
「会いたければ、そっちから来い、と言っているのね。いいわ、それならあたし、そのイベントに顔を出してあげる。それにしても、紅蓮というマンガ家は一体、どんな人なの?」
 神山は暗い目をした。
「それが……僕も知らないんです。男か女か、若いのか年寄りなのかも……日本人かどうかも判らない……」
 美登里は目を瞠った。
「じゃあ、神山さんも会ったことないの? それじゃ集談館で紅蓮と会ったことのある人は誰?」
 神山は胸を張った。
「一人もいません。紅蓮さんからの連絡はすべてメールで、完成した原稿はデジタル・データで送信されますし。だから一度も、紅蓮さんは集談館に来社されたことはないはずです」
 美登里は一つ思いついて尋ねた。
「原稿料や、版権料の支払いはどうなっているの? どうしたって振込先が必要でしょ?」
 神山は肩をすくめた。
「その辺は僕も知りません。確かに集談館は支払いをしているはずですが、ギャラの支払いはもっと上の段階でやっているのでタッチしていないんです」
 ふうーっ、と美登里は大きく息を吐いた。
「判ったわ……。ともかく、そのショッピングモールがある場所はどこなの?」
 神山はごそごそと全国道路地図帳を取り出した。ページを開き、ごつい指先を地図の一か所に指し示した。
「この町です。東京からはそう、遠くはないので日帰りできます」
 美登里は目を近づけ、神山の示した地図上のJR駅の駅名を見詰めた。
 真兼町、とあった。
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